尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

生誕百年、オーソン・ウェルズの映画

2015年10月25日 21時53分21秒 |  〃 (世界の映画監督)
 東京国際映画祭が始まっているが、例によって僕の見たい映画は行きにくい時間に集中している。今年はフィリピン映画が特集されていて、ぜひ見たいと思ったのだが。そんな中で、フィルムセンターでは映画祭関連企画として「生誕百年 オーソン・ウェルズ 天才の発見」を行っている。これは企画発表時から、今年一番期待していた。オーソン・ウェルズは、日本で現在見られない映画が多く、あの「天才児」の全貌を長く評価できないでいるからである。

 オーソン・ウェルズ(1915~1985)は、日本では70年代半ばに出たニッカのウィスキーのCMで広く知られた。「容貌魁偉」の風貌を生かして、「第三の男」をはじめとする印象的な俳優としても知られていた。でも、大恐慌下の演劇活動、全米をパニックに陥れたラジオドラマ「宇宙戦争」、そしてハリウッドに招かれて、僅か25歳にして作った「市民ケーン」。製作、脚本、監督、主演を兼ね、映画史を書きかえる傑作だったが、モデルとなったハースト系新聞に攻撃され「呪われた映画」になってしまった。日本では、遅れて1966年に公開され、ベストワンになっている。そのような「伝説の人」だった。

 だけど、今回のプログラムに「市民ケーン」はない。まあ、何回か見ているし、映画ファンには周知の作品だから、それはいいかもしれないが、第2作の「偉大なるアンバーソン家の人々」が入っていないのは残念。日本では70年代後半から80年代にかけて、ミニシアターで過去のウェルズ作品がかなり公開された。それ以前に、同時代的に公開されたのは、多分「マクベス」(1948)と「審判」(1963)ぐらいではないかと思う。カフカ原作の「審判」は、今まで見る機会がなく今回初めて見たが、実に美しいモノクロ撮影に圧倒された。美術、演出とあいまって、「前衛的映画」として成功している。もっとも、何が何だかわからないとも言えるが、それは原作の設定から来るんだから仕方ない。

 ウェルズはシェークスピアを「マクベス」「オセロ」と作ったが、どっちも上映がない。65年に作った「フォルスタッフ」は上映されるが、日本公開時に見たので、今日の上映はパスした。実に素晴らしく、中世イギリスを再現した映画で、ウェルズの演出も演技も印象的だった。一方、「フィルム・ノワール」系でも、あの面白い「黒い罠」がないのは残念。だけど、「上海から来た女」(1947)が「復元版」として上映される。これは金曜の夜に見たが、あまりの映像の美しさに絶句した。「ファム・ファタール」ものの素晴らしい傑作である。当時ウェルズの妻だったリタ・ヘイワースの美貌。(「ショーシャンクの空に」で貼ってあったポスターの人である。)そして、ラストに潜り込む遊園地の中を逃げ回るシーンの素晴らしさ。あまりにも有名な「鏡のシーン」に改めて呆然となる。日本で遅れて公開された時に見ているが、これは何度見ても素晴らしい映画だと思った。(もう一回見ようかな。)

 全く見たことがないのが、「Mr.アーカディン」(1955)や「不滅の物語」(1968)である。後者はデンマークのイサク・ディーネセンの原作による58分の作品で、テレビと劇場双方の公開を考えて作ったと書いてある。他に、最後の作品「フェイク」(1973)と、ウェルズについてのドキュメンタリー2本、企画に協力しているミュンヘン映画博物館のディレクターによる講演が企画されている。見られない映画が案外多いのだが、とにかく非常に貴重な機会であることは間違いない。

 オーソン・ウェルズはアメリカの映画監督だが、第一作からハリウッド映画の枠を超越して作り続けた、真の天才監督である。そこがハリウッドに入れられず、完成しない映画、ズタズタにされた映画が多い「呪われた」監督の系譜にある。これほどの巨人はアメリカに受け入れられないのだろう。戦後もむしろヨーロッパで作り続けた。今回は懐かしいニッカのコマーシャルも上映されている。「マッサン」の後だから、なんだか感慨深いものがある。
コメント (3)
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