尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

吉村公三郎監督「一粒の麦」と集団就職

2012年09月11日 00時36分36秒 |  〃  (旧作日本映画)
 シネマヴェーラ渋谷吉村公三郎監督、新藤兼人脚本の特集で、1958年作品「一粒の麦」を見た。昨年フィルムセンターで吉村監督特集があったけれど、その時は震災直後にあたっていて、見逃していた。当時のキネマ旬報ベストテン13位。

 この映画が見たかったのは、福島県の集団就職を扱った映画だからである。冒頭が福島駅の集団就職列車の場面。仙台方面から中卒就職者を乗せてやってくる。車両の半分は二本松から乗ってくる生徒のために空けておく。菅原健二演じる中学教師が夜行列車に付き添っている。「職安」(今のハローワーク)の担当者も付き添っている。「東北の生徒は粘り強い」ので、「金の卵」と言われて高度成長の始まる頃の東京で重宝された。まだ高校への進学率が半分にもならない時代の話である。

 上野に着くと、全員を引率して近くの広場に連れて行く。そこに座らせて、各区ごとに並べて会社側の迎えに引き渡すのである。一方、教師はさらに浜松の紡績工場に勤める女子生徒を引率していく。就職担当教員の仕事ぶりを丹念な取材で再現して、貴重なドキュメント的価値がある。中学と職安の献身的な努力で、中卒就職者が大都市に出て働けるようになるのである。この過酷な仕事ぶりに菅原は不満で、校長にまた次の年もやってくれと言われてすぐには引き受けない。自分が勉強する時間が持てないと言うのである。結局いろいろの経験を積んで、最後は自分から引き受けるところで終わるが、この教師の仕事を「一粒の麦」と表現しているのである。

 生徒の行先は様々で、「三丁目の夕日」のような牧歌的な「神話化」された集団就職ではない。同時代の東京の映像を背景に様々な職場の悩みを描いている。(千住の「お化け煙突」も出てくる。)自動車整備会社に勤めた生徒は、まず「オート三輪」の運転が必要となり練習をしている。自動車免許の中に「自動三輪」という区分があり、16歳から取得できたのである。(今調べて知った。)「オート三輪」という車は若い人には全然判らないかもしれない。僕の子供の頃は町を走り回っていた。こんなに「オート三輪」が出てくる映画も初めてである。
(オート三輪)
 しかし、その整備会社は整備不良車が事故を起こして経営不振におちいる。おりしも同級生三人が勤めていた工場で一人が病気で帰らなくてはいけなくなる。その空いた口を回してもらえるのだが、ちょうどその日に母親の訃報の電報が届く。忌引きを申し出る勇気がなく、母親の葬儀にも帰れない。一方、ガラス工場に勤めた二人は、休暇もない、夜学にも行けない、給料も約束より低い、そんな会社から逃げ出す。(ちなみに「尾形ガラス」という会社である。)行くところがなく、上野から故郷に帰ろうと思っていて、警察の「愚連隊狩り」につかまってしまう。その報を受けた菅原は早速東京に出てくる。

 こういう底辺労働者を生きる生徒と、地方で支える中学教師が描かれていく。ところで、菅原は同僚の若尾文子と恋愛中で、いよいよ結婚する。その式の夜に二人の生徒が捕まるという話が飛び込んできたのだ。結局、若尾も「新婚旅行代わり」に同行することになってしまう。若尾文子の花嫁衣裳姿が見られるという映画でもある。ところで若尾の父は校長の東野英治郎である。いくら当時でも同じ学校に親子で勤務していたとは。若尾はしばらくして妊娠する。「結婚すれば妊娠すると判っているけど、早すぎたかな」と夫は言う。そんな時代だったのか。

 話はいつ辞めるかという問題になる。まだ「産休」という権利が認められていなかった時代である。また先の死んでしまう生徒の母であるが、心臓が悪いと言うことで菅原が見舞いに行く場面がある。そこで枕元でやおら先生はタバコを取りだし一服する。いやあ心臓が悪いという病人の近くでタバコ吸うか、いくらなんでも。と今では思うけど、それが当たり前だったということなんだろう。

 このような集団就職は60年代後半の永山則夫あたりまで続いていくが、ニュース映像ではかなり見たことがある。大体東北から上野に着く列車ばかりである。それ以外の列車もあったのだろうか。山陰から大阪方面へ行く特別列車なんかもあったのだろうか。このように大量の「農家の次三男」が故郷を離れて大都市に出ていかなければならなかった。何とか故郷に産業を誘致することはできないのか。それが「福島第一原子力発電所」だった。歴史的に貴重な映画なのである。リアリズム映画としての出来は、まずまずというところだと思うが。
コメント (1)
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