実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

2020師走(3) 実戦教師塾通信七百三十五号

2020-12-18 11:23:19 | 福島からの報告

2020師走(3)

 ~福島の10年を~

 

 ☆初めに☆

今年最後の学校周りをしました。子どもの行事がなくなったことやコロナによる家庭の内紛、そして忘年会がないことや職員の鬱(うつ)など、ネガティブな話が多く出ました。そんな中、「やっぱり担任は楽しいです。教室に行くと元気になります」は、教務の先生の言葉です。事故対策の先生が来ない中、急遽の担任をずっと兼務しているのです。また、GOTOトラベル中止で家族旅行を断念した校長先生は、福島の美味しい酒と高級魚を注文したと言います。ホッとする気持ちももらっています。

これが柏の和食処『和さび』お持ち帰り惣菜。牡蠣(カキ)と鰺のフライ。

 

 1 思いがけない仕打ち-牛の場合

寒さもぬるく、外に出る牛さんたちもいました。楢葉の渡部牧場。

渡部さんに、最近の牛の相場を聞いて始まった話だった。師走なのだが、ハードな導入となった。忘れそうなものを、記憶から持ち出せて良かったと思っている。

 コロナによる牛の価格下落は今年4~5月の第一波がヤマで、今は少し落ち着いてきたという。価格補償の関連で、話は「あの時」に移った。避難指示が出た時、多くは家や家畜をそのままに避難した。しかし、事態が尋常でないと思った農家は、トラックに牛を積んで一緒に避難した。避難先の二本松の牧場に預けたという。明暗が分かれた。残して来た牛を避難させたいと、渡部さんたちが思った時はもう遅かった。警戒区域への立ち入りが禁止された。4月下旬。牛の移動が出来なくなったのだ。そしてひと月もしないうち、殺処分の通達が降りる。来たのは農水省の役人だったな、渡部さんが言った。

 ペットをはばかるような「密」の避難状況だ。ペット連れの人たちは、避難所の外や車で過ごした。まして家畜も一緒に避難を、と考えた農家は少なかった。何よりみんな、二、三日後には戻れると思っていた。和牛農家(肉牛飼育)と違い、酪農家(乳牛飼育)は、牛を家族のように思う。10年以上をともにするからだ。それが殺処分となる。もうあんな思いはしたくない、と涙ながらに言った渡部さんの奥さんを思い出す。

 事故が人を追い出し追いかけ、分け隔てた。残った家畜もあった。「命を守る」ための目的で。大学の被曝研究対象として。そして、南相馬・馬追い祭のために、その馬が残された。あとは残らなかった。

 

 2 思いがけない仕打ち-人の場合 

 コロナは感染するが、放射能は伝染しない。スクリーニングをしない警戒区域の住民は移動してはいけない、という通達はあったのだろうか。そんなはずはない。渡部さんでさえ記憶があいまいな気がするが、それは渡部さんのせいではない。まず、膨大な量の放射線がばらまかれたことで、警戒区域の人々の健康不安が生まれた。3月末に全国の病院や赤十字が、福島にスクリーニング要員を一斉に派遣した。

行列した人々が受けたのは線量検査であって、移動を許可するか否かの検査ではない。しかし、メディアから流れた映像は、誤った認識を誘った。警戒区域の人たちはとんでもないことになっている/サーベイメーター(検査機)が反応している/あの人たちが入院もせずに避難してくる等。とりわけ首都圏の人々にパニックをもたらした。避難に使った車両の汚染もあっただろう。でも、それは第一原発で事故収拾に当たり、高線量にさらされた車両ではない。一体私たちは、何を分かっていたというのだろう。ここで「来るな!」「出て行け!」が生まれた。被災者は、スクリーニングをしなければ不安だった。この「遠方への避難前にスクリーニングを」という思いが「スクリーニングをしないと避難できない」という思いを作って行ったような気がする。「スクリーニングはすませて来ましたか」という、避難先での言葉が追い打ちをかける。忘れてはいけない。

 しかし未だに多分、多くの人が「被曝したらスクリーニングをしないと移動してはいけない」と思っている。この次に原爆事故が起こったとき、間違いなく同じ事態が発生する。不確かな情報と知識がそのままだからだ。

 

 3 来年

すっかり大きくなった猫ちゃんたちは、なんにでもじゃれつく。私の財布についてる鎖に、随分とご執心でした。

アタシはねえ、と、さっきの話に奥さんが介入する。親戚を頼って避難しても気づかいいらないから、胃の痛みに苦しむことなんかないのよ、と言う。避難の際は親戚や知り合いを頼りにして欲しいと、政府や行政の最近の発言である。被災者の現実を分かってない、という私に奥さんが言ったのだ。だって、実家には独身のお兄ちゃんがひとりいるだけだから、と。居間に笑いが響く。

 最近、農業短大にいる息子が「これは肉質がいい」と、牧場の牛を評定するようになったという。私は、やはり勉強の成果は出るんですねえと感心したのだが、渡部さんは、いや、学校で教わった通りに言ってるだけだよと笑う。「A5(牛肉の一番高いグレード)の牛を育てた」って言ってるけどよ、先生や担当の人がいねかったら出来るもんじゃねえ、とも言った。そう言いながら渡部さんの顔は、まんざらでもない。嬉しそうなのだった。

 来年こそいい年でありますように。

 

 ☆後記☆

師走だというのに、福島への道すいてました。高速を早めに降りて国道を使ったのですがこれもスイスイで、車を降りて日立の海を眺めてしまいました。人の少ない師走です。暮れは東京の道場に行くかどうか思案中ですが、大晦日の東京散歩はあきらめました。あとは紅白見ずにどう過ごすかですね。皆さんはどうするのでしょうか。

前号で予告した岩手県知事の話と「慰安婦問題」は、次号としました。よろしくです。

子ども食堂、明日で~す。

 


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