実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

告発の行方 実戦教師塾通信九百五十五号

2025-03-28 11:28:33 | ニュースの読み方

告発の行方

 ~囚われない場所へ~

 

 ☆初めに☆

兵庫県と知事の間で行き違いがある、という内輪もめが三日前の報道です。一方で、知事問題で旗振り役となった「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏が、大阪の岸和田市の市長に立候補しています。ご本人は当選する気はありません。女性問題から不信任決議を受け失職した現職を「二馬力選挙」で応援するのです。千葉県知事選挙で現職熊谷知事の応援を申し出て断られてから、一体何日過ぎたかなと感心してしまう。今回の記事は、この人物を批判するものではありません。この立花氏の生き様は、決して荒唐無稽・無節操と片付けるわけには行かない気がしています。私たちと、この人物の交錯する場所が確かにある、と感じています。違いと出口を確かめないといけないと思ったのです。

 

 1 元県民局長の「私的文書」

 3月16日に行われた千葉県知事選挙に向ける公報が、県内向けの別刷りで発行された。四人の立候補者の中に立花孝志氏はいた。二馬力選挙を断念した立花氏に公約らしきものは見当たらず、もっぱらメディア・テレビ批判に集中している。それも、兵庫県庁の問題が中心となっている。読んで思わず、記事の後半部分に注目する。

「自殺した元県民局長が不倫をしていたこともテレビは報道しません。……おかしな状況を広く県民に知らせるために正義の内部告発をした増山誠県議は、維新の会から処分されました」

立花氏周辺を散策していた人たちに、この程度は周知だったのかもしれない。一方そうでない私たちは「県民局長パソコンの私的文書」とは、これだったのかと思ったはずだ。また「増山県議による正義の内部告発」とは、文書を立花氏にリークしたことを指すと思って間違いない。興味深いのは、この千葉県知事選挙告示日の一週間後、兵庫県知事が記者会見上で「元県民局長がわいせつな文書を作成していた」ことに言及。さらに「この文書を公開する」としたことだ。ほぼ同時期、兵庫県と千葉県両方で故人(元県民局長)の「道義性」を巡って同じ動きがあったことになる。

 

 2 「個人情報の保護」「情報の共有」

 差し当たって遠く離れた私たちでも、執拗に指摘された知事にまつわる多くの出来事、

手土産のおねだり/職員に舌打ち/駐車場から20m歩かされて叱責

程度は、歴代の知事もやってたんではないかと思ったはずだ。森加計の公文書改竄問題とは、恥ずかしいぐらいレベルが違う。その出直し選挙で、斎藤知事は公用車のセンチュリーをワンボックスカーに変えた、財政改革で100億の貯蓄などの成果があったと訴え、毎朝駅頭に立ち県政の混乱をわび県民に頭を下げた。「私的文書」にまつわるスキャンダルは、恐らく地元の人間ならとっくに知っていた。そのスキャンダルが「2馬力選挙」応援演説で繰り返し大音量で喧伝されたのも疑いがない。立花氏は「大手メディアやテレビは、どうして真実を隠蔽するのか」と叫喚した。知事は自らの成果を上げ、立花側は元県民局長の不徳を暴いて見せた。全く違う二つの戦術が、選挙の中でうごめいた。結果は現職の圧勝である。一方で、私たちの中に生まれた奇妙な納得感と、やり場のない苛立ちが続いている。的確な判断に必要な慎重さと、結論を急かせて生まれる誤謬(というより「憎しみ」)が、私たちの間でせめぎ合っている。立花氏が言うような「隠蔽」とまで行かないが、「一体なにをやってる」「はっきりしなさい」という気持ちが、私たちの中で続いていた。これは、長年にわたって積み上げてきたツケが回って来た、というのが私の結論だ。

 立花たちが行ったのは「情報の共有」ではなく「表現の自由」だ。「情報の共有」とは、その場の問題解決に必要な手立てのことだ。今回の場合、私たちに必要だったのは何か。第一は元県民局長の告発を「共有」することだった。しかし、それには元県民局長のスキャンダルも「共有」しないといけなかった。その上で、知事が批判していることは元県民局長の人格に関することであって県政とは別な問題だ、という展開をしないといけなかった。告発内容としては(失礼と思いつつ)些末と思える内部通報の対極で、知事は通報者探しをし懲戒処分まで出した。陰湿でルール違反と言える展開を許したのは、情報の「保護」と「共有」の仕切りが出来なかった、その覚悟がなかったからだ。「何かあったらオレが責任を取る」と言って、前に出ないといけなかった。誰かが、またはどこかの部署が、あるいは県民の誰かが言わないといけなかった。この場合、守られるべきだったのは、元県民局長の告発であり身分だ。知事側は元県民局長が守られるような人間ではないという攻撃をした。そして告発を退けたのである。かくもの混乱の原因は、確信犯(知事)側にはない。プライベートな醜聞に二の足を踏んだ県庁や議会にある。通らないといけない道だった。

 また言うが、学校は子どもの「個人情報保護」を優先することで、外に「情報の共有」を求めることがなくなった。家庭も同じく「家庭内の問題」として「相談」という「情報の共有」をしなくなった。「大きなお世話」をするためには、私たちに多大な努力が必要なのだ。東日本大震災の時、犠牲者が集結する体育館にやって来た遺族が、対面して確認したいという申し出を断られた理由が「個人情報の保護」だった驚きを、私たちは再度「共有」するべきだと思う。多くの遺体の面貌がさらされるという「善意」が理由だったと記憶している。「そんなバカなことがあるものか、何かあったらオレが責任を取る」という責任者か部署が出たのだろう、いっときの出来事だった。「個人情報保護」を名目に、責任回避と仕事のスポイルが社会に蔓延している。しょうもない「表現の自由」が、その傍らで進んだのだ。

 

 ☆後記☆

そんなわけで、多くの病巣はSNSにあるという見方に、私は余り与しません。岸和田市長選挙に立候補した立花氏が先週の立候補者演説集会で、涙ながら「怖かった。政治活動は止めたい。救急車がすぐに駆け付け病院に保護された時は本当に有り難いと思った」と会場で語ったというニュースを見て、ほほ笑んだ私はいけないでしょうか。

ハクモクレン。手賀沼湖畔です。春ですね🌺

修了式も終わって、先生たちの異動も発表になりました。職員室の机も慌ただしく動き始めます。生徒もまばらな学校は、新しい季節を迎える、寂しい時期でもあるのです🏫


言葉は踊る・補 実戦教師塾通信九百四十九号

2025-01-31 11:46:17 | ニュースの読み方

言葉は踊る・補

 ~「節度」ではない~

 

 ☆初めに☆

文春の「訂正」によって、私にまで風当たりが強い。身に余る光栄とも言ってられません。どっちみち続きは書かなければならないと思ってました。とりあえず、分かりやすく納得できる場所が危険なことを、今回改めて学習していると感じます。ひとつ挙げれば、高齢な経営者が「つるし上げ」となったのは、もともとが1月17日の醜悪な記者会見がきっかけです。仕方がないのですね。かといって、正義をかざしつつPV数で広告費を稼ごう?というユーチューバーや、何故か(会社を露出させるため?)全く同じ質問を繰り返す連中を肯定するわけにはいきません。それはフジの思惑につながって、「フジかわいそう」がトレンド入りするなんていう結果を生みだしたと思えます。

 

 1 「ふたりの問題」

 ドキュメンタリー映画で物議をかもしている伊藤詩織氏だが、2015年の事件を思い起こすことから始めよう。事件発覚当初、あちこちから「夜中に呼び出され、のこのこ出て行って酒を飲むのがおかしい」との勘繰りが入った。ところが、名だたる政治記者たちが瞬時に反応し、この主張を一蹴する。「もしかしてスクープかも知れないと思う記者が、その場に向かわないわけがないだろう」と、フリー記者(伊藤はこの時期インターン)の立場を思いやったのだ。

 「この事案に、当会社の社員は一切かかわっていない」とフジは言った。しかし、これが被害女性にヒアリングする前の発言だったという支離滅裂を、今は問わない。「ふたりの問題」で考えよう。要するに親密な関係ではなかった。「トラブルが発生した」(「お詫び」より)と告白しているのは、中居本人なのだ。文春から謝罪めいた訂正が、この水曜にあった。文春報道に狂喜乱舞していた野次馬が、騙された!と文春を糾弾している。賠償請求額を計上する評論家どもが、おしゃべりしている。大体が売れてナンボの文春に正義を期待するバカをやる気ですか? 中居は「トラブル」の渦中にいた。それが「人権意識に欠けていた」出来事で「怒り……は感じました」と、港社長が言っている。これで充分だ。社員の介入があっての出来事かどうかはともかく(無いはずはないが)、女性に対する不当な扱いがあったと、当事者が言っている。「キミはお持ち帰りとして選ばれたんだ」と言ったのが、周囲だったか中居だったかの違いの問題、と言ってもいい。事務所入りしたてのルーキーが「合宿所」に誘われた時、周囲から「キミはジャニーさんに選ばれたんだよ」と祝福された、おぞましい風景と重ね合わせるのもいい。かの伊藤詩織事件を、もう一度思い出しておいてもいい。貫かれているのは「仕事が欲しいんだろ」「仕事がなくなるよ」という囁きだ。

 

 2 陰謀

 この事件を巡って、もうひとつ放っておけない憶測がある。こんな大物タレントが、名もないひとりの女によって放逐されることに疑いを禁じえない、これは誰かの陰謀だというものである。大昔のロッキード事件に登場願おう。1970年代に起きた、世界的大規模な汚職事件。田中角栄が逮捕された「総理の犯罪」とも呼ばれる事件だ。立花隆がスクープしたと言われるが、実はロッキードを追い込むダグラス社の陰謀だというのがもっぱらの見方だ。そこから情報はリークされている、というものだ。はい、そうなのでしょう。だから何? だから悪いのはダグラスだとでも? 今回の中居追放劇の裏にも、大物が張り付いている。そいつがエンタメ業界を丸ごと抱え込んで再編しようとしているんだと。だったら何? だから、ハメられた中居がかわいそうとでも言うのでしょうか? 退散願います。

 

 3 リアルということ

 これが生放送の醍醐味、と誰もが思ったはず。下手なドラマよりずっと面白かったという感想が、ずい分入ってきました。大学時代の大衆団交を思い出した。あの時も「つるし上げ」なる批判をもらいました。覚悟のない教授たちの情けない姿だったと、今でも思うだけです。さて、こちらで最もドラマチック?だったのが、真面目な人と思える副会長が真摯に、しかしうかつに対応した場面。中居と女性の間の「認識の違い」とは具体的にどういうことかと問われ「意思の一致不一致」と対応。その後「(中居は)同意の上だと言っている」とまで発言してしまう。直後に背後から黒子が入り「(その質問には)お答え出来ません」と訂正するのだが、副会長は「答えてしまった」のである。副会長が、このことは自身で確かめたものではないのだろう。おそらく、そういう報告が上がっていた。相当に信ぴょう性の高い報告だったに違いない。それで言ってしまった。こういう時に「かわいそう」は使う。副会長、かわいそう。

 「24日に予定されていた最初の会見が、なぜ17日に前倒しされたのか」という記者の質問意図を、私は分からなかった。向こうは「出来るだけ早くと思って」と言うのは見えている。しかし17日の現場とは、心も体も阪神に向かっていたことを知らされる。もちろん「中居問題を阪神淡路大震災の陰にやろうとしたつもりはない」という回答である。しかし、会見は18日でも良かった。「つもり」があろうがなかろうが、阪神を疎かにしたことが露呈してしまう。

一体に「リアル」が、どんなものなのかを改めて印象付けた会見だったと思える。

 

 ☆後記☆

こんな時に、森友の公文書を「開示しない」決定が覆されました。世の中の風通しが、少し良くなるといいナと思いました。みんなで頑張りましょう👊

私も頑張ります。前回に続き、左の目を手術。経過は良好。前回の時の多くの驚きとお見舞い、感謝申し上げます。

 ☆☆

朝青龍、横綱昇進、おめでとうございます。稀勢の里昇進の時に状況は似ていますが、朝青龍は横綱としての務めを果たしてくれると思います。周囲は昇進を急いていましたが、本人の気持ちは据わっている。叔父のような昂りもない。応援します🎊

☆☆謝罪と共に訂正いたします。「朝青龍」は叔父の方です。「豊昇龍」が正しい。申し訳ありません。何やってんだ!って赤面してます。多くのご指摘ありがとうございます。(2月1日)

いつも最初に春を告げる我が家の梅🥀 鬼は外👹! 福は内!


言葉は踊る 実戦教師塾通信九百四十八号

2025-01-24 11:38:06 | ニュースの読み方

言葉は踊る

 ~ベースから考える~

 

 ☆初めに☆

ジャニーズ問題を彷彿とさせる事件です。あの時を上回る醜態が演じられています。食傷気味の読者も多いかもしれませんが、少しだけ触れます。もうひとつ、関連すると思えるので、大学入試共通テストについて書きます。様々な課題を残しながら始まった共通テストは、国語の問題を取り上げます。論説・文学、いずれも面白い出題でした。

 

 1 「世間知らず」の極北

 昨日、渦中の中居正広から、芸能界引退の発表があった。今月の9日に、

「示談が成立したことにより、今後の芸能活動についても支障なく続けられることになりました」

なる、傑作では済まないご本人の「お詫び」があってからきっかり二週間。前言を全面撤回する形となったわけだが、天変地異となった経緯について全く言及のない奇怪な様相である。なんせ、引退したのだ。フジ全体に影響を及ぼす大物株主が動き出し、企業スポンサーが続々降りる事態となった今、ようやく事実解明への光明が見えて来たようだ。記者会見の台本を用意し、予め指名の対象から外す記者の一覧表を作っていたというジャニーズの会見なんて、今となってはかわいらしく思える。脱線ついでに、この時「皆さん、子どもたちも見ている会見です。大人らしくしましょう」なる迷言を披露したイノッチは今も健在なのだ。いやぁ大人は立派だ!と感心するばかりである。

 ここでは私たちが唖然とした理由を、簡単にでも確認しておきたい。「事件」だと思うが、スキャンダルと言っておこう。このスキャンダルを巡って示談を持ちかけたのは、中居の方だ。でなければ、ダウンタウンの松本みたいに、事実無根だ、と裁判に訴えないといけない。そうしなかったのは、松本訴訟のさえない顛末を見ていたからなのか。しかし、女性の方でお金をちらつかせた示談、という無定見な見方をする連中はいる。だから女性は今、間違いなく中傷に溢れたネットで叩かれているはずだ。では問題点。「示談が成立したことにより」。示談があったとしても、余りに不誠実だ。「示談に応じていただいたことにより」が正しい。アナタはスキャンダルの張本人なんだから。同じく「今後の芸能活動……」も他人事レベル。最低でも「芸能活動を続けることを承諾していただけました」ぐらいは必要だ。まして「支障なく」って何⁉ ファンや部外者の発言であったとしても不届き発言。大体「支障」ってのは「都合の悪いこと」だ。それがもうないんですと言ってるのが、渦中の本人なのである。女性はなんと言ってるの? 中居本人が「支障なし」決定の権利を有していると思っているようだ。これをブラックジョークというのでしょう。

 いじめ問題でいつも言ってることだが、「傷を深くしないように気遣うこと」と「出来事に蓋をすること」は紙一重の場所にある。事実に触れることなく、フジはひたすら「女性を守ることに集中」を語る。これが世間からはみっともない言い訳に映る、という自覚と恥じらいは皆無だった。そしていま危惧されるのは、「会社ぐるみでの出来事ではないか」「ファンがかわいそう」等々というしょうもないおしゃべりが続いていることだ。こういった言説は、問題の核心人物・出来事を不透明な場所にリードする。問題にする順番が違う。「若い時に傷を負ったジャニーさんも被害者」という場違いな発言を思い出す。今は必要のない事項だ。後でゆっくりやるがいい。ファンが「かわいそう」とすることは、昨日の引退発表で「オメエのせいでこんなことになったんだ!」という、女性への阿鼻叫喚的叫びに一層拍車をかける。「ファンもがっかりですね」ぐらいの態度は必要だ。

 

 2 ヒス構文

 仲間から入試問題が話題になっていると知らされた。「ヒス構文」と聞き、言語学上で言うシンタックス(統辞論)のことかと思った私がバカだった。聞けば「おじさん構文」というのもあるそうで、長々とラインする私なんかはまさにビンゴというか、だったら「おじさん」でなく「じいさん構文」として欲しいところだが、トークやリレーではなく事務上のことなので、短く出来ないんだよね。まぁいい。このヒス構文とやら、考えたら結構な闇を見た気がしている。出題文には、従弟の生活をめぐって、ありがちな祖母と母親のぶつかりが取りだされている。「息子をちゃんと育てなかったあなた(祖母)のお陰で、こっちは迷惑している」という娘(母)と、分かったよ私が死ねばいいんでしょうと諦めたように言う祖母の、言ってみればエゴとエゴのぶつかり合いがある。いつもそれを見ていた幼女(娘・孫)の心中に、残酷と思える自我(エゴ)が生まれる、というなかなかに純文学的話なのだ。この出題文に若者が反応したのは、ある芸人の自虐的笑いの取り方を連想させたかららしい。祖母の「私が死ねばいい」というヒステリー的対応が、芸人の笑をとる形に当たると思ったのである。出題文、蜂飼耳『繭の遊戯』にある人の性(さが)ともいえるリアリティは、紋切り型の「構文」として、しかも揶揄(やゆ)して骨抜きにされる。ここにあるのは「構文」を了解するか否かを迫る「大きなお世話」だ。私は1980年代、突然現れてあっという間に拡散した「クライね」というつぶやきを思い出す。自分が何をしようと勝手なはずなのに「クライね」は、それを許さない。「ネクラ(根暗)」が追い打ちをかけた。個々の居場所から追い出され、子どもたちは一気に一律な集団へと追い込まれた。

 置いてけぼりにされた「真面目」を初めに明るい場所に戻したのは、イチローだと思っている。

 

 ☆後記☆

中居の事件が明るみになるに連れ、フジの株を大量に買う動きがあります。いまが買い時だと言うのです。投資・金儲けには抜け目のない、いつもの方々が胎動しているわけです。いやもう、ただただ感心するばかりです。一方、中居引退発表の前日にイチローが大リーグ殿堂入りとなりました。片や、胸を張って喜びをいっぱいに生きている。何という対照でしょう。誰かを何かを信じられるというのは、幸せなことだとつくづく思いますね。

東日本大震災以来かと思いますが、ACジャパンの広告を見たくてフジを見てます。「決めつけ刑事」面白いですよ。

 ☆☆

今年最初の「うさぎとカメ」。餅が好きなんですと言うお母さんたち。本当にみんなお代わりしてくれて、お汁粉を見つめる子どもたちも嬉しい。プロの手作り飾り寿司の「巳」は大人気🐍 今年もよろしくお願いします✋

ただ今仕込み中。そして、高値の野菜にも皆さん、喜んでいただけました🥬

コメント欄に、久しぶりにあの方が登場しています。あんまり続くようだったら、また閉じようと思います。悪ガキでいいものを、DQNなんて無理して言わないでいいのに。


石破首相・下 実戦教師塾通信九百三十四号

2024-10-18 11:28:09 | ニュースの読み方

石破首相・下

 ~「自衛」と「同盟」~

 

 ☆初めに☆

石破茂が首相になることを、私たちの多くが待っていたような気がします。わけあって石破氏は、自分の党からコケにされていた。私たちの新首相への期待は、すでに幾ばくか肩透かしを食らっているようですが、私たちが石破氏に期待してしまうまでのいきさつを確認した方がいいと思われます。一方、国際的な緊張を前に、煽られてばかりいる私たちです。「平和ボケ」の私たちに、考えるための具体的な手立てはないのでしょうか。ないはずはない。

 1 森加計問題

 忘れそうだが、石破氏は党内きってのタカ派だ。憲法九条・第2項を撤廃するというのが、その代表と言える。

「(戦争放棄の)目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」

この項目を廃棄する考えは、今もって変わっていない。では、石破氏へのシンパシーを私たちはどのように持つに至ったのだろう。中でも、森友・加計学園問題は大きかったはずだ。4年前の総裁選に出馬するにあたって日経始め報道各誌に、長期政権にあった安倍内閣が目を剥いてびっくりするような発言をしている。要旨は以下のようだった。

「キャッチフレーズは「納得と共感」。首相になった場合に森友・加計学園問題や「桜を見る会」の問題を再調査する。検証しなければいけないことがあるとすれば、検証していかなければならない。政治が『何かごまかしている』『ウソを言っている』という思いが(国民の間に)ある以上、納得にも共感にもならない」

この問題に対し、渦中の自民党でこれほどはっきり言う人間がいたのかと、留飲を下げた人も多かったと思う。実は時期を同じくして、繰り返し都知事に挑戦し続けている、元幕僚長の田母神俊雄との間で石破氏は激論を交わしている。田母神氏は雑誌『Will』で突っ込み、石破氏は同じく『正論』で受けた。もともと田母神氏は、靖国神社に参拝したことのない石破氏**に我慢がならなかった。そこに油を注いだのが石破氏の、

「『日本は侵略国家ではない!』それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからと言って日本は違う、との論拠にはなりません。『遅れて来た侵略国家』と言うべきでしょう」

という田母神氏への反論である。「こういう御仁が自衛隊のトップに君臨していたのである」と、田母神氏が激怒したのはもちろんだ。また、2008年に起きた護衛艦「あたご」と漁船の間の海難事故で、漁船側にふたりの死者が出たことで、この時防衛大臣だった石破氏が遺族に謝罪に出向いた件にも言及する(これは海難審判では「あたご」に回避義務があり、刑事裁判では無罪になるという経過をたどった)。こんな防衛大臣の下で、自衛隊員が胸を張って活動出来るはずがない、と田母神氏は反論したわけである。当時、田母神氏は「石破茂氏には、どうしても総理大臣になって欲しくない」と繰り返し語っていたが、その石破氏、総理大臣になってしまった。

**今朝の報道で、石破総理が「昨日、靖国神社参拝」とあった。田母神氏との激しいやり取りは、2010年代後半のものだ。田母神氏は「(石破氏地元の)護国神社さえ参拝していなかった」と、批判している。

 2 集団的自衛権

 しかし、これが国際紛争・戦争に及ぶと、石破氏の持論が前面に押し出される。小泉政権の下で防衛庁長官だった石破氏が2004年のアジア安全保障会議で、また地方講演で、首相を力強くサポートする姿は圧巻だ。

「自由と民主主義を否定する集団から自由と民主主義の体制を守るためには、かかる集団との対話は意味を持ちません。力を含むあらゆる手段を用いて断固として戦うほかはありません」

「イラクが大混乱に陥って……飛び火していったとして、一番困るのは(石油のない)日本人じゃないですか」

石破氏はこの辺にして、私たちの「自衛」を考えてみよう。国を揺るがす出来事はなかったのか。「自衛」とは、そこから考え得るものだ。それで思い起こすのは、オウム真理教である。日本全体の機能がいかがわしい宗教集団に覆されるのではないか、と恐れおののく時もあったと思う。この時、自衛隊に出動要請をしたのは、東京都知事である。「地下鉄爆撃」の誤報を、オウム真理教によるサリン攻撃であるとただちに判断し、初期段階で自衛隊は待機していたという。教訓にしたいのは、相手が理屈の通らない集団だったら(実際、紛れもないテロ集団だった)どんな違法な捜査がされても構わないと、私たちが思ったことだ。そんな考えの決定的欠陥をさらしたのは、警察庁長官狙撃事件だった。オウムとは関係のない事件と分かるまで信者に対して嫌疑をかけ、あらゆる手法が使われた。

 興味深いのが福島第一原発事故だ。これも国の存亡にかかる大事故である。物質的・経済的、医療的支援が世界各国から寄せられた。そして人的支援もされるのだが、とりわけ原発事故の対応に現場まで赴いたのがアメリカ軍だった。トモダチ作戦は「強固な日米同盟」の証明とされた。しかし、押さえておかないといけない。命の危険を賭して現場にいたのは、東電の現場職員だ。そして「日本」の自衛隊・「日本」の消防・「日本」の警察、以上である。アメリカ軍は2011年の3月17日、危険回避のため原発から80キロ圏外へ避難する。「敵前逃亡」した米軍を、集団的自衛権議論の俎上に上げない手はない。憲法九条第2項撤廃と共に集団的自衛権の行使を持論とする石破氏が、「イラクに派遣された自衛隊が、戦闘エリアになったからと言って撤収(**敵前逃亡)なんかすることが出来るはずがない」と言った石破氏が、この件についてどんな論評をするか聞いてみたい。

 **( )内は私の解釈による勝手な加筆です。

 

 ☆後記☆

週刊新潮の記事に、コメントが欲しいとの連絡を受けました。言われずともやるつもりでした。昨日発行の新潮に「取手いじめ事件」が、大きく取り上げられました。地裁の「原告(元担任)の処分を撤回しろ」という判決を支持し、県の立ち上げた第三者委員会を批判する記事です。来週も続く連載なのです。前に書きましたが、事件の控訴審は今月の31日に判決があります。つまり、新潮の連載が終わった翌週です。控訴審も原告有利に動いていると見た新潮が、掲載に踏み切ったのではないかと、私は思いました。来週に書くつもりです。

一方、ノーベル平和賞という驚きのニュースもありました。ちゃんと書かないといけません。後日、改めて書きます。「非核の火」を引き継いだ、福島県・楢葉町の早川住職も喜んでいることでしょう。

今年も庭の金木犀が満開。家の中まで香りがむせ返るようです🥀

明日は、子ども食堂「うさぎとカメ」ですよ~ 定番の焼きそばにポテトフライを添えま~す🍝 食欲の秋🍄💛

チラシ裏面の通信です。皆さん、おいでくださ~い👪


ヤジ 実戦教師塾通信九百十七号

2024-06-14 11:25:13 | ニュースの読み方

ヤジ

 ~原則と逸脱~

 

 ☆初めに☆

「つばさの党」なる団体が、物議をかもしています。政策らしきものは全く見当たリません。この連中がN党、そしてガーシー議員⁉に続く、ストレス発散民族と見ていいでしょう。でも今回の記事は、こういう者どもに対する批判ではありません。またしても、「表現の自由」が絡んでいるからです。戦う土俵が違うんです。

 1 首相・安倍

「こんな人たちに負けるわけには行かないんです」

懐かしくもないが、7年前の秋葉原駅頭における安倍元首相の「抗議」の声だ。「安倍やめろ」の横断幕とポスター、そして聴衆の「ヤジ」に対して出されたものだ。もちろん私も、首相が官邸主導で、この2年前に進めた安保法案の強引に憤った。また、小泉政権下での内閣主導システムは、安倍内閣で大きく進んだ。官邸・内閣ですべてが進んでいくことに、いら立ったのである。ついでに、辻元議員の国会質問に「さっさと質問しろよ」とヤジを飛ばしたのもこの男だ。そんな奴がヤジにムカついてるゼ、ぐらいにも思った。でもやはり、抵抗があった。ことは、駅頭の占有許可をもらっての選挙演説なのだ。街頭デモのことで言おう。あれはまず、デモ申請をして、公安委員会から道路使用許可を得る。学生時代に何度もやったが、参加人数「千人」などと書く。宇都宮大学は全学で3千人強、そんなに出るのかと聞かれるが、そうだと答えると、それ以上相手は何も言わない。一方、デモへの妨害もある。右翼が街宣車で突っ込んできたこともある。過激なデモを抑えるのが警察なら、デモ妨害の右翼を止めるのも警察である。選挙演説も同じだ。首相・安倍に頭に来ていたのは、私も同じだ。しかし、ことは駅頭の候補者演説であり応援である。

 2 ぜひとも傷害罪で

 この首相の発言に対し、多くの批判が飛び交った。例えば、州知事選の演説会場で、「ターミネーター」のシュワルツェネッガーが玉子をぶつけられたこと。それに対し、シュワ氏が「ベーコンも寄こせ」と対応したことを、首相・安倍の「こんな人たちに……」と並べ、いかに安倍氏が「大人げないか」としたのだ。また、オバマ大統領が当選した時、相手候補(マケイン)の支持者に「まだ、私を支持していない……皆さんの声も聞こえています」と言ったことをあげ、同じく「聞く耳を持たない」首相だと批判したこと。確か、ボルテールだったか「私はあなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は、命をかけて守る」 を取り上げた人もいたと思う。でもこれって、双方が「相手をリスペクトする」状態が前提となっている。そうでない誹謗中傷はもちろん、相手の声をかき消すヤジは考慮されていない。仮にそんな状況を想定したとして、ボルテールは「単に相手を潰すのが目的なら、私はそれを叩き潰すだろう」と言ったかも知れないゾ。北海道での街頭演説聴衆排除は、プラカードを掲げた静かな人たちもその対象になったそうだ。しかし、秋葉原の件はどうなんだ。プラカード・横断幕のメッセージはいい、と思う。でも、エスカレートした事態は、聴衆間でのもめ事へと続いたとも聞く。安倍先生が器の大きい人だったら臨機応変、この場で幾ばくか質疑応答しただろう。実は「私は都議選に立候補した方を応援に来たのです。私への批判は別なところでお願い出来ませんか」と首相にやられたら、安倍やめろのシュプレヒコールは出来なくなったはずだ。しかし安倍先生は、もちろんそうせず「こんな人たちに……」とやった。この発言が原因で、くだんの都議候補は敗北を喫したともいう。しかし、これらを「表現の自由」として来たしっぺ返しは、現実のものとなってるんじゃないのか。

 衆院補選の立候補者・乙武氏に、同じく立候補した「つばさの党」が「不倫、不倫!」と、大音量で叫びたてた。よその陣営を追い回す「カーチェイス」も繰り返した。今でこそ警察の動きは速やかだが、こうなるまでじれったい思いをした人たちは多かった。しかし警察は、この種の問題が単なる「妨害」なのか、デリケートな「表現の自由」が絡むのか、判断に苦しむのだ。政権批判を「表現の自由」として進めるのは、論点がずれて行くことを思い知るべきだ。「批判にきちんと反論しなさい」が真っ当なのであって、「批判するのは自由だ」では、不確かな・不誠実な言葉にも道を拡げる。5年前、愛知の「表現の不自由展」を巡る出来事を、ここで少しばかりレポートしたことがあった(664号)。その時と同じことを言います。相手と正面から向き合うためとして、「表現の自由」を道具にすることは、役に立たないどころか障害になる。「何を言いたいか」ではなく「言いたいことを言いたい」が前面に立つからだ。

 目の不自由な知り合いの議員が、街頭演説で腰抜けどもからヘイトを浴びた。そのことを前にレポートした。市議会で福祉部長が、あろうことか「この事案は差別ではない」と公言したため、私が役所に乗り込んだレポートだ。私は新大久保のヘイトも埼玉のクルド人ヘイトも、残念ながら、「つばさの党」の妨害行為も目にしていない。出向けばいいのかな。遭遇したいものだ。電話ボックスの上に座り込み「不倫!」と怒鳴っている奴の足を引っ張って、地面に引きずりおろしたいと思う。シュワ氏のように、大人の対応が出来そうにない。その場合の罪は「公職選挙法違反」ではなく「傷害罪」で願いたい。そん時は「真面目にやれ、この野郎」と言おうか、それとも「こんな人たちに負けるわけには行かないんです」って言おうかな。

 

 ☆後記☆

寝苦しい季節がやって来ましたね。梅雨入りはまだだし気温も抑えめかなと思いますが、対応が難しい。扇風機はかけないで、窓を開けて寝てます。もちろん、今年も昼間のエアコンは断固しません💦

近所の観音寺。アジサイの見頃はこれからです🥀

夏に必須アイテム神輿🥁 神輿の若頭が、向島から送ってくれました。

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子ども食堂「うさぎとカメ」、明日となりました。飾り寿司は「アンパンマン」です🍙 新鮮な野菜もいっぱいですよ~🥕 明日の「もしもしカメよ」も送りま~す✉