実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

専制国家・下 実戦教師塾通信八百二十三号

2022-08-26 11:41:24 | 戦後/昭和

専制国家・下

 ~ウクライナ侵攻・補(10)~

 

 ☆初めに☆

東日本大震災があった、12年前に書いたことです。震災直後、福島入りして状況のひどさに圧倒され、写真撮影など思いつきもしませんでした。それが、若者たちの「帰ってみんなに報告したい」と言っては、バシャバシャ撮る姿に触発され、私も記録するようになった。

二日前の新聞です。キーウ(キエフ)市郊外の崩れたアパートをバックに、市の中心部に住む人たちが笑顔で写真を撮る場面に遭遇して不愉快な思いをしたという記事です。確かに、そんなこともあるのだろうと思いました。私に言わせれば、そんな取り上げ方をしてまで「長引く戦争 見通せぬ復興」という見出しを強調したいのか、という思いを強くしました。福島の海岸に来ていた若者たちは、「ここを写真に収めていいですか」と、住民の方たちに断っていた。キエフでも近くに住民が居たら、多くの人たちはそうしていたのではないでしょうか。ウクライナの人々の悲しみや苦しみに私たち周囲が慣れてしまわないように、というメディアの気遣いなのでしょう。

今回の記事、前回のものを読んでないと分かりません。読んでない方は、そちらを読んで下さるようお願いします。

 

 1 溢れるマフィア

 国家というタガが外れたソ連(現ロシア)で、一体どんなことが起こっていたのか。前回取り上げた「専制国家」なるコネと賄賂が横行する在り方は、広大な「闇市場」を闊歩・蔓延させた。国家-地方を貫通する公的な「闇市場」を一方におけば、他方には、良質のサービスや商品をあっせんする「良心的?マフィア」がいる。エレベーターを始めとする大型機械から、靴やハサミなどの小物製品に至るまで、ソ連の製品が名うての劣悪ぞろいであることはご存じと思う。少しばかり出費がかさんでも、いいものを手にしたいと多くの人々が思う。瀬戸内海の起伏に富んだ危険な海域を案内する「海賊」が、通行料金を取りたてた例と似ていなくもない。この「良心的マフィア」は小物ばかりではない、麻薬や売春をあっせんし、闇ルートの恩恵を受け組織を拡げていたことも間違いない。

 官民入り乱れたマフィア世界は、どんなものだったのだろう。ルーブルで買えるものが店頭から消えていく中、1986年(以下、頭の「19」は略して表記)に5ルーブルで買えた豚肉が、91年には50ルーブルとなった。この時、ソ連軍の戦闘機パイロットは、月給600ルーブルだ。彼らに劣悪な宿舎しか用意しないことで、潜水艇や軍用車に寝泊まりすることを当て込んだとは、軍事評論家・江畑謙介の言うところだ。人々はどうやってこの状況に対処したのだろう。まず、警察・官僚どもは、取り締まりや許認可という手続きの中で金をふんだくることが出来る。農家と工場労働者は契約を結んだ。生産物の互換(物々交換)が始まる。91年に収穫された農産物の75%は市場に出なかった。では、物々交換出来るようなものを持ち合わせず、賄賂を請求できるような民衆との接触もない軍人はどうしたか。ゴルバチョフの後を継ぎ、ソ連からロシアに変わり(戻り?)初代大統領となったボリス・エリツィンが真っ先に出した大統領令が「急進的な経済改革による完全な資本主義化」だった。闇市場は、すべての境界線を越え始める。戦車や戦闘機、ミサイルを売る? どこに? 笑い話ではすまない話が現実化する。マフィアによる核兵器売却という、信じられない話が流れたことを、私たちは覚えている。

 

 2 「健在な」ソ連(ロシア)軍用「製品」

 90年代のロシア政変以降、とりわけ東欧(東ヨーロッパ)で、ソ連(ロシア)圏からの脱退が、ドミノ倒しのように続く。北側から順に言えば、バルト三国(エストニア・ラトビア・リトアニア)独立、東西ドイツ統一(東独の西独への吸収)、ウクライナ独立。グルジア(ジョージア)独立宣言。などが、91年までの主な動きだ。

地図には表示されていないが、グルジアの北側にあるチェチェンも独立宣言する。また、独立ではないが、ポーランドでは非共産勢力の内閣が誕生。ルーマニア、ブルガリア、チェコスロバキア(当時)では自由選挙が実施された。これらはすべて、ソビエト連邦内かワルシャワ条約機構下の国々である。この当時ソ連が、国としての体裁を持たなかったとは言うものの、先だって「NATOには加盟しないという約束だったはずだ」と怒るゴルビーおじさん(ゴルバチョフ)の叫びは、そこから来ている。

 さて、いまはその話題ではない。これらの国々からソ連が撤収する時、あるいはソ連から自由になる時、もともとはソ連のものだった兵器、またはソ連から支援を受けた兵器はどうなっただろう。私たちも知っているのは、ウクライナの核兵器だ。これはロシア(ソ連)に返却される。本当はそんなに簡単なものではなかった。ウクライナに残った核兵器は、アメリカ、ソ連に次いで、世界第三位に匹敵する数だった。それを手放すにあたっては、独立派内でも「もったいない」という意見はあったし、独立反対派にあっては、まだ「ここはソ連」なのだった。結局、戦術核兵器に限定した合意に達するまで、ずい分と紆余曲折があった。

 そして本題は、一般重火器・その他の軍備品はどうなったのか、である。賢明な読者はお気づきと思う。新しい例で言えば、内戦によって解体したリビアが世界中に兵器を拡散させたのは2011年だ。ソ連(現ロシア)のカオスは、専制国家の時代から始まっている。ソ連崩壊でさらに広大となった闇市場と、自由に暗躍するマフィアが「新たなビジネス」に目を付けないはずがない。ブログの「NATO」で少し触れたが、ソ連崩壊後のボスニア内戦(92~95年)の時、セルビア人・クロアチア人・ムスリム人がそれぞれ「本国」に支援を呼びかけた。しかしこの時、支援兵器は一体どこからどのように調達したというのだろう。92年、大量のソ連(ロシア)製の迫撃砲・バズーカ砲・対戦車砲・自走高射砲・戦車が、ボスニア内戦のバルカン半島方面で行方不明になっている。それをやったのが、すでに形を成さなくなった政府なのか軍のマフィアなのかは、どっちでもいい気がする。

 ブーチンが抱える「カオスと闇」は、想像以上に巨大なのだろう。

 

 ☆後記☆

先週の「うさぎとカメ」、楽しかったですよ~。子どもだけでやって来るケースも、ずい分多くなったと思うこの頃です。慎重に言葉を選びながら近づいています。固めに炊けたご飯は、ピラフに丁度良かったみたいです そうめんの冷や汁も好評。でも、氷までは要らなかったかなぁ

写真にいいのがなくて。楽しそうな会食風景を撮れないのが、かえすがえすも残念です。

すぐ近くの田んぼ。曇天ですが、稲穂も立派。そして夏休みが終わります! 子どもたちの胸のうちやいかに

それでも 待ってる 夏休み (吉田拓郎)


専制国家・上 実戦教師塾通信八百二十二号

2022-08-19 11:23:19 | 戦後/昭和

専制国家・上

 ~ウクライナ侵攻・補(9)~

 

 ☆初めに☆

久々にウクライナのレポートです。だいぶたまってしまいました。今回は、プーチンに関するものです。以前、イラクのフセインを「処刑」した時の「パンドラの箱」現象に少し触れました。それと同じ事が起きる危惧についてです。プーチンが突然いなくなることで発生すること、プーチンが頑強に抑え込んでいるのが民主勢力ばかりではない、多くの、とんでもない勢力があることを取り上げたいと思います。

 

 1 競争のない国家

 いうまでもなく、「専制国家」とは、権力の一極支配だ。「競争」がない、と言い換えてもいい。政治的に競争がないとは、選挙がないことだ。あっても形式的なものしかない。経済は経済政策の下で進められ、企業は国営が原則だ。言われた通りにやるのが第一である。これで企業や従業員/労働者がやる気を出すはずがない。今は懲罰や暴力による強制労働は難しい(もちろん、存在するが)。専制国家にあっても市場原理が必要になる。専制国家の矛盾は、やはり発生する。さらに、地方ごとで生産するもの・生産力は異なる。そこに自然災害があったりなかったり、アクセスの良さ悪さ人口の多い少ないなど、様々な要因から不均等が発生する。国全体が均等に潤ったり、貧困になったりはしない。そこで仕方なく、〇〇に見習おう/〇〇に奉仕しよう等というキャンペーンを張ったりする。ここでも一定の市場原理が動き出す。

 専制国家のすごいところは、企業や地方の自主的で自由な活動を強力に制限できるところだ。「自由」と「勝手」は違うのだ。中国の大手金融・アリババが、政府の金融政策を批判したあと、上場にストップがかかったことは記憶に新しい。逆にこれは、専制国家において競争は合法ではないが、非合法的競争は可能だと言える出来事と考えてもいい。また、1960年代にさかのぼれば、大量の人命と財産を犠牲にした文化大革命は、「党・政府は経済に関与しすぎる」と批判した勢力を、走資派として排撃することをきっかけに始まった。現在はさすがに中国も、文化大革命を肯定しなくなった。補足すれば、それでも天安門に毛沢東の肖像が健在なのは、日本に勝利し、国民党を追放し、匪賊・軍閥をまとめ上げた「中華人民共和国の父」だからだ。

 話をロシアに移そう。1917年のロシア革命は、プロレタリア独裁という「専制国家」を作り上げる。ボリシェヴィキ政権の構想としては、あくまで帝政ロシアの独裁を壊滅させるまで、と期限を掲げた。しかしそうは行かない。まずは、長期にわたった戦争による国土の荒廃と、民衆の苦しい生活があった。繰り返すが、戦争は帝国ロシアの仕掛けた列強間戦争に始まり、革命政権と保守政権の内戦として続いていた。内戦を勝ち抜くと同時に、生活再建と生産向上、これが当面する課題だった。この時、一方的と言っていい農業政策が打ち出され、失敗する。すべての土地を収用し、平等に分配するというものだ。しかし、政権は安定政権ではなかった。この分配をめぐって、党派間の争いがあってうまくいかない。何より、全く土地を持っていないという小作人は少なく、土地を少しでも持っていた農民は、それを守ろうとした。また、規模の大きい地主・農家は、奪われるくらいならと、丹精込めて育てた家畜のヒツジや牛を殺してしまった。そこに飢饉とチフスが追い打ちをかけた。配給は減り、餓死者が激増する。その後、レーニンの出した「新経済政策」は、自由経済を容認するものだった。

 

 2 「汚職」とは呼ばない

 専制国家のもう一つの特徴、それはコネと賄賂である。専制国家でなくともコネと賄賂が大切なことは、ここのところニュース上を賑わせているオリンピック組織委員会理事のことを取っても明らかだ。それでも、私たちの考える次元でないと思われるのが、専制国家のコネと賄賂である。それは「腐敗」と呼べる代物ではない。「生活習慣」とか「常識」と呼べるものだ。考えてもみよう。「党」や「王族」の君臨する国では、党では党幹部、王国では王族が全てを決定する。そこに直結する、またはつながる可能性のある場所に人々は「お願い」をし、それに伴うお金が動くのは当たり前である。昔は皇帝の代理人だった官僚は、現在、党の代理人となっている。また中国を引き合いにすれば、中国は2千年以上前から郡県制を採用する。名誉が欲しかったら中央官僚に、金が欲しかったら地方官僚になれ、というのが通念である。コネや賄賂の源が、単に皇帝から党に変わっただけだ。「聖域なし」の汚職追放に取り組む習近平は、このまずい歴史的遺産を分かっている。そして、それを解決しようというのだが、専制国家にそれが可能なのだろうか。また、腐敗・汚職の追放は口実でしかなく、批判勢力との権力闘争と見ている党関係者は少なくない。

 ボリシェヴィキ政権がソ連(現ロシア)となった時、党を頂点とした強力な官僚・専制国家が出来上がる。これが少し揺らいだのが、前に書いたフルシチョフ政権のスターリン批判である。そして、さらに大きく揺らいだのが、記憶に新しいゴルバチョフ政権の時代である。1985年に始まるペレストロイカ(ソ連の立て直し/自由経済の導入など)のひとつ、グラスノスチ(情報公開)は、とりわけ翌年のチェルノブイリ原発事故での情報隠蔽があったことで、急速に進んだ。しかし、ペレストロイカは4年後に崩壊する。そして1991年、ソ連が崩壊する。この後のソ連の混乱・カオス状態は推して知るべしだろう。

 このカオス状態の中から顔を出し、新たな「帝国ロシア」を形成したのが、ウラジミール・プーチンである。どのようなカオスだったのか、いや、まだ続いている混乱がどんな理由に因っているのか、次回に書きます。

 

 ☆後記☆

私の影が写ってしまったけれど、今年の我が家のコキア。ホントにすご~い。皆さんも目の保養にしてくださ~い!

ちなみに、昨日のオオタニさ~んの、4安打1ホームランもすご~い!

 ☆☆

こども食堂「うさぎとカメ」明日になりました。涼しいのかな。予定通り、そうめんの冷や汁やりますよ~

 


軽井沢 実戦教師塾通信八百二十一号

2022-08-12 11:34:59 | 旅行

軽井沢

 

 ☆初めに☆

二泊する旅行も久しぶりですが、軽井沢はもっと久しぶり。ゆっくりお湯につかって、美味しいもの食べて、ありがたいことです。そんな間も頭が動いてたのは、いいことなのでしょうか。秋から暮れにかけて、取り組まないといけないことに気付きました。その時は皆さんにもお知らせします。とりあえず、優しい風と温かいおもてなしに感謝でした。

 

 ☆電車☆

懐かしい横川駅。この右側に釜めし弁当の売り場があります。もちろん釜は、レンジ対応のどうこうではなく焼き物。林間学校の子どもたちが、今も大切にお持ち帰りしている、素焼きの釜です。

改札こそ自動ですが、奥に見える昭和レトロ感ばっちりのホーム。

軽井沢駅。この子ども用改札は「休み」でした。

電車の、いかにもローカルな車両がいいんです。

駅を降りたところには、朝顔がたくさん。

 

 ☆そば☆

一日目のお昼。広い座敷でゆっくりと、山菜そばです。翌日の快適なお通じと関係あったみたい。外の峠道を、カウンタックが3台!爆音をとどろかせて通って行きました。

場所を変える気にならず、ここでコーヒー。豆のせいというより、コーヒーが美味しいのは水が良いせいでしょう。

 

 ☆ハルニレテラス☆

星野リゾートが開発した温泉のそばに出来たリゾート施設。

話のタネに、ついでに寄ってみました。ジョンレノンが泊ったという「万平ホテル」は、予想通り、庶民が行くところじゃなかったみたい。こういう場所近くは、舗装もされてない。そこを高級外車が案内されていくのが、かえって違和感がないのです。

方や、ハルニレテラスはゆっくりと。バス停から、渓谷風の道を10分ぐらい歩きます。

湯川というそうで、そこここに川まで下りられる場所がある。奥入瀬渓流や、日光遊歩道を思わせます。

やがて、木造ログハウス風の施設が現れます。地元の野菜やブティック、たくさんのレストラン。ペットを連れた人たちもたくさんいました。まぁここでも、ベビーカーにペットを乗せて歩くのを見かけましたが。

そば屋の行列。これでも少ない時のもの。お昼を食べたテラスから撮った写真。でもこっちは、お昼というより、モーニングだったのです。つまり、このそば屋の行列は開店直後のもの。開店前は通路全体をふさぐばかりの人波でした。そこまでして?という行列でした。

これがモーニング。ホットドッグ🌭と、カプチーノ。おしゃれなカプチーノ、美味しかった。

併設されている「sawamura」ベーカリー。ショーケースのパンはドイツ系みたいで、ガッチガッチに焼いてあるのが多かった。美味しいです。

 

 ☆眼鏡橋☆

バスで移動しました。峰の茶屋から、あの妙義山へと続く峠の中ほどに「眼鏡橋」があります。存在感、ばっちりです。多分、式場のCМか何かの撮影なんでしょう、その現場を通りかかったみたい。ついでにラッキー&びっくりです。

 

 ☆事故?☆

もうすぐで自宅、というところでした。田んぼに車。もうすぐ穂をつけようという稲をかき分けて、車がいました。全く何事もなかった風なので、他の信号待ちをしている車も様子を見ているだけ。どうやったらこうなるんだろう。運転の女の人が見ているのは、車検証だったのかな。

 

 ☆後記☆

先日、福島で過去最高のコロナ感染者をカウントしました。感染者が多いっても人が多いとこだよ、と渡部さんは言ってましたが、どうなんだろ。この暑さの中、牛さんも大変なんだろうなあと思ったりと。こっちがもう少し収まってから行きたい、と思っているこの頃です。

 ☆☆

精神科医の中井久夫、亡くなりました。会ったことはありませんが、今までずい分助けられました。これからも助けてもらうつもりです。


2022 読書特集 実戦教師塾通信八百二十号

2022-08-05 11:24:12 | 思想/哲学

2022 読書特集

 

 ☆初めに☆

暑いですね~。動けない時は本を読みましょう。恒例の読書特集です。この特集の時は、いつも以上に書く作業が楽しいです。収穫の多い一年だったかな。ロシアによるウクライナ侵攻があったため、古い文献をあさることが多くありました。うっかりすると、そっちばかりになりそうでした。別なジャンルで、あと3冊ほど書きたかったのですが、来年にしようと思います。それでも結構長くなりました。夏休みですので、ブログもゆっくり読んで下さいね。

 

 

1 「Number 1044」  2022年

雑誌です。Numberのよさは、専門誌と違って外野の人間でも分かること。でも、将棋に通じている記者による記事は、将棋の面白さを逃していない。撮影担当記者の、藤井聡太をのぞき込む時の怖さは、「猛獣の怖さというより深い崖を覗き込んだ時の怖さ」だという。これは渡辺明との王将戦・第一局である。右端に少し見えるのが渡辺王将(当時)の袴で、鋭い眼光の藤井聡太の右手にはお茶。トイレに立ったあと、相手がすぐ差せば自分の持ち時間のカウントが始まる。だから、すぐ戻ってこないといけない。対局室には激しい呼吸が充満しているという。

藤井聡太は七局ある竜王戦で、天敵・豊島将之をストレートで破っている。そのレポートが興味深い。時間を惜しみなく注いで長考に入る藤井が、残り時間9分という時、豊島の方は2時間半も残していた。「これで勝てると思っているのか」と、控室の誰かが悲鳴をあげたそうだ。しかしその後、まだ1時間を残したまま「負けました」と豊島が駒台に手をかざす。感想戦に入ると、豊島が「負けですか?」と、藤井に言ったそうだ。自分にまだ何か方法があったか、という問いなのだ。ふたりは、たくさんの「難しい」「自信がない」を口にするのである。

歴代棋士・羽生善治や谷川浩司、会場となったいわき湯本温泉の女将の話なども見逃せない。

 

 

2「西郷札」松本清張 新潮文庫 2021年(改装版)

松本清張のデビューは遅く、41歳。この短編集の冒頭を飾る「西郷札」(「さいごうさつ」)は、清張が朝日新聞社に勤務中の時のものだ。廃藩置県によって、それまで各藩に流通していたお札を新政府が買い取る。大蔵省は各藩からの不満を抑えるため、藩それぞれの買い取り時期と値段を極秘としていた。それを聞きつけた三菱の創始者・岩崎弥太郎は、日本中の藩札を買い占め大儲けする。ここまでは本当の話。12個の短編すべてに通じるのは、幕末・明治初期において生まれた、士族や家族の運命・宿命である。表題作品の主人公(樋村雄吾)は、廃藩置県のあおりを食らって給料を失った父親を置いて、西南役の西郷隆盛の支援に向かう。仲の良かった義理の妹とも離れ離れになるが、明治になって再会する。坪内逍遥が言う通り、明治・東京の新風俗は、夢を追う若者が選んだ「書生」「人力車夫」だった。戦に敗れた雄吾も、車夫となった。その客として突然目の前に現れたのが義理の妹・季乃である。季乃は大蔵省・大隈重信の直近部下の妻になっていた。ふたりが一緒のところを偶然見た紙問屋の主人が、俥(くるま)屋の主人に、紙切れ同然となった「西郷札」買い取り仲介を持ち掛ける。この後のふたりは、荒れ狂う海に漂う木の葉のようだ。

時代に翻弄される男と女という清張の創作方法は、デビュー作ですでに堅牢だった。

 

 

3「戦争は女の顔をしていない」 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 岩波現代文庫 2016年

この本は大戦時のソ連(現ロシア)女性兵士へのインタビューを集めたものだ。2015年に著者がノーベル文学賞を受賞してすぐ、この本を注文したが明確な説明のされないまま、キャンセルとなった。著作権消失のためだと知ったのは最近である。ノーベル賞を受賞する前年、ロシアのクリミア半島への侵攻があった。そして、著者はベラルーシ出身である。これで、著作権停止をめぐる説明は要らないだろう。このインタビュー収録の時、大戦時に少女だった500人の女たちは顔に深いしわが刻まれていた。若かりし時の戦いの日々には二通りの姿があったように思う。ひとつに、女たちはいつも戦争の被害者だった。

「私がきれいだった頃が戦争で残念だわ、戦争が娘盛り。それは焼けてしまった。その後は急に老けてしまったの……」(自動銃兵)

茨城のり子の『私が一番きれいだった時』をコピーしたような女性の話は、「本当に困ったわ。水はないしトイレもない。分かるでしょ?」(電信係)等へと続く。もうひとつ、本のタイトルを思わせる女兵士たちの言葉も見逃せない。汽車の中で上級大尉が中尉に「堕落しないでくれよ……君は優しい娘なんだから。……戦争から清らかなまま戻るのは難しいんだよ」と言う。敵はファシスト(ドイツ軍)、こちらはソ連の兵士を指す。

「みんな喜んだわ。本物よ、本当に撃つのよって」(狙撃兵)「職務を解いて弾が飛び交っているところへ送ってください!」(通信係)

等のおびただしいくだりは、温厚で気弱な青年がガチガチの兵士になる姿を描いた、キューブリックの『フルメタルジャケット』を思わせる。それでも、女たちはわずかばかりの「おしゃれ」をたしなみ、戦地から戻った自分の身長が10㎝伸びていたと振り返る。著者はインタビューを通じて、「人間は戦争の大きさを越えている」と言うのである。

 

 

4「ロシア共産党党内闘争史」R.ダニュエルズ 現代思潮社 1971年

学生時代に読んだこの本を、もう一度引っ張り出した理由は、ロシアのウクライナ侵攻があったからだ。1950年代に始まるスターリン批判で、封印されていた文書が(一部)公開される。その中で明らかになった激動期のロシア革命での論争・抗争をめぐる記録だ。上巻には、ロシア革命からレーニンの死までの経過がある。いまニュースで当たり前のように「ロシアはずっとウクライナを侵略して来た」とすることが、いかにいい加減であるかが分かる。これは先述の『戦争は女の顔……』の、「友達と一カ月かかってウクライナの第四軍に追いついた(合流した)んです」に見ることも出来る。まぁこれは、ナチスドイツを相手にした第二次大戦での話ではあるが。第一次大戦において、まずはロシアも帝国、国土の拡張をねらうハンガリーやオーストリアなど、どこにも民主・民衆なんて言うものがなかったことは以前に書いた。この帝国ロシアを倒したボリシェヴィキ政権は民族自決権を尊重するが、このことをめぐって激しい論争が繰り広げられる。ウクライナの右派はモスクワ(党中央)を支持するが、同じく左派はモスクワからの自立を主張する。しかし、両派ともに「ウクライナはロシアの一部」という認識だ。左派はあくまで「自治権」の要求だった。これがウクライナ(地方)での出来事だ。こういうところまで、今のニュースなど知ったことではない。そんな革命政権内の抗争・混乱に乗じて、追放された帝国ロシアが再び頭をもたげる。将軍デニキンはモスクワの奪回にまで迫った。

プーチンの暴走に便乗した、単純すぎる「ロシア=悪・ウクライナ=善」なる図式で、歴史はなかった。

 

 

5「AV女優の家族」光文社新書  2020年

全て本人の写真入りインタビュー集。 ①茉莉菜さんは、芸能界で仕事をしていた。でも「自分の実力で仕事をしていたわけではなかった」ことに気づき、「完全に個人戦」のAV業界に入った。この人、人妻でママさんである。単身赴任の多い旦那さん(仕事のことはバレてる)を、ちゃんと愛してる。撮影での「体の満たされた感」と「プライベートでの満たされた感」は違うそうなのだ。 ②この業界に普通の人は少なくて、超お金持ちのお嬢様か、本当に貧乏な人がやってると語る心菜さんは、「男性がもう信用できない」「まともな男っているのかな」と語る。常々の目標は「女は自立しないといけない」である。 ③シングルマザーのゆきさんは、結婚に何度か失敗している。いろんなことが自由で、仕事もしっかりやってくれる男性だと思っていたのが、結婚すると、超束縛男になってしまう。良く聞くことではあるが、この人の「どうしてもダメ男に育てちゃう」のワンフレーズにはうなるものがある。 (番外)早漏オーディションを勝ち抜いた男優・中平くん。六秒で発射のギャラは、1万3千円だったという。時給換算すると780万円!なんだとか。まぁ1時間ずっとは無理だと思うけど……。5人の女優と1人の男優の話は、それぞれに奥が深い。

 

 

6「ハヨンガ」チョン・ミギョン アジュマブックス 2021年

ドリンクに混入された薬物で身体の自由が利かなくなった女性が、ホテルの一室に運ばれるところで物語は始まる。これなら日本の首相番記者が、女性ジャーナリストに行った行為かとも思う。しかし、女性を運び込んだ男はホテルを去る。その後、男が送信したラインを受けた男たちがホテルに殺到する。男たちは動けない女性に次々と行為に及び、ホテルの廊下は「待合室」の様相となる。女性の悲惨は終わらない。この後、強姦専用ネット(ソラネット)上で、本人の写真・個人情報が、性行為の動画と共に炎上するからだ。「雑巾女!」/オレを捨てたオマエが悪い/復讐してやったという幸福感/「いいね!」が膨らむことで有名になった等々。この小説が興味深いのは、韓国で実際に起こった事実をもとにしたものだからだ。この侮辱に耐え切れず女性が自殺したのをきっかけに、事件を取り上げようとしない警察を見切った女たちが立ち上がる。そして、ネットの「顔が見えない男たち」に、「顔が見えない女たち」の復讐が始まる。不可能に思えるリベンジが実現する経過はリアルだ。

「遊びでストレスを解消してるだけなのに……冗談の通じない石頭……そう思われるより沈黙した方がマシ」

「アホか、消えろ……他の相手には使わない言葉が遠慮なくあふれ出すのだが……傷つけていなかった。ブサイクと言われたら火星に行けと答えられる友だち……そんな友達を欲しがっている自分に気が付く」

いじめ社会に漂う空気、あるいはネット社会で見失ったもの、そんなことを考えさせるくだりも散見される。

 

 

7「2月の勝者」高瀬志帆  ビッグコミックス

コミック。ドラマになったので、ご存じの方も多いと思う。『家売る女』と似ている。チーフの三軒家がいつも最後に言う「おちた……」は、不動産屋の性根を表す。しかし、物語の核となるのは、家を買おうとする男や恋人、家族や親の、ある時にはあいまいな、ある時には相手を思いやらない考えを引き出し、修正していく三軒家の力だ。そして最後は、客にとっての最適な「家・物件」を示していく。塾講師の黒木蔵人もそうだ。業界トップのフェニックスをやめて桜花ゼミナールに来た黒木は、「Rクラスはお客さんです」と、難関校からはるか遠い受験生を「お客さん」、つまりお金を出してくれればいい人たち、と言う。Rクラスの生徒は勉強が出来るようにならなくてもいい、ともいう。何とか理解のつまずきを克服させようとする講師を「原始人」と言ってはばからない。黒木は、息子の成績がちっともはかばかしくない状況を嘆く母親を横目に、息子の「学力」ではない「夢」に注視する。その結果、息子が家はもちろん、塾、そして学校でも生き生きとし出す。拝金主義・合理主義に見える黒木のセリフは、『家売る女』のラストに似ているのだ。雑な内容の時もあるが、「子どものために」という大人の一方的カン違いを教えてくれる。大雑把に読んでて自信はないが、舞台は吉祥寺界隈と思う。ドラマでは黒木蔵人役が柳楽優弥。見てないけど、当たり役と思う。

 

 

補「『楢葉郷農家の10年』の軌跡」 2021年

その後も多く、新刊への感想をいただいている。「知らなかった」という感想の多くは、実は「忘れてた!」というもの。私も自分が書いていながら、読み返すと「そうだった!」と思う。繰り返しますが、これは批判・告発の本ではない。福島の「場所」に生きる人たちの「力」が記録されている。原発事故よりも大きい人の力が、そこにある。まだ読んでない人、ぜひ読んで下さい。

 

 

 ☆後記☆

8月になりました。ピラフを食べて、暑さを乗り切ってもらいます。涼しげなお吸い物も考え中で~す

裏面は「夏休み」\(^o^)/。今となっては古い記事になりましたが、拓郎のことも書きました。まだまだ続く夏休み

次号は少し休憩ということで、旅先の写真ばかりの記事になると思います。ほとんどが軽症であることを忘れてはいけませんが、コロナが爆発的です。東京での用足しや仲間との飲み会は、参加人数が多いため延期にしました。旅行は関係ねえ。楽しく行って来ま~す