チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 465

2021年12月09日 08時48分08秒 | 日記
着物のすべてが化学繊維のものになり
それを良しとする人も多くなり、便利だから、洗濯機で洗えるから、とり扱いが楽だから、安価だから、と大いに流行ってしまった

此れも可の人たちの策略に載ってしまった結果だけど、もうぼつぼつ目を覚まさないと、本当に日本国はなくなっていく

生まれて初めて化学繊維の物を身につけたのは26歳の時だった
大内順子さんがフランス土産と言って、タートルネックの紺の半そでセーターをくださった。ゴム編みで軽くてカッコよく、この世にこんな便利なものがあるのかと、自然素材がもっさりとした感じがして、化学繊維信望者になり、母を嘆かせた。そのころは化学繊維の方が高額だった

その頃姉たちはまだ絹のストッキングをはいていた。しかしストッキングもナイロンがはやってきて、絹よりまだ高額だったので、新宿ではストッキングの伝染した糸を繕う店もあった。学生たちはソックスが当たり前だった。それも木綿の者が多かった。すぐ穴が開くのでそれも繕っていたが、そのうちナイロンに変わってしまった

しかし
自然素材を身に着けて育った者にとって、日本の梅雨、湿気の多い夏には体が受け付けない、更に冬はひんやり冷たくて、やはり直接肌に付けるものに関しては自然素材の方が気持ちがいいと思った。でもデザイン的にやぼったいので、どうしてもナイロンに走る娘心

そうこうしているうちに体中に発疹が出てきて、下着をすべて自然素材に戻したら発疹は消えた。それでも上着はデザインや色のいい化学繊維の物を愛用

がしかし
着物を日常に着るようになってからは、絹の気持ちよさに目覚めた。冬暖かく、夏涼しい。また麻の存在も素晴らしい
絹と麻を調べていくうち、わが先祖たちのこのふたつの布にたいする崇高な思いも知った。麻と呼ぶ繊維の中に大麻と苧麻があり、その二つの繊維の用い方も先人たちの工夫があった

それを追求していくうち、日本の奥深い文化を知ることになった
日本をよみがえらせるには自然素材をみんなで守り育てなければいけない
切にそう思う



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