宇宙のこっくり亭

意識の覚醒に向かって、精神世界を縦横無尽に語る本格派ブログ!!

自分の意識の覚醒を目指そう

2011年10月05日 | 精神世界を語る
    
またまた、読者のコメントで知ったのだが、なんと、ペトル・ホボット氏のHPが閉鎖されてしまったらしい。日本でイベントやワークショップを開催していたスピリチュアル系の会社が、それを発表している。

ペトル・ホボット氏といえば、かなり有名な霊能者だ。日本では、浅川嘉富氏との対談本を出版して有名になった。注目すべき存在だっただけに、残念だ。

「アセンションは、近い将来には起きない」という発言で知られる。アセンションが起きない・・・というわけじゃないんだが、まだまだ、あと数千年もかかるんだそうな。

それを聞いた対談者の浅川氏は、血相を変えて詰め寄ったという。なんども執拗に問い詰めて、ついにホボット氏も折れたか、「近い将来のアセンションに関する肯定的な発言」を引き出すことに成功した。

精神世界は、百人いれば百通りの意見がある。関係者全員が、「近い将来にアセンションが起きる」と考えているわけがない。ここは、「へえ、そうなんですか」と軽く受けるべき場面だったかと思われる。

しかし、浅川氏ひとりを責めるわけにはいかない。筆者も、かつて坂本政道氏がアセンションに関する見解を修正し、「2012年に大変化が起きる」から、「2012年から大変化が始まり、あと何十年も続く」に変わったときは、それなりにショックを受けた(笑)。講演会の質疑応答で、「どっちが本当なんですか?」と問いただしたこともある。それに対する坂本氏の回答は、残念ながら忘れたが、「これには人それぞれの見方があり、知的存在もいろんなことを言ってるので、各自が信じたいほうを信じて構わない」という主旨だったように思う。

まあ、どちらにしても信じたところで仕方がないのだが、個人的には、やっぱり「2012年に大変化が起きる」のほうに考えが近い。・・・ていうか、2012年と言わず、今日か明日に起きてくれて一向に構わない(笑)。アセンション論者というのは、大なり小なり、基本的にせっかちなのだ。諸行は無常。なにごとも、時間がたてば、遅かれ早かれ変わるに決まっている。それが「近い将来に起きる」と考えているから、アセンション論者なのだ。
 
でも、アセンションは、予言ではない。もともと、「信じる、信じない」というような話ではないのだ。そもそも、アセンションは、誰かが起こしてくれるものではなく、われわれが起こすものだ。

かつてオウム真理教は、「ハルマゲドン(世界最終戦争)が起きないのなら、われわれが起こす」と宣言して、ロシアや北朝鮮から兵器を調達し、東京でクーデターを起こそうとプランを練っていた。なんとも物騒な話だが、終末予言が外れても平気の平左な人たちと比べたら、ある意味いさぎよいとも言える(笑)。

それは、宗教テロリストの話。ここで言ってるのは、もちろんそういうことではない。

われわれが意識を覚醒させることにより、世界が変容するのである。それが、アセンションの本質だ。「予言」というより、「予定」という言葉がふさわしい。

ただ、多くの人は「あと何十年もかかりそうだな」と思っている。

ちなみに筆者は、そんなにかかると思っていない。その最大の理由は、先日からシリーズ化して長々と書いてきた、「地球の意識進化の歴史はだんだん加速してきた。この流れからすれば、これから先はトンデモなく速くなるに違いない」という、歴史を観察してきた上での結論だ。
 
個人的には、長くてあと数年くらいで大きな変容を実感できるだろうと考えている。超巨大な赤色恒星が、時間をかけて徐々に崩壊し、最後の瞬間には一気に爆縮してブラックホールになるように、地球の歴史も、最後には驚くほど加速して一気に収束するだろう。
 
それが、人それぞれの解釈。ホボット氏の場合は、「あと何千年か、かかりそうだな」と思っているだけだ。ケタが2つか3つほど違うだけで、本質的な違いはない(笑)。これは、スピードの問題というより、目標とする到達地点をどこに置くかによっても変わってくるのだろう。つまり、何をもって「アセンションが実現した」と見なすかの違いだ。ペトル・ホボット氏の場合は、そのラインが高いのだと思われる。
 
まあ、どちらにしても世間一般の常識人にとっては、雲をつかむような話だ。もともと、深刻に考えるような問題ではない。

とにかく、いまの自分にできることといったら、自分自身の意識を覚醒させることだけ。ここは、せっせとヴィパッサナー瞑想をやって、観察をとぎすますのが一番だろう。もちろん、ヘミシンクでも座禅でもお念仏でも、各自がやりたいようにやって構わないのだが・・・。
 

観察をとぎすます

2011年10月05日 | ヴィパッサナー瞑想
 
ヴィパッサナー瞑想は、単に思考を停止して、精神統一するだけではない。「観察をとぎすます」ということに、この瞑想の主眼がある。
 
瞑想指導のDVDは、「歩く瞑想」から始まった。この歩き方は、独特だ。ゆっくりと歩きながら、一歩一歩すすんでゆく足に、意識を集中するのである。

右足を前に出すときは、「右足」と心の中で唱える。左足を前に出すときは、「左足」と唱える。ゆっくりと歩いていれば、「右足のツマ先が地面から離れた」、「左足のカカトが地面に触れた」・・・という風に、きめ細かく唱えることができる。こういうのを、「ラベリング」というらしい。ひとつひとつの行動に、言葉によってラベルを貼るのである。

スマナサーラ長老によれば、それは「実況中継」だという。「歩いている自分」に観察を集中し、「歩いている、歩いている・・・」と、自分の現在の行動を実況中継する。

なぜ、このようなことをするのか。

それは、ただ単に意識を集中して観察を心がけただけでは、人の心はすぐ雑念にとらわれてしまうからだ。

物質世界では、光速よりも速いものはないと言われている。最近でこそ、「ニュートリノが光速より速く動いた」という実験結果が出ているが・・・。もっとも、もしも実験結果が正しかったとしても、ホンのわずかな差でしかない。一般的には、やはり光速が物質世界の最高速度と見て、まず間違いないだろう。

でも、光速よりも確実に速く動くものがある。それは、人の心だ。

人の心は、物質世界にありながら、非物質の世界に属している。だから、物質世界の限界である光速など、軽々と突破してしまうのだ。心は、常に動いている。感覚から入ってくる刺激に、すぐ反応する。焼肉や刺身を見た瞬間に、「食べたいな」と反応する。その反応の速さたるや、物質にはありえないスピードだ。

それを発見したのは、古代インドのお釈迦さまだ。釈迦は、ヴィパッサナー瞑想でとことん自分の心を観察した結果、「なんだか、光速よりも反応が速いみたいだな?」ということを見抜いた。

そんなに速く動く心を、自分の意のままにコントロールするのは、並大抵のことではない。つまり、心は、自分ではないのだ。それは体と同様、世を忍ぶ仮の姿。そんな心をも、ヴィパッサナー瞑想では観察する。

とはいえ、あまりに速く動くので、観察するのは難しい。これは、高度な観察力を発達させた、上級者向けのメニューと言える。初級者は、まず「歩く瞑想」その他で、観察力を磨く練習をしなければいけない。スポーツや楽器と同じで、何事も練習あるのみ。まずは、「足が地面を踏む感触」その他を、徹底的に観察するのだ。

要は、雑念に反応して心が飛んでいってしまわないように、アタマの中を「歩いている、歩いている・・・」で常に一杯にしておくのである。これこそ、古代インドが人類にもたらした、至上の知恵と言えるだろう。
 
これでこそ、雑念を排除して集中できるというものだ。 
 


意識進化が地球を変える

2011年10月05日 | 精神世界を語る
  
「人類の意識進化の期日」とされる2011年10月28日まで、残り一ヶ月を切った。コルマン博士によると、この日までに人類はエゴを乗り越えて統合意識の時代に入り、経済成長を放棄して「長期にわたって持続可能な経済」に移行するという。
  
1人や2人の意識ならともかく、全人類の集合意識の持つパワーは絶大だ。意識の変容は、地球環境をも確実に変えることになる。これこそ、アセンションの本質だ。
  
コルマン博士によれば、マヤ・カレンダーは、その意識進化の予定表だという。これが予定どおりなら、そういうことになる。つまり、この日までに人類の意識が進化することにより、その後の地球環境が急速に変わっていくのである。
 
なんといっても、意識の進化が重要だ。これが伴わない限り、政治経済の制度をイジったり、新しい科学技術が開発されたくらいじゃ、本質的な変化は起きない。それは、今までの歴史の延長線上でしかない。
  
意識の進化は、地球の気候をも変える。

ここ数日、急に寒くなってきた。つい最近まで、あんなに暑かったのに、なんだかもう冬みたい。「日本の気候は、春夏秋冬の四季ではなくなり、夏と冬の二季になったのだ」という、ここ数年に言われ続けてきたことが、今年も見事に当てはまりそうだ。

先日の台風では、また大勢の犠牲者が出た。日本の気候だけが、こんなに荒れているわけではない。世界は、もっと荒れている。特に、中国とアフリカの干ばつは、世界中で大問題になっている。

今年の中国は、史上最大の干ばつだ。広大な華北平原の小麦が、全滅に近い状態だという。昔なら、確実に飢餓が蔓延して流民が大陸全土にあふれ、大規模な農民反乱で王朝が崩壊するところだ。幸い、現代の中国は世界中から穀物を輸入することができるので、そこまでひどくない。でも、物価高騰は着実に進行し、中国経済の首を絞めている。もともと、人口が多いわりに耕地が狭い中国で、食糧を自給するということに無理があるのだが・・・。
  
こんなに地球の気候が荒っぽくなっているのは、人類の意識の反映だ。人類が精神的に荒れているから、地球も荒れるのである。

昔の地球は、こんなに荒い環境じゃなかったという話もある。以前、恐竜に詳しい人から聞いたところによると、プテラノドンやケツァルコアトルスといった中生代の翼竜が、もし現代の地球に生きていたとしても、空を飛べないらしい。あんな、小型飛行機くらいのサイズがある巨大な生物が、グライダーのように大空を滑空できたのは、中生代の気候がそれだけ穏やかだったからではないか・・・というのだ。現代の地球だったら、いつも強風が吹き荒れているから、たちまち地面に叩きつけられてしまうという。

ひょっとすると、地球環境がこんな風になったのは、エゴを発達させた人類による生存競争が原因なのかもしれない。現代は、それが最高潮に達している。
 
だとすれば、人類の意識が進化すれば、地球の暑さ寒さもやわらぎ、住みよい惑星になるはずだ。
  

ヴィパッサナー瞑想 3

2011年10月01日 | ヴィパッサナー瞑想
 
ますます、ヴィパッサナー瞑想がマイブームだ。知人は「ヴィパッサナー瞑想」と聞いて、「オウム真理教みたいだな」という感想を述べていた。やはり、オウム真理教が残した爪あとは深い。この分野のイメージを、あまりにも悪くしてしまった(笑)。
  
でも、それとこれとは関係ない。これこそ、釈迦が菩提樹下で実践し、弟子たちにも指導していた瞑想法。昔も今も、意識の覚醒への鍵は、なんといってもこれだ。
  
もちろん、ほかにも瞑想の技法はいくらでもある。なかでも注目のマトなのは、モンロー研究所のヘミシンクだろう。筆者は、自分ではヘミシンクをやっていないが、坂本政道氏やブルース・モーエン氏を初めとする関係者が、ヘミシンク・ワークによって得た体験談を聞くのは大好きだ。ほかにもいろいろある。時間は限られているから、全部は実行できない。とりあえず、目についたモノから始めるのが一番だ。
 
ヴィパッサナ-瞑想は、思考を止めて、観察に徹する瞑想だ。まさしく、これは古代インドからの伝統。釈迦やクリシュナムルティの教えに長いこと慣れ親しんできた者にとっては、非常になじみ深い。インドの偉大な導師たちは、「思考を止めよ」、「観察に徹しろ」と口々に語ってきた。ヴィパッサナーは、それを瞑想で実践するものだ。だから、筆者にとっては、「初めて見るのに懐かしい」という感じ。これが釈迦の本来の瞑想法なのは、疑う余地がない。

日常生活において、「思考停止」という言葉は、あまり良い意味で使われない。でも、精神世界の探求者にとっては、「思考を止める」というのが、とりあえずの目標だ。
 
どの本を見ても、ヴィパッサナー瞑想は「歩く瞑想」「立つ瞑想」、「座る瞑想」の3つだと書いてある。どれも、目指すところは共通している。

たとえば、座る瞑想では、呼吸に意識を集中する。出たり入ったりする息に、意識を集中するのだ。一見、「呼吸法」に見えるのだが、そうではない。重要なのは、呼吸そのものではなく、呼吸に意識を集中することによって、思考を止めることにある。

このため、座る瞑想においては、息を吸っておなかが膨らんだり、息を吐いておなかが凹んだりすることに意識を集中する。「おなかが膨らんでいる、膨らんでいる」、「おなかが凹んでいる、凹んでいる」と心の中で唱える。単に観察するだけでなく、いちいち言葉を貼り付けるのだ。こういうのを、「ラベリング」と言うらしい。

これというのも、雑念を入れないためだ。単に意識をおなかに集中するだけでは、ほかの事に気持ちがそれてしまう。人間の意識は、変わりやすい。物質世界のあらゆるものよりも、変わるのが速い。光速よりも速いのである。だから、「おなかが膨らんでいる、膨らんでいる」という言葉によって、ほかの対象をシャットアウトし続けなければならない。古代インドの修行者たちが生み出した、瞑想の知恵だ。

もっとも、釈迦によれば、おなかに意識を集中するのは、まだ甘いらしい。釈迦が座る瞑想をするときには、鼻孔に意識を集中していたという。鼻孔から息が出たり入ったりすることに、意識を集中する。出たり入ったりする息は、単なる空気だ。良いも悪いもない、文字通り、空気のように当たり前の存在。だから、雑念を排除するのには最も都合が良い。

筆者は、まずはカルチャーセンターの瞑想講師だという、地橋氏の指導DVDを見てヴィパッサナーを学んだ。

それによると、まずは「歩く瞑想」が初心者には親しみやすいという。
   

かなりヤバくなってきた、世界経済

2011年10月01日 | ヴィパッサナー瞑想
 
2011年も、10月に突入した。

10月28日は、コルマン・インデックスで「マヤ暦・最後の日」と位置づけられている。

いよいよ、景気が悪くなってきた。特に、ヨーロッパが荒れている。ギリシャの財政危機に、各国の足並みがそろわない。ギリシャを支援するのに、加盟各国すべての国会承認が必要だというから厄介だ。特に問題なのは、スロバキアだという。チェコスロバキアが分裂してできた小さな国だ。「こんな小さな国が、なんで外国を支援しなきゃいかんの」ということで、反対している議員が多いらしい。そうこうしている間に、イタリア・スペインといった、ギリシャとはケタ違いの大国も経済が危なくなってきた。

アメリカも、オバマ大統領は大胆な景気刺激策を打とうとしているが、議会での審議が進まない。「日本は意思決定がのろい」と以前から言われてきたが、欧米諸国も日本みたいになってきてしまった。やたらと時間がかかり、何も決まらない。

こうなると、がぜん輝いてくるのが、共産党独裁国家の中国だ(笑)。「もはや、民主主義の限界だ」という声まで出てきている。残念ながら、意思決定が遅いのは、たしかに民主主義の弱点だ。でも、その中国も、史上最大の大干ばつによる食料価格の高騰で、四苦八苦している。

やはり、コルマン・インデックスの予測どおりになってきたのだろうか?

日月神示の本には、「資本主義が破綻し、各国のブロック経済化が進む」と書いてあった。それは、まさしく1929年の世界恐慌から、各国のブロック経済化を経て、第二次世界大戦へと至った道だ。世界中の人々が断末魔の地獄絵図の中、左翼の社会主義者だけは「資本主義が崩壊した」と手をたたいて喜んでいたが、やがて彼らも、大戦争の想像を絶する惨禍に、顔から血の気が引いていった。

「資本主義の崩壊」を気楽に唱えている人々は、こういう歴史的な前例を見ていない。彼らが「人類史上、画期的な社会改革」として唱えていることは、たいてい歴史上に前例のあることばかりなのだから、本当は歴史に学ぶべきなのだ。
 
やはり、世界経済の破綻は好ましくない。世界中の人々が、お金を求めて狂奔せざるを得なくなり、人類の意識がさらに物質的な現実へと縛られることになる。自体を収拾するのには、長い年月を必要とする。これこそ、ネガティブな勢力が望んでいるシナリオだ。
 
もう、そんな時代ではないだろう。ここは、政治経済での苦労などは最小限にとどめて、意識の覚醒に全力を上げたい局面だ。
 
でも、経済危機の解決策は、すぐには見つからない。
 
まあ、こればっかりは、なるようにしかならないだろう。

今、できることといったら、やっぱり来るべき覚醒に向けて、せっせと意識を向上することくらいだ(笑)。

コルマン博士も、「10月28日は、人類の意識進化が完成する日なのであって、何か特別な事件が起きる日という風に受け取ってほしくない」という主旨のことを述べている。
 
意識の覚醒というのは、心の中の問題ではない。われわれの住む世界は、人類の意識を鏡のように反映している。意識が覚醒すれば、当然のごとく、世界も変容する。
  
つまりそれは、「世界が変容する」という問題なのだ。人類の覚醒を促すために、宇宙からのパワーもさんさんと地球に降り注いでいる。

これこそが、真の意味で「人類史上、画期的な改革」だ。政治や経済の制度をいくらイジったところで、根本的な解決は得られない。