ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

幸せのピンク色のキラキラメール

2007年07月30日 | Weblog
 ☆ また眠れない
 昨夜はさすが疲れて、何時もの時間にベッドに入ったが、なぜか一時に
目が覚めてしまいました。そうしたら昨日着た素敵なメールや、パーティの
余韻のためか、わたしの心の中で幸せな興奮状態が続き、いくら目を閉じ
ても眠れず、とうとう二時半に起きてしまいました。
 わたしは仕事が終わってから、参加した友人達にお礼のメールをしよう
とPCを開いたら、その前に数通「素敵なライブと、美味しい料理とで
楽しかったパーティありがとう」とお礼メールが入っていました。
 その時司会してくれたTさんから、わたしのお礼メールに対して、すぐ
に帰って着た素敵なメールを、彼女の許可を得て実文でご紹介しましょう。

「先生=こちらこそ、感謝感謝です。昨日初めての方々とお話したり、
素敵なハワイアンも聴けて、小さな幸せをいっぱい感じました。
 今のわたしは先生のお陰で楽しく元気でいられるのだと、改めて感じました。
ファンの男性方も、たとえ火の中水の中!先生の為に何でもして下さるのは
それは自分が幸せだからこそ!先生は周りの人達に幸せを分けて下さる大木
のよう----。だから自然に木陰に集まってくるのですね~
 じゃあパパさんは?上からふり注ぐ太陽?イエ、やっぱり神様ですね!
とにかく今とても感激していて、何と言っていいかわからない位なんです!
 先生にお会いできて本当によかった=司会は最近断っていて久しぶり
でした。反省点もありますが、でも先生のおっしゃって下さるように、又
やる気が湧いてきました。ネイルに通ったり少しは身だしなみにも気を配る
ようになりましたし。四十代はうつうつとしていましたが、今の方がパワー
がある気がします。二年前のパーティで先生に「今が一番幸せ」発言が本当に
私には衝撃だったんです!それが多分心の奥にインプットされていて、私が
少しずづ変わっていると確信しています。先生、これからもずっとずっと
宜しくお願いしますね。乱文はお許しを--。最後に、お片付け大変だったで
は?いつもお手伝いせず甘えてしまいすいません!有難うございました。」

 彼女はわたしのヨーガ一番初めの生徒さんだが、もう三十年以上も
家族ぐるみで付き合っています。わたしが企画したインドツアーに二度
参加したほかに、二人でだけで二週間インドを旅しましたが、その他に
も飲んだり、旅行したりする娘のような友人で、我が侭なわたしをまるで
先輩のようにたしなめることもあるのです。
 入会当時は民間ラジオ放送のアナウンサーでしたが、ある劇団にも
所属していて、まるで花のように美しい人でした。
 わたしが決して忘れないのは、Tさんが深呼吸する時の口許がとても
愛らくチャーミングなことでした。
 
 今まで何度もパーティの司会をしてもらいましたが、久しぶりのTさんは
気品があり美しく、凛としていたのでわたしは感じたことと同時に「もう一度
あなたのステージ姿が見たくなった」とメールしたのです。
 わたしは感じたことはすぐにストレートに表現しますが、そんな意味でも
いろいろな人への影響力が強いのかもしれません。
 でもこんな精神状態は、眠れなくてももしかしたら「幸せホルモン」の
ドーパミンがドバドバ出てるのでは?と書いたら、わたしの俳句の先生
だった、品川嘉也教授と京王プラザホテルで対談した、幸せ記録をありありと
とまざまざと思い出だしました。
 その対談は「わたしは自分をこう変えたい」という著書の中での「大脳の不思議な世界をのぞく、大脳生理学者品川嘉也先生に聞く」という一章の対談記事で
した。当時先生は超売れっ子学者で、大変有名な方でしたが、わたしのお願いを
聞いて下さって、対談に応じて下さったのでとても幸せでした。
 その時わたしが無邪気に前述のドーパミンについてそうお話ししたとき、先生
は「能里子さん、あのね、ホルモンというのは、一生でスプーン何倍程度かの
微量なものなんだよ」とおっしゃって、涙を流してお笑いになりました。
 今頃あの世で先生は、「まだバカなこと言っている」とお笑いなっている
でしょうかしら?間もなく四時です。わたしはずっとこれを書いていました。
 もう今日は寝られません。ホント直情的なわたしです。
                             能里子

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