【江口絵理著、ポプラ社発行】
「シャーロット」命名騒動が大きな話題を呼んだニホンザルの王国「高崎山自然動物園」(大分市)。ベンツはその高崎山で3つあったサルの群れのうち2つのグループのボスザルとして君臨するなど数々の伝説を作った。その波乱の生涯を綴ったノンフィクション。
つい表紙の写真に見入ってしまう。赤ら顔、白髪、鋭い眼光……。その表情には自信と風格が漂う。名前のベンツも高級車メルセデスベンツに因むらしい。1978年生まれ(推定)でB群の中で育ってトップまで登り詰める。ボスザル就任時はまだ9歳。高崎山で知られる限り史上最年少の若さだった。ところがベンツはC群のメスザルに夢中になって群れを離れる。1週間ほどして戻るとベンツに居場所はなかった。
「女性問題で失脚したサル」。不名誉なレッテルを貼られたベンツはやむなくC群に加わる。ただ新参者だけに最下位グループからの再出発。「ベンツは地位の低い若いオスにもいじめぬかれ、子ザルが横を通りすぎただけでもこわがって泣きっ面をしていた……恋に生きたベンツ。でもその代償はあまりにも大きなものでした」。しかし、ベンツは少しずつ順位を上げていく。
C群1位のゾロは仲間思いで、群れからの信頼が厚かった。一方、2位となったベンツは生来気性が荒く、他の群れに対してにらみが利いた。「この対照的な二匹のトップ体制は十年以上も安定して続いた」。この間、ベンツは寄せ場(餌やり場)でA群を威嚇し続け、ある日「たった一匹で、(A群の)八〇〇匹のサルを追い払ってしまった」。それ以降、A群のサルがまとまって寄せ場に現れることはなく、事実上A群は消滅してしまった。
そして2011年、ゾロの後を継いで713匹という大きな群れのC群トップに就任する。このときベンツ32歳。ニホンザルの寿命は25~30歳といわれており、ベンツの歳を人に当てはめると既に100歳以上という高齢だった。2位はゾロの弟ゾロメ。ベンツはその後も前代未聞の話題を提供する。2013年9月行方不明に。その半月後、高崎山から直線距離で7キロ離れた市街地で発見・保護される。
群れを半月も離れた高齢ボスは復帰できるのか。しばらくして寄せ場に放たれたベンツ。その傍らにゾロメが座る。そしてベンツの毛づくろいを始めた。ベンツが不死鳥のようにボスとして蘇った瞬間だった。「ゾロメはベンツが自分の兄のゾロと二人三脚で長くC群のトップを守り、A群を消滅させるほどの武勇をほこったのをずっと間近で見てきました……まるでそのお返しに、今度はゾロメがベンツを支えているようにも見えます」。だがベンツはその2カ月後、寄せ場で目撃されたのを最後に姿を消す。1カ月後には死亡と認定された。
ベンツにはその後「名誉ボス」の称号が贈られた。高崎山の入り口には寄せ場の指定席だった切り株に座ったベンツのブロンズ像が飾られている。ところで高崎山では一番地位の高いメスは「メスガシラ」や「婦人会長」と呼ばれるという。メスガシラには上位のオスたちも一目置くので、力の強いオスに対しても遠慮なく振る舞うそうだ。話題のシャーロットはいつの日かメスガシラになることができるのだろうか。