く~にゃん雑記帳

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<興福寺> 約300年ぶりに中金堂再建! 5日間にわたり落慶法要

2018年10月10日 | 祭り

【支える大径木の柱などはカメルーンやカナダから調達】

 奈良市の世界遺産・興福寺にとって、伽藍の中心となる「中金堂」の再建はまさに悲願そのものだった。中金堂は平城遷都の710年の創建以来、戦乱や火災などで過去に7回焼失、その度に再建を繰り返してきた。最後の焼失は301年前の1717年。その後、中金堂は小規模な仮堂が造られただけだった。この再建により、興福寺は創建当初の姿に大きく近づいた。完成を祝う落慶法要は7日から始まり、11日まで5日間にわたって営まれる。(写真は南都諸大寺による法要が行われた9日に撮影)

 中金堂の再建は境内整備委員会が発足した1991年に動き出した。発掘調査で創建時の礎石が見つかったことから、これを基に柱の数や配置などを忠実に再現した。建物の規模は東西37m、南北23m、高さ21m。総工費は約60億円。屋根の鴟尾(しび)が眩いばかりに金色に輝き、5色の帯と幕、春日大社の左右一対の鼉太鼓(だだいこ)、8本の錦幡(にしきばん)などがその威容を華やかに彩る。法要は初日が興福寺自体によるもの。その後、西国三十三所札所会、南都諸大寺、比叡山延暦寺と続き、11日に結願(けちがん)を迎える。

 

 中金堂の屋根を覆うのは約7万1000枚の瓦、重さは230トンを超える。担当したのは生駒市に本社を置く「山本瓦工業」で、瓦の製造には2011年から4年近くを要したという。建築工事を担ったのは奈良県内の古い寺社の修復を多く手掛け、平城京の朱雀門や第一次大極殿の復元にも取り組んだ桜井市の「瀧川寺社建築」。中金堂の復元には大極殿の復元に要した材木量2150立方メートルを上回る2320立方メートルが必要。しかも柱には直径77cm・長さ10mが36本、直径62cm・長さ5.3mが30本もいる。国内ではそんな大径木はとても賄えない。そのため材木の大半をアフリカのカメルーンやカナダから調達し、柱にはカメルーン産のケヤキを、軒を支える組み物などにはカナダ産のヒノキを使った。

 

 「材木確保の目途がつけば、仕事の8割をこなしたも同然」。中金堂の威容を前にして、6年前の2012年夏、瀧川寺社建築の会長兼棟梁の瀧川昭雄さんが講演でこう話していたことを思いだした。カナダのバンクーバー島などでは上空から森林を観察して伐採する木の目途をつけたとも話していた。また講演当時79歳だった瀧川さんはこんなことも口にされていた。「私の使命は技術の伝承。宮大工を志す若い人たちの育成に残りの人生を捧げたい」。興福寺の多川俊映貫首から最初に再建を打診されてから約28年。大仕事を成し遂げた瀧川さんら関係者の喜びは計り知れない。中金堂の再建を通じて、多くの中堅・若手の人たちに宮大工の技と心意気が伝授されたことだろう。

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