【開館から丸5年、世界一美しい南米産も】
奈良市南城戸町にある「ならまち糞虫館」を9月2日初めて訪れた。糞虫はシカなどの糞を食べるコガネムシの仲間。奈良は国内に生息する糞虫約160種のうち60種が確認されており“糞虫の聖地”といわれているそうだ。開館は約5年前の2018年夏。昆虫少年だった中村圭一さん(現館長)が勤め先を早期退職して実家のある奈良にUターン、長年の夢だった糞虫館をオープンした。
糞虫館は近鉄奈良駅から徒歩10分ほどの距離。さくら通りを南下し、ならまち大通りを越えて仏具・仏壇の「水本生長堂」横の露地を東に進んだ住宅街の一角にある。初期投資を抑えるため空き家を活用して改造した。平日は休館で、土日曜の午後1時から6時まで開いている。そのうちに、が気付いたら丸5年も過ぎて。
奈良公園を代表する糞虫がオオセンチコガネ種のルリセンチコガネ。オオセンチコガネは地域によって色彩が赤銅色、青緑、赤紫と変化に富むが、奈良公園のものは瑠璃色に輝くことからルリセンチコガネと呼ばれるようになった。標本には1点ずつ採取時期や場所を記し、色彩の変化が分かる標本ケースも展示されていた。
糞虫といえば、糞を丸めて後ろ足で玉を転がすフンコロガシを連想しがち。ただ日本の糞虫の99%は玉を丸め転がすことはしないという。例外が体長2㎜ほどのマメダルマコガネで、標本ケース内に1点あった(下の写真の中央左側)。右側のダイコクコガネなど周りの糞虫の中で米粒ほどの小ささが際立つ。2年前の2020年7月に奈良公園で採取したという。よく見つけたものだ。
外国産の展示コーナーには世界最大級の糞虫たちを集めた標本ケースがあった。まるで大きなメスのカブトムシのよう。オウサマダイコクコガネなどの大きな糞虫はゾウなど大型の草食動物の糞によく集まるという。大型糞虫を目の前にして、これまでのコガネムシのイメージが吹き飛んでしまった。
極彩色の金属光沢を放つカラフルな糞虫には目が釘付けに。アルゼンチン産で、オスには立派な角もある。和名はニジイロダイコクコガネ。世界で一番美しい糞虫といわれているそうだ。ダイコクコガネの仲間は糞を丸めた玉の中に卵を1粒だけ産み付けるという。
奈良公園には約1300頭のシカが生息し、毎日撒かれる糞は1トンにも上る。その糞をバラバラに粉砕し土に戻してくれるのが、公園に生息するルリセンチコガネなど糞虫たち。蛆虫がハエになる前に糞を処理してくれるため、そのおかげでハエの発生も抑えられているそうだ。奈良公園にとってはまさに糞虫様々。
「糞を食べ、糞に暮らすこの小さな虫たちが、チョウやカブトムシ、クワガタに勝るとも劣らない魅力の持ち主であることを知ってほしい」。館内にはそんな中村さんの“糞虫愛”が詰まっていた。大きさも色彩も異なる世界の糞虫たち。「糞虫は生物多様性の見本のようなもの」。中村さんはこんな話もしていた。
中村さんは自宅で海外の糞虫を飼育しており、館内では糞を丸めて運ぶフンコロガシの様子を撮影した映像を大型画面で放映中。その糞虫が作った直径2㎝ほどの糞の玉や、糞虫と玉を入れた透明の飼育ケースなども展示している。
『たくましくて美しい糞虫図鑑』(創元社)、童話『フン虫に夢中』(くもん出版)……。中村さんにはこれらの著書のほか、雑誌などへの投稿記事も多い。2021年には地域貢献が認められ奈良県の「あしたのなら表彰」を受賞した。こうした文献や表彰の盾などを集めた館内の一角に、関西テレビの人気企画「となりの人間国宝さん」のシールもさりげなく置かれていた。