【青面金剛・吉祥天女・庚申大皿・江戸時代の絵看板……】
奈良市の旧市街地「ならまち」。世界遺産・元興寺の旧境内を中心とするこの地域には風情あふれた古い町家とおしゃれな店舗が混在、多くの観光客を引き付ける。目に付くのが家々の軒先に吊るされた赤い猿のぬいぐるみ。「身代わり申(ざる)」と呼ばれ、「奈良町資料館」(南哲朗館長)が製作・販売する。ここではレトロな民具や絵看板、仏像、美術品なども無料で公開している。
オープンしたのは約40年前の1984年。目印は入り口にぶら下げられた無数の身代わり申たちだ。館内に入って最初に出迎えてくれるのが吉祥天女像と青面(しょうめん)金剛像。吉祥天女は良縁や子宝などにご利益があるという。青面金剛は地元に伝わる庚申信仰のご本尊。「庚申さん」と呼ばれ病魔や災いを退治してくれる。
身代わり申は厄除けのお守りで、軒先などに家族の人数分吊るす風習がある。申は庚申さんのお使いだ。身代わり申は「願い申」とも呼ばれる。背中に願い事を書いて吊るしておくと、願いが叶うとのこと。ちょうど身代わり申を購入したばかりの中年の男性が、受付の女性に願い事を伝えて書いてもらっていた。
資料館の見どころの一つが江戸時代の絵看板類。櫛屋・菓子屋・味噌屋・両替屋などの味わい深い看板が壁面を所狭しと埋める。櫛屋は江戸時代、櫛の音が「苦」と「死」につながると忌み嫌われ、京都では「九」と「四」から「十三屋」の屋号を用いたところが多かったという。ただ、展示中の看板には「九」の文字が刻まれていた。
これらの絵看板とは別に、入り口のそばに疾走する馬の彫り物に「ウルユス」と刻まれた薬屋の看板が展示されていた。お腹を空にする便秘薬の宣伝で、「空」の文字を分解して「ウルユス」と名付けた。「べんぴと表現しない賢人の粋な心遣いですね」という説明が添えられていた。
奥に進むと、「庚申大皿」という有田焼の巨大な皿が目に飛び込む。ならまちでは60日に1回行われる庚申さんのお祭で、直径が1mを超える大皿に山海の珍味を盛り付けて参拝者を接待したそうだ。展示中の藍色の染付磁器2枚は直径がなんと1.7mもあり、1枚に約100人分の料理が盛られたという。
華やかな色絵の皿も4枚あった。そのそばには「伊万里染錦大皿 人間国宝柿右衛門作」という説明書き。柿右衛門といえば、有田焼の色絵を代表する陶工・酒井田柿右衛門。それらの華麗な作品にしばし見入ってしまった。
展示品にはほかにこんなものも。江戸時代の“大名時計”、明治初期に東京の「鹿鳴館」で使われていた蓄音機、大正時代のわが国最初のラジオ……。美術品からレトロな珍品まで実に多彩だ。しかも入場・見学は無料。見どころ満載のこの資料館こそ、ならまちの穴場スポットの一番手だろう。