経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

平成の経営から見るマクロ経済

2019年04月07日 | 経済
 伊丹敬之先生の『平成の経営』を読ませてもらったが、実に楽しかったね。基本的な問題意識を切り口に、産業の変遷をたどる「伊丹研究室シリーズ」が好きで、次々と読み継ぎ、一区切りとなったときは寂しく感じたものだった。新著は、平成の30年間における産業の移ろいを俯瞰するのに最良の一冊だろう。その切り口は「疾風に勁草を知る」である。この間、日本の経営は、何を変え、何を変えなかったのか。

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 伊丹先生の指摘する「疾風」とは、低成長と為替変動である。経営は、これらへの対応を強いられたわけだ。平成の間、日本の実質GDPは、米国が1.9倍になったのに、1.4倍にとどまり、世界経済でのプレゼンスは大きく低下した。また、日本の実効為替レートは上昇傾向をたどりつつ、米、独、韓と比べ、大きく振幅した。この二つへの対応が経営の課題だったのであり、答としての海外生産への適応の差が電機と自動車の明暗を分けた。

 そもそも、なぜ低成長と為替変動が生じたのか。マクロ政策的には、緊縮財政と金融緩和の組み合わせによる。1997年の大規模な緊縮財政のショックによって、日本経済は大幅な需要不足に陥り、そこから少し浮上しようとすると、財政再建を焦る緊縮のブレーキがかかるようになった。成長は、極端な金融緩和による円安での輸出拡大に依存した。そして、低物価と低金利は、他国要因による円高への対応力を失わせてしまったのである。

 こうした経済運営の下での企業経営の答が海外生産であった。それも、単に生産拠点を海外に移すのではなく、技術の蓄積と開発の場として国内生産を維持しつつ、基幹部品の輸出を受容する海外生産拠点を築くことであった。これに最も成功したのが自動車であり、トヨタだった。他方、かつて自動車を上回る基幹産業だった電機は、これに対応しきれずに衰退するはめとなる。

 自動車は国内に「軽」という牙城があったが、電機はスマホに攻め込まれ、リーマン前後の国内需要の変動も、地デジやエコポイントもあり、極めて激しいものだった。また、輸出と現地法人売上の動向も対称的である。リーマン後、輸出が失速して伸び悩んだのは、自動車も電機も同じだったが、自動車が現法で復活したのに対し、電機は低迷を続けた。異次元緩和の空振りは輸出が飛躍したかったゆえだが、自動車は海外で成長を果たしたのである。

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 伊丹先生は「人本主義」で知られるが、今回の雇用と資本の分析も興味深いものだった。平成の間に非正規雇用が広がり、かつてと同じではないにせよ、基盤は変わっていないとして、米国と比べ緩やかに変動した失業率と、危機に跳ね上がる労働分配率を挙げている。最近、労働分配率の低下が言われるが、平成を通してみれば、危機を抜け、かつての水準に戻ったと見ることもできる。

 また、資本に関しては、2000年代以降、株主分配率が上昇しているけれども、その原資は、実は銀行へ分配が低金利と借入金抑制で大きく下がったことで得られたものとし、従来、配当金は、銀行の利息のように固定的支払いのように考えられてきたとする。そして、ROEと労働分配率は、見事な逆相関があることを指摘し、全体としては、従業員への分配が優先され、株主主権メイン的経営には変わっていないと評価している。

 残される課題は、増えない投資である。伊丹先生は、「設備投資/償却前経常利益比率」が30年間一貫して下落し続けているとする。これでは、低成長になるのは当然で、内部留保が貯まり、自己資本比率も上がる。日本企業は、リスクに慎重になったのである。ただし、これは、マクロ政策の反映でもあろう。国内では、景気が上向くと緊縮であるから、需要に応じて設備投資をする以上、するにしても海外となる。

 国内消費は、いつもの図で示せば、下のとおりで、2014年の消費増税で落ち込んだ水準を取り戻すのに5年近くかかった。これでは、国内需要向けに設備投資せよと言われても無理である。結局、成長は、外需次第、それも直接の製品輸出ではなく、海外生産の伸びに合わせた自社工場への中核部品の供給という形になる。これに成功した自動車が地歩を保ち、電機は没落したのであった。

(図)



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 伊丹先生の指摘で、改めて感じ入ったのは、海外投資の先である。自動車に言えることだが、米国、中国、アセアンでバランスが取られていると言うのである。それは、政治的なリスクを写すものだ。まさに、トランプ政権からは中核部品を含む現地生産を求められ、中国は貿易摩擦による打撃で需要が急減している。そんな難しい中で、生き残っていかなければならない。「勁草」の自動車と言えど、既に日産と三菱は外資のものとなった。成長より緊縮を優先するマクロ政策の下、日本企業の内需を諦めざるを得ない経営は続く。


(今日までの日経)
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