「正義」という、形而上的で、至極やっかいな言葉をテーマに書きますこと、いま後悔しているところです。
「正義」・・・
中国の古典(荀子)によれば――正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道
とあります。
英語では(justice)――社会全体の幸福を保証する秩序を実現し、維持すること
となっています。
「すじみち」とか「幸福を保証する秩序」とかの言葉は<色>や<形>、<量>などで表わすことができません。
ですから、一人々の解釈によってその趣きは変ってきます。
「正義とは何か?」と国民すべてに問い掛けたなら、千差万別の答えが出てくるでしょう。
とは言うものの、ごく一般的な常識を持つ人々は、おおよそ「的確な」意味合いを捕捉し、ほぼそれに則った毎日を生きております。
6月10日、三菱自動車工業の元社長ら元幹部6人が逮捕されました。
この会社の悪行については、5月7日付けの雑記帳で『大型連休の、その陰で』のタイトルの中で触れています。
そして言いました。『この会社は再生よりも消滅させた方が世の為になる』と。
この記述からわずか一ヶ月、該社の「欠陥隠し、リコール隠しの数々」が次々と表面化してきております。
毎日、ほぼトップニュースとなる報道を見るにつけ、驚き、怒り、暗澹、やり切れなさを思うのは私一人では無いはずです。
自動車に(ことさら、その部品に)いささか関係して来た者にとって、「欠陥部品」がどう言う結果をもたらすか痛切に理解しています。
どんなに進歩した科学でも技術でも、人が携わる以上「間違いや失敗」はあります。
しかし、それから起こる悪い結果を最小限に抑える努力こそ《企業の正義―ふみ行うべき正しいみち》ではありますまいか?
それを長年隠しつづけ、犠牲者を生じさせ、あまつさえ「そちらの整備不良が事故の原因・・・」と強弁して止まないこの企業・・・・・
それがこの国のトップ企業グループの一員であろうとは―――――と、嘆く言葉も種切れになるほどの怒りを覚えます。(この部分フォントを大きく)
三菱グループの中心的存在に「三菱金曜会(29社加盟)」があります。
このグループのHPをさっき覗いてみました。こんなふうに書いてあります(抜粋)。
「オール三菱としての総合力を発揮しつつ、世のため人のために尽くすことが21世紀の三菱グループの使命であると考えます」
“よく言ってくれるっ!!”の思いがします。
このグループの主な企業は「三菱重工業」「東京三菱銀行」「三菱商事」「三菱自動車工業(ふそうも含む)」「三菱電機」「旭硝子」「キリンビール」・・・などが挙げられます。
これらのグループ企業が総力を挙げて「資金や人材」を送り込み、「三菱自動車工業」を再生させようとしています。
しかしグループの重要構成員のひとつの「度重なる反社会的不祥事」に対し、グループ会としてのなんらのコメントもありません。
「スリーダイヤ」の面子回復に躍起のようで、彼らの頭には「社会や国民(ユーザー)」の顔が映っていないようです。
当初の段階で、グループの「支援金」は400億円などと言われました。
全国の自治体ですら「当面該社の車両取引中止」を打ち出した今日、再生の為の資金がそれだけで収まるとはとうてい考えられません。
この三菱グループが「本来の正義」を取り戻す“値”はいかほどなものか?
途方も無い資力をつぎ込んでも手にしなければならない「正義」なのかどうか?
止せばいいものを・・・・とつぶやきながら、
正義の値打のなんと“高価”なものかと思わずには居れません。
一方で「正義」を実行した『西宮冷蔵』の倒産劇とその再起も述べねばなりません、、、が、
紙数が尽きました。
――――――正義の値打、まだ続きます。
「正義」・・・
中国の古典(荀子)によれば――正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道
とあります。
英語では(justice)――社会全体の幸福を保証する秩序を実現し、維持すること
となっています。
「すじみち」とか「幸福を保証する秩序」とかの言葉は<色>や<形>、<量>などで表わすことができません。
ですから、一人々の解釈によってその趣きは変ってきます。
「正義とは何か?」と国民すべてに問い掛けたなら、千差万別の答えが出てくるでしょう。
とは言うものの、ごく一般的な常識を持つ人々は、おおよそ「的確な」意味合いを捕捉し、ほぼそれに則った毎日を生きております。
6月10日、三菱自動車工業の元社長ら元幹部6人が逮捕されました。
この会社の悪行については、5月7日付けの雑記帳で『大型連休の、その陰で』のタイトルの中で触れています。
そして言いました。『この会社は再生よりも消滅させた方が世の為になる』と。
この記述からわずか一ヶ月、該社の「欠陥隠し、リコール隠しの数々」が次々と表面化してきております。
毎日、ほぼトップニュースとなる報道を見るにつけ、驚き、怒り、暗澹、やり切れなさを思うのは私一人では無いはずです。
自動車に(ことさら、その部品に)いささか関係して来た者にとって、「欠陥部品」がどう言う結果をもたらすか痛切に理解しています。
どんなに進歩した科学でも技術でも、人が携わる以上「間違いや失敗」はあります。
しかし、それから起こる悪い結果を最小限に抑える努力こそ《企業の正義―ふみ行うべき正しいみち》ではありますまいか?
それを長年隠しつづけ、犠牲者を生じさせ、あまつさえ「そちらの整備不良が事故の原因・・・」と強弁して止まないこの企業・・・・・
それがこの国のトップ企業グループの一員であろうとは―――――と、嘆く言葉も種切れになるほどの怒りを覚えます。(この部分フォントを大きく)
三菱グループの中心的存在に「三菱金曜会(29社加盟)」があります。
このグループのHPをさっき覗いてみました。こんなふうに書いてあります(抜粋)。
「オール三菱としての総合力を発揮しつつ、世のため人のために尽くすことが21世紀の三菱グループの使命であると考えます」
“よく言ってくれるっ!!”の思いがします。
このグループの主な企業は「三菱重工業」「東京三菱銀行」「三菱商事」「三菱自動車工業(ふそうも含む)」「三菱電機」「旭硝子」「キリンビール」・・・などが挙げられます。
これらのグループ企業が総力を挙げて「資金や人材」を送り込み、「三菱自動車工業」を再生させようとしています。
しかしグループの重要構成員のひとつの「度重なる反社会的不祥事」に対し、グループ会としてのなんらのコメントもありません。
「スリーダイヤ」の面子回復に躍起のようで、彼らの頭には「社会や国民(ユーザー)」の顔が映っていないようです。
当初の段階で、グループの「支援金」は400億円などと言われました。
全国の自治体ですら「当面該社の車両取引中止」を打ち出した今日、再生の為の資金がそれだけで収まるとはとうてい考えられません。
この三菱グループが「本来の正義」を取り戻す“値”はいかほどなものか?
途方も無い資力をつぎ込んでも手にしなければならない「正義」なのかどうか?
止せばいいものを・・・・とつぶやきながら、
正義の値打のなんと“高価”なものかと思わずには居れません。
一方で「正義」を実行した『西宮冷蔵』の倒産劇とその再起も述べねばなりません、、、が、
紙数が尽きました。
――――――正義の値打、まだ続きます。