日本裁判官ネットワークブログ
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 少年たちを励ましに,時々,少年院を訪ねる。
 院長室で雑談をしているとき,部屋の片隅にガラスケース入りの野球バットが飾られているのが,前々から気になっていた。
 あるとき,院長に尋ねてみると,その質問を待っていたかのように誇らしげな顔になって,こんな話をしてくれた。

 何年か前,今をときめく日本人大リーガー(あえてイニシャルも伏す)が,シーズンオフに,この少年院に激励に来てくれた。
 輝かしいシーズン記録を背に一時帰国した大リーガーの動静は,マスコミを賑わせていた。そんなある日,突然,マネージャーから少年院に連絡が入ったのだ。外部には一切伝えないでほしいとの要請があった上で,全く極秘裏の激励訪問の日程が決められた。少年院でも,その意向を汲み,この日の来院を知っているのは,ごく少数の幹部教官だけであった。

 100人近い少年たちには,この朝,野球教室を開くとだけ教えて,全員をグランドに集合させていた。ほとんどの教官も,誰がコーチをするのか,知らされていなかった。
 そして,突然に,颯爽と,大リーガーが少年たちの前に姿を見せた。
 どよめきが起こった。が,今ひとつ歓声には至らない。誰もが知る細身の大リーガーだが,「そっくりさんだ」という疑いもあって,半信半疑なのである。
 院長の紹介があって,ようやく大歓声となった。
  ウッソー! ヤッター!! 

 少年たちの得意げで,満面の笑顔が忘れられない,と院長は話す。
それから,数時間,大リーガーは,少年たちの手をとり,足をとって,一人一人懇切丁寧な指導をしてくれた。少年たちは,天にも昇らんばかりの感激ぶりであった。
 噂を聞きつけ,近くの教官宿舎の夫人達も,総出で,ネットに張り付き,嬉しそうに見学している。
 少年院が興奮に包まれた数時間となった。
 そして,記念のサイン入りのバットが院長室に飾られることになったのである。

 誰にも知らさず,こっそりと少年たちを激励した大リーガーが,私はすっかり好きになった。(蕪勢)

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