毎日新聞 2024/6/15 東京朝刊 有料記事 821文字
◆桜木紫乃(さくらぎ・しの)さん
(文藝春秋・1870円)
誰にも書かせたくなかった
デビューから今年で17年、満を持して「他の誰にも書かせたくなかった」物語を世に出した。
『谷から来た女』は、アイヌ紋様デザイナーの赤城ミワを周囲の人物の視点から描く短編小説集だ。表題作の舞台は2021年の札幌。テレビ局の番組審議会でミワと知り合った大学教授の滝沢は、ミワと少しずつ距離を縮めていく。宿泊したリゾートホテルの浴室で初めて見た彼女の背中には、鮮やかなアイヌの紋様が描かれていた。ミワは滝沢に「こわいか」と尋ねる。
アイヌ民族の女性が登場する作品を、ずっと書きたかったという。デビュー前に数本書いたが、いずれも発表されることはなかった。再び執筆を決意したきっかけは、アイヌ民族のデザイナー、貝澤珠美さんとの出会いだった。「土地に根を生やし、土地を守り、愛して生きている人たちの歴史に触れて、もう一回、向き合う力を得ました」
主人公のミワは時として、周囲から分け隔てられてきた過去を持つ女性だ。彼女はある時、滝沢に「あなたには見えない壁が、わたしには見えるんだ」と伝える。「人の『無意識』とずっと戦ってきた人たちなんですよ。だからこそ、人の無意識に働きかけたい。小説はそういうものであってほしいと思います」
・・・・・・
<文と写真・松原由佳>