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水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

ワープ・6

2005-05-11 19:20:28 | Weblog

「どういう修行して氣功が出来るようになった?」
たまに尋ねられる。
それほど特殊な事じゃないのに・・・。
「修行なんてしてないし、しなくても出来るよ」

氣功が出来るのは特殊じゃない。
(ワシの家族やクライアントも勝手に出来る。
ワシと接していれば、当たり前に出来る。
伝染するし、磁石みたいなものだし・・・)
だが氣功師の体になるのは(少し)特殊かもしれない。
(この違いは判る人には判るけど・・・
泳げる事とスイマーの体になるのは次元が違う)

思い起こせば最初からワープだった。
故御師匠様から氣功師の体に変えられたのは、
時間にして0.5秒以下だった。
(最後の波動調整という部分も含めて)

手でワシの頭にポンと叩いて、
「出してみなさい」
出してみなさい、って言われてもなぁ・・・
感覚は無いし、もちろん教わった事もないし・・・。
(氣功の練習というのは一切無い)

でも、とりあえず、御師匠様の真似だけした。
手を前にかざした。
真似で「氣」が出るわけないよなぁ・・・と思っていた。
感覚が伴わないと、ポーズもギコチ無い。

御師匠様は、ワシの手の前に一瞬手を伸ばし、
「ん。いいよ」
そして次の人に移った。
何が「いいよ」だか、ちっとも解らない・・・。
何度も頭やら背中やらポンポンされている人もいた。

次の日、キルリアン写真で、
独特の「氣」が写っているのを確かめた。
間違いないのだが・・・感覚が無いからヘン。
嘘とも思わないが、ヘン????
自分が変わった事が実感できない。

実感できたのは家に帰ってからだった。
元々は、ワシの母親の為に来たのだ。
氣功をすると母親が変わるのだ。
そして10日もすると、
「氣」を受ける感覚、出す感覚が出た。
イキナリ、感覚が出た。

御師匠様自身がワープだった。
ある日夢の中の老人に言われた。
「次の日から手で氣功して治せ」
(そ、そんな事言われてもなぁ)と思ったらしい。
怪しげな中国氣功師の真似のポーズをした。
効果と結果は、ものすごいものだった。

(注: 御師匠様にしても、ワシにしても、
それまでの、いろいろな出来事を端折ってますよ)

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ワープ・5

2005-05-10 19:03:18 | Weblog

病は治ればいいのではない。
病から「気づき」を受け取らなければ、
「苦しみの意味」が無くなってしまう。
必ずしも「気づき」を意識しなくてもいいが、
病は、生き方が変わる為にある。
病は、更に幸せになる為にある。

幸せは、歩いちゃ来ない。
だから、歩いて行くんだよ。
(注1:365歩のマーチより抜粋)
(注2:一日一歩とは限らない。ワープがあるから。
毎日努力しなくてもいいけど、向こうからは来ない)

自力で歩けるようになる為の回復だ。
何でもワープで済ませるわけじゃない。
手助けで完結までするのは、やり過ぎなのだ。
自分で歩けるようになるまでの手伝いだ。
だから、完全回復まで治療してはならない。
(注: プロ・ヒーラーとしての意見だ。
治療者としては、別な意見もある)

ワープ治療も同じだ。
「縮めた時間」は、歩く分として残す。
ツケは後から払うものなのだ。
「最優先は命」だから非常法を使うが、
回復力がついたなら、苦労してもらおう。
ワープ(奇跡というほどじゃないが)は、
起きた「後の生き方」が大切なんだぜ。
(余計なアドバイスだけど、この事を知ってる方が起こりやすい)

イスカンダルのスターシャが言った。
「明日の幸せというのは自分の力でしか獲得できないもの」
コスモクリーナーの設計図を送らなかった理由だ。
ヤマトがワープを使って受け取りに行く。
ワープで行ったからこそ使えるのだ。

闇(病)との戦い。
苦闘の末、ガミラス星は滅亡する。
闇(病)に打ち勝って、残ったものは何か?
どんな理由があっても滅亡は悲しい未来だ。
相手が闇だろうが、不正義だろうが同じだ。
その時の古代進のセリフがある。
「戦いは間違いだ。愛し合うべきだった。」

病と戦うのか?
病を愛する(認める)のか?
立場によって治療法の違いになる。
正誤をいうつもりはないが、
ワシは愛する側に立つ。

つい、文章がマトモに偏っている。
これでは、お笑い芸人になれない・・・。
ゲイには向かないのなら、
ワープしてしまおう。
とりあえず・・・愛人宅へ・・・


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ワープ・4

2005-05-09 21:06:01 | Weblog

絵を(あるレベルで)描けるようになる。
すると・・・彫刻が出来るようになる。
絵で自分を表現できるようになると、
彫刻で自分を表現できるようになる。
例えばスポーツで表現できるようになると、
その他の表現方法も使えるようになる。

一芸に秀でる境地に入ると、
多芸への道の半分まで歩いていた事に気づく。
(注:ゲイになると他(の)ゲイと親しくなる、
という意味じゃないが、似ているかなぁ・・・)

ワープ航法を繰り返すうちに、
ワープの原理に触れてしまう。
地球に帰るのもワープ航法だ。
(古代守はスターシャを選ぶ・・・)

佐渡先生(船医)の名セリフも見逃せない。
「ワープ? 特別旨いスープか?」
(こういうタイプをワシは目指しているのだが、
アレコレ理屈を書いてしまう・・・
不徳のいたすところです・・・ハイ・・・)

ワープを使う事は二重(多重)の意味がある。
ワープ航法でなくては(間に合わないから)
コスモクリーナー(治療法)は使えない。
コスモクリーナーがワープ原理の応用なので、
ワープを使えない人では作動できない。
(ちなみに、この指摘は原作には書いてないぞ。)

地球は瀕死の重体だ。
通常の治療法では間に合わない。
本来の治療法は、
「自然の秩序回復(修正)から、
自然治癒力を活性化させて、病気を治す」

この方法は、秩序回復に使う生命力がある場合だ。
残された時間が使える場合だ。
この混合世界は本質論だけでは無理がある。
机上の理論は、崖っぷちの場面に適さない。
瀕死状態は時間との競争になる。

といって、従来のアナログ方法も適さない。
瀕死の体にスタミナ剤を入れれば死んでしまう。
更に強い薬を使うのは、生命力に無理強いさせる。
一時的に目を覚ましても、後が続かないのだ。

本来の方法(自然の秩序)で時をワープする。
回復時間は後で調整してもらう。
それがコスモクリーナー(ワープ治療)だ。
だからワープができなければ、治療はできない。
(普段は使わない治療法だ)

これは回復してから回復時間を使う方法だ。
意味がわからない?
説明がメンドウになったなぁ・・・
また明日の雑記で説明しよう・・・


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ワープ・3

2005-05-08 19:07:50 | Weblog

ワープとは瞬間移動のことだ。
移動には「空間」と「時」がある。
空間の大きさを「時」とするならば、
ワープは「時の瞬間移動」だ。

「空間」とは移動する「時」という考え方がある。
「時」とは変化の単位という考え方もある。
いずれにしても、速度が一定という条件下だ。
「時」も「空間」もアナログの結界内だ。
(変化の連続をアナログという)

結界は意識で構成される。
時間が一定という固定概念が結界を創る。
結界内では、時間は一定に流れる。
通常は・・・ワープはできない。
ワープはデジタルの使い方だ。

ここで話はワープする。
(ワープできるだろ?簡単だろ?
通常じゃなければ、ワープはできるんだ)

ヤマトは太陽系内を通常航法で飛んだ。
常識内から常識外へ出るまでの期間だ。
(ワシのあがきの時間に相当する)
そこからはワープ航法を続けるのだ。
空間の瞬間移動だ。

イスカンダルは14万8千光年先(距離=速度×時間)
飛んでいたのでは間に合わない・・・。
スターシャが待っている。
美人の「早く、来てね(ハート)」は絶大だ。
オトコ(ヤマト)は、飛ぶ、から、跳ぶに変わった。
(オトコは単純、純情なんだなぁ・・・)

一回のワープ移動距離に限度がある。
ヤマトの意識(能力)にも固定概念がある。
だから、幾度もワープを繰り返すのだ。
全くの自由な意識なら、一回で辿り着けるのだ。
「やわらぎ」がワープ能力を決めるのだ。

ワシも固定概念を多少外せても、
思い切ったワープができるわけじゃない。
ワシなんて・・・まだ常識の塊なんだ・・・
もっと、もっと、もっと、自由になりたい・・・
手枷足枷の重りは、自分で縛りつけている。

ヤマトはワープ航法によりイスカンダルへたどり着いた。
コスモクリーナー(治療法)を手に入れたのだ。
ここからが出発になる。
だが、ここまでワープ航法を使った意味がある。
ワープはワープに連動するのだ。

どういう意味かは・・・明日の雑記だ。


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ワープ・2

2005-05-07 20:27:10 | Weblog

この世は相関関係で出来ている。
あらゆるモノがネットワークでつながっている。
重なり合う部分と個別な部分がある。
濃淡はあるが、全て影響し合っている。
銀河系外の島宇宙とさえつながっている。
(い、いや、確かめてはいないのだけど・・・)

そして、説明がややっこしいのだが・・・
同時に断絶の個々がある。
デジタルとアナログの一体世界なのだ。
「自立は共生の自覚」でもある。
この世は混合・混乱・乱交パーティだ。

意識と肉体の関係も同じだ。
意識と現象の関係も同じだ。
意識とワープ現象の関係も同じだ。
相関関係が理解しきれば、何でも出来る。
ワープ現象はこの世の理の範囲だった。

ところが意識には「固定概念」というヤツもいる。
何でもアリだからだ。
嫌なヤツも可愛いヤツもいるのだ。
固定概念は変化を好まない・・・。
変化(ワープ)しようとすると邪魔をする。

だから通常の変化はその中間の形をとる。
固定概念との話し合いで玉虫色の行動をとる。
意識の動き方も、ナアナアの世界だ。
ミクロに観ればワープ(デジタル)の連続なのだが、
マクロにみればゆっくりの変化(アナログ)に見える。

人により固定概念の大きさ重さが違う。
捨てる勇気の得意不得意もある。
壊すタメライが少ないタイプもいる。
(ヤケッパチともいうかなぁ・・・)

それまで育ててきたモノ。
学んだモノ。
体験、経験した積み重ね。
そういうモノを、どこまで手放すか。
幾つまで、手放せるか。
「ワープ」距離は、手放すモノで決まるようだ。
(距離?度?単位がわからんなぁ・・・)

ヤマトがイスカンダルへ旅立った。
宇宙の彼方だ。
地球の未来を守るためだ。
コスモクリーナーを受け取り、
早く地球に戻らなくてはならない。
戻ってから、未来が開けるのだ。
途中で苦難しているヒマはない。

何処まで「ワープ」できるか?
ワシの課題でもある。
オッサンになってから入った道だ。
途中で苦労しているヒマは(あまり)無い。
(ワシでも、ちょっとはマトモな部分もあるのだなぁ)


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ワープ・1

2005-05-06 20:18:20 | Weblog

昨日までの雑記「集中」にも関連している。
何しろワシはモノグサだ。
少年期・青年期はプチ努力型だったかもしれないが、
意識は無理すると反動があるんだなぁ・・・。

20代に山岳部にいた。
山登りを少しやった。
膝を壊して、無理ができなくなり止めた。
だが、その少しの間で多くを得た。
何故、苦労して一歩一歩登るのか?

頂に行くのが目的ならば、
もっと楽で早く着く方法がある。
山によってはゴンドラがある。
金があればヘリもある。
ルートも楽なのとキツイのがある。

なのに・・・(やや)キツイ道を登る。
もう・・・マゾの世界だ。
努力して苦労して、汗と涙を流して、
(い、いや、水分が無くなり、汗は出なくなる)
やっと登った自己満足の世界に酔う。
「ボクも、やれば、出来るじゃないか!」

苦労して目的を達すると、次もしたくなる。
登っている最中は、もう止めたいと思うのに、
降りると次の計画を始めている。
あれは・・・麻薬患者だ・・・。

だからワシも知っている。
苦労して何かをする愉しみの世界。
だからって、人に薦めるほどじゃない。
マゾは、個人的な趣味の世界だ。

苦労は過程を愉しむ世界だ。
ある地点に達するのが目的じゃない。
過程が無ければ、地点に着いた喜びもない。
だが、その喜びは自分だけだ。
他の、役に、たたない・・・。
苦労するのは自分勝手の世界なのだ。

境地にたどり着くのが目的じゃない。
そこは、出発地点でしかない。
ならば・・・出発地点にたどり着くまで、
苦労して時間をかけては、申し訳ない。
本番は、その後に待っている。

出発地点までは、早く着きたい。
ワープできるかもしれない。
そう思った。
そう思ったのが、幸いしたようだ。


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集中と執着・4

2005-05-05 18:44:05 | Weblog

今更遅いよね・・・・この題名の「集中と執着」
ワシ流なら「女王様と奴隷」とするべきだった。
もっと過激に、もっとイロっぽく・・・
妖しく、怪しい世界を書けばよかったのだ・・・。
御筆先様はマジメすぎる・・・

「集中」は本質に近づく為のもの。
本質を深く見抜く冥想。
能力の純度を最高に現す術(すべ)。
だから「自由」が不可欠だ。
鎖に縛られて、深く潜れるはずがない。

自由気ままな女王様だから「集中」できる。
(注:単なるワガママ女は女王様になれない。
ワガママはコンプレックスの裏側だ。
コンプレックスの裏側にはプライドもある。
いずれにしても、奴隷なんだ。)

家康の人生訓ではないが、
「坂道を重い荷物を負って上る」
こういう方法もある。
だが、移動はできるが、集中はできない。
一瞬でワープする方法ではないのだ。

人の生き方だ。
好きでいい。
だが、重い荷物を負って上る方法だけじゃない。
ホントの「集中」に努力や根性はいらない。
手放す(小さな)勇気があればいい。

体や心や魂の修正法も同じだ。
一瞬でワープできる。
ワシは故御師匠様がするのを見ていた。
人は一瞬で変わる。
イキナリ笑顔になる。

ワシは、それが見たいと思った。
そしてこの道に入った。
楽な笑顔が見たいのだ。
苦労の笑顔よりも・・・
お互い・・・楽だし・・・

ところが自分でやろうとしても出来ない。
何処が違うか?
「力じゃない!」と言われた意味が解らなかった。
だから不遜なワシはこっそり思った。
「そういうけど、能力の強さや量が圧倒的に違う」
若かったねぇ・・・
(い、いや、実際は40過ぎだった。訂正します。
アホだったねぇ・・・・)

何年か後、もう一人の龍村師匠の本を読んだ。
ふと「集中と執着」の違いに気づいた。
長い間の疑問が一つ融けた。
何十年も一生懸命している人がいるのに、
数ヶ月の人が上回る術のカラクリに気づいた。

ワシは天才型ではない。
もちろん、努力型でもない。
だが、結構、向いている。
ナマケモノにはナマケモノ用の道がある。


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集中と執着・3

2005-05-04 21:24:05 | Weblog

自分が主体の女王様(集中)だろうが、
対象が主人の奴隷(執着)だろうが好きでいい。
エスカレーターの人生も階段の人生も好みだ。
だが女王様に成りたいのに奴隷になるのは間違いだろう。
それは・・・マヌケすぎると思う。

奴隷になるのは難しくない。
人は「力む」のを得意としている。
「しがみつく」のは誰でも出来る。
「こだわる」のは簡単なのだ。

ワシは奴隷より女王様が好きなのだ。
だから執着の方法など、どうでもいい。
集中の方法を書きたかったのだ。
女王様だらけの世界が好きだからだ。
奴隷ばかりの日本には・・・厭きた。
(首相がこだわりの米国奴隷だもんなぁ・・・)

女王様になるのも難しくないが、
「力んだ」女王様は優雅じゃない。
歯を食いしばった女王様は偽者だ。
努力と根性では女王様に成れないからだ。

奴隷に成るのに「勇気」は必要じゃないが、
女王様に成るには、ちょっとだけ必要だ。
持っているモノを「手放す勇気」が必要だ。
女王様はケチでは成れない・・・。

集中は少しの「手放す勇気」が最初にある。
「こだわり」を手放す勇気が最初にある。
それほど大きな勇気じゃない。
手を開けばいいことだ。
手は・・・心だ。

手放すと解る。
持っていたモノが重かった事に気づく。
だから、放せば肩の力が楽になる。
「やわらぎ」は「力み」を開いてからだ。

この世の仕組みをヒネクレだと知れば、
「集中」が「手放す」事から始まると気づく。
「やわらぎ」が「集中」を決めると実感する。
「集中力」という言葉で「力む」から、
その時間は集中にならない。

と、ここまで書いて気づいた・・・。
そうかぁ・・・
奴隷は女王様が判らないのかなぁ?
奴隷は奴隷しか見てこなかったのか・・・。
ワシも御師匠様達に会うまでは、
奴隷や奴隷頭しか見ていなかったもんなぁ・・・


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集中と執着・2

2005-05-03 19:41:52 | Weblog


「集中」は自分が主体だが、
「執着」は対象が主体だ。
執着しているのが「自分」だから、
自分は従体(奴隷)となる。

対象に「氣」を取られる。
自分を見失っている事に気づかない。
(だから執着と集中の区別もつかない)
心のコントロールがきかない。
奴隷に自由はないのだ・・・。

「集中」が「やわらぎ」なら、
「執着」は「こだわり」だ。
いつでも「や~めた」とできるのは「集中」
「絶対あきらめない」のは「執着」

(ここで勘違いしないでね。
固定概念でとらえないでね。
「集中」が良くて「執着」が悪いわけじゃない。
そんなの、好みの生き方だ。
奴隷でも女王様でも好きに生きてくれ)

特に「生への執着」
全体的に生命力が落ちている現代は、
持って欲しいと、ワシは思っている。
(性への執着は持たなくてもいいが、
大切に優しく関心を持って欲しいと思う)

今まで根性が無いと「集中」出来ないと思われていた。
ところが「集中」が「やわらぎ」次第なので、
根性が無くても関係ないと気づいた。
根性は「集中」よりも「執着」に適している。
根性と「こだわり」はラブラブかもしれない。

何事にも根性の無い人がいる。
でも好きな絵に没頭できたりする。
そして、とても素敵な絵が描ける。
絵に集中しているが、根性で集中しているわけじゃない。
根性の集中じゃないからこそ「本質」に近づく。
だから、絵も素敵になるのだ。

根性は「力を入れる」には適している。
「力を抜く」には不適切のようだ。
不適切なのはワシの文章の表現のようだ、って? ホットケ!
(う~m・・・一人ツッコミはキレが無い・・・
も一つキレの無いモノもあるだろう、って?
う~m・・・容赦の無いツッコミは嫌われるぞ・・・
若ぇ衆は、侘びと寂びが理解できてない・・・)

今日の雑記は「集中」出来ない。
集中出来ないのは、何かに「執着」している証拠だ。
そうかぁ・・ワシにも「執着」する根性があるんだぁ。
少し・・・ワシを見直したなぁ・・・


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集中と執着・1

2005-05-02 19:27:17 | Weblog

どちらも力が入っているなぁ・・・。
「集中」と思って「執着」になる。
最初は「集中」だったのに・・・
いつの間にか「執着」になる。
よくあるパターンだ。

「集中力」を高める。
「集中力」を強める。
無条件で「いいこと」だと思ってしまう。
ところが「集中力」が「力」だと思うと、
大抵は「執着」になるようだ。

「集中」する事は自分が主体だ。
対象の「氣」を自分側に集める。
自分の「氣」を対象に集める。
自分の心のコントロールができている状態だ。
コントロールは「やわらぎ」が土台になる。

「やわらぎ」が広いほど、
「やわらぎ」が深いほど、
「やわらぎ」が大きいほど、
コントロールは自由度を増す。
当たり前だよねぇ・・・

「集中」が「やわらぎ」次第だと気づいたのは、
ワシが「氣の世界」に入ってからだ。
(ワシの場合は「やわらぎ」っぱなしで集中が無いかも)
それまでは集中は「力」次第だと思っていたからなぁ・・・
「集中力」は「力を入れる事」だと思っていた・・・。

「力」が強まると、例え結果が出ても「質」が伴わない。
質を見抜けなくては、さ迷ってしまうものだ。
「集中」の目的は「本質」に近づく事なのに・・・。
結果に踊らされて、質を勘違いする・・・。

ワシも勘違いの連続だった・・・
「力」を「結果」に集中させていた。
「集中力」は「力を抜く事」だと気づけなかった。
「集中」に「時間」は関係しないと、気づけなかった。

故御師匠様が言っていた。
「一瞬で変わる。時間じゃない」
今は理解できる。
出来るが、簡単には出来ない。
その「一瞬」が行えるまで、時間がかかる。

ワシも求めるモノがある。
求める境地がある。
だから「集中」が必要だ。
だが、ワシの100時間は「集中」じゃない。
「集中」できるまでの「あがきの時間」だ。

「集中」は「一瞬」だけだ。
「力」は、使わないといってもいい。
「力」は、使わない事に気づく為にもある。
この世の仕組みはヒネクレている・・・

だから・・・集中は「やわらぎ」次第だ。
まだまだ、ワシは・・・硬い。
(い、いや、一部はかなり柔らかくなった・・・。
だが、そこが何処だかは詮索するなよ・・・)



桜が今、散っている最中です。そこで、一句。

舞い降りる 花びら札なら 嬉しいな♪


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