水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷想中・迷走中・1298」

2024-07-23 21:07:01 | Weblog


ある気功師・903

淋しい事、苦しい事、痛い事。
心が感じてしまう辛い思いは沢山ある。
嬉しい事、感動する事、楽しい事。
心が喜ぶ出来事も沢山ある。

でも、それは心の中の事。
「生きる」事と連動しているが、
「生きる」事と混同しないほうがいい。
心は脇役。体は主役。

心がどんな状態であっても、
体が生きてさえいてくれれば、
心は変われるし、必ず変わる。
心は不安定な幻なのだ。


(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索
 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)

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「迷想中・迷走中・1297」

2024-07-22 21:04:34 | Weblog


ある気功師・902

私はアホだ。
謙遜ではない、本気だ。
私はいいかげんだ。
かなり、自信がある。

私はヒネクレている。
世間とか常識とかには素直に応じられない。
だから、だと思う。
気づいてしまった。
しまったら・・・しょうがない。
お節介でも言う。

世界の幸せは
自分の肉体を愛しむところから。


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「迷想中・迷走中・1296」

2024-07-21 20:56:33 | Weblog


ある気功師・901

生き続けるのは、基本であり、全てなのだ。

この世で精一杯する事は、
何かを成す事じゃない。
精一杯、自分の肉体を愛しむ事だけだ。

自分の肉体を愛しむ事は、
他の肉体を愛しむ事と同じ生き方になる。
それこそが生きる意味であり、
この世に生を受けた人として、
成すべき事でもある。


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「迷想中・迷走中・1295」

2024-07-20 20:59:12 | Weblog


ある気功師・900

太い、細いは個人差。
比べようがないし、意味もない。
だが、短く生きるのは間違いだ。
(この場合の短いとは単に年齢じゃなく、
本人の意思で天命を縮める事だ)

肉体はもっと生きたいのに、
心の満足(欲)の為に肉体を虐待する。
それは、生命に対して傲慢で失礼なのだ。
社会的に評価される事の為であっても同じだ。

もっと生きたいのに、
生きられなかった肉体がある。
その肉体の声無き声を聞いてしまうと、
「短く生きる!」なんて格好付けているのは、
何もわかっていない、バカモノだと思う。


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「迷想中・迷走中・1294」

2024-07-19 21:01:31 | Weblog


ある気功師・899

死んでから理解できるかもしれない。
あの世に戻ってから理解できるかもしれない。
(こういう書き方は卑怯だねぇ。確かめる事が出来ない)
肉体世界にいる時間が有限の理由。
「生きる」意味や目的がとても貴重だったと。

太く短く生きる?
ちょっと格好いいけどねぇ。
本人の心の満足や関係者の思い出や、
人間社会的な評価はあるかもしれないけどねぇ。

他人の生き方までアレコレ言うのは、
余計なお節介だとも思うけど。
それでも・・・間違いだ。
生き方は自由でも、間違いは間違いだ。


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「迷想中・迷走中・1293」

2024-07-18 20:54:36 | Weblog


ある気功師・898

「生きる」とは何か?

それは肉体を維持する事だ。
肉体を自然体に維持する事だ。
それが肉体を喜ばす事でもある。

生きる意味を肉体から離し、
心に求めた時から間違いが始まる。

意識ある側(本人の心)からなら、
「肉体が愛しい」と本気で思う事。
その本気で日々の普通の行いを成す事。
それで「生きる」目的も意味も結果も得る。


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「迷想中・迷走中・1292」

2024-07-17 21:06:22 | Weblog


ある気功師・897

ほとんどの人は自分の心を主体にして
体を奴隷のように扱う。
体は黙って、耐えている。
でも苦しいし、辛い。

苦しさは心にも伝わるけれど、
相変わらず心が主体だと思っているから、
心を晴らす為に、更に体にムチ打つ。
ストレス発散とか言いながら・・・

ホント、人は鬼のようだ・・・。
自分の体に対して、
鬼のようだ・・・。
とても・・・冷たい・・・。


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「迷想中・迷走中・1291」

2024-07-16 21:27:00 | Weblog


ある気功師・896

役目が終わるまで「生きる」事。
「生きとし生きる」事。
生きる事を最優先する事。
愉しい・嬉しい・気持ちいいを判断基準。

難しい事じゃない。
誰にでも判断できるようになっている。
生きる事が苦しい、大変なのは意味がある。
何かが間違っているというサインなのだ。

神はヒネクレているかもしれないが、
底意地が悪いわけではない。
私のようなアホでも判断できるような生き方。
それとなく仕組んでいてくれる。
結構・・・、いや、かなり優しい。


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「迷想中・迷走中・1290」

2024-07-15 20:47:53 | Weblog


ある気功師・895

体と心。
この世の主人公を取り違えていた。
あの世なら、心か魂か知らないが、
目に見えない本質体が主人公だろう。

でも、この世では肉体が主人公だ。
舞台(この世)の上の役者名が主人公なのだ。
舞台上で本名を使っても意味がない。
舞台上で本来の生き方を唱えても意味がない。

肉体の役目。
この世の役目。
生命力の役目。
そんなの簡単だ。


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「迷想中・迷走中・1289」

2024-07-14 21:04:59 | Weblog


ある気功師・894

享楽主義。
そんな主義主張をしているわけではない。
「今さえよけりゃ、それでいい」
それは間違いだと知っている。
浅い享楽は高利貸しから金を借りるようなものだ。
ツケは何倍も苦しみとして払わなければならない。

過去も現在も未来も愉しい。
自も他も愉しい、嬉しい、気持ちいい。
過去と今と未来は共通のパイプを使っている。
ならば、未来が幸せになる為に今を苦しむ・・・
何か・・・ウソくさい・・・
苦労すれば幸せが待っている・・・
何か・・・ウソくさい・・・


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