今更遅いよね・・・・この題名の「集中と執着」
ワシ流なら「女王様と奴隷」とするべきだった。
もっと過激に、もっとイロっぽく・・・
妖しく、怪しい世界を書けばよかったのだ・・・。
御筆先様はマジメすぎる・・・
「集中」は本質に近づく為のもの。
本質を深く見抜く冥想。
能力の純度を最高に現す術(すべ)。
だから「自由」が不可欠だ。
鎖に縛られて、深く潜れるはずがない。
自由気ままな女王様だから「集中」できる。
(注:単なるワガママ女は女王様になれない。
ワガママはコンプレックスの裏側だ。
コンプレックスの裏側にはプライドもある。
いずれにしても、奴隷なんだ。)
家康の人生訓ではないが、
「坂道を重い荷物を負って上る」
こういう方法もある。
だが、移動はできるが、集中はできない。
一瞬でワープする方法ではないのだ。
人の生き方だ。
好きでいい。
だが、重い荷物を負って上る方法だけじゃない。
ホントの「集中」に努力や根性はいらない。
手放す(小さな)勇気があればいい。
体や心や魂の修正法も同じだ。
一瞬でワープできる。
ワシは故御師匠様がするのを見ていた。
人は一瞬で変わる。
イキナリ笑顔になる。
ワシは、それが見たいと思った。
そしてこの道に入った。
楽な笑顔が見たいのだ。
苦労の笑顔よりも・・・
お互い・・・楽だし・・・
ところが自分でやろうとしても出来ない。
何処が違うか?
「力じゃない!」と言われた意味が解らなかった。
だから不遜なワシはこっそり思った。
「そういうけど、能力の強さや量が圧倒的に違う」
若かったねぇ・・・
(い、いや、実際は40過ぎだった。訂正します。
アホだったねぇ・・・・)
何年か後、もう一人の龍村師匠の本を読んだ。
ふと「集中と執着」の違いに気づいた。
長い間の疑問が一つ融けた。
何十年も一生懸命している人がいるのに、
数ヶ月の人が上回る術のカラクリに気づいた。
ワシは天才型ではない。
もちろん、努力型でもない。
だが、結構、向いている。
ナマケモノにはナマケモノ用の道がある。
(本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間・氣功療法院」