水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「母のこと・6」

2011-07-31 22:35:30 | Weblog



今日の独善つぶやき・・・

今日も千葉に治療だった。
この時期にしては、涼しかった。
そして帰りの東京駅。
昨日の豪雨の影響で、新潟はガタガタらしい。


「母のこと・6」

この子(母)は育たないかもしれない。
そう言われていたらしい。
それでも、学校の成績はよかった。
母にすれば、授業は一度聞けば解る話。
同じような事を何度も繰り返すのは時間の無駄。
(生意気ですいません・・・)

後に学校の先生が訪ねてきた。
「どうして、あんなに優秀に育ったのか?」
さすがの祖母も答えようがなかったようだ。
何も教えなかったのが、よかったのかねぇ・・・

母は、私達子供に対しても同じだった。
勉強をしろ、とは一度も言われなかった。
どんなに遊んでいても、何をしても自由だった。
それは、今の私の家庭でも同じだ。
勉強など、本人がしたけりゃしてもいいけど・・・
あまりマトモにするようなモノじゃない。

どんなに勉強しても、いずれボケる・・・。
頭がよくても性格が悪けりゃ軽蔑だけだ。
頭がよくても仕事ができなければ、役にたたない。
だが、優しい心を育てたなら、それは一生価値がある。

        
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。
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「母のこと・5」

2011-07-30 19:41:08 | Weblog



病弱ではあったが、いろいろな事に興味があった。
祖母(母親)の仕事などにも興味があった。
いろいろな事をすぐに覚えるタイプだったようだ。
実際、母は何でも出来た人だった。
それが、私には不思議だった。

姉なども小器用に何でも出来るタイプだ。
長兄もそうだ。
だが、私はすぐ覚える事と苦手な事がハッキリしている。
苦手な事は、出来ない事だと思っていた。
苦手でやらない事は多いが、最近思った。
私は、結構何でも出来るタイプの気がする。

仕事を覚えるのは、早いかもしれない・・・
それは、母の血をひいているような気がする。
出来ないと思われた方が楽だから、出来ないフリをするが・・・
出来ないことは、かなり少ないと思う。
(これは内緒にしてくれ)

        
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「母のこと・4」

2011-07-29 20:56:40 | Weblog



小遣いの額を二桁多く持たされていた。
来客用にこも被りの酒が常に用意されていた。
お菓子が一斗缶で、幾つも用意されていた。
そういう家だったらしい・・・

母の母、つまり私の祖母は二度目の結婚だった。
(その後、三度目の結婚をするが・・・)
望まれ、大層大切にされて、嫁入りしららしい。
(一度目は夫が病死)
明るく、美人で、冗談好きで、しかも働き者の祖母だ。
嫁に欲しいと、男共が山のようだった・・・とか。

母は、幼児の頃から病弱だった。
心臓が弱く、喘息もあった。
すぐ熱を出し寝込んでいたらしい。
それでも、自然しかない山の中だ。
ゆっくり、ゆっくり育っていった。

        
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「母のこと・3」

2011-07-28 18:57:17 | Weblog



立身出世という概念は戦国時代あたりからだ。
それでも、その頃は実力でのし上がる以外になかった。
江戸中期以降、立身出世は世渡りの上手さで出来るようになった。
実力は世渡りの一つの表現になってしまったのだ。
そして、そのまま明治時代に移行する。
立身出世にとらわれた武士達が競って為政者になった。
それは公家とよばれた貴族階級も似たようなものだった。

出世欲は本来の仕事や実力を阻害し、公職と相反する意識だ。
立身出世欲のオトコが為政者になってマトモな事などできない。
当たり前だ。
それでも激動の時代は、否応なしに変化せざるをえない。
明治初頭、そして大正の後期は時代が勝手に動いた。

大衆は、大正モダンあるいは大正ロマンという風に包まれた。
大正初期は、お洒落を意識できる、比較的穏やかな時代でもあった。
日清・日露戦勝に続き、第一次世界大戦も戦勝国の仲間だった。
敗戦国は過酷な状態だが、勝利国に利益をもたらす。
日本は、景気がよかった。
母はそんな頃を子供時代として育っていった。
母の生まれた実家は、地域では裕福の方だったらしい。

        
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「母のこと・2」

2011-07-27 18:22:46 | Weblog



大正5年(1916年)7月11日誕生。
満年齢で95歳の誕生日を迎えたばかりだった。
当日は、東京の兄嫁から送られた大きな花束に囲まれた。
花の好きだった母だった。

大正時代というのは、日本史で最も短い時代だ。
実質14年だったが、国内外が激動した。
前半と後半では、全く違う気風が漂った。
その為、国民の意識も不安定な時代だった。
まぁ、人間社会で安定の時代は珍しいけど・・・

どの国でも、無能が為政者になる。
あるいは為政者となって無能になる。
いずれにしても、無能だが欲望は強くなる。
無能で強欲な為政者で国が安定するわけがない。
国という範囲(概念)を作った人間社会で平和は難しい。

        
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「母のこと・1」

2011-07-26 19:23:16 | Weblog



私は忘れるのが得意だ。
それ自体が、良い、悪いじゃない。
そういうふうな体質なのだ。
だが、母はそうではなかった。
母の体質を受け継いだわけではないらしい。
だからこそ、今の内に記しておかかければと思う。

2011年 7月16日
母は(多分)天寿を全うした。

しばらくバタバタと様々な出来事をこなしていた。
今も、今後も、当分はアレコレの用事がある。
少しずつ、切れ切れの一片ずつではあるが、母の事を集めてみよう。
そして、私なりの表現ではあるが、記してみようと思っている。

        
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「迷解剣客商売・77」

2011-07-25 20:54:27 | Weblog



幾つもの顔。
幾つもの心。
自分でも理解できない行動。
不可思議な生き物として、人は、在る。

人間という生き物について
「そんなに簡単に割り切れるものではないよ。
だから、面白いのさ」
池波氏の言葉だ。
人間賛歌は、こういうことだと思う。
素晴らしいから、賛歌じゃないのだ。

わけがわからないけど、生きている。
ならば、賛歌だ。
そこには、面白さがある。
愉しさがある。
生きる二本柱に、食と性がある。
ならば、賛歌だ。
池波氏の言葉は、カッコイイ。

        
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「迷解剣客商売・76」

2011-07-15 20:50:27 | Weblog



この剣客商売も最終巻になってしまった。
秋山小兵衛は93歳まで生きる設定になっている。
息・大治郎や三冬、孫の小太郎を考えれば、物語は続いた。
だが、作者の池波氏が急逝してしまう。
惜しい・・・

小兵衛は嘗て剣を交え、剣客同士として倒した相手がいた。
26年前の40歳の小兵衛。
「もうだめか・・・」と思ったほどの相手だった。
その息子と知り合い、危急を救った。
もちろん、父を斬った相手だと名乗った後の出来事だ。

人の世の不可思議さ。
どこかの宗教がいうような因果応報などではない。
この世は、そんなに単純な法則で成り立っていない。
当たり前だが、人は血が通って生きているのだ。
多種多様と交じり合いながら、生きているのだ。
理屈だけでは、観る事も愉しむ事もできない。

        
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「迷解剣客商売・75」

2011-07-14 18:03:37 | Weblog


釣り合わぬ二人だが、秀は妊娠している。
しかも二人とも乗り気だ。
釣り合わぬ、という点では小兵衛とおはるも同じ。
そこで又六は、小兵衛に母親への説得をお願いする。
「おふくろは、先生を神様のように思っています」

小兵衛「ワシは人間の端くれだ。
お前たちと同じような事をしてきたのじゃもの」
おはる「あい。剣術は神様でも、女にかけては・・・」
人を観る名人でも、そんなものだ。
だから、人は面白いのだ。
そして、人は可愛いのだ。

結局、又六の母親は秀の妊娠に気づいた。
小兵衛からも「ワシが仲人する」と言われて承知した。
三冬と同じような素直な女剣客、杉原秀。
余計な見てくれなどに心を奪われず又六を選んだ。
人の世など、いずれ変わるのだ。
ならば、結構、似合いの二人だと思う。

        
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「迷解剣客商売・74」

2011-07-13 20:40:36 | Weblog


今日の独善つぶやき・・・

みなかみオンパク企画のプログラムの一つ。
樹木気功を実施した。
林厚省師から直接指導された、太極気功18式の応用だ。
場所は谷川温泉の富士浅間神社境内。
次は10月。そして来年から本格的になる・・・予定。

「迷解剣客商売・74」

身分、家柄、才量、価値観などなど。
それらは、夫婦になるのに障害にならない。
単純にそう思っていた時期があった。
今は、障害になると知っている。
知っているから、乗り越えられれる事も知っている。
困難を承知の上の方が、障害は乗り越えやすいのだ。

だが、たかが夫婦になることだ。
無理して乗り越えなくてもいい。
気持ち(心)は空ろにも、変化もする。
意地をはって夫婦になるのも勝手だ。
だが意地を通すのは、決して美しい生き方でもない。
そういう事も、だんだんわかってきた。

どちらでもいいが、苦労は少ない方がいいだろう。
母親も小兵衛も、そういう思いだろう。
絶対反対でも、絶対賛成でもない。
人の世は、二人だけの世界ではない。
アホらしいほど、バカな事柄が影響するのだ。
若い頃は、アホやバカを認めなかった狭量の考えでいた。
自分が、アホやバカでもあると、思いもしなかった。

        
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