水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷説幸福論・183」

2010-02-28 20:16:25 | Weblog



幸の項(こうのこう)

肉体は大人しい。
だが、心は子供だ。
いつでも、注目されたがる。
優先して、かまってもらいたいのだ。

幸は心の分野ではない。
肉体の分野だ。
だから、心が関係する。
幸は心次第だ、と主張する。

意思(魂)は心に傾く。
心に踊らされる。
肉体の声を聞かない。
届いているのになぁ・・・

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・182」

2010-02-27 08:56:36 | Weblog



幸の項(こうのこう)

誰でも出現する幸。
簡単なのに難しい。
いつでも、何処でも出現する幸。
優しい事が、続けられない。

だから幸福論は、語り続く。
目の前だが、消える。
手の内だが、潜る。
大切なのに、忘れてしまう。

心は肉体に対抗する。
肉体の属性なのに対抗する。
肉体優先に対抗する。
幸の出現を邪魔するのは、心。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・181」

2010-02-26 21:54:05 | Weblog



幸の項(こうのこう)

せっかく用意してくれた幸。
今の段階では、活かしきれない。
地球を我がモノとしている段階。
生物の王と自惚れている段階。

共生共栄の意味を理解できない状態。
自他の意味も理解できない状態。
目の前の感情欲望に煽動される状態。
(ワシなど、正にコレだなぁ・・・)

幸と生命の関係。
生命は自他の共生で成り立つ。
幸も生命も個々にあるが、
全てと繋がっている事の理解が前提だ。
個と全ては、一体という感覚。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・180」

2010-02-25 19:48:19 | Weblog



幸の項(こうのこう)

一時的な幸は様々で現れる。
好きな相手から、好きと言われる。
その時は、シ、ア、ワ、セ。
だが、十年後はどうだろう?

幸の質がある。
元々付いている幸は、違うのだ。
誰でも気づく。
これが、幸というものかぁ・・・

だが、哀しい人間だ。
ホンモノより、ニセモノ(一時的)に惹かれる。
人間だもの・・・
生命を忘れて、惹かれてしまう・・・
まぁ、後で必ず後悔するけどねぇ・・・

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・179」

2010-02-24 22:33:55 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸の基準を固定概念で判断。
社会的基準で判断。
他の人の言う事で判断。
心で判断。

だから、幸が出現しない。
幸になるのじゃない。
出現するか、否かだ。
幸は最初から付いている。
ただ、現れないだけだ。

キミを幸福にするよ・・・
成功(お金が入る事)すれば、幸福に・・・
感謝すれば、幸福になる・・・
それは、詐欺か無知かの言葉。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・178」

2010-02-23 23:24:03 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸福論は脇役。
脇役だけど、中心でもある。
幸福を目指さなくてもいい。
それでも、幸福が指標になる。

正しさなんて、わからない。
健全なんて、わからない。
正道なんて、わからない。
でも、幸せは誰でもわかる。

嬉しい、愉しい、気持ちいい。
理屈じゃない。
身体でわかる。
その人が、その人の幸せなら、わかる。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・177」

2010-02-22 23:14:53 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸せに、努力も必要じゃない。
幸せに、精進も必要ない。
必要だとすれば、自然と自然体。
肉体への労わり。

幸せに、夢は必要じゃない。
幸せに、生きがいも必要じゃない。
必要だとすれば、優しさ。
そして、明るさだ。

いつでも中心は肉体。
肉体の養生優先。
心はほっといてもいい。
心は、肉体に引っ張られるから。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・176」

2010-02-21 21:36:33 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸になる生き方。
それは、とても重要な事だ。
幸の仕組みの理解。
それで、幸になる生き方が指標となる。

幸になる生き方で生命が活かせる。
生命を活かす事で、存在の意味が活かせる。
この世に生まれた理由が達成できる。
幸せは、生命の為にある。

生きとし、生きる。
それは、幸せになる生き方。
力みは必要ない。
力みは生命の邪魔になる。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・175」

2010-02-20 23:29:13 | Weblog



幸の項(こうのこう)

幸の仕組みが解れば活用できる。
幸は求めない。
肉体を労わる。
そして、活かす。

その生活、その方法が適していれば、
幸は出現する。
幸が出なければ、方法が間違いだ。
見えない世界の話じゃない。
肉体の話だ。

誰でも肉体がある。
だから、誰でも確かめられる。
適していれば、幸が出現。
だから、誰でも、幸になれる。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「迷説幸福論・174」

2010-02-19 11:14:47 | Weblog



幸の項(こうのこう)

他との比較基準は無い。
この世での生命は独自なのだ。
唯一の存在理由がある。
生きとし、生きる。

その個として、生命を活かす。
それだけが、存在の理由。
そして、役割。
社会的な役割じゃない。

個々の幸。
生命を活かす。
生命は肉体に宿る。
肉体を活かす。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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