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水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷想中・迷走中・1607」

2025-05-31 22:20:31 | Weblog

ある気功師・1208


「刺激・8」


「刺激」の使い方、活かし方がある。
「刺激」の性格がある・・・。
「刺激」はマジメなのだ。
真っ直ぐな方向の力なのだ。
常に働く癖がある。


いつも書いている。
マジメは少し、困ったチャン(子)だ。
周りの迷惑を想像しないで進む。
どんなに優秀でも幼稚な子だ。
だから、融通が利かないのは利用されるだけ。
戦争に利用されるのはマジメな人達だけだ。


「刺激」も利用する為にある。
この世はヒネクレているし、仕掛けがある。
「刺激」という道具をポンと置かれている。
それを、どう使うかは、人間の智慧に任されている。




(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索
 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)


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「迷想中・迷走中・1607」

2025-05-30 21:27:42 | Weblog

ある気功師・1208


「刺激・8」


多くの人達が勘違いしている。
瞑想を修行の一部だと思い込んでいる。
精神世界スキスキ人間も勘違いしている。
修行重要視宗教関係者も勘違いしている。


修行はアナログ(連続)世界だ。
今日の修行が明日につながる。
ところ冥想(冥想の一部分に瞑想がある)はデジタルだ。
デジタルは断続の世界だ。
修行と瞑想は全く別の次元のモノだ。


アナログ、連続の修行は刺激で続ける。
デジタル、断続の冥想やその他は断捨離であり刺激はない。
刺激はそれに耐えられる根性や精進が必要だ。
断捨離は全ての人が出来る方法だ。
何しろ、手に握ったモノを放すだけだから。




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「迷想中・迷走中・1606」

2025-05-29 22:08:11 | Weblog

ある気功師・1207


「刺激・7」


空海という超人がいた。
元々、普通の人とは違った能力があった。
だが虚空蔵ともいわれる、あらゆる智慧、知識は無かった。
そんなとんでもないモノを求めていたかどうかは知らない。
空海は性格が結構いいかげんだった。
(私は奈良博物館で空海の自筆の書をみて確信した)


いいかげん者はあきらめるのに抵抗が少ない。
実績だろうが知識だろうが捨てるのに抵抗が少ない。
心の断捨離に抵抗が少ないのだ。
で、よく洞窟に籠るのは修行ではなく、断捨離だろう。


ある朝、洞窟で座っているといきなり何かが入ってきた。
その時の事を空海は後に記した。
虚空蔵が目から、耳から、鼻から、口から勝手に入ってきた。
虚空蔵の方から勝手に入ってきたのだ。
修行して得た能力ではない。
デジタルの世界はいきなり変わる。




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「迷想中・迷走中・1605」

2025-05-28 21:45:37 | Weblog

ある気功師・1206


「刺激・6」


あれ?
人々の幸せを求めて修行していたのに・・・
修行では苦しみしかなかった。
優しく美味しい乳粥で幸せを感じる・・・
優しい笑みで幸せを感じる・・・
これって・・・今までが間違い・・・


その瞬間だった。
光る何かがシッタルーダの頭頂に入った。
求めていたから手に入らない。
肉体を優しくしたら、勝手に理解できる。
シッタルーダがブッダとなった瞬間だった。


菩提樹の下で瞑想し、悟りを開いた。
後の宗教関係者は教祖の権威を格好付けようと嘘を書いた。
修行の末に悟りが得られたようにした。
(スジャータのお尻を見て悟ったとは書けない・・・)
あるいは、弟子達は未熟のままだから本当を見失ったのかも。




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「迷想中・迷走中・1605」

2025-05-27 21:03:54 | Weblog

ある気功師・1206


「刺激・6」


修行に敗れ、失意でたどり着いた村。
身体はもうボロボロで動けない。
そこに村の女性が通りかかった。
名前はスジャータ(きっと美人だろう・・・)
家から乳粥を持ってきてシッタルーダに与えた。


一口すする度に肉体が喜ぶのがわかる。
肉体の喜びは精神を柔らかくする。
精神は柔らかさで強くなる。
(身体を鍛えても精神は強くならない・・・)
身体が温かくなり、ホッとした。
あぁ、なんか、幸せ・・・


何かと世話をやいてくれるスジャータ。
木陰でボケ~としているシッタルーダ。
(スジャータのお尻でも見ていたと思う)
何もかもあきらめ、手放したら、優しさに包まれた。




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「迷想中・迷走中・1604」

2025-05-26 21:40:58 | Weblog

ある気功師・1205


「刺激・5」


ブッダ(仏陀)という超偉人がいた。
ブッダは開かれた人という意味の尊称だ。
名前はシッタルーダという。
釈迦族の王子のくせに家出した。
妻も愛人も子供もいたのに・・・


人は恵まれすぎると手に届かないモノが欲しくなる。
何でも理解できる頭脳。
人を指導できる魂。
あらゆる疑問に答えられる存在。


そして、その頃流行っていた修行をする。
命懸けの修行をすれば、望むものが手に入る。
シッダルーダは一途に突き進むお坊ちゃんだ。
死ぬ一歩手前まで修行した。
だが、苦しみ、痛み、辛さ、絶望しか得られなかった。
もう、無理・・・死ぬ・・・




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「迷想中・迷走中・1603」

2025-05-25 21:48:51 | Weblog

ある気功師・1204


「刺激・4」


生きている事は変化の連続。
だから生命はアナログだ。
肉体は生まれ、成長し、衰退する。
生活はアナログで成り立つ。


意識は変化が断続する。
だから意識の変化はデジタルだ。
魂は徐々に成長しない。
(徐々に変わると勘違いはする・・・)


魂はイキナリ別な大きさに変わるのだ。
努力で魂は成長できない仕組みだ。
捨てて得られる仕組み側だ。
ここを勘違いする人が多い・・・。
修行で魂は成長しないってばぁ。




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「迷想中・迷走中・1602」

2025-05-25 21:41:56 | Weblog

ある気功師・1203


「刺激・3」


気功にもいろいろある。
エネルギーとかパワーとかで表現する気功がある。
それらは「刺激」を扱うといってもいいだろう。
氣による変化を物理的なモノと認識しているようだ。


(エネルギーの定義によるけど・・・
必ずしも物理的な変化にならない。
だが、その話をしたら、とてもメンドウ。
物理の定義まで決めなくてはならない・・・)


私は「調和」を促す氣功師。
だから「刺激」を扱わない。
パワーで回復を促すのではない。
だから刺激は私の氣功の話ではない。




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「迷想中・迷走中・1601」

2025-05-23 21:38:07 | Weblog

ある気功師・1202


「刺激・2」


健康へのアプローチは幾つもある。
どんな状況からでも何とかなる。
方法は一つや二つじゃない。
方法を限定すると、逆に健康から遠ざかる。
この世はヒネクレている仕組みだぜ。


「○○が最高の健康法」
何か一つ知ると周りが見えなくなる。
最初はいい。
ある程度はいい。
だが、続けると・・・闇(病)に近づく。
こだわりの継続は、不自然なのだ。
当たり前・・・。


この世は諸行無常なのだ。
万物は常に流転している。
変化し調和に力が働き安定に向かう。
しかし変化は常だ。
こんなの、当たり前だ。


同じ健康法を継続する事は不自然。
健康は自然体に沿っている。
不自然では健康が離れてしまうのだ。
常に変化に応用できる「やわらかさ」
それが健康への道となる。


いろいろな健康への道があるが、
刺激を使う方法と無刺激な方法に分ける事ができる。
ほとんどの道は刺激が伴う。
無刺激な方法はマレだ。




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「迷想中・迷走中・1600」

2025-05-22 21:10:11 | Weblog

ある気功師・1201


「刺激・1」


私の仕事(ライフワーク)は生命の活性化。
健康を「生命の活性」としてコンサルタントする。
病に対しては治療的になる。
生命の活性による、回復の手伝いだ。
医師でないので、病をいじらない方法だ。


暮らしの中に健康を活かす指導もある。
ヨガの応用。
ヨガは形ではなく、実践応用哲学でもある。
氣功の応用もある。
どちらも優れた御師匠様に巡り会えた。


御師匠様が桁外れに優秀だから、
私のような半端者でも何とかなった。
優秀な弟子なら師匠が優秀でなくても何とかなる。
だが、落ちこぼれの弟子は通常は役に立たない。
桁外れに優秀な師匠だけが、ロクデナシの弟子を持てる。
私は超優秀な御師匠様達の縁をいただいたようだ。
ラッキー♪




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