水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
カルテ番号 り・1（11）
関東北部に温泉地が幾つもあった。
隣は新潟県。
そこにしよう。
会社には有給休暇を使って、病気療養を理由に一か月休む旨を伝えた。
心配されたが、医者が薦めたという事にした。
その後の事は、また後で考えよう。
日程はとりあえず5日間。
贅沢な宿は必要なかった。
干渉もされたくなかったので、ビジネスホテルにした。
温泉はいろいろ日帰り温泉を渡り歩けばいい。
その方がいい。
食事も、その場その場でいい。
次の日、早速レンタカーを借りた。
アパートに戻り、支度をした。
車があるのはいい。
多少荷物が増えても大丈夫だ。
ふと気づくと、不安感が無い。
もう治ったのかと思えるほどだ。
でも違う。
行先が北部だからなのだ。
その理由はわからない。
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カルテ番号 り・1（10）
力石静は神奈川県に住んでいる。
会社は東京だ。
東京といっても沿線上だから、通勤には便利だった。
近くの温泉場は熱海になる。
だが、熱海にも抵抗がある。
理由はわからないが、行きたくないのだ。
ドライブしながら気ままに温泉。
想像ではいいが、実際は簡単ではない。
なぜなら免許はあるが、車は無い。
時々会社の車を運転するので、ペーパードライバーではない。
計画も無しに、レンタカーを借りるわけにもいかない。
とはいえ、そんな事を思っていると気が楽になる。
日本中の地図を見ながら、空想の旅にでる。
あまり遠くまでは行けない。
関東周辺で充分だ。
離婚してから、夢中で働いてきた。
休日は疲れ果てて、寝るのが至福だった。
どこにも出たくなかった。
だから温泉ドライブなんて、もちろん経験がない。
ないからこそ、空想は膨らむ。
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カルテ番号 り・1（9）
会社を休んで五日目になった。
ネットでの回復探しはやめた。
外に出ると何ともいえない不安感が出る。
無理すれば会社に行けない事もないと思う。
だが、行っても仕事がこなせる自信がなかった。
昨日までは仕事の遅れをどうしよう、と心配した。
仕事が出来なくなったらどうしよう、と悩んだ。
ところが、今朝起きたら、心配が薄らいだ。
会社を辞めてもいいかも、と思い始めたからだ。
ちょうど会社は合併騒ぎで、早期退職者を募集していた。
50歳以上が対象だった。
退職金の割り増しもある。
それも悪くないかもしれない、と思い始めていた。
定年退職まで頑張る。
出来れば、その後も働きたい。
働かなければ、生活が不安だった。
それが、五日休んだら、考えが変わった。
どうにか、なるかもしれない。
とりあえず、温泉でも行こう。
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カルテ番号 り・1（8）
ネット上では、うつ病回復をうたっているサイトは幾つもあった。
多くは回復した人の体験談。
怪しげな治療法や健康食品もあった。
どうやら、個人差があるようだ。
火傷のレベルとは違うのだ。
回復してから、再発する事も少なくない。
積極的に治す、というよりも、回復を待つという感じがした。
薬を使っても、それは同じだ。
というよりも、治療法は無いのだろう。
身体や心の何かが疲れすぎてしまった状態。
だから時間が回復法にもなるようだ。
とはいえ、進行する場合もあるようだ。
ようするに、わからないのだ。
どんな病でも、回復をうたっているサイトはある。
スピリチャルというか、霊的精神論なところもある。
怪しいし、そこからカルト集団に入信する人も多いようだ。
いつでも、人の弱みにつけこむ人、組織は沢山ある。
静は、そういう相手には敏感だった。
オーバーな宣伝や曖昧な理由を前面に出している。
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カルテ番号 り・1（7）
ある意味予想通りだった。
肉体的な異常は何もなかった。
標準の年齢よりも、数値はかなり健康だった。
そのまま心療内科に回された。
問診の結果は初期のうつ病とされた。
抗うつ剤を出された。
二週間後にまた検診するとの事だった。
静はその病院とその医者が、自分には合わないと思った。
態度や言葉の端々が、気持ちを少し逆なでする。
もう来たくなかった。
そう感じるのも、うつ病のせいかとも思った。
もう来なくていい方法。
それは、回復すればいい。
この病院以外の方法で・・・
家に帰ってから調べた。
不思議に調子がいい。
不安感がないのだ。
もちろん、薬は飲んでいない。
病院以外での回復を目指すと決意してから、やる気が出てきた。
目標が見つかったせいだろうか。
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カルテ番号 り・1（6）
静は知り合いの女性を思い出した。
5歳上の会社の先輩だった。
もう3年になる。
ある日、来なくなった。
やがて、うつ病だったと知らされた。
その時を思い出した。
急に外出がおっくうに感じたときいた。
病院に行こうと思ったが、その度に言い訳をして伸ばした。
家族が連れて行ったのは、一か月も経ってからだった。
うつ病が進行していると診断された。
そのまま、退職することになった。
一度会いに行ったが、会えなかった。
このままではダメだ。
何としても、変えなくてはダメだ。
静は抵抗する心を奮い立たせて、病院に向かった。
一人暮らしの自分だ。
このまま息子を頼るわけにはいかない。
その想いが、外出を可能にした。
不安感よりも、一人で生活する決意が上回った。
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カルテ番号 り・1（5）
鬱、ウツ、うつ。
その言葉が浮かんだ。
うつ病なのだろうか？
ネットで調べると、そんな気がする。
だが、ネットが当てにならない事も知っている。
やはり、病院に行こうと思った。
とりあえず、肉体的に検査をしてみようと思った。
肉体的に何の異常がなければ、精神的を疑えばいい。
今の状態で健康から離れたら絶望的だ。
一人暮らしなのだ。
つくづく健康だけが頼りだと思った。
早く原因を探し、回復したい。
いろいろ考えていたせいか、睡眠は浅かった。
それでも朝になると、多少元気になった気がする。
朝食はいろいろ混ぜたお粥にした。
温かく、食べやすいようにした。
総合病院に電話して、検査をする段取りを聞いた。
そして、出かけようとすると、やはり不安感が起こる。
外に出るのが、メンドウであるし、怖い気がする。
病院に行くのは、止めようかと思った。
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カルテ番号 り・1（4）
ある日、通勤の途中で急に不安になった。
何故だかわからない。
神奈川県から東京へ通勤している電車内だった。
不安感はますます強くなった。
恐怖を感じた。
会社に電話して、体調が悪いので出勤できない旨を伝えた。
そして、アパートに帰った。
部屋に帰っても不安感は収まらない。
それでも外よりも楽になった。
食欲も普通。
排便も普通。
睡眠も普段通りだった。
思い当たる不安の原因がなかった。
体調が悪いわけではない。
不安感があるだけだった。
次の日になっても、不安感は消えなかった。
会社には、数日休むと伝えた。
病院に行こうと思ったが、どの科に行けばいいのか迷った。
心療内科なのだろうか？
少し抵抗がある。
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カルテ番号 り・1（3）
離婚してから男性との付き合いは無い。
再婚も考えた事がない。
必要性も感じない。
老後の生活も何とかなるだろう。
それでも、何かが足りない。
静の実家は遠くにあり、兄が家を継いでいる。
土地に執着しているわけではない。
元々結婚で引っ越してきた土地だ。
嫌ではないが、特別好きでもない。
仕事の関係で都会に近いのは便利だと思う。
だが最近は、もっと静かな土地でもいいように思う。
定年退職したら、引っ越してもいいと思っている。
健康には気をつけていたつもりだ。
食事もできるだけ自炊する。
一人分は面倒だと感じる時もあるが、外食は好きではない。
コンビニには何でもあるが、すぐ飽きる。
やはり自分で作って食べる方が馴染んでいる。
食材は、少し贅沢なものを選んでいる。
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カルテ番号 り・1（2）
息子からの連絡は一週間に一度程度メールがある。
内容もアッサリしたものだった。
そんな次第に静も一人が慣れてきた。
友人も知人もいる。
だが、この歳になるとわかる。
人は表面でしか付き合えない。
心の中は自分でも理解できないのだ。
心も表面しか解らない。
自分の心が表面しか解らないのだ。
人と人が深く理解などできようもない。
そう勘違いする事はできる。
といって、虚無的になるわけではなかった。
かえって、スッキリした関係になれる。
仕事も順調だ。
長年勤めているのだ。
それほど苦労する事はない。
ただ・・・家に帰るのが楽しみではなくなった。
家にいるのが、何となく淋しいと感じている。
気楽ではあるが、一人は淋しい。
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