水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
カルテ番号 ろ・1（28）
「先生、ありがとうございました。
本当に生まれ変わったようです。
世界がこんなに広いと気づけてよかったです。
これから、どうなるのかわかりません。
ですが、全く違う感覚になると思います。
一つ一つの出来事が大切に感じられると思います」
院長は笑って言った。
「蠟山さんは、すでに変化した後にいらしたのですよ。
あるいは・・・変化したから、来たのだと思います。
そして、その変化は自然に対しても敏感に反応するでしょう。
私も先の事はわかりません。
ですが、もし首都圏に身内、知り合いがいるのなら・・・
いいや、それも蠟山さんの判断ですね」
そうか。
首都圏の危機は近いのか。
どう、言葉をかけよう。
それが、当面のするべき行動になるのだろう。
それで誰かが動くならいい。
また、動かないなら、それは自分の役でないか力不足。
結果を重要視するのではなく、自分の生き方に注意を払おう。
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カルテ番号 ろ・1（27）
ならば・・・
人も同じかもしれない。
いや、きっとそうだ。
今、目の前にいる院長。
人の姿をしているが、普通の人でないと感じた。
それは、垣間見せてくれた広さ、あるいは深さ。
だが、どんな人にもあるのかもしれない。
自分でも気づかない広さや深さ。
もしかしたら、高さもあるかもしれない。
一生気づかないままが、ほとんどだろう。
その広さ、深さ、高さがあるのと自覚するのは別ものだ。
それならば・・・
蠟山辰雄自身にも、あるのだろう。
自分も世界の構成要素の一つだ。
ダメな人間だと思っていた。
ダメな人生だと思っていた。
それは・・・知らなかったからだ。
無知だったからだ。
見ていなかったからだ。
世界も、自分も。
そして、家族も・・・
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カルテ番号 ろ・1（26）
６５歳。
この歳になって、初めて世界を見ているようだ。
決められた社会。
決めつけていた社会。
家庭も会社も世間も、実に狭い範囲しか見ていなかった。
思い込みの範囲しか見ていなかった。
家庭が狭いのではない。
会社が狭いのではない。
世間が狭いのではなかった。
そこには、広さと深さがあるのだ。
あるのだが、一見決まっているように見える。
社会というのは、範囲を決めている方が便利なのだ。
常識。
ルール。
科学的という一方法。
それらがある方が使い勝手がいい。
法があれば、混乱は少ない。
だが、それ以外にも広さも深さも高さもある。
質が違う範囲、域だってあるに違いない。
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カルテ番号 ろ・1（25）
自分の小ささ、至らなさ。
そんなモノは当然だ。
世界は大きい、広い、深い、高い。
自分がちっぽけなのは、当たり前だった。
望遠鏡で星を見続けていれば、誰だってわかる。
地球だって、点のように小さいのだ。
だからこそ、だった。
大きな世界に触れたのに、気づかない。
見たのに、見ていないと錯覚する。
出会えたのに、自分の小さな世界しか相手にしていない。
問題は、己の小ささではなかった。
固定概念だった。
目から鱗、という言葉がある。
固定概念という鱗が張り付いていたのだ。
ポロリと落ちた瞬間。
世界は・・・眩しい。
同じ景色が、同じではない。
人間の形をしていても、違う人間もいる。
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カルテ番号 ろ・1（24）
蠟山辰雄は思った。
世の中は広い。
そして深い。
そこに、何も知らないに等しい自分がいる。
すると、見えていないだけで、様々なモノがある。
見えない様々なモノもある。
何かの縁、あるいは瞬間に出会う。
それまでの常識以外の出来事に出会う。
それらは、不思議な事として認識する。
いいや、ほとんどは認識しないだろう。
無かった事としてしまう。
意識下で忘れてしまう。
そんなバカな事があるわけがない、と。
きっと今までの人生でも、沢山出会ったはずだ。
その度に、もっと広く、もっと深く変われたはずだ。
あるいは、もっと高くなれたはずだ。
それらを無視してきた。
出会いはあっても、活かせなかった。
本気にしていなかった。
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カルテ番号 ろ・1（23）
院長は少し黙ってから言った。
「蠟山さんの思った大地の異変というのは、具体的には思い当たりますか？」
逆に質問で返された蠟山辰雄は、やはり少し考えてから答えた。
「大地の異変は火山か地震でしょう。
そして、見た方向は都会でした。
火山はありません。
残るは・・・地震でしょうか・・・」
院長は軽く頷いて言った。
「それが何だったのか、私にはわかりません。
ですが、珍しい現象に出会ったのだと思います。
重要なのは、それを見て感じた蠟山さん自身でしょう。
更に重要なのは、その後、どう行動に取り入れるか、でしょうね。
見た事に意味があるか、ではなく、出会った人が活かせるか、だと思います」
蠟山辰雄は、その言葉で道の方向のヒントが見つかった気がした。
そして、もう一つ感じた事がある。
院長は、何かを知っている。
知っていて、話さない。
話すべき相手なら、話すだろう。
少なくても、蠟山辰雄は、今はその相手ではないのだろう。
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カルテ番号 ろ・1（22）
蠟山辰雄は満足した。
こんな気持ちはほとんど記憶にない。
その時、ふと思い出した事があった。
この先生なら、何か答えてくれるかもしれない。
「先生、今日はありがとうございました。
まるで生まれ変わったようです。
ところで、全く関係ない話なのですが、感想を聞かせて下さい。
一月前の事でした。
天体観測が趣味ですが、地表に近い空が異様に感じられました。
最初は大規模な火事かと思いましたが、赤い色ではありません。
むしろ緑に近い色に思えました。
というのは、色が変化するのです。
実際に見た事はないのですが、映像でのオーロラとも違います。
もちろん日本でオーロラが起こりうるはずもない。
それに、綺麗とは思えませんでした。
不気味というのとも違いますが、いい感じではありません。
人工的な何かの影響とも思えませんでした。
直観的に思ったのは、大地で何かが起こっている。
でも、その後のニュースも何も報じてはいません。
あれは、何だったのでしょうか？」
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カルテ番号 ろ・1（21）
蠟山辰雄は今日が再生の日だと思った。
崖から足を滑らせ、下までの僅かな時間。
死ぬほどの墜落でも怪我でもなかった。
それでも、臨死体験だと思った。
僅かな時間が、とても長い時間に感じた。
いろいろな事を思った。
自分の人生を振り返った。
そして、変わろう、と強く思った。
一秒あるかないかの時間の不思議。
そして、偶然目についた治療院。
飛び込んで、話をして、目が覚めた思いがした。
「もう変わっていますよ」という言葉。
人生が二回あれば、と無理な思いをした事もあった。
やり直せるなら、と空想した事もあった。
だが、二回は無い。
やり直しも無い。
ただ、生まれ変われるのだ、と思えた。
再生は出来る。
おそらく、何度でも再生は出来る。
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カルテ番号 ろ・1（20）
蠟山辰雄は思った。
変われるかもしれない。
今更、良き夫や良き父親を目指す事には無理がある。
良い人になるのも抵抗がある。
だが、自分が愉しくなるのなら、工夫次第だろう。
少しずつ、自分だけが変わればいい。
嫌な事、苦手な事からも逃げなくていいかもしれない。
嫌とか苦手のほとんどは、他の目や評価を気にしていたからだ。
自分中心ならば、上手いとか下手とかも関係ない。
今日はこのまま家に帰ろう。
気まずい雰囲気が嫌だったが、自分の家だ。
普通に気楽にいられるように、工夫しよう。
妻の機嫌は無視しないが、重要視もしない。
何よりも、自分が機嫌よく生活できるようにする。
一緒に暮らす以上、双方の違いは当たり前だ。
工夫すれば、我慢しなくてもできるだろう。
相手を認めるが、自分を優先して認める。
主張はしないが、我慢もしない。
対立しないが、自立はする。
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蠟山辰雄は自分より年下だと思える院長がわからなくなった。
年下どころか、何十年も年上かもしれない。
力まず、道を語るなど老練でなければ無理だろう。
死を知らなければ、生の向き合い方は語れないだろう。
世の中には通常の人間でないものがいる・・・
どこかで読んだ、そんなフレーズを思い出した。
「わかりました。
今までとは違う道というのは、そういう意味ですね。
目指すものが違う道だと思い込んでいました。
性質というか、道そのものが違うのですね。
目指すものは、それほど気にしなくてもいいのですね。
今はわからなくても、いいのですね」
院長はにっこりと笑った。
「そういうことです。
変わる、というのは、そういう事なのです。
先など見えても、見えなくてもいいのです。
行く先が変わってもかまわないのですよ。
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