水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷想中・迷走中・514」

2022-05-31 22:12:12 | Weblog


ある気功師・120

私が隣に座ると身体に変化が起こる。
熱くなる、ピリピリする、急に楽になる等々。
道理で私の方をチラチラ見ると思った・・・
まだ私が氣をコントロールできない頃の話だ。

重病の人など耐えられない眠気が出たりする。
例えば電車内。
一両程度なら、全員に影響してしまう。
それではいろいろ支障があるだろう。
治療に来ているわけではないのだから。

目立つな。
それには幾つかの意味がある。
勝手に手を出すな。
手というより氣を出すな、だ。
その本当の意味を知るのはもっと後になる。
深い意味があるのだ。


(本館は、HP「気の空間・氣功療法院」検索
 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)

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「迷想中・迷走中・513」

2022-05-30 22:15:29 | Weblog


ある気功師・119

勝手に手を出さない。
この事に関連して、やっと少し出来るようになった。
私は氣が出てしまう気功師だ。
故師匠が波長を合わせてしまったからだ。
自分で出そうとして出しているわけではない。
その氣を出さないように出来るようになった。
半年かけて、止める事を出来るようになったのだ。

氣に敏感な人がいる。
私は鈍感だった。
多くの人が集まる講演やセミナー。
時々、知らない人から声をかけられる。
「あの~、もしかして気功師の方ですか?」
何故、そんな事を言われるのか分からなかった。

私は故師匠が言った事を守っている。
「目立つな、普通の人のように振る舞え。
特殊な格好や言動をするな。
外見や言動を目立たたせるのは能力が少ない証だ」
いかにも的な長髪や服装などハッタリ屋のする事だ。
だから、知らない人から気功師だと言われるのが不本意だった。


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「迷想中・迷走中・512」

2022-05-29 22:13:51 | Weblog


ある気功師・118

故師匠は多くの人の人生を引き受けた。
経済的には生活費を出しているのと同じだ。
その真似は出来ない。
器が違いすぎる。
それに、私は貧乏道の天才なのだ。
自分だけでも生活がおぼつかない・・・

故師匠は一応会社組織にしてある。
そこを統括する立場の理事長が言った。
故師匠が勝手に病人をどんどん社員にする。
だから会社的には全く役に立たない人が三割。
普通が五割。
残りの二割が頑張っているから成り立っている。

だが、実際は故師匠一人が支えている。
会社組織にしようが、別格すぎるのだ。
特別すぎるのだ。
皆、故師匠に惹かれて集まっている。
器、実力が一般とはかけ離れていた。


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「迷想中・迷走中・511」

2022-05-28 22:22:44 | Weblog


ある気功師・117

故師匠は言った。
「病人がいても、勝手に手を出すな」
最初は解からなかった。
困っている人、苦しんでいる人が目の前にいる。
当然、手助けをする。
そう思っていた。

理屈でなく、実際に目の前にして意味を知る。
それは、更に半年後の95年5月の三度目の生駒だった。
手を出さずに見守る。
その方がずっと厳しい。
手を出すのは簡単なのだ。
だが、それでは病人の為にならない。

病は本人が乗り越えて意味がある。
本人が主体になって、一段先に進める。
先というのは幸せに通じる道だ。
本人が主体で、本人が依頼してきて、初めて手助けができる。
その違いは、とても大きく、大切なのだ。
当然、自分を宣伝して、治療を売るものではないのだ。


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「迷想中・迷走中・510」

2022-05-27 21:37:30 | Weblog


ある気功師・116

幾つもの出来事や幾人もの人と出会った。
この研修所の管理人夫婦とも個人的に親しくなった。
T夫婦、特に夫人のTさんとは気が合ったのだろう。
その後数年、手紙や食べ物などを送ってもらった。
優しく、面倒見の良いTさんだった。

Tさんは乳癌の末期だった。
治療の方法が無く、最後に故師匠と出会ったのだ。
定期的に故師匠の治療を受ける必要があった。
故師匠は管理人として生駒研修所で雇ったのだ。
そういう重病人を故師匠は沢山雇っていた。

単に治療をしただけではないのだ。
その後の人生まで引き受けていた。
もちろん、全員ではない。
お金も仕事も出来ないが、どうしても治療を受けたい。
そういう決意をした人に手を差し伸べる。
その事はとても大きく大切な意味があった。


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「迷想中・迷走中・509」

2022-05-26 21:24:28 | Weblog


ある気功師・115

そんな姿を見せられたら、ますます後戻りが出来なくなる。
不出来な私でも関係したくなる。
ある意味誘惑だ。
誘惑には乗る、というのが私のポリシーだ。
ポリシーの意味は知らないが・・・

しかも今回はヨガという魅力ある相手が加わった。
気功はイキナリ授かったモノだ。
だがヨガは自分から近づきたい相手だ。
その調和力は病からの回復力となる。

後に私は龍村先生に指導を受けるようになる。
龍村先生は言った。
「気功とヨガは両輪なのですよ」
その意味を知るのはずっと後だった。
だが私がプロとなるに必要な相手だったのだ。
私は、とても、とても、ラッキーだった。


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「迷想中・迷走中・508」

2022-05-25 22:28:00 | Weblog


ある気功師・114

日々変わる参加者。
そのほとんどが難病、重病の人達だ。
僅か10日間で人生が変わる。
顔が変わる。
性格が変わる。
生き方が変わる。

故師匠は言った。
「普段、普通の状態なら話しても沁みない。
だが病になると真剣に聴く。
重病ならより真剣に聴き、取り組む。
それで人生が変わるなら、病も悪くない」

事実、気づきを得た重病人の多くが言った。
「病気になって、良かった。
こんな考えが私に出来るとは思わなかった。
病気は苦しいけど、幸せになれる自信がある」
負け惜しみではない。
無理して理屈をつけているわけでもない。
その顔は晴れやかなのだ。


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「迷想中・迷走中・507」

2022-05-24 22:14:39 | Weblog


ある気功師・113

目の前で難病の人の顔が変わる。
一瞬で別人になる。
額に皺を寄せていたのが晴れやかに変わる。
いや、その前にキョトンとした顔になる。
戸惑っている。
そして、泣きだす人もいる。
それから例外無しに晴れやかになるのだ。

来たばかりは何故私が病に・・・
どうしたら治る?
このまま治らない?
自分の事、自分の病ばかり見つめていた。
自分の不幸や病の辛さ、痛さばかり見つめていた。

その人が日々変わる。
自分は不幸ばかりではなかったと気づく。
病が僅かでも良好になる時もあると気づく。
その良いところ探しを毎朝する。
毎朝、誰かが発表する。
同じ病人の姿を見て、話しを聞く。
そして自分も僅かな変化を見るようになる。

それは自分の良いところ探しだけに留まらない。
更に他人の良く変わったところも見るようになる。
自分だけの事から、他人を思いやるところまで変わる。
当然、顔つきは変わる。
顔は、綺麗に、変わるのだ。


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「迷想中・迷走中・506」

2022-05-23 21:47:08 | Weblog


ある気功師・112

この二回目の生駒講座も奇跡山積みだった。
とても紹介しきれない。
故師匠は特別な人だ。
毎日毎回奇跡を起こす。
気功の時間だけではない。

その人生もとても魅力のあるものだった。
これもとても紹介しきれない。
故師匠に集まる人達。
やはり不思議としかいいようがない。
魅力的な人達が大勢だ。
その一部の人達が講師として講座をしてくれる。

例えば当時世界的に認められた医療気功の林厚省師。
師が開発した保健気功、太極18式。
日本中の気功団体が扱いの許可を求めていた。
ところが保健気功を扱っていない故師匠に許可する。
いや、許可というよりも故師匠に惚れ込んで押し売り?
そして中国から生駒まで教えに来てくれた。
私はその後を含め合計5回直接指導を受けた。
知ってる人なら、羨ましいだろう。


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「迷想中・迷走中・505」

2022-05-22 22:01:35 | Weblog


ある気功師・111

日常の何気ない所作。
歩く、走る、昇る、降りる。
それらが自然体。
ただ者じゃないだろ。

で、後先を考えぬ私のアホが出た。
「先生、ぜひ、弟子にして下さい」
まだ故師匠を追いかけている最中だ。
本妻も幼子も自営の店もある。
どうするつもりだ?

龍村先生は穏やかに答えた。
「今、計画している事がある。
また連絡するわ」
龍村先生もその時転機に差し掛かっていたのだ。
そんな事は知らないアホな私。
先がつながったとホッとしていた。


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