事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

今月の名言2020年1月号PART6 桜はこれからです。

2020-01-31 | 国際・政治

Gemini Dream

PART5「論理国語ぉ?」はこちら

「あちらの方々はあんなことばかりずっと続けて言っている。桜ももう散ってしまった」

「桜を見る会」をめぐる立憲民主党の枝野幸男代表の質問について、自民党の二階俊博幹事長が揶揄して。

にしても、どうしてもこの問題については一切まともに回答しないという首相の姿勢は一貫している。そして、前夜祭に参加した地元の支援者たちも必死で口をつぐんでいる。どうもこの問題は政権の弱点を突いているのかもしれない。

まあ、少なくともホテルニューオータニというところは飲み放題で5000円というとてもリーズナブルな宴会場だということだけは理解できました。全国の幹事さん、金を払う前に領収書を出してくれるというし、「鶴の間」はねらい目ですね。

あまりにもベタだけど、本日の1曲はケツメイシの「さくら」でいこうか……ちょっとひねって(っていうか意味はないけど)ムーディ・ブルースの「ジェミニ・ドリーム」。ディスコ上等。

2020年2月号PART1「まだ4月1日じゃないのに」につづく

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今月の名言2020年1月号PART5 論理国語ぉ?

2020-01-31 | 受験・学校

PART4「同級生」はこちら

そういう「可能な限り簡単に書かれたテクスト」を読むために、わざわざ「論理国語」というかたちで教育内容を分離して、従来の国語では教えられなかったことを教えるということの意味が僕にはわからない。そんなものを「論理」とは呼ばないだろうと思いました。

……おなじみ、内田樹が高校の国語科が分離して「論理国語」なるものを始めるという事実に慨嘆して。

わたしもそう思います。つくづく思うのは、近ごろの教育が、単に経済界に奉仕するだけのものになっているということ。英語の大学入試云々の騒ぎや、現場から要望もされていないのに児童生徒全員に端末が行き渡るように予算化されるとか。

この論理国語も、近年の学生の読解力の低下を危惧して、というよりも、マニュアルや契約書を読めるようにしてくれればいいという財界のリクエストに応えただけの話ではないのか。

こむずかしい理屈をこねる新人などいらないという発想。でも、複雑な思考を持たない人間を、AIに任せて最初に首を切ろうとするのもこの人たちだろうに。

本日の1冊は早見和真の「店長がバカすぎて」(角川春樹事務所)

書店員が読んでほしい本を推奨するという本屋大賞において、本屋の店長がひたすら空気が読めないという小説が候補になっているあたりに爆笑。確かにバカなんだけど、愛すべき存在としているあたりのスタンスは、早見が「業界、がんばってくれ」と作家として空気を読んでいるわけよね。「小説王」の作者として立派だと思います。

PART6「桜はこれからです」につづく

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追悼藤田宜永

2020-01-31 | ニュース

はじまりは「ダブル・スチール」だった。確か角川文庫で読んで、こういうおしゃれな犯罪小説を書く人なんだと認識。いっしょに飲んでいた同僚が

「あ、おれもそれ読んだ」

と言ってくれたのでうれしかった。

誰もが驚いたのが「鋼鉄の騎士」だと思う。なにしろ、とにかく分厚かったの。いまは文庫で分冊だろうけど、新潮社から出た単行本は重かったなあ。

そして、恋愛小説で直木賞をとったけれども、わたしにとってはどうしても私立探偵もの。特に、還暦すぎの探偵竹花がお気に入りだった。

藤田宜永が亡くなった。

彼の本領がどちらにあったかはわからない。でも、80年代末の、「このミステリーがすごい!」の創刊当時から藤田の名は歴然とミステリ好きたちに記憶され、現在に至っている。

泡坂妻夫や船戸与一、連城三紀彦など、過剰なまでに小説をミステリ方向に引っ張った人たちが次々に鬼籍に。さみしいなあ。

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今月の名言2020年1月号PART4 音楽三題その3 同級生

2020-01-30 | 音楽

ロックン・ロール・ショー - RC SUCCESSION

その2「顔のないアイドル」はこちら

「お前は音楽の才能はなさそうだから、ほかのことやったら?」

かつて三浦友和がRCサクセションとつるんでいたのは有名な話。しかしマネージャーにこう指摘され、俳優の養成所を紹介してもらったのだという。それから幾星霜、清志郎は空の彼方へ、友和は百恵との生活をだいじにしている。

「エンターテイナーとして素晴らしかった。純粋に(清志郎を)もう1度見てみたかった。友達としてもね。」

清志郎が亡くなって、もう十年以上が経っている。

本日の1曲はもちろんRCサクセションの「ロックンロールショー」。いきなりヘビーなギターから始まったものだから当時は本当に驚いたものだった。こっちは女に不自由していたころ。

PART5「論理国語ぉ?」につづく

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今月の名言2020年1月号PART3 音楽三題その2 顔のないアイドル

2020-01-30 | 音楽

河合奈保子 ♪ ハーフムーン セレナーデ

その1「ガールズバンド」はこちら

「僕にとってアイドルっていうのは、顔のない誰かっていう感じ」

わたしにとっては大貫妙子のアレンジャーとしての印象が強い瀬尾一三が、松田聖子とはどんな歌手だったかと問われて。

アイドル全盛期、彼女たちは忙しくてオケ録りのときにスタジオに来ないのが常だったとか。仮歌の女性がラララって歌いにくるだけだったらしい。

そのために、彼はシンガーソングライターとだけ組むようになったのだと。かろうじて覚えているのは河合奈保子だけ。そんなものだったのか。アイドルの仕事をするのって、おいしいだけじゃなかったんだね。

本日の1曲は「ハーフムーン・セレナーデ」、ようやく河合奈保子をうちのブログにお迎えできました。どこをどうしても彼女の話題にはなんなかったもんね(笑)。ああしかしこのブログからは再生できないのか。縁のない人だったんだなあ。

その3「同級生」につづく

 

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今月の名言2020年1月号PART2 音楽三題その1 ガールズバンド

2020-01-30 | 音楽

The Runaways - Cherry Bomb

PART1「三谷幸喜吠える」はこちら

「知れば知るほどバンド活動は青少年の人格形成、協働の姿勢を学ぶのによい活動だ」

全国学校軽音楽部協会理事長、三谷佳之氏の発言。

・デジタル化により楽器やアンプが低価格化したこと

・ヘッドフォン使用等による小音量化

などによってバンドに対する世間の目は大きく変わってきた……どころか、教育上非常によろしいと評価する人まで登場。かつては不良の代名詞だったのに、時代は変わったなあ。

ちなみに、高校生のロックバンドは、今や女子のグループが7割を占めるんですって。時代は……

本日の1曲は、ガールズバンドといえばわたしの世代はランナウェイズ。彼女たちを描いた映画で、シェリー・カリーをダコタ・ファニングジョーン・ジェットクリステン・スチュワートが演じたというのはすごい。なんで観てないんだろう。

その2「顔のないアイドル」につづく

 

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みたび寅さん

2020-01-29 | 邦画

「ふたたび寅さん」はこちら

山田洋次のたくらみとはこういうこと。およそ手あかのついたような手法を、あの人はわざと使う。

三丁目の夕日」そのままに吉岡秀隆を作家に設定するなど序の口であり、その彼が伯父さんについて書きだすシーンは、露骨に「スタンド・バイ・ミー」のリチャード・ドレイファスだろう(ちなみに、あの映画ではワードプロセッサーのデータを保存もせずに電源を落としたのでみんなに心配されていました)。

その「スタンド・バイ・ミー」の設定は「アメリカン・グラフィティ」の東部に向かった青年を引用しているに違いなく、これはもう娯楽映画の王道の手法だ。

だから前衛的な描写など、寅さんの客にはじゃまなだけなのを彼はよく知っている。

そのむかし、興行成績は「銀座、新宿、上野」の映画館の週末動員数で発表されていた。寅さんの場合は上野の動員が多いと語られていて、なるほどお盆やお正月に北に帰省する人たちが、列車の時間待ちに映画館に入っていたのかもしれない。そんな光景がよく似合うような気がするし。

考えてみよう。いつも日本のどこかを旅している寅さんだが、映画で描かれる中心は葛飾柴又だ。スクリーンに映る渥美清も、帰省しているのだ。そんな彼を、とらやの住人とともに観客も「お帰り、寅さん」と迎えるというのは、やはり日本の美風というものだろう。

最初のテレビドラマ版では、車寅次郎がハブに噛まれて死んだというエンディングに批判が殺到し、劇場版がつくられたことを思い起こせば、この新作で、寅さんがなぜいないのかに一切言及されないわけも理解できる。

彼がいつの日にか、風に向かって彼の名を呼べば、またスクリーンに、葛飾柴又に帰ってくることを期待させる余地を残してくれたのだろう。年に二作も寅さんをつくることに疲弊していた山田洋次が、初めてつくりたいと思った寅さんだったからこそのサービスか。

映画が終わったとき、観客席から拍手が起こった。こんなことは久しぶりだ。実はね、わたしもしたかったんだけどどうにも恥ずかしくて。ほら、なんせまだ若いから(笑)。

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うまい店ピンポイント 寅さんを観たあとに篇 三日月軒駅東店

2020-01-28 | 食・レシピ

わたしの弱点篇はこちら

そうです。わたしの弱点とは白子のことです。

ルックスがグロテスクだから?いえいえ別に。

名前がよくない?そんなこと言ったら白子のり食べられないです。

要するにねえ、人間で言えばあそこのことだってのがしんどいんですよ。いや考えすぎなのはわかるんだけど、先週美女ふたりを天童に連れて行ったとき

「ダダミ(庄内では鱈の白子のことをこう言います)って、だだちゃ豆がダダ(オヤジ)の豆だってのと同じように、オヤジの身ってことじゃない?」

「独身女性がそんなことを言うなっ!」

と怒ったけどそういうことなのかも。そうなの、なんで精巣なんてものを食わなきゃいけないんだとしみじみ。

新谷のり子さんを接待したときに(「フランシーヌの場合」を歌った人ね)、妻と同じ函館出身の彼女は

「函館ではタツって呼んでたわ」

なんかいやらしい意味が……ないって(^_^;)

さて寅さんを観たわたしたち夫婦は映画館から北上して、結局は地元のスーパーであるト一屋(といちや)そばの三日月軒駅東店へ。なんの冒険もない、普通においしい店。うれしいっす。

そういえば、寅さん映画って実はそんなに食事のシーンってなかったような気がする。気のせい?メロンを寅さんが食べられなかったのがあまりにも有名なシーンだからかなあ。渥美清がご飯をワツワツ食べてるのって印象に残ってない。なぜだろう。

ラーメン哲の極辛味噌篇につづく

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ふたたび 寅さん

2020-01-28 | 邦画

前号で「男はつらいよ」の基本線が

【人間関係をうまく構築できない兄寅次郎と、日本が生んだ妹の最高傑作さくらの長大なラブストーリー】

だと主張したけれども、実は例外もある。わたしが学生時代に劇場で見た「寅次郎ハイビスカスの花」のなかで、寅次郎はリリー(浅丘ルリ子)に

「いっしょになるか」

と言っているし、この最新作でも彼女とだけは違った関係を保ったことが説明されている。彼女だけ特別だったのは、寅次郎とリリーが同じ種類の人間だったからにほかならず、だからこそ、老いた浅丘ルリ子の登場は必然だったし、すばらしいことだった。

歴代のマドンナたちがほぼノンクレジットで登場するが、わかいころの意外にお化粧が薄かった浅丘ルリ子の美しさは突出していた。あ、それからもうひとり、わたしがこのシリーズのベストだと思っている「寅次郎夕焼け小焼け」に登場した芸者ぼたん、太地喜和子のキュートさも。

後藤久美子の演技に批判もあるようだけれども、マドンナたち、倍賞千恵子に負けない、圧倒的な美女が必要だったわけだから、山田洋次が必死でリクエストしたのも理解できる。怖いくらいに綺麗になってましたね。

このシリーズの特徴は、当時からすでに消え失せていた古い日本を、さも現存するかのように描いたことだ。

おととし、帝釈天を訪れていることで、ここは一種のどこにもない場所(ユートピア)だと感じ入った。柴又駅前が何度も登場するけれども、まさか寅さんとさくらの像を映すわけにはいかなかったんだと可笑しい。

「分別」「フーテン」などの死語や、妻を亡くした父親をかいがいしく世話する女子高生など、ありえない存在だからこそ高齢者たちはうらやみ、そして安心する。実はね、わたしも悔しいけど何度も涙を流してしまったのでした。

お若い方々もぜひ映画館へ。わたしの若いころは、お盆と正月に、松竹の封切館で寅さんを見ることは日本人の常識だったんですよ。ああ言いたいことがもっといっぱいある。以下次号

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「男はつらいよ お帰り 寅さん」(2019 松竹)

2020-01-27 | 邦画

日曜のお昼、イオンシネマ三川に客はそこそこ入っている。おっと上映直前になってたいそうな人数がやってきたので、さすがこのシリーズはまだまだ強いんだなあ……シニア料金で入ったわたしたち夫婦が、それでもまちがいなくいちばん若かったですが(笑)。

渥美清を特集したときに告白したように、わたしは山田洋次の映画が苦手。説教臭いし、日本映画を十年遅らせると主張してきた。

ただ、やはり渥美清の退場とともに、寅さんがいない日本に住んでいることが、やはり寂しいことなのだと年を取ってつくづくと感じられる。そんなわたしのような年齢層がこの一種のイベント映画(1作目から50年、シリーズ50作目)に駆けつけたわけだ。

最後の作品の劇場公開から22年も経っているのだから、客の高齢化はいたしかたがない。そこで松竹は、テーマソングを桑田佳祐に歌わせたりしているけれども、やはり渥美清の歌声には及ばなかった。もちろんそれは桑田の責任ではなく、観客は車寅次郎以外の人間の

♪奮闘ぉ努力の甲斐もなくぅ♪

を認めるはずがなかったわけで。

さて、お話は満男(吉岡秀隆)と、初恋の人の泉(後藤久美子)の再会と別れを描いている。んもうストーリーはそれだけ。で、それすらも必要としないくらいに寅さんの元気な姿だけで観客は満足している。あの有名なメロンのシーンはほぼ丸々挿入されているし、テキヤの口上も絶好調だった。

このシリーズは、言ってしまえば【人間関係をうまく構築できない兄寅次郎と、日本が生んだ妹の最高傑作さくらの長大なラブストーリー】と総括できる。倍賞千恵子が演ずるさくらに、歴代のマドンナが及ばず、寅の恋愛が成就しないのは当然のことなのである。

そのさくらも、夫の博(前田吟)も老い、おいちゃんやおばちゃんの年齢をもう越えている。満男は会社員を辞め、なんと小説家になっている。

このあたりから、山田洋次の仕掛けがうっすらと見えてくる。以下次号

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