事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

参院選’07

2007-07-31 | 国際・政治

T2007073024abe06 マクドナルド物語はまだまだ続くので、今日はちょっと時事ネタ。

あ、今日スーパーに行ったら、マクドナルド物語に出てくるイケダに十年ぶりぐらいに会いました。元気そう。シンクロニシティってあるのかな。

「今日はゴーヤチャンプルーにしようと思って」

「土用の丑の日なのに?」

「ゴーヤがウチに自生してるんだよ」

おいおいお前のウチはすげー山奥のはずじゃ…… 

 自民党40、山形地方区で民主の舟山康江候補の得票は38万……わたしの予想は当たっているようで外れているようで。

 結果は自民の【歴史的】大敗。37議席。舟山候補の得票は37万。読み違えたのは投票率が思ったより上がらなかったからかな。他県にくらべれば上昇率は圧倒的だったけれど(舟山自身の強さがあったはず)。

 89年の“消費税”選挙と同じように、今回は“年金”選挙と総括されるのかもしれない。しかしちょっと違うと思う。あれは単にきっかけにすぎなかった。だいたい、5000万件という途方もない数字は一朝一夕にできあがるものではないのだし、システムそれ自体がはらむ問題を解決しなければどうにもなるものか。それでは“格差”だろうか。民主党が掲げた“生活”だろうか?それとも憲法改正?まさか。

 今回の結果は、民主党が勝ったのではなく、自民党と公明党(この党が負けるのなんて何年ぶりだろう)が単にすっころんだだけだ。みんな何より“うんざり”していたのだろう。このムードが、年金や格差といったキーワードで正当化され、今回の投票行動につながったのだとわたしは考えている。水でふくらんだ風船に針を突き刺したように。そして、この参院選における争点が年金などではないことにいちはやく気づいたのが小沢一郎だったわけで、さすがに選挙に強いオヤジは目のつけどころが違う(問題は彼の、文字どおり心臓だ)。

 さて地方区。ウチの学校の連中はつくづくと語っていた。「あの敗戦の弁きいだ?」「あの人が代議士ならねぐでいがったなー」自民党の候補、篠原みえ子について。敗因の多くが組織にあったと彼女が語ったことをさしている。建前でいいから「自らの不徳の……」と大きなところを見せていればなあ。期日前投票数が彼女の地元、天童市において突出していることから、例によってZ票が動いているんだな、と思ったけれど、結果をみれば舟山票の方が多かったのかもしれない。

 さて、問題は衆院選ということになる。安倍晋三が辞任しないというのは朗報だが(辞意表明もできないくらいの惨敗なわけだ)、みんなこの“うんざり”ムードを、記録的大敗を自民党にくらわせたことで“すっきり”してしまったかもしれないあたりが怖い。器ではない人間にポストを与えるとえらいことになる、と否応なしに学習した安倍晋三が、はたしてどんな内閣を組むのか。まずはそこからチェックだ。

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マクドナルド物語⑧

2007-07-27 | 食・レシピ

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(前葉繰越)

次のメンテの時に、マネージャーに呼ばれた。

「この間さあ、△△さん来たでしょ」
「ええ。」例のチェックマンだ。
「そん時の成績表が来てるんだけど、見るかい?」
「成績表?」

店舗毎に、各項目(保安とか衛生状況とか)筆記体でgoodだのbadだのと容赦のない評価がくだしてある。

「変なんだよねえ。」マネージャーが含み笑いを浮かべてつぶやく。
「何がです?」
「小田急沿線の店舗で、全部goodだったのって、ウチだけなんだよ。」
「俺が優秀だったからに決まってるじゃないですか。」
「ははは、まあそういうことにしとくか」

 私にはどうでもいいことだったが(おかげで時給が上がる、ということもなかったし)、マネージャーにとっては、本部の評価が良かったことがよほど嬉しかったらしい。私は世間、あるいは会社というものの一端をその時見た気がしたのである。意外にぬるいか?と。

だが、人付き合いが決して得意とはいえないIのようなタイプが今回のような事態を迎えたとき、果たして世間というものが彼にどんな顔を見せるのか、と考え、少し陰鬱な気持ちにもなったのだったが。それに、どんな顔をして例の女の子たちにこの男がクビを宣言したか……。

何よりも、マクドナルドは、客に対してだって、かなりクールな視線を向けていたのだ……(続く

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マクドナルド物語⑦

2007-07-26 | 食・レシピ

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(前葉繰越)

 ある日、通用口から入り、タイムカードを事務室で押していると、管理職たちが壁のグラフを見ながら私にかまわず小声で話している。その棒グラフの横軸にはカウンターで働くバイトの名前が列挙してあったが、縦軸が何を表すのかは判然としない。

「うーん、この○○くんと××くんはねぇー」
「前期もそうでしたからね。」
「やっぱり、辞めてもらうしかないね。
「そうですね。」

棒の突出して長い女の子たちのことを話しているらしい。
……了解した。このグラフは、売上げと現金が合わない件数を示すものだったのだ。こんな統計までとっていたのか。しかもこの子たちは確かにその後、店で見かけることはなくなったのである。なんと簡単に首を切ることか。

 メンテとて例外ではない。

開店前にマネージャーから、フロアがまだ濡れているだの窓に汚れが残っているだのと小姑のような説教をかまされるのは毎度のことで、それはまあビジネスとして仕方のないことなのだが、ある日のこと……

深夜、表のドアをノックする中年男がいる。何度か事務室で見かけた本部筋の男だ。開けてくれ、と身振りで示すので鍵を開けると、開口一番…

「どうして、今、開けたの?」
「は?」
「強盗かもしれないじゃない」
「いやしかし、何度かマネージャーたちと話してるのをお見かけしてたんで。」この頃から私は口が達者だった。
「なるほど。」プライドをくすぐられ、すぐに納得する。

 この男、各店舗をチェックして歩く、事務職員の世界でいえば監査役のような存在だったのだ。売上げや店員のマナーといった表の面だけではなく、保安やメンテの様子まで、このように夜遅くに店舗巡りをしながら検査して行くのである。まことにご苦労なことだが、要するにメンテもまた、一人だから自由、といったぬるいバイトではなかったということだし、マネージャーにとっては、自分の預かり知らないところで、会社にチェックされているということでもある。

 フランチャイズ、とはこんな世界だったのだ。この時はなんとかしのいだが、友達が差し入れを持って中に入ることもあったので、そんな時に来られたりした日には、一発で私もクビだったのだろう。以下次号

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マクドナルド物語⑥

2007-07-24 | 食・レシピ

Img381_file前号繰越)合理的、とマクドナルドのことを書いた。

 メンテナンスと夜警を兼ねさせる手口。従業員からまでハンバーガー代をまきあげる根性。せこい、といってしまえばそれまでだが、企業努力として、シビアに考えてある、と取り敢えずとってやってもいい。

 しかし、この組織がケンタッキーやモスバーガーを蹴散らしてファーストフード業界№1を突っ走るその裏には、やはりそれなりのダークサイドはあるのだった。

 向こうにとっては不本意だったのかもしれないが、なんとかメンテとして採用が決まり、呼び出されたバックルームで、あるビデオを見せられた。プロジェクターで映し出されたそのビデオの内容は、マクドナルドの歴史(なんとかマクドナルドが始めた小さなハンバーガーショップを、かんとか兄弟が大きくして……)から始まり、藤田田(でん)日本マクドナルド社長のかの有名なユダヤ商法哲学に終るものだった。警戒するほどのセミナー臭はないが、とにかくイケイケドンドンの企業なのだな、とはよくわかる仕組みになっている。

 実際に働いてみて、果たして若いバイト連中がそれではマクドナルドをどう見ていたか、というと、やはり出てくる愚痴や不満のオンパレード。標的は主にマネージャーと呼ばれる管理職に向かっていた。

 正社員として契約しているマネージャー達、特に脱サラしてマックに転じた人間にとっては、常に右肩上がりの企業にいることでやりがいに溢れていたのかもしれないが、バイトにとっては、学校の延長として、みんなと楽しく仕事をしたい、それでお金が貰えるんならなお嬉しい……このあたりが本音だっただろう。しかしユダヤ商法の総本山がそれを許すはずもなく、ビジネスの厳しさを思い知らされた若者も多かった。以下次号

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マクドナルド物語⑤

2007-07-23 | 食・レシピ

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(前号繰越)

……と、いい仲間に恵まれながらも、メンテの仕事は徹底的に孤独なのである。ノルマをこなしさえすれば、とにかく一人なのだから自由度は高い。

これは事務職員の仕事にある程度似ているのだが、一人だから残ったハンバーガーとかは食べ放題ではないか、というような“おいしい”事態とはまったく無縁だった。細かいことは忘れたが、確か作ってから20分以上経過するとあそこは廃棄(ウエイスト、という符牒)しなければならない決まりがあって、残ったハンバーガーとかは即座にゴミ箱に直行するのだった。だからバイトしながらもバーガーを食べようと思えば、客と同様に、そして同額の金を払わなければならないのだった。平日65円、とかいうCMを見ると、わけもなく腹が立つのはそのせいもある。

いやそんな話ではなかった。深夜、ひとりで店を守るメンテの多くは、マクドナルドで働きながらも、そんなわけで線路の向こうにある小銭寿司の持ち帰り寿司をつまんでいたのである。

想像してみてほしい。最終電車もとうに過ぎ、回送電車を通すために鳴る踏み切りの警報機の音を聴きながら、アメリカナイズされた店内で、小袋の醤油を開け、割り箸でお寿司をつまむ青いツナギ(メンテの制服)を着た日本人を。

マクドナルドに、複雑な思いを未だに抱いているのは、あの違和感が底にある。「俺は、ここにいていいんだろうか」という想いと、「ここには、俺しかいない」という想いと………意外にもまだ続く。

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マクドナルド物語④

2007-07-22 | 食・レシピ

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前号繰越

 当時は雑誌「ポパイ」の全盛期で、マックの連中も正ちゃん帽をかぶり、ボタンダウンのシャツに身を固めた所謂ポパイキッズが多かった。
 
 私も影響を受けまくって、最初のバイト代で、シエラデザインのダウンパーカーを買ったりもしたのだった。ううう恥ずかしい。しかも今もこのパーカー現役で着ているのである。恥ずかしいって。

 それもこれも、みんな女の子にモテたい、その一心で。マネージャーが採用をペンディングにしたのはやっぱり正解だったかも。
 そのバイト仲間だが、成城が近いこともあってか、金欲しさが前面に出ているのは我々メンテ組ぐらいのもので、カウンターやキッチン組は、割に上品な連中が多かった。

……中には、有名人の子女もいた。

 店から200mほど離れたビルに、バックルームと呼ばれる(また符牒だ。我々は“楽屋”と呼んでいたが)従業員たちの控室があった。思えばここから出てきたIに私はつかまったのだが、その一室でおとなしそうな女の子を紹介してもらった。なんと金田正一の娘なのだという。

「金田って……400勝投手の?」

当時は長男の(彼女とは母親が違う)賢一が芸能界で活躍していた(今もテレビで見かけはするが)。

「やっぱり、厳しいお父さんなの?」
「そんなことないですよ。」
娘にも、400勝しろとか
「言わないですよそんな(笑)」

まわりの評判もよく、気持ちのいい娘だった。その後資生堂のCMに出た妹にはルックスは負けていたが。

「お兄さんにさー、文句言っといてくれよ」
「どうしてですか?」
「俺さー、熊谷美由紀のファンだったんだぜー」
その頃公開された「正午(まひる)なり」というATG映画で、金田賢一と、後に松田優作と結婚した熊谷美由紀の濃厚なラブシーンがあったことを指している。もちろんいいがかりである。
「お兄ちゃん、今いっしょに住んでないですから(笑)」

いい娘だったよなー。今どうしてるんだろうか。私は金田の物言いは(「ビシバシ言わせてもらうでぇ!」)巨人寄り過ぎて好きではないが、金持ちのくせに娘にキチンと労働させていたことだけは評価する。

以下次号

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マクドナルド物語③

2007-07-21 | 食・レシピ

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前号繰越

 私のアパートには電話がなかった。携帯華盛りの今では想像もつかないことだが、大家のうちに電話が入ると、家族がわざわざ隣のアパートまで呼びに来るのである。ノックの音がしてドアを開けると、お・誰もいない。

「?」
「でんわだよ!ホリさん!」

5~6歳の大家の孫娘が、首を垂直に上げて知らせてくれる。そんなことが多かったから、マクドナルド採用の報せも、そのパターンで受け取ったのかもしれない。Iが言ったように、時給620円、夜10時から朝7時の開店までの実働8時間。一晩に5千円近く、一ヶ月に6~8回だから3~4万、遊興費として(笑)稼ぐ生活が始まった。

 仕事の内容はこうだ。

・店内外の清掃(トイレ含む。汚物入れを始末するようになってから、女性に対する幻想は一切捨てた)。

・窓みがき(冬はつらい)。

ダスター、と呼ばれる布巾の整理(お湯に浸したダスターを両手で絞り続け、手の皮が剥けたこともあった)。

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バンズ、と呼ばれるハンバーガー用のパンなどの物資整理。

OJ、と呼ばれる(もうお気づきのようにマックには符牒が多い。マック、というのが既に最大の符牒だが)オレンジジュースの缶を開け、ジューサーに入れる。

・製氷機が作り出す半端じゃない量の氷の始末。

……これらの仕事を終夜一人で続けることで、同時に夜警の役目も果たしていた、というわけだ。まことに合理的。アメリカンスタイル。

 このバイト、ぶっ倒れるほどハードというわけではないが、問題は眠気。開店時に早番のスタッフに店を渡し、さて大学へ、と思っても、朦朧とした頭がそれを許さず、体は真っ直ぐにアパートの布団に向かってしまう。

初手から高くなかった出席率がさらに低下し、たまに授業にでると「堀ぃ、久しぶり」と声をかけられる始末。一年程でこのバイトを辞めたのはその理由だったが、キツい、という認識がお互いあったからか、バイト仲間同士はメチャメチャ仲がよかった。以下次号

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マクドナルド物語②

2007-07-19 | 食・レシピ

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……週末から姪の披露宴やら祖母が倒れるやらでおおわらわ。
お久しぶり。それではマクドナルド物語のつづきを。

 今はどうか知らないが、当時のマクドナルドの事務室は、そのイメージ程にはOA化されているわけでもなく、膨大なメモや手書きのグラフが壁に貼ってある、圧倒的に狭い部屋だった。

 私はこんな部屋を何度か見たことがある。新旧の左翼セクト。新興宗教。学園祭……一種の運動体の中心は、いつもこんな形だ。“マック”も、そんな場所を抱えた若い運動体のようなものだったのかもしれない。偏見のようだが、好き嫌いは別にして、マクドナルドに対する私の第一の印象は“運動臭”だった。もっとも、物理的には、キッチンから流れ出る“ポテト臭”がむせかえる場所でもあったのだが。

……「バイトで稼いだ金は、どう使うの?」
「は?えー、レコード(もちろん、CDは影も形もない時代)を買うとか、映画とか……」
「遊興費ね」いちいち癇に障る奴だ。

I君が辞めるって言ってるけど、ウチも今すぐ人が必要だってわけじゃないから、採用はペンディングってことにしてくれるかな。」
「……はあ」別にそんなにやりたくて仕方がないわけでもないから構わないが、Iを脅しつけてまで交代要員を捜していたのではなかったのか。

「それからねぇ」
「はい?」
「ウチは女の子たくさん居るし……男女交際には厳しいからね」
「はあ」何が言いたいんだ。
「きみは……好きそうだねぇ!」
てめえそれが本音か?!俺は「女が好きそうだからマクドナルドのバイトまで保留扱いになった男」なのかぁ!?

それから池田!思わず名前出しちゃったけど、お前俺にハンバーガーおごるって言ってたのに一人でさっさと帰るなよなっ!
(続く……次回マクドナルド楽屋裏篇をお楽しみに)

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マクドナルド物語第1回

2007-07-12 | 食・レシピ

Mcdonalds_05  吉野家に続いて、ファーストフードの一方の雄、マクドナルドについても語ってみよう。ただし二十年以上前の、マック黎明期のお話なので、バリューセットだのハンバーガー平日65円(!)だのといった現在とはおそらく大きく隔たった印象を持たれるかもしれない。今は一人の父親として、休日に子どもを連れて訪れるあの場所に、貧乏な学生時分に時給を求めて通ったあの頃の、つまりは昔話である。

 小田急線千歳船橋駅、といえば高級住宅街として有名な成城学園から各駅で二駅しか離れていないのだが、高級、というイメージは一気に薄れてしまう。とんねるずの木梨の実家の自転車屋が近くにある、と聞けばある程度輪郭はつかんでもらえるだろうか。友人がそこに住んでいたので、私はよく狛江のアパートから各駅で遊びに行っていた。

 ある晩、その友人宅に向かう途中、後ろからオーバーオールを着た小男が「堀ぃ!」と声をかけてきた。

「なんだ、Iか。」高校時代の同級生だ。
「なんだじゃないだろうが。お前、バイトしないか?」
「バイト?」
「うん、マクドナルド。ここの駅前の。」
「なんでお前がそんなアルバイトニュースみたいなことするんだよ。」
「いや実はさぁ、今は俺がやってるんだけど、もう辞めたくてな。」
「安いのか、時給。」
620円。」
「悪くないじゃん。」当時としてはかなりいい方だ。私が他にやったバイトに比べれば段違いに高い。

「あのな、別にカウンターの奥でポテト揚げたりするんじゃないんだよ。」
「あん?」
「夜の10時から朝の7時まで、徹夜で掃除したり機械の様子みたりするんだ。メンテ(メンテナンス、の略だろう)っていうんだけどな。」
「深夜勤で620円かぁ。つらいなぁ。」
「うん、眠いし。」それで辞めたくなったわけだ。
「うーん、今はバイトやってないからなあ。」そろそろ財布も寂しくなってきていた。
「ちょっと、行ってみないか。」
「今?」
「うん、おごるぜ、ハンバーガー。」

……小男に引きずられるようにしてマック(内部の人間はめったにマクドナルドとは呼ばない)千歳船橋店へ。今も変わらぬMのマークは、まさしく、駅前にある。徒歩30秒。閉店が近く、割合にすいている。

「山口さん呼んでくれる?」カウンターの女の子にIが声をかけると、奥から眼鏡をかけた三十がらみの小太りの男が出てくる。

「何?」
「あ・マネージャー、こいつ、俺の高校の同級生なんですけど、メンテやるっていうから。」やる、とは言ってないぞ。
「ああ、君の代わりってわけだ。」
「そうですそうです。」低姿勢なこいつの声で、辞めるんなら代わりを見つけて来い、と言ったのがこの男であること、ついでにこれまでのIの勤務態度まで透けて見える。

「じゃあ、ちょっと面接しようか。」

……続きは週明けに

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吉野家

2007-07-11 | 食・レシピ

Mutter072b  自慢だか謙遜だかよくわからないが、私は吉野家道有段者である。学生の頃から通い続け、どんな知らない街に行こうが、この辺りだろう、と見渡せばそこには例のオレンジ色の看板が待っている。

。」

と歩きながらオーダーし、「奥へどーぞー。」などと店員に余計なことを言われる前にズンズンと進む。他のファーストフード店と違い「お味噌汁などもいかがですかぁ?」とか変な御愛想を振りまかないのが吉野家の潔いところ。

とにかくすぐに出てくるお茶を口に含み、オーダーが終っているくせにメニューを眺め、変更がないかを確かめる。といっても今までに変更などめったにあったためしはなく、せいぜい定食系が追加されたことと、腹を空かせた学生たちには夢のような「特盛」が設定されたぐらいだろうか。

その定食で一番笑ったのは「納豆定食」なるメニューがあったことで、「ほう、納豆定食ねぇ…ん?……おい、メインディッシュは何なんだ?!」さすが吉野家である。よくわからんけど。

Yoshinoya  近頃「つゆだくで。」とオーダーするのが流行っているが、これは硬直化したメニューに対する客からの反乱だろうか。ま・実際は吉野家のバイト経験者の発案によるものだろうと私はふんでいるが。

 これまたアッという間に出てくるその牛丼に紅しょうがをのせ(吉野家都市伝説の一つに、あのいつもてんこ盛りの紅しょうがの一番下の部分は、一体いつ入れたんだ?というのがあった)、思い切りかきこむ。

 飢えをしのぐ。食の目的はまずそれであることをこの牛丼は常に再認識させてくれる。貧乏や多忙のために徹底的に腹を空かせてあの丼を手に取った経験のある人は、オレンジ色の看板を見るたびにパブロフの犬状態になる仕組みになっている。私なんかダイエーのマークを見るだけで興奮するほどである。嘘だけど。
 しっかし何であのクズ肉があんなにうまいんだかなぁ……。

 組合の仕事で山形~酒田の往復が続いた頃、私を物心両面で(笑)救ったのは天童の吉野家の存在であることは確か。有段者として更なる昇段をめざし、これからも通いつづけることをここに誓います(太るってば)。

牛肉つながりでマクドナルド物語へつづく……

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