事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

今月の名言 08年10月号

2008-10-31 | うんちく・小ネタ

Jp_119_1 08年9月号はこちら

『野党(政調等の組織を含む)からの資料要求については、既存の資料をそのまま提出するようなものを除き、各省庁限りの判断で資料を提出することは厳に慎み、(自)国対(村田(衆)(自)筆頭副委員長及び各省庁担当副委員長)に予め相談すること。』

……事故米についての農水省の文書。よく考えると(考えなくても)すごい。野党からの情報請求については、まず自民党におうかがいをたてろというわけ。霞ヶ関は俺たちの持ちものだとする自民党の尊大さがすごいと思うべきか、こんな文書を出さなければならなくなったのだからねじれ国会もまんざらじゃないと言うべきか。

「よく、温泉番組とかで、浸かった瞬間に、『ああ~っ』っていうのがね、すっごい許せないんですよ。だって、お湯じゃないですか。」

……「ほぼ日刊イトイ新聞」における糸井重里との対談での松尾スズキの発言。なんか、わかる。なんか、松尾っぽい。

リア・ディゾン結婚会見で、彼はあなたのどこがいいと言っていますか?との質問に

「Big Peach」

と答えたディゾンの意味深発言もすごいが、Bigには可愛いという意味もあるとデイプ・スペクターが言っていたとの解説に

「あー、デイブさん意外に英語にくわしいですもんね」

とかましてスタジオ中を爆笑させたのは「やじうまワイド」の吉澤アナ。

「親や子供を殺すようなことが珍しくもない世の中になったのは、戦後の日教組教育の大きな過ちだ。それが民主党の支持団体だ」

……名古屋での森喜朗元首相。この旦那にいまさら何を言ってもね。彼の本音であることは確かだろうが、例によって“聴衆の期待に応えてしまった”のだろう。その場がもりあがればこの人は満足なのである。何が怖いといって、この人が首相だったというのがいちばん怖い。

私は自由に大空を飛びたい!

……泰葉がマスコミに送ったFAXより。なにも、申しますまい。彼女のテレビ出演に、人権団体あたりは動かないのか?

11月号はこちら

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明細書を見ろ!08年10月ねんきん特別便特集号

2008-10-31 | 明細書を見ろ!(事務だより)

Nennkinn1 08年10月号「はがきの秘密」はこちら

今回いっしょにお渡しした 重要 だの 親展 だのとご大層な注意書き付きの封筒は「ねんきん特別便」です。
おいおい6月に一回来てるじゃないか、と言われることは承知しています。でもあれは共済組合が発行した「公務員共済ねんきん特別便」で、今度のは社会保険庁が発行する「ねんきん特別便」。だから厚生労働大臣の舛添要一の名前がでかでかと載っています。

なにが違っているかというと
・今度の「ねんきん特別便」の方が間違っている可能性が大きい
・前は自分で確認すればよかったが今度は提出が求められる

このふたつです。

説明しましょう。前にもお知らせしたとおり、公務員共済のデータは完璧に整理されています。だから共済の部分は無視してもかまいません。月数は

正式に採用されてからの年数×12+3(今年の4~6月)

になっているでしょう?だいたい、ふざけたことに社会保険庁自身がその部分は“回答いただく必要はありません”と宣言しているくらいですから。

 問題はその他の部分です。国民年金や厚生年金のところがあぶないわけ。ここはフダ付きの社会保険庁がデータ管理をしていますから、特に前歴がある人は、そのあたりをきっちり読みこむ必要があります。たとえば採用前に期限付職員だった場合、その履歴がちゃんと反映されているかをチェックしてください。

 めんどくせーなー、と思う気持ちもわかります。そもそも社会保険庁がちゃんとデータ管理をやっていればこんなことはしなくてもいいわけですから。そう思った人は予想以上に多く、一億人以上に発送されるねんきん特別便の、9月末までに送られた8800万人のうち、ほぼ半数が送り返していないという事実が「ふざけんなよ」「めんどくさい」「どうでもいい」という世間の気分を物語っています。
 でも、自分をまもるためにも、こんな馬鹿げた事態を後世に残さないためにも、ここはがまんしてチェックしてください。

 ちなみに、ミスが発生しやすいのは、こんな人の場合です。
・名前の読み方が何通りもある人←おそろしいことに社会保険庁は読み方を勝手に推測して入力しているから

・読みにくい名前の人

・漢字変換ミスが起こりやすい名前の人

・男女ともに使える名前の人←性別を間違えて入力されている危険性がある

・結婚や養子縁組で姓が変わった人←旧姓部分と統一されていないことがある

・引っ越しをしたことが一度でもある人

出向した経験のある人

・勤めていた会社が倒産した人

・学生時代もふくめて、アルバイトの経験がある人←企業によってはバイトでも厚生年金に加入していることがある

・持っている年金手帳がオレンジ色の人

・国鉄、日本電電公社、日本専売公社、農協に勤めたことがある人

……特に⑤資格を取得した年月日と⑥資格を失った年月日の関連は必ずチェックしてください。空白があるとしたら“宙に浮いている”可能性があります!

提出してもらうのはⅡ 年金加入記録回答票 というやつです。紫色の封筒に入れ、厳封のうえ(郵送しないで)事務主査に提出してください。11月21日(金)〆切!

08年11月年末調整特集号につづく

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日本の警察 その20 「犯人に告ぐ」(’07 WOWOW)

2008-10-29 | 日本の警察

Hannin  その19「修羅の終わり」はこちら

監督:瀧本智行 脚本:福田靖 出演:豊川悦司 石橋凌 笹野高史 井川遙 小澤征悦

HERO」や「海猿」の福田靖の脚本があいかわらず周到。6年前、捜査官巻島(=MAXIMAのしゃれ?有能であることの象徴のような名)は部下の失策によって誘拐犯人を取り逃がし、幼児を死なせてしまう。マスコミ対応も誤り、閑職にまわされる結果となる。そんな心理的な負債を背負った男たちの復活劇。悪人や卑劣な人間はラストでキチンと断罪され、主人公のチームはそれなりに救済される。しかしテレビニュースを使って犯人を挑発する劇場型捜査はやはりやり過ぎなので、その分の救済はちゃんと差し引いてある。なるほど。しかし浪花節な展開がちょっと理に落ちすぎている気も。このへんが福田らしさか。

劇場型犯罪へのカウンターとして劇場型捜査があっていいとする発想(原作雫井脩介)はそれなりに説得力があり、ミステリとしても斬新だった。映像にするとそれ以上の効果がある。キャスターを演ずるのはなんと崔洋一監督。原作は久米宏をイメージさせたが、崔も適度に無責任な感じがいい。そういえばテレビのコメンテーターとしてもけっこう活躍していたしね。スクープほしさに体を“売る”片岡礼子のあせり具合もなかなか。彼女はTBSの回文が趣味の変なアナウンサー(祝第二子出産山内あゆ)にそっくりなので、なおさらリアリティあり(笑)。

豊川悦司の指の美しさは、この映画でもちゃんと描かれていてうれしい。しかし実際に挑発するならもっと冷静にやった方が犯人はのってくるはず。最初の怪文書の掌紋の謎など、巻島は冷静に判断していただけにちょっと惜しい。原作では、閑職にいるうちに思いきり長髪にするなど、警察体制への懐疑をあからさまにするような、有能なだけの男ではなくなっている変貌がよかったのに……

BADMANを名のる犯人もミスはしている。そのミスに乗じてラストで強引なローラー作戦にうってでるのは、ことが幼児誘拐だからまだしも、実際にやったら警察は総スカンだろう。まあ、そうなってもかまわないような結末になっているので仕方がないわけだけどね。すっかり演技派になった小澤征悦は、やけにリップクリームを使うなど小憎らしいキャリアをあざとくやってます。あいつにはこんなレベルで満足してもらっちゃ困る……と思っていたら大河「篤姫」の西郷隆盛役はおみごと。

次回は「アンフェアthe movie

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「容疑者Xの献身」(’08 東宝=フジテレビ)

2008-10-27 | 邦画

X 原作の特集はこちら
「ガリレオ」特集はこちら

主演が福山雅治と柴咲コウ。おなじみガリレオのフォーマットの上に堤真一松雪泰子が客演、という形になっている。

天才物理学者である湯川(福山)と数学の天才である石神(堤)の頭脳合戦。しかしこの映画は、容疑者Xである石神の、松雪母子にささげる献身ぶりの方に焦点を合わせている。これは必然かも。福山ファン以外にもリピーターが続々あらわれている要因は、あの“感動”にあるんでしょうから。

その意味で、大ヒットにもっとも貢献したのは脚本の福田靖だ。ラストの堤真一の大芝居に向けて、「HERO」や「犯人に告ぐ」のようにあいかわらず周到にプロットが練りあげられている。ホームレスの群れのなかを無表情に歩く石神と湯川(「興味深い通勤コースだ」)に

「人間は時計をはずすとかえって規則正しくなる」

と会話をさせ、同時にひとりのホームレスの不在を観客に意識させるタイミングなど、演出の西谷(「県庁の星」)弘も快調。おまけにその会話は後半もう一度くり返され、違う意味が付与される。

でも、ちょっと不満もある。

「なんか、ガリレオじゃないみたいだった」

いっしょに観た息子が語るのももっともで 、感動を追及するあまり“事件を解決するのは頭のいい男であれば誰でもよく、物理学者でなくてもよかった”のは残念。

ここからはネタバレなので未見の人は読まないこと。

「容疑者Xの献身」の最大のトリックは、石神がヒントのように語る「幾何の問題のように見えて実は関数の問題」→「アリバイトリックのように見えて実は……」にある。なぜこのトリックが有効かといえば

①容疑者たちの誰も(石神もふくめて)嘘をつかなくていい

②石神自身も罪を犯すことで、真相をばらす誘惑から逃れうる

③観客自身もアリバイくずしが好きなものだから完璧にミスリードされる

X2 しかし(自首による完遂までふくめて)あまりに見事なトリックだし、松雪の元亭主役の長塚圭史(常磐貴子の恋人です)が憎々しいこともあって「なぜ真実が暴かれなければならないか」がぼやけてしまった。

もちろん罪もない人間を“利用”したことで断罪はされなければならないのだが、ガリレオと柴咲コウが真実を告げたのは、やはり余計なことだったのではないかと釈然としないのだ。数式を解くように“理にかなう”ことが多い福田靖脚本にしてはめずらしい。それとも、愛されることの少なかった数学者にとって、松雪の最後の行動は想定外だったということを強調したかったのだろうか?

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竹野内豊に夢中~瑠璃の島Ⅱ

2008-10-26 | 芸能ネタ

Rurinoshima02 PART1はこちら

……里親を困らせるために瑠璃は盲腸を装い、救急ヘリを呼ぶまでの騒ぎになる。上空で露悪的に仮病であることを明かす瑠璃に、怒るかと思えた勇造の妻(倍賞美津子)は瑠璃を抱き寄せる。「よかった」と。問題はここからだ。もうワンステップ、このドラマは瑠璃にこんなセリフを言わせるのである。

「どんなに小さなことだって、小さい島だと大ごとになるとでも言いたいんでしょ!?」うまい。大人の欺瞞に常に傷つけられてきた存在であることをここで再認識させ、そして工事現場のシーンにつなげるのだ。泣かせるよなぁ。もうひとつの彼女の名セリフは
あたしは、本当にさみしいってどんなことか知ってる。」
効きますわこりゃ。

 鳩海島の現状は日本の縮図になっている。少子化が極限まですすむとその土地から学校が消え失せ、コミュニティ自体が立ちゆかなくなるのだ。だが、里子をとるという禁じ手(国家レベルでいえば移民受け入れか)まで使い、地域エゴを優先させることが許されるのか……実話だという原作もふくめて、作り手はその迷いから目を背けていない。南の島の美しさでつい忘れそうになるが、これは全国どこででもありうる話なのだし。

ドラマのサイドストーリーに見えて、実はドラマ自体をひっぱっているのは竹野内豊がなぜ鳩海島に来たかの謎だ。自分の過去を語ろうとして緒形拳にさえぎられる、そのわずか一回だけ竹野内は涙を見せる。さえぎる言葉は「瑠璃の前から、だまっていなくなるようなことはしないと約束してほしい」だった。

基本となっているのは緒形拳と成海璃子の情愛だが、竹野内豊と璃子のラブストーリーがもうひとつの核になっていることがここで理解できる。実は美容師だった竹野内が砂浜で瑠璃の髪をカットしてあげるシーンはため息がでるほど美しい。

だから瑠璃の恋愛対象が神木隆之介に変更されてしまったスペシャル「初恋」はいまひとつ冴えない出来になっている。竹野内豊の不在は痛かった。それどころか緒形拳の死によって、もう「瑠璃の島」の続篇がつくられる可能性はまったく無くなってしまったのだ。でも、緒形拳の柩に竹野内が寄り添っているニュース映像をみたり、きっとお別れの会には成海璃子も出席するであろうことを考えるとそれだけで泣けてくる。続篇は、わたしたち視聴者が心のなかでつくりあげることができるわけだ。まぶたが腫れることを覚悟で、ぜひお試しを(といっても仲間うちで観てなかったのはわたしだけだったけど)。

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竹野内豊に夢中~瑠璃の島Ⅰ

2008-10-26 | 芸能ネタ

Rurinoshima01 「人間の証明」篇はこちら

住民が50名にみたない八重山諸島の鳩海島(はとみじま)の島民たちは追いつめられていた。中学校はすでに閉校。ただひとりの小学生も島を離れることになったからだ。勇造(緒形拳)は東京にいる孫を連れ戻そうとするが娘に拒否される。そこへ現れたのが瑠璃という、母親のネグレクトによって心に傷を負い、養護施設に入っている少女・瑠璃(成海璃子)だった。勇造は、大人に対して決して心を開こうとしない彼女を里子にすることで小学校の存続を図る。瑠璃とふたりで鳩海島に渡る船には、川島という謎の男(竹野内豊)が乗っていた……

わたしは映画やテレビを観てよく泣く。だから泣きそうな作品はなるべく敬して遠ざけるようにしているのだ。重松清の著作や、山本周五郎の「ながい坂」を読まないのはそのため。でも泣きそうな話ならなんでも泣くわけじゃない。そこにあざとさがあったり、ドラマとして不出来だったりすると、へそを曲げて思いきり罵倒したりしている。思えばいやな客。

そんなわたしが「瑠璃の島」(日本テレビ)にはやられた。いっきにDVD5枚(全10回+スペシャル)を観た週末は、目がずーっと真っ赤。泣きすぎるとまぶたが腫れるってのはホントですな。いきなり部屋に入ってきた娘は、なにごとが起こったのかと目を白黒させていた。コブクロをロケ現場まで連れて行って主題曲を書かせたことでわかるように、日テレの本気ぶりが伝わる傑作だ。

ストーリーはベタなかぎり。たとえば、こんな場面がある。
島を脱走するためにボートに勝手に乗りこんだ瑠璃は、そのボートを損傷させてしまう(彼女の命を助けたのが竹野内だったというお約束の展開あり)。修理代を稼ぐために勇造は石垣島の工事現場に通う。反抗的な態度をとり続ける瑠璃だったが、「老いぼれ!」と罵倒されながら働く勇造にかけより「バカじゃないの!」と泣きながら抱きつく……

ベタでしょう?でも緒形拳の背中がすっかり小さくなっていたり、瑠璃役の成海璃子(この子は天才だ)の演技がうまいのでひたすら泣かされてしまう。

くわえてこのドラマが周到なのは、そんなベタな場面の前にクールなやりとりをちゃんと仕込んであるところだ。それは……あ、全然竹野内豊の話になっていないのに次号につづく

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「霧の旗」がわからない PART4

2008-10-26 | 映画

Tsuyuguchi01  PART3はこちら

 滝沢修は、愛人である新珠三千代との会話か ら、事件の犯人が左利きであることを確信する。しかし今さらどうなるものではない、と苦い思いで事件を忘れ去ろうとしていた。ここで、もうひとつの殺人事件が起こり、新珠三千代が容疑者として逮捕される。彼女を救い出すには、倍賞の目撃証言と、証拠である犯人のライターが必要なのだが……

 重要なのはこの部分。倍賞に(彼女が隠した)ライターを渡してくれ、と哀願する滝沢は、「きみのお兄さんは左利きなのか?」と(ついに)訊ねる。

 その問いに、倍賞は答えないのだ

 リメイク版にしてもテレビ版も、「霧の旗」は“兄の冤罪を晴らせなかった妹が、弁護士に復讐を果たす”物語、ということになっている。でも、実際に観てみたら(犯人に該当するような怪しげな人物も出てくるが)少なくとも山田洋次版では「兄が殺人犯ではない」と決定づけるシーンは存在しないのである。これはびっくり。もちろん「殺人犯ではない」とした方が観客は納得しやすい。その場合は倍賞千恵子が、社会の不条理に押しつぶされそうになりながら、それをはね返す健気な女性ということになる。

 しかし兄が犯人だったと仮定するとどうだろう。
「お兄さんは左利きなのか」という問いかけは、「左利きでなければ犯人ではない」と観客は類推できる。しかし彼が左利き=犯人であれば、不可解だった兄の行動が理解できる。そしてたとえ兄が犯人ではないかと思っても、倍賞は復讐をやめないのである。しかもその復讐は、【女性が一回だけ使える方法】で完遂し、滝沢は社会的に葬られる。

 つまり「霧の旗」は、兄が殺人を犯していようがいまいが、自分の行動を制御することができない、あるいは制御する必要をみとめない女性を主人公にした作品ということになろう。そしてわたしはこう思った。むしろ兄が犯人であったとした方が「霧の旗」の歴史的意義は大きい。まったく新しい女性像をクリエイトできたわけだから。

 少なくともわたしは、脚本:橋本(「砂の器」)忍、監督:山田(「男はつらいよ」)洋次という超一流のスタッフが、観客に「どちらでもお好きに解釈して」と謎をかけた問題作に思えた。一見の価値あり。ぜひ(上映時間の関係でカットされたって落ちはないだろうなあ)。

なんと「氷の微笑」篇につづきます。

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「霧の旗」がわからない PART3

2008-10-25 | 映画

Aratama01 PART2はこちら

兄の主張はこうだ。

 通勤の途上で、(高利貸しの)老婆に返済を迫られるなどしたことから、給料が入ってから必ず返すと言うために、事件当日の夜に訪れる約束をした。妹と夕食をとったあと、老婆の家を訪問すると、すでに老婆は事切れていた……

 ここから、彼の異常さが際立つ。死体がそこにあるのに、自分の借用証書を老婆の書類入れから抜き出し(きっと自分が疑われるに違いないと考えたのだそうだ)、ズボンの裾に血が付いてしまったので、家に戻ってから天井裏に隠す。これも、「自分が疑われると思ったから」。

 思いがけず死体を見てしまった人間が、異常な行動をとってしまうのは自然なこと、という理屈もあるだろう。「兄はもの静かなので、いつもと違ったようには思えなかった」と妹はとんでもない証言をしているのだが。

 事件の調書を読みこんだ滝沢は、さすがにこの判決をひっくり返すのは自分でも無理だと悟る。「少々思い上がっていたようだ」と苦笑しながら。しかし滝沢が調書を取り寄せたと知った倍賞は、死ぬ前に弁護を引き受けてくれたら兄は死なずにすんだとここで確信し、滝沢への復讐を誓う……

 ……待て!ちょっと待て倍賞!どう考えても恨む相手が違うだろが!

 兄が獄死したことは、背景にあった兄妹の経済的苦況が引き金だし、いかにも意地が悪い金貸しの婆さんは“すでに”殺されている。冤罪として『法』や『国家』を恨むには、倍賞はいかにも若い。特定の個人を標的にしたがる気持ちはわかるけれど、それにしたって弁護士に復讐するとは分別が無さすぎないか。逆恨みの極致。

 第三の疑問は、この逆恨みを、当時の観客は不自然に思わなかったのか、ということ。これまでの流れから、わたしはこの作品を“まるでクレーマーを擁護する展開”だと辟易しながら観ていた。ところが、「霧の旗」はここから意外な方向に走り出すのだ。

PART4につづく

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「霧の旗」がわからない PART2

2008-10-25 | 映画

Takizawa01 PART1はこちら

……むしろ倍賞千恵子に滝沢修が「わかりました。弁護料が当事務所の規定の1/3しかお支払いいただけなくても、社会正義のために、手弁当でやらせていただきます」と答える方がよほど不自然ではないか。

 滝沢は倍賞が出て行ってから事務職員と「困った娘さんだ」と笑い合う。まるで悪代官。松本清張はエリート嫌いで有名だし、主人公は「下町の太陽」倍賞千恵子が演じているので、どうやら作り手は本気で弁護士側を悪役に押し込もうとしているようだ。1965年の、時代の空気とはそんなものだったのだろうか。77年の山口百恵版では弁護士役は三国連太郎。滝沢のように憎々しげに演じたわけではないそうなので、観客のとまどいはもっと大きかっただろう。

 一審で死刑判決を受けた兄は(国選弁護人は情状酌量だけを主張した)控訴している最中に獄中で病死する。その事実を倍賞は滝沢に「ひょっとして先生が弁護してくれたら兄は死なずにすんだのに」と葉書にしたためて送る。なぜか心が動いた滝沢は、熊本から調書をとりよせ、事件を調べ直す……どうも変だ。

 第二の疑問。
“事件”とは、小学校教師だった兄が、児童の修学旅行費を落としてしまい、旅行が近いことから急場しのぎに高利貸しの老婆から金を借り、返済を強要されたことに追いつめられて撲殺した、とするものだった。
 修学旅行費を紛失してしまうというお粗末さは、しかし人間のやることだから仕方がない。高利貸しにホットマネーを借りたのは、紛失の事実をとりあえず隠蔽しようと思ったのだろう。ここまでも、まあわからないではない。でも社会人として、そして公務員としてはどんなものかとは思うが。
 両親を早くに亡くしていたために、妹に心配をかけたくなかったのだとしても、兄の行動は計画性がないことおびただしい。しかも、事件現場における彼のある行為が、それに輪をかけて変なのだ……

PART3につづく

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「霧の旗」がわからない PART1

2008-10-25 | 映画

Baishou02_2 “「砂の器」がわからない”はこちら

「霧の旗」は1965年に製作された、山田洋次唯一のサスペンス映画。【原作:松本清張】は、日本の芸能界ではトップブランドなので、二時間ドラマ枠で何度も何度も制作されているし、山口百恵主演でリメイクもされている(’77 東宝)。主役が若い女性で、純朴な田舎のOLから都会のホステスまでを演じること、ベテラン男優に土下座までさせる見せ場があること、撲殺や刺殺などの派手な殺人が連続して行われることなどで映像化に向いているのだろう。見たことがある読者は多いと思います。
 で、このいわば名作に、どうしても納得できない点がいくつもあるので特集します。ネタバレがガンガン出てくるのでよろしく。

 ストーリーを順を追って紹介しましょう。わずらわしいので役名は俳優名でいきます。

Seicho01  熊本のOL、倍賞千恵子は、思いつめた表情で列車を乗り継ぎ、東京に出てくる(車内の光景を短くつなぐ手法は同じ松竹製作、松本清張原作の「張り込み」を踏襲している)。高名な弁護士、滝沢修の事務所を訪れ、殺人罪に問われている兄(露口茂)の弁護を依頼するため。しかし滝沢は、自分の弁護料は高額であり、多忙でもあることからその依頼を断る……

 ここで第一の疑問。依頼を断られた倍賞は「先生は、わたしがお金を払えないから弁護ができないというんですね?!貧乏人は無実であっても死刑になっても仕方がないというんですか」と逆ギレする。これ、とりあえず無茶でしょ?
 いや、貧しい人間が貧しい弁護しか受けられないという法の下の不平等を肯定しているわけではない。それ以前に、倍賞の言い分があまりに理不尽なのである。

 滝沢はこう説明したのだ。
「自分の弁護料は高額です。それは、それだけの経費をかけるということでもあるんですよ。わたしが東京から熊本へ何度も赴くということは、交通費や日当だけでもあなたの負担はどんどん膨れあがりますよ」
「わざわざ熊本から訪ねてくれたことは光栄ですが、名が知れているだけにわたしは多くの事件をかかえています(おそらくは民事)。ですからお兄さんの事件にかける時間は相対的に小さなものになってしまいます。」
「九州にも、いい弁護士はたくさんいますよ」

……もちろん言い訳。でも、わたしがもし滝沢だったら同じ返答をしただろう。以下次号

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