事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「祝福」 長島有著 河出書房新社

2014-01-09 | インポート

51hwatrzpl_aa300_ 思えば四十代周辺の連中(アラフォーって言葉はアラフィフのひとりとして意地でも使いたくない)はしんどい世代だと思う。就職するときからこちら、いつも不況。しかもバブルの残り香をちゃんと知ってもいる。

そして今、彼らのある者は家庭を持ち、ある者は家庭から離れ、ある者はただひたすらに生き、ある者は死に向かう。

長島有特有の(なんかラップみたいになってしまった)現在進行形で語られる彼らの、特にトイレで見せる生態が笑わせてくれます。それぞれがらしいのね。

ひどいのになると洗面台であそこを洗っていたりします。ゴム臭いと他の女に失礼だと(笑)。四十代かあ……なつかしいなあ(オヤジ発言)

祝福 祝福
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2010-12-11
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「本棚探偵の生還」 喜国雅彦著 双葉社

2013-03-26 | インポート

53426735_2 週刊誌の連載で(スピリッツだったかな)、喜国がランニングに凝り始めたことは知っていて、こりゃー困ったなと思っていた。

あの不道徳きわまりない「傷だらけの天使たち」の作者が健康になっちゃったらいけないんじゃないの?……心配ご無用。古本に耽溺するのと同じく、その道にどうしても淫してしまうオタクごころ。わかるなあ。神保町から中央線方面へランニングしながら古本屋をめぐるというおバカ企画につながるのだからうれしい。

いいぞ喜国!もっと集めろ!もっと走れ!

本棚探偵の生還 本棚探偵の生還
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2011-08-03
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わたし怒ってます~阿久根PART7

2010-03-25 | インポート

PART6はこちら

阿久根市長、県立高の生徒処分に異議唱え介入

 鹿児島県阿久根市の竹原信一市長(51)が、運動部所属の男子生徒を大会出場禁止とした県立鶴翔高(阿久根市)の生徒指導について、「(指導を)変更しないならブログやメディアに出す」と同校に迫っていたことがわかった。

 棈松(あべまつ)和成校長によると、同校は今年2月、校内のトイレでたばこを吸うなどした複数の生徒を処分。問題となった生徒は喫煙生徒と一緒におり、喫煙は否定したが、「周囲の喫煙を黙認した」として、今月下旬から始まる大会への出場を禁じた。

 今月18日になって、同校に竹原市長名で出場禁止撤回を求める県知事あての文書がファクスで届いた。電話で改めて説明を求めた校長に対し、市長は喫煙を否定した生徒を出場禁止にすることはおかしいと主張。「出場禁止を変更するのか、しないのか」と迫り、応じなければ自分のブログへの掲載やメディアへの情報提供をすると告げた。校長は「構わない」と答えたという。

 棈松校長は「校則に基づき、過去にも同様のケースで出場を禁止した。市長が関与してくる話ではないはず」と当惑している。(2010年3月20日19時57分  読売新聞)

……公私混同の典型例。高校の処分について、わたしだってしっくり来ないものを感じる。が、話の筋道がねじれ曲がっている。問題点はまたしてもてんこ盛り。

・市長がこの処分を知ったのはなぜか。

・高校へのファクスが県知事宛になっていたのはなぜか。

・恫喝に応じなかった校長の真意は。

要するにこういう経緯だったのではないか。処分をうけた生徒に関連する誰か、あるいは義憤を感じた誰かが

『市長ならばなんとかしてくれる』

と竹原市長に連絡。その市民と同様に義憤にかられたか利害関係があったかした市長は「設置者である県知事にこういう文書を送るぞ」という意味でファックス。あるいは実際に送ったのかもしれない。

日ごろマスコミを相手にしていないかのようにふるまっているにもかかわらず、メディアに情報提供するとの発言は笑わせてくれるが、つまり阿久根市長は、自身のブログやマスコミを、恫喝のツールとして認識しているのだ。さすが《ブログ市長》。

それ以上に、阿久根市民のあいだで、市長の独裁的ふるまいが一種の権威と映っているのかと哀しい。かくして、市民の常識がねじれ始めていることが知れる。なんてことだ。

……やはりどうしたってPART8につづく。

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バンクーバー2010 その7~大本営発表

2010-03-06 | インポート

Tool01 PART6はこちら

 女子フィギュア、ショートプログラム終了時点で1位キム・ヨナと2位の浅田真央の差は5点弱。もちろん逆転可能な点数ではあるものの、かなり厳しい数字なことは素人目にも歴然。でも翌日のスポーツ紙は「浅田が逆転できるこれだけの理由」と特集を組み、読者を煽りまくった。

 事情はわかる。男子フィギュアとスピードスケート500mでメダルをとっているからまだしも、チーム青森(じゃなかった。クリスタルジャパンでしたっけか)は予選を通過できず、まさかパシュートが金メダルまで2/100秒なんて記録を出すとは思っていなかったわけだから、“バンクーバーで商売ができるのは女子フィギュアだけ”だったし。

 受け取る側の国民は計算どおり熱狂した。わたしだって食い入るように見た。視聴率なんと36.3%!平日の昼間だぞおい。他人のことは言えないけど。

 あのとき、キム・ヨナが完璧な演技を見せ、浅田がミスをしたからまだ幸いだった。これが拮抗していたら、さぞや“フィギュアの採点は公平公正なのか”という論議がまきおこり……またしてもスポーツ新聞はおいしい思いをしただろう。トリプルアクセルの価値をめぐって、ショートプログラムのときですら大騒ぎだったのだし。まさか2ちゃんねるがつながりにくくなるほどだったとは知らなかったが。

 もう、こんな大本営発表みたいな報道はやめにした方がいい。情緒的なアナウンスで視聴者を鼓舞し、「感動をありがとう」と本末転倒なコメントを集めることにどれだけの値打ちがあるだろう。もちろん中継への熱狂がそのスポーツの振興に役立つ側面はある。でも、わずか4年に一度の祝祭で?わたしたち日本人ほど忘れっぽい民族もないというのに?

 ただ、今回は解説者たちが冷静だったのは収穫。特にカーリングの小林さん人気は、“いつもは冷静な人が急に興奮する”あたりにあったことを、日本のマスコミはかみしめる必要がある。のべつまくなしに絶叫して煽っているようでは……サッカーW杯はベスト4が目標?あたたたたた。

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職業欄はエスパー その2

2008-05-12 | インポート

Spoon その1はこちら

 日本テレビが中心になって盛り上がった超能力ブームに、冷水をあびせたのは週刊朝日だった。スプーンを投げる少年たちに黙って“別方向からのカメラ”で彼らの行動を撮影。ある少年はお腹にスプーンを押し当て、またある少年はベルトのバックルに押しつけてスプーンを曲げていたのだ。

 こうやってインチキを見破られ、以降の人生を棒に振ることになったのが関口少年。しかし今もサイキックとして生き残っている人物もいる。清田益章だ。彼もインチキの現場を押さえられたにもかかわらず、なにゆえに超能力者の看板を掲げ続けていられるか。

放送禁止歌」「A」「下山事件」と、宮藤官九郎に次いで「この1冊」で数多くとりあげている森達也の本業はドキュメンタリー専門のテレビディレクター。タブーに果敢に挑戦しているものだから、マスを相手にしなければならないテレビとは宿命的に衝突する。したがって、その経過を文にまとめることで問題提起を続けているのだ。今回彼が注目したのが清田だった。前号で彼が行ったパフォーマンスは、ある外資系化粧品会社のパブリシティのキャラクターとして清田を起用するための、一種のプレゼンテーション。このように、清田は職業として超能力者であることを選択し、生活を続けている。その要因はやはり目の前でぐにゃりと折れ曲がるスプーンの圧倒的な不可思議さだろう。わたしだって同じテーブルにすわり、間近でスプーンが曲がったら、畏怖し、そして超能力の存在を受けいれてしまうかもしれない。同じ専修大学文学部出身者として後輩を信じたい気持ちもあるし(笑)。

 しかし清田がインチキをあばかれたのは事実で、彼もインチキを行ったことは認めている。現場に居合わせたある編集者は森にこう語っている。

「日本テレビにこっそり頼んで、スタジオの天井に清田の手許が撮れるように隠しカメラを仕込ませてもらったんです。結果は案の定でした。CMのあいだにテーブルの下で、清田はスプーンを手で曲げていたんです。」

清田はその理由として「スプーン曲げはいつもいつも成功するとは限らない。でもテレビなどで生中継されると、失敗が許されないというプレッシャーからトリックに頼ってしまった」と語っている。図らずも、自分から超能力とトリックの親和性を暴露しているのだ。はたして、サイキックとマジシャンの境界線はどこなのだろう。以下次号

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寝屋川の事件 5番目の訪問者~殉職

2008-04-04 | インポート

4番目の訪問者はこちら。

Mail03a_2 なんだかね、斜めに見ちゃってるのかもしれないけど、この事件で被害者が子どもだったらもっと騒いでると思うのよね。入り口で目的確認とか不審者には対応とかいう通知が入ってたけど、誰がどんな風に、って具体的な指示は抜けてて、「通知を出していたのに遺憾です」というコメントのためとしか思えない……。職員の身の安全はどうでもいいのかよ。

Neyagawa02 古い話になるけど、校内暴力が流行った時、腹をけられて流産した女性教師もいたと聞いていたけどそんな話は表沙汰にならずにすぎちゃってる。おかしいじゃないの、人殺しじゃないの、教職員に人権はないのか!と腹が立ったことをいまだにこの手の事件があると思い出してフツフツするの、私。

……このあたりはとてもよくわかる。もしもひとりでも児童が死んでいたら、マスコミの論調は例によってエキセントリックに学校を糾弾するものになっていただろう。寝屋川の事件がまぎれもなく“教職員殺傷事件”であるにもかかわらず。それでなくても“半年前の不審者対応マニュアルを使っていた”だけで読売は鬼の首でもとったような報道をしていたし。

 それが、今回は一種の殉職だからまだしも冷静な対応が見られたのだ。学校の本当の安全とは何かについて、建設的な意見が散見されるのは池田小や宇治小の経験があったからばかりではあるまいと思う。

 しかし、教職員がまず児童生徒を守る姿勢を見せなければ世間は納得しないし、当然ある程度の自己犠牲を覚悟で向かっていくことにはなるだろう。苦い思いでそれを納得はしながらも、はたしてどこまで教職員が武器をもって異常者(差別用語なのかな。でもそのとおりじゃん)に立ち向かうべきなのか。これは難しい判断だと思う。むしろ彼らを逆上させて無用な血を見る結果も予想される。第一、日常的に暴力的対応を念頭においている教育ってどう考えても病んでいるわけだし。

 考えすぎ、と突っ込まれそうだが、根絶しなければならないはずの“暴力教師”待望論が、こんなことから出てきたらオレはやりきれない。いそうじゃないか「来るなら来い!オレが相手だ!」と力んでいるヤツが。

6番目の訪問者につづく。

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柳家小さん

2008-03-23 | インポート

Kosan 内海好江:で、その時にね、二二六でものすごい雪が降って、大変な雪だったって話を。
柳家小さん:そうそうそう。
好江 :そこへ師匠が行ったんですか?
小さん:うん。
好江 :雪かきに?
小さん:なに言ってんだよ。反乱軍になったんだよ、反乱軍。
好江 :反乱軍てえのは、なんか反乱を起こすわけ?
小さん:そうそう。
好江 :反乱起こす顔してませんよ。
小さん:俺が起こしたわけじゃないんだ。
好江 :ああそうですか。 
                                                                      (「柳家小さん芸談」より)

 テレビで落語をやっていればとりあえず見る。それが馴染みのない噺家であろうと、なかなかそんな機会はないから。唯一残ったメジャーな演芸番組は「笑点」だけど、あれは【落語番組】じゃないしね。

 志ん生文楽をリアルタイムで見ることがかなわなかった私のような世代にとって、名人と感じさせてくれる人は誰だろう。世評では談志志ん朝。でも二人ともケレンが過ぎてなあ。まあ晩年の志ん朝は聴いていないし、ひょっとしたらあの「オレはこんなにうまいんだ」ってとこは無くなってましたか?

 こうなるとあまりにメジャーすぎて忘れそうになるけれど、柳家小さんって存在はやはり大きかった。あのとぼけた味わいは、生きている頃はわからなかったのに、今はどうも懐かしい。のっそりと高座に出てくるたたずまいは、ありゃ貴重なものだったのだ。

 落語家という連中は、これがなかなか剣呑な方々のようで、造反だの脱退だのという騒ぎを常に起こしている。小さんは、そんななか落語協会のトップとして長く君臨していたことからもわかるように、ルックス通りなかなかのタヌキだったみたい。二二六事件に巻き込まれていたり、剣道の達人だったりとサイドストーリーにもことかかない。そのことも含めて、もう一度小さんの落語は聞き直してみたい。金を(永谷園から)たいそう稼ぎ、勲章ももらい(反乱軍だったのに)、家族にもめぐまれ、大往生で逝くことのできた男の、おあとのよろしい噺を。

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深夜の人たち 第7夜~タモリⅡ

2007-05-15 | インポート

タモリ篇Ⅰはこちら

Tamori02  この深夜芸人を、お昼の帯番組に、しかもMANZAIブームの終焉によってみんなが視聴習慣を失いつつあった「笑ってる場合ですよ」の後番組に起用しようと考えた人間は、よほどの慧眼の士か、あるいはどうでもいいやと開き直ったかだろう。およそ成功するとは思えなかった「森田一義アワー 笑っていいとも!」は、しかし現在もなお続く大ヒット番組となった。

 この成功の要因については、思い当たるふしがある。おそらく森田一義は、タモリとしてのギトギトの深夜芸に自分で見切りをつけ、自分らしさを消していこうとどこかで切り換えたのではないか。若い頃の森繁そっくりな風貌と存在感から、味のあるバイプレーヤーに進む道もあったかもしれない。でもタレントのくせに「自分の色を消す」という選択をするあたり、なみのクレバーさではない。

3dayscondor01  「友だちの輪」やさんまとのからみに顕著だが、主張の強い相手をいなすことに活路を見いだし、「ただいるだけ」の存在の凄みは「後世に評価されたい」欲望をかけらも感じさせない。「アーティストを緊張させたくないから」と意図的にテンションを下げているミュージックステーションや、司会者に冷水を浴びせる発言ばかりしているトリビアの泉などをよーく見てほしい。タモリ自身が、およそ何もしていないことがわかる。保険の営業マンだった時代に職場結婚した奥さんを表にいっさい出さず(フェイ・ダナウェイ似なのだそうだ。見たい)、スキャンダルの匂いもしない。子どもの頃に事故で失った片目の視力を考えてみよう。おそらくはテレビにもっとも露出している身障者にもかかわらず、そのことをわたしたちは意識することすら忘れている。存在することの不自然さをも消し去った、やはり、特異なタレントと言えるだろうか。

 その意味で、オールナイトニッポンで彼が語っていたなかに、思い出される話がある。
「ブランデーとかコニャックとかって、そりゃあ美味いよ。美味いけど、いつも飲もうとは思わないだろ?でもウィスキーはなんでいつも飲むかっていったら、あれ、まずいからだよねえ(笑)」

次回は最終回、ビートたけし篇

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