事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「ディオゲネス変奏曲」陳浩基著 ハヤカワ・ミステリ

2019-10-15 | ミステリ

前作「13・67」にはマジでおそれいった。これだけ面白いミステリにはめったに出会えない。そんな陳浩基の新刊は短篇集。おまけに早川のポケミスで登場。しかも期待に違わぬ出来。読者を徹底して翻弄してやろうという気概がうれしい。翻弄されまくりのわたしが言うのですからまちがいはございません(笑)。

ほとんど出席者のいない文学の授業において、ある人物を特定する推理合戦「見えないX」をはじめとして、誤解をおそれずに言えば稚気にあふれた祝祭がここにはつまっています。華文ミステリおそるべし。

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「こうして誰もいなくなった」Thus Then There Were None 有栖川有栖著 角川書店

2019-10-07 | ミステリ

クリスティのあの名作を、現代の日本で成立させようとした(そしてもちろんツイストは入る)有栖川有栖の企みは成功していると思います。なにしろあんなストーリーなので火村江神ももちろん出てきませんが、「そして誰もいなくなった」を読んだ人なら絶対に楽しめるはず。

わずか2ページの短篇「矢」もおすすめ。思いついちゃったんでしょうねえ(笑)。

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「ノースライト」横山秀夫著 新潮社 

2019-10-03 | ミステリ

読んだ人のほとんどが絶讃。きっと年末には各種のランキングで上位に食い込んでくるはず。雑誌連載終了後、十年以上も推敲を重ねた作品だけのことはある。

バブルがはじけ、流されるだけの仕事と酒に日々を消費する建築士。そんな彼に、久方ぶりに心が高ぶる仕事が舞い込み、彼は施主の期待に応えた家を設計し、職業人として、生活者として復活する。しかし、自信作だったその家に、施主一家は引っ越した形跡も見えず、杳として行方がしれない。はたして何があったのか……

横山秀夫の作風として、読者の度肝を抜く“泣ける展開”がまずあって、そこにミステリ的意匠をまとわせるじゃないですか。いろんな人から怒られそうだけれど。

「半落ち」がそうだったし、「64」も、あの公衆電話の存在が気が遠くなるような時間を感じさせてくれた。

今回も、“犯人”の動機はわかる。しかしその“行動”はどうだろう。ミステリとしておよそ納得できるものではないような……うわ、まるで「半落ち」に難癖をつけた林真理子みたいにおれはなってないか。ああはなりたくないんだけどなー。

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「シーソーモンスター」 伊坂幸太郎著 中央公論新社

2019-08-30 | ミステリ

海族と山族という、出会ってはいけない、しかし遭遇することで軋轢が必ず起こるふたつのグループ。そしてその紛争に介入せずに見守るだけの審判……このテーマは版元が“螺旋プロジェクト”として用意したもの。多くの作家が一大サーガを完結するために時代ごとに書いている。

で、伊坂幸太郎が受け持った表題作は昭和の時代。そして次の「スピンモンスター」はその数十年後。

“お題”を設定されることは、伊坂にとってむしろ望むところだったのではないか。何を書くかよりも、どう書くかにひたすら傾注。

嫁と姑の気が合わないという普遍的なお話(笑)が、とんでもない方向に転がっていく快感は、もうわたしの家庭から過ぎ去っているからこそ楽しめるのかな。あ、実は終わってなかったりするのかな。怖いから考えるのをよそう。

そしてスピンモンスターへのつながり具合が伊坂の真骨頂。こういうことがやりたいから伊坂ワールドではレギュラー陣がかたまっているんだろうなあと納得。

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「カササギ殺人事件(上・下)」アンソニー・ホロヴィッツ著 創元推理文庫

2019-08-23 | ミステリ

作品の中に作品が仕込んである、という趣向は珍しいものではない。でも、その作中作が現実(という名のもうひとつの作品)とどうからむか、という点においてものすごく考えてある。昨年末のミステリランキングトップを独占しただけのことはある。

仕掛けが周到であることだけでこれだけの評価はなかなか。それ以上に作中作のクリスティっぷりがすばらしくて、まもなく命が燃え尽きようとしている名探偵が、ポワロの個性をもうひとひねりしてあるあたりもうれしい。

ミステリの中でなら容疑者は限定できる。でも現実はそうはいかない……というもう一人の名探偵の嘆きを挿入するあたり、うまいなあつくづく。

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「宝島」真藤順丈著 講談社

2019-08-06 | ミステリ

第160回直木賞受賞作。同じ賞をとったからだけではなくて、わたしは東山彰良の「」「僕が殺した人と僕を殺した人」との相似を感じながら読んでいた。あの傑作と肩を並べるぐらいの熱量。

東山が出身地である台湾の近現代史を背景に、骨太のストーリーを語ったのと同様、真藤順丈は沖縄の戦後と少年少女の成長をシンクロさせて見せた。しかも真藤は沖縄出身ではない。いやあすごいです。

まず、題材がおそれいる。「戦果アギヤー」と呼ばれる米軍基地から物資を略奪する少年たちの疾走からドラマがスタート。略奪者たちのリーダーはオンちゃんという島の英雄(この作品の英語題名はHERO’s Island)、弟のレイ、親友のグスクらと基地に侵入した彼らは米兵に発見され、追いつめられる。

その過程でオンちゃんは行方不明になり、恋人のヤマコも含め、レイとグスクはオンちゃんのことを常に意識しながら生きることになる。

ヤマコは後に教師となり、沖縄返還運動に参加する。

グスクは琉球警察の刑事に採用され、その才能を発揮する。

そしてレイはテロリストとして……

琉球王朝が中国の朝貢国から薩摩藩に収奪されるようになり、沖縄戦で徹底的に軍部に見捨てられ、米軍統治下では特に女性たちが性暴力の犠牲となり、さあそれでは日本に返還されて沖縄は幸福になったのか……現状はご存じのとおり。

米軍が最も恐れた男」に登場した瀬長亀次郎やわたしの世代にはおなじみの屋良主席も登場するなど、沖縄戦後史の部分も確かにすばらしい。コザ暴動の描写にはうなる。しかしそれ以上に、ミステリとして

・密室である米軍基地からオンちゃんはどのようにして消えたのか

・この物語の語り手はいったい誰なのか

このふたつの謎がラストできちんと解明され、読者は驚愕し、感動させられる。おみごとです。

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「刑事シーハン 紺青の傷痕」Too Close to Breathe オリヴィア・キアナン著 ハヤカワ・ミステリ

2019-07-29 | ミステリ

若竹七海の「殺人鬼がもう一人」を紹介したときに、女性刑事や女探偵は犯罪とけなげに立ち向かう傾向があると指摘しました。体力において男性にどうしても劣り、男社会である警察という業界では常に息苦しさを感じているだろうと。

若竹の作品ではそれを逆手にとってとんでもない女性悪徳刑事を描いて痛快でしたが、このアイルランドの刑事(というか警視正まで出世している)シーハンは、ある事件で身体にも心にも傷を負っていることもあって、けなげと言うより思い切り無理をしている。どんなときも気を張って、上司や部下に自分がまともであることを証明しなければならないのだ。

「小便をするときに、どっちの手を使うかまで徹底的に調べ上げろ」

たいへんです(笑)。

平凡な自殺に見えたものが、しかしシーハンの指摘によって他殺であることが判明。つづいて容疑者と思えた人物がそれ以前に死んでいたことがわかるなど、事件は混迷をきわめる。おまけに、登場人物たちの闇が次々に明らかになるなど、北欧ほどではないにしろ、かなりダークな味わい。

意外な真犯人、という意図はわかるけれども、ちょっと描き方があざとかったのは、クライムノベルとして処女作なので仕方ないかも。むしろアイルランドの風俗小説としての方が魅力的。

「歩いてもすぐに一周できるくらい小さな国」

だの、いつも天気が悪いことをみんな愚痴るあたり、なるほど、と思う。

シーハンが自分の神経を休めるために、自宅で盆栽に凝っているとか、タイトルにもある紺青という色を最初に使ったのが北斎であるとか(訳者あとがきで、それ以前に伊藤若冲が使用していたと指摘されています)、日本人向けの描写も。同じ島国、同じ小国ですもんね。

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「タフガイ」藤田宜永著 早川書房

2019-07-25 | ミステリ

「喝采」はこちら

前作が72年、今作は74年のお話。沢崎がブルーバード、竹花がスカイラインなら浜崎はベレットGTで東京を走り回る(いすゞはもう乗用車をつくってはくれないのかなあ)。

しかしどうも主人公の探偵よりも、脇役たちの方が魅力的。アダルトショップを経営する夫婦、気落ちする大金持ち、そして意地の悪い使用人たち……かつて「鋼鉄の騎士」で見せたような圧倒的なリーダビリティは望むべくもないが、滋味深いやりとりはなかなか読ませる。

クールな探偵がバヤリースオレンヂを飲むあたりのユーモアと、最後の最後に、誰がタフガイだったのかが露わになるのが、定番とはいえ、いい感じ。

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「喝采」藤田宜永著 早川書房

2019-07-23 | ミステリ

1970年代のお話。そのためにわざわざ設定された浜崎沢崎でも竹花でもない)という探偵。彼の出自と、犯人の過去が最後にシンクロする。

映画界のお話でもある。モデルとなる人物がいろいろと思い浮かぶ。スクリプターだった女性が、静かな男性とバーを営んでいるあたりの雰囲気はいかにも。

東京のお話でもあった。古地図を取りよせ、自分の記憶もぶちこんであの頃の新宿を再現したかった藤田宜永の意欲がよくわかる。

でもこの想いが、若い読者に届くかしら。タイトルでちあきなおみの名曲をすぐに思い起こせる人限定のミステリ、というより風俗小説よね。携帯もなく、刑事や探偵が手書きで報告書を書いている時代の。

もっとも、この犯人像が成立するのはこの時代が最後なのかも。

「タフガイ」につづく

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「数字を一つ思い浮かべろ」ジョン・ヴァードン著 文春文庫

2019-07-13 | ミステリ

きわめていかがわしいセミナーの主催者のもとへ、差出人不明の封書が届く。

「1000以下の数字のひとつを思い浮かべろ」

その人物は658という数字を選択する。

封書にはもうひとつ小さな封筒が同封されていて

「お前が選んだのは658だ」

驚愕。彼は恐れおののき、名刑事として勇名をはせた大学時代の同級生に相談する。彼はまだ若いが、すでにリタイアしており、しかもその主催者とは卒業以来まったくコンタクトをとっていなかったにもかかわらず。

今度は犯人(男の声か女の声か判然としない)が直接電話をかけてくる。もう一度数字当て。正解が玄関先に投函してある。

……はい、みなさんこの謎が解けますか?マジック好きの人なら、瞬時に言い当てることができるかもしれません。わたしも最初の数字当てはすぐに「あの手だよなあ」と思いました。

しかし、この主催者がまもなく殺されてしまうという段になって困惑。わたしが考えた解はそれだと成立しないので。

そしてこの殺人の現場には不可解な足跡が。雪の上に残されたこの足跡は、途中で忽然と消えてしまうのである。犯人はどこへ?

正直に申し上げます。めちゃめちゃに面白かったっす。こういう不可能犯罪を現実に落とし込むという、要するに本格ものって西欧で今でも成立してたんだ。ひとつひとつのトリックは、稚気あふれるものだけど、だからこそすばらしい。現代にシャーロック・ホームズものを甦らせるために、高齢の作者は実はたくさんの滋味あふれる設定を用意している。

どんなときもつきつめて考える性格(つまりは名探偵だ)のために、夫婦関係に不安を抱える男。彼は明晰きわまりないのに、妻の心だけは推理できないとか。

シリーズ第1作。はやく続きをお願いね文春。

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