事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「特捜部Q  自撮りする女たち」Selfies ユッシ・エーズラ・オールスン著 ハヤカワ・ポケット・ミステリ

2018-09-03 | ミステリ


第6作「吊された少女」はこちら。この作品と直接に連関しています。

未解決事件を捜査するカール、アサド、ゴードン、そしてローセのチームQ。実はいちばんの謎はこのチーム内部にあったりもしますが、今回も読ませる。

いつものように長いけれども、邪悪な動機とのんきな捜査陣のやりとりの交差というルーティンとは違っているのが今作の特徴。福祉の担当者と、失業給付を受け取って働かない女たちの激突である。

いやはやこれはすごかった。

北欧らしく社会福祉は充実しているものの、そのためにまったく働こうとしないモンスターたちが出現。福祉担当者はぶち切れ……これまでのシリーズでもっともストレートな展開。

邪悪な人物は最後に出てくる。この邪悪さはきつい。いったいどうやったら人間というのはここまで悪くなれるのかと絶望的になる。その邪悪さが、チームの謎とリンク。面白いっ!

 

 

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「水底の女」The Lady in the Lake レイモンド・チャンドラー著 村上春樹訳 早川書房

2018-08-14 | ミステリ

十年かけて行われた村上春樹によるレイモンド・チャンドラーの新訳は、この「水底(みなそこ)の女」で完結。長篇はすべて訳し終えたので。寂しい。

これまでの清水俊二氏や田中小実昌氏(コミさん、のほうがとおりがいいかな)の翻訳ももちろんすばらしいが、自制的で、同時に向こうっ気が強く若々しいフィリップ・マーロウ像は村上春樹が造型したもののように思える。

小説を執筆するためにも(頭の別な部分を使うので)翻訳という作業が村上春樹にとって不可欠らしい。とすれば、ハルキ・ムラカミmeets レイモンド・チャンドラーという企画を早川書房がもうけてくれたのはすばらしいことだった。村上にとっても、早川にとっても、読者にとっても。そしてレイモンド・チャンドラーにとっても。

微妙なタイトルの変更などもあって、いかに村上春樹がこの作業にチカラを入れていたかがうかがえる。以下、列挙します。

The Big Sleep 「大いなる眠り」(清水俊二、村上春樹訳とも同じタイトル)

Farewell, My Lovely 「さらば愛しき女よ」(清水)「さよなら、愛しい人」(村上)

……清水題名もすばらしいが、この作品におけるLovelyはダブルミーニングなので、村上題名の方が正確ではある。

The High Window 「高い窓」(田中小実昌、村上とも同タイトル)

The Lady in the Lake 「湖中の女」(田中)「水底の女」(村上)

……湖中も水底もおよそ一般的な言葉ではないので、また新訳が出るとすれば、「レディ・イン・ザ・レイク」になると思います。「ライ麦畑でつかまえて」を「キャッチャー・イン・ザ・ライ」にした村上にしては古風な。

The Little Sister 「かわいい女」(清水)「リトル・シスター」(村上)

The Long Goodbye 「長いお別れ」(清水)「ロング・グッドバイ」(村上)

……ひょっとしたらミステリのタイトルの最高峰かもしれない。

Playback 「プレイバック」(清水、村上)

わたしは思うんだけど、基本的にチャンドラーって(実は村上春樹も)短篇作家なんだと思う。さあ村上さん、あふれるほどのチャンドラーの短篇がまだ残っていますよ。

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「愚行録」 貫井徳郎著 東京創元社

2018-06-10 | ミステリ

うわ。「修羅の終わり」につづく、貫井徳郎お得意の絶望的な(近××姦の)お話。これを妻夫木聡満島ひかりで映画化したとは……絶対に見なくては(笑)

いやはやそれにしても人間は誰しも邪悪さを抱えているもんなんだなあ。慶応の学生間ヒエラルキーなど、いかにもありそう。それを早稲田出身の貫井が描くあたりが妙味。

読み終えてから著者紹介を読むとなお笑えます。やるなあ東京創元社。笑ってる場合じゃないくらいに悲惨なお話なんだけど。

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「マスカレード・ホテル」「マスカレード・イブ」「マスカレード・ナイト」東野圭吾著

2018-05-26 | ミステリ

何度も何度も引用して恐縮だけれども、東野圭吾がこのマスカレードシリーズを書くにあたって参考にしたのはアーサー・ヘイリーの「ホテル」だろう。「日暮らし」の特集からひっぱると

全米を旅するしがないサラリーマン。孤独で、係累も存在しない。しかし彼は、一度も会ったことのない主人公の学費を送金し続けてくれていた。彼が旅先で亡くなったとき、そのセールスマンの墓前には、四人の同じような若者が佇んでいた。

ううう泣ける。この主人公が、ホテル王に乗っ取られそうになっている老舗ホテルの副支配人ピーター。盗難、従業員の不正、人種差別、古くなった設備。ピーターの苦悩はつづくが、最後の最後に……。

その業界を徹底的にリサーチし、興味深いエピソードを収集。そのなかから捨象して登場人物たちのドラマに有機的に組み合わせ、強引なハッピーエンドに持っていく、こんなアーサー・ヘイリーの手法を東野はきっちりいただいている。

マスカレード(仮面舞踏会)というタイトルが象徴するのは、ホテルの客は、そのホテル内において仮面をつけているという哲学。ある犯罪が予想されるために、ホテルのスタッフとして警官たちが装っているという意味もこめている。

ホテルに関するエピソードを全篇にちりばめ、とにかく飽きさせない。というか、「雪煙チェイス」のときにふれたように、読書という行為に対するハードルがこれほど低い作家はまず居ないだろう。それほどに(特にこのシリーズは)面白い。さすがベストセラー作家。にしてもホテルマンの客への献身は異常なくらい。マゾヒストの集団ですか。

来年のお正月には映画も公開されるとか。刑事に木村拓哉、フロントに長澤まさみ。鉄壁のキャスト。誰よりも、木村拓哉にとっての(いろんなことがあったから)勝負作なんでしょう。この原作は勝負にふさわしい。

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「静かな炎天」&「さよならの手口」 若竹七海著 文藝春秋

2018-05-04 | ミステリ

若竹七海は、わたしにとって「ぼくのミステリな日常」などのほのぼの系ミステリの人だった。なにしろ彼女の作品を最初に読んだのはあの「五十円玉二十枚の謎」の一篇でしたから。あ、まずこのアンソロジーにふれなくては。

若竹がまだ立教の学生だったころ、彼女がバイトしていた書店に、毎週土曜日になると50円玉20枚をにぎりしめた男性があらわれ、千円札に両替していくのだとか。その話を若手作家と雑談しているときに披露したら、東京創元社の名物編集者(のちに社長)戸川安宣がそのネタで競作しようと提案。

若竹がそんな経緯で問題を出し、多くのミステリ作家が解答に挑戦している。あの単行本は面白かったなあ。みんなの解答が無茶なんだもの。いしいひさいちのマンガも爆笑だったし。

そんな若竹七海が、こんなハードボイルドを書いていたとは知らなかった。主人公の葉村晶は、若いときはめちゃめちゃ意地っ張りな探偵だったが、いまは立派な四十肩に悩むアラフォー(死語)のパートタイム探偵だ。大手の探偵社に所属していない彼女は、古書店でバイトをしながら探偵稼業を続けている。

シリーズ最新作「静かな炎天」が、いきなり「このミス」の2位にランクインしたのがうなずける出来。私立探偵が日本でいかに成立し難い職業かが実感できるお仕事小説として、古典ミステリのうんちく小説として、お好きなかたにはたまらない作品になっています。前作「さよならの手口」が、ある高名なミステリへの返歌になっていることに読み終えて気づき、うなる。

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「それまでの明日」原尞 早川書房

2018-04-28 | ミステリ

「おや、××さん久しぶりぃ」

 前任校近くの本屋の店長がレジ前で。

「偶然だなあ。さっき×中の前を通ったんで、××さんどうしてるのかなって思ってたとこ」

うわああ本好きとしてはたまらないセールストークですね(笑)。Amazonに頼らず、これからも町の書店で買うことにしますよ。

「で、今日は?」

「原尞の新作が出てるって新聞に載ってたから」

「ハラリョウ?どう書くんだっけ」

前作から14年もたってるからなあ。端末で検索してもらう。

「あ、うちに配本されてない。早川は渋いんだよね」

外販の職員も、そういう例はすごく多いんだと嘆じていた。

なんてこったー。こりゃAmazonに頼るしか(笑)。いやいや、ちゃんとオーダーしましたよ。外販がいつも来てくれる職場でよかった。学校事務職員で本当によかった(^_^)。

それにしても、原は2004年に「愚か者死すべし」を書き上げたとき

「量産するコツをつかんだ」

って言ってたんだよ。まあこっちもこの作家はおなじみなので「油断できない」と思ってたらやっぱり。偏屈で、リライトにリライトを重ねるジャズピアニスト出身のミステリ作家の14年はどんなものだったのだろう。

しかし待った甲斐はあった。紳士的な、しかし不思議な依頼人が登場し、探偵沢崎は例によってワイズクラックを吐き放題(「フィルム・ノワール」の二村永爾ほどではないにしろ)。

そして今回も、未熟な人間に対するあたたかい視線は健在。天使たちをバックアップする、天使としての存在である探偵は健在だ。まあミステリとしては、沢崎がサラ金の金庫の中味を見るという設定のためにだいぶ無理してますが。

ファンだから次作をいつまでも待ってます(こういうファンはめちゃめちゃ多いらしい)。っていうか今度は二十年も待たせるんじゃないですよね。待つけど!

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「長く高い壁」 浅田次郎著 角川書店

2018-04-19 | ミステリ


泥沼化する日中戦争。探偵小説作家の小栁は、従軍して戦地のレポートを書いている。軍人でも捜査のプロでもない彼が、なぜかある事件の捜査を要請される。その事件とは、万里の長城の上と下で、守備隊の分隊全員が死んでいるというものだった……

意外なほどまっとうなミステリ。もっとも、浅田次郎がミステリの書き手ではなかったというわけではない。確かに「蒼穹の昴」などの歴史小説や「鉄道員(ぽっぽや)」に代表される人情ものがメインであっても、彼のブレイクには、「このミステリーがすごい!」でプリズンホテルがランクインしたことが確実に影響したはずだし。

しかし最初に派手な“謎”を提供し、“名探偵”が解決するという王道のミステリを、大ベテランがここで持ってくるとは思わなかったなあ。そしてこの王道ミステリのキモは、軍人でも捜査のプロでもない人間が捜査するという点にあるあたり、うなる。

主人公はどう考えても浅田自身。ベストセラー作家なのに、文学青年である憲兵(彼がワトソン役になる)に原稿を徹底的に書き直させられるのがおかしい。

にしても、万里の長城が北方からの蛮族の侵入を防ぐためのものだということを考えれば、こういう急峻な場所に存在することもあると(主人公も)忘れていて、なるほど現場に行かなければわからないことってあるなあ、としみじみ。

宇宙船からも目視できるというほどの長く高い壁を、一度は見てみたいものだけれど。ただし、講談社の金で長城に行ったのに、それを角川で作品化したのはさすがにいかがなものかと(笑)

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「雪煙チェイス」 東野圭吾著 実業之日本社文庫

2018-04-17 | ミステリ


確かに東野圭吾の文章には味も素っ気もない。しかしそれってわざとコクを抜いているんじゃないかと退院したばかりの友人と話していて気づいた。読書という行為をこれほどハードル低く提供してくれる作家はそうはいないそうだ。これは皮肉でもなんでもなく、わたしも本気でそう思います。

と、訳知りに考えていたら……「マスカレード・ホテル」につづく。この面白さははんぱじゃない。

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「フィルム・ノワール 黒色影片」矢作俊彦著 新潮社

2018-04-11 | ミステリ


二村永爾シリーズの新作。減らず口の応酬こそがハードボイルドの、とりわけ矢作俊彦作品の真骨頂。

それにつけてもこの作品のワイズクラックの多さは常軌を逸している。掲載誌は「新潮」。純文学として、いけるところまで行ってやれということだったのかな。事件のわかりにくさはいつものことだったんですが(^o^)。

特別出演の宍戸錠がとにかくかっこよくて泣ける。古今東西の映画ネタがたいそうしこんであるんだけど、わたしは半分くらいしかわかりませんでした。まだ修行が足りません。

たとえ映画ファンじゃなくても、江口寿史のイラストだけでどれだけの祝祭っぷりだかはわかっていただけるかと。

 

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「スパイたちの遺産」 ジョン・ル・カレ著 早川書房

2018-03-12 | ミステリ

何度もお伝えしたように、わたしはスパイ映画が大好き。そして同様にスパイ小説も大好き。

これは世代的な関係もあるんだと思う。わたしが高校生のときに早川書房が文庫に参入(ハヤカワミステリ文庫)。大人の読みもので(わたしにはそう思えた)、田舎の書店には置いていない、ポケミスでしか読めなかったミステリが大量にわたしたちの世代に放出されたのだ。もちろん創元推理文庫はずっと前からあったわけだけれども、やはり田舎の書店では在庫が……

そのハヤカワミステリ文庫の第一弾は赤い背でおなじみ、クリスティの「そして誰もいなくなった」。他にもチャンドラーやロス・マクドナルドなど、感じやすい高校生の人生はここでねじまがった。いきおいにのって、これはミステリ文庫ではなかったけれども名作の誉れ高いジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」に手を出した。

うわあむずかしっ!東西冷戦のリアルなスパイたちのやりとり。つづいてスパイ小説の金字塔として名高いグレアム・グリーンの「ヒューマン・ファクター」まで。こっちも難しいっ!しかし007とは逆方向の冷徹なお話に次第にひかれていく……これ、スパイ小説好きの典型例だと思います。

ひょっとしたらル・カレの遺作となるかもしれない、その名も「スパイたちの遺産」は、出世作である「寒い国から帰ってきたスパイ」の変奏曲。「裏切りのサーカス」でおなじみ、ジョージ・スマイリーものの総括版でもある。

乱発される符牒、裏の裏の裏まで読んでその裏をかくやり口。つまりは東西がお互いを好敵手と認め「マスのかきあい」をしているあたり、逆にだからこそゾクゾクする。

公文書をそのまま叩きつけてドラマを感じさせる余裕。引退したら、こういう小説をもっともっと読めるんだな。ああ待ち遠しい。スパイに定年はない、というのを思い知らされる作品ではあったけれども。

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