事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

今月の名言2019年1月号 紅白歌合戦

2019-01-29 | 音楽

2018年12月号PART2「千円の生活」はこちら

「平成最後の紅白の大トリ曲が昭和53年発売の勝手にシンドバッドとは誰が予想したであろうか」

……Twitterから。なるほど、そんな考え方もあるのか。わたしは紅白を見ないので、桑田と松任谷由実のからみも見逃している。ちょっと残念。しかしこれは必然だったのではないだろうか。サザンには長年カウントダウンライブをTBSでやっていた歴史がある。大晦日が似合うバンドだしね。Twitterでは他に、

「結局、平成30年の歌謡コンテンツで昭和のレベルを超えたやつはいなかったという強烈なメッセージが余韻として残された気がする」

わたしは昭和半分、平成半分の人生をほぼ過ごしてきたので言わせてもらえば、確かに昭和の曲の方がインパクトは大きい。それは、“みんなが同じ曲を聴いていた”からだと思う。ジャンルが細分化され、数年の世代差で聴く音楽が違ってしまう現在、巨大なヒット曲が生まれにくくなっているのは誰しも感じているはずだ。

それに、桑田やユーミンの曲は、時代を乗り越えて生き残ったエバーグリーンなので、平成の曲はその意味でも分が悪い。

加えて、この30年のなかで、小室哲哉やエイベックスに代表される音楽が席巻した時期があったでしょう。あの頃からわたしは日本の音楽から距離を置き始めたのだった。苦手なんだよね、あの酒臭さが。

それにしても、こんな時代にまだ紅白歌合戦(なんてアナクロな名前!)が40%もの視聴率をかせぐなんて。実は日本の音楽シーンは、むかしからまったく変わっていないのかもしれない。

あ、それ以上に選択されたのが「勝手にシンドバッド」だったとは。青学の学生バンドだったサザンが「ザ・ベストテン」でさんざん黒柳徹子に甘えたあの頃を知っている世代からするとやはり感慨深い。だって3枚目のシングル「いとしのエリー」がなかったらあのバンドは……。

誰も訊いてませんがわたしにとってのサザンのベストチューンは「Bye Bye My Love (U are the one)」です。

PART2「武器としての投稿」につづく

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ボヘミアン・ラプソディ その2

2018-11-18 | 音楽

その1はこちら

ストーリーは典型的なバックステージもの。ヒット曲がどのようにしてつくられるのかだけでも観ていて楽しい。

ボヘミアン・ラプソディ」のロジャー・テイラーの高音域の重ね録りとか、フレディ・マーキュリーが遅刻したおかげで「We Will Rock You」ができあがったとか、「絶対にディスコなんかやりたくない」とブライアン・メイが主張しているのに、ジョン・ディーコンが「地獄へ道連れ」の、あのベースラインを弾き始めた途端に「歌詞はどうする?」とみんなノリノリになるとか。

EMIのプロデューサー(かつて「ボヘミアン・ラプソディ」を「ウェインズ・ワールド」で使用してふたたびヒットさせたマイク・マイヤーズが演じている楽屋オチ)が

「6分もあるような曲をラジオ局が流すはずがない」

と主張すると、音楽には素人の会計士(トム・ホランダー)が

「マッカーサーズ・パークは7分もあるのにヒットした」

と返すのもおかしい。ちなみに、この会計士がのちにクイーンの復活に貢献することになるのだから世の中はわからない。

ライブの再現もすごい。ラストのライブ・エイドはもちろん、有名な南米でのコンサートもきっちり。編集もいいので客席で興奮。

クイーンのメンバーを演じた4人は、よくもまあこれだけ“感じが似ている”俳優を集めたとあきれるくらい。女好きなロジャー・テイラーやいかにも好人物なジョン・ディーコンなど、いかにもいかにも。

音楽の使い方もおみごとだった。エンドタイトルで流れるのが「ドント・ストップ・ミー・ナウ」から「ショウ・マスト・ゴー・オ」のメドレーであるあたり、泣かせる。

にしても、もはや現役とはお世辞にも言えないバンドの映画が世界中で大ヒットとは。クイーンおそるべし。

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「ボヘミアン・ラプソディ」Bohemian Rhapsody (2018 20世紀FOX)

2018-11-17 | 音楽

 

ずいぶん前からこの作品の予告篇は劇場で流れていた。うーん、クイーンの伝記映画か。ちょっと勘弁してほしいかも、と思っていた。お手軽なそっくりさん映画になっているのではないかと。

でも(ある事情があって)予告篇には監督名があまり大きくフューチャーされていないのだった。おいおいブライアン・シンガーだったのか。俄然、絶対に見なくてはと決心。

自身がユダヤ人でゲイであることで、マイノリティのつらさ苦しさを「X-men」に仮託したあの人なら、バイセクシュアル(というかこの映画でははっきりとゲイ)で、過剰歯のために出っ歯とそしられ、ザンジバル生まれのインド人であることをひた隠しにしたフレディ・マーキュリーのことを、きちんと描いてくれるのではと。

にしても、彼がその出自やルックスにコンプレックスを抱いていたなんて知らなかったなあ。彼ほどの存在になると、そんなこと誰が気にしますか。ミック・ジャガーのクチが大きいと嗤う人っています?矢沢永吉のあの顔が、端正ではないと嫌う人がいます?

フレディ・マーキュリーはフレディ・マーキュリーであり、最初から完成された存在だと極東の中学生は考えていた。そう、「シアー・ハート・アタック」あたりから爆発的に日本でも人気が出たクイーンのことは、わたしの世代は一種の完成品として捉えていた。

「キラー・クイーン」のフィンガーティップスが何回かというネタにみんな食いついてきたように、1950年代後半から1960年代初めに生まれた日本人にとって、クイーンとはイギリスそのものとして最初から認識されていた。

驚異の高学歴バンドであり、4人全員が作曲できる強みがあるなどの付随情報はあとから知ったこと。まあ、おかげでシングル曲を誰の作品にするかでもめていた事情もこの作品で語られ、おおいに笑わせていただきましたが。

さあオープニング。20世紀FOXのファンファーレが……うわあああブライアン・メイのギターサウンドだあ。以下次号

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バンド臨終図巻PART8 Oasis

2018-11-10 | 音楽

Oasis - Wonderwall

ポリス篇はこちら

このバンドに関してだけはもう、なぜもっと早く解散しなかったんだと誰もが思っているはず。リアムとノエルのギャラガー兄弟のいつ果てるともしれぬバトルの数々。彼らのママの発言がふるっている。

「子どものときはケンカなんてしていなかった」

嘘つけ(笑)。

……メンバーの死、麻薬、所属事務所との軋轢、長いツアーへの疲労、そして金銭問題と解散の理由はさまざまだ。しかし200もの事情を読み終えると、ひとつの金言が重みをもってくる。

「ソロは解散できない」

しかし人はバンドを組みたがる。どこかに“マジック”があるんでしょうね。それにしてもここまで来ると、ローリング・ストーンズという存在がいかに凄いかがわかる。あの、いかにもすぐに解散しそうな彼らが、節制してトレーニングを怠らず、いまも現役で突っ走っている。マジック。

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バンド臨終図巻PART7 The Police

2018-11-10 | 音楽

The Police - Roxanne

ABBA篇はこちら

元教員でジャズマンのスティングと、カーヴド・エアで活動していたスチュアート・コープランド、後期アニマルズのアンディ・サマーズのトリオ。ソングライターとしてイニシアチブをとりたがるスティングと、アンディ、スチュアートが対立。大ヒットアルバム「シンクロニシティー」は、メンバーがアイデアを出し合いながらも別々の部屋でレコーディングしていた。

解散にあたっては「長期の休暇をとるだけ」と告げるのみ。解散の事実をメディアに書き立てられることから避けられた。スキャンダルに常に悩まされていたザ・スミスのマネージェー、ケン・フリードマンはメンバーにこう告げた。

「ポリスを見習え」

……社会人、バンドマンとしてのキャリアがある大人の集団がポリスだったというわけだ。でも大人のはずのスチュアート・コープランドは、ジャパンツアーのときに太鼓にそれぞれ「こ」「ん」「ま」「お」と書いてましたが(笑)

オアシス篇につづく

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バンド臨終図巻PART6 ABBA

2018-11-07 | 音楽

Frida - I Know There's Something Going On

PART5「キャンディーズ」篇はこちら

男性2人、女性2人という編成だが、その中身は2組の夫婦。ビョルンとアグネッタは70年に結婚。同居していたベニーとアンニも78年に入籍。グループの人気がワールドワイドなものになった79年にビョルンとアグネッタが離婚。81年にはベニーとアンニも離婚した。82年以降はアバとしての活動は急速に消滅していく。

……ビョルンとベニーはもとからコンビを組んでいて「木枯らしの少女」は日本でも大ヒットしたのをおぼえてる。アグネッタとアンニは、いわゆる北欧美女の典型のアグネッタと、黒髪のアンニという具合に違うタイプだったのもよかったかも。

わたし?圧倒的にアンニフリーダが好きでした。フィル・コリンズがプロデュースしたソロ(フリーダ名義)もよかったなあ。しかしまさかビョルンとベニーがプロデュースしたミュージカル「マンマ・ミーア!」でアバがまたしても騒がれる世になるとは……

アバについては、つたない英語が魅力のひとつだとか言ってる人もいたけど、わたしにはさっぱり。これでも英文卒(笑)。

ポリス篇につづく

 

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バンド臨終図巻PART5 キャンディーズ

2018-11-07 | 音楽

わな キャンディーズ 1977

PART4 エアロスミス篇はこちら

渡辺プロが経営するタレント養成学校「東京音楽学院」の生徒だった3人は、当初レコードデビューする予定はなかった。しかし渡辺プロの松崎澄夫プロデューサーが目を留めたことでデビュー決定。「年下の男の子」などの大ヒットでアイドルに。

しかし管理されたアイドルというあり方に疑問を感じた彼女たちは、マネージャーに相談。彼は渡辺プロ社長、渡辺晋に提言したが一蹴される。旧態依然の売り方に不満を持った彼は退社して渡米。渡辺プロとの話し合いが平行線のまま迎えたツアー初日、日比谷野外音楽堂で「普通の女の子に戻りたい」と解散を宣言。

……この、渡辺プロに反旗を翻したマネージャーこそがアミューズを創立した大里洋吉。松崎プロデューサーはアミューズの社長から副会長になっている。アパートの一室からスタートしたこの会社は(サザンオールスターズというお宝のおかげもあって)大企業となった。

ちなみにわたしは福山雅治のものまねで

「そぉいうことはアミューズを通してくれないとぉ」

というネタを用意しております。わたしはルックスはもちろん、声も福山雅治だと評判です。こういうことは言ったもの勝ちです。

人によっていろんな意見があるでしょうが、わたしがキャンディーズの曲でいちばん好きなのは「わな」。

ミキがセンターをとった(この言い方はAKBとかの悪影響)からではなくて、曲としてすばらしくない?歌謡曲の王道がここにあるよね。わたしは激しく渡辺プロを憎むものではあるけれども、どうもありがとうって感じ。

ABBA篇につづく

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バンド臨終図巻PART4 Aerosmith - Dream On

2018-11-06 | 音楽

Aerosmith - Dream On

PART3「ザ・タイガース」はこちら

「ドロー・ザ・ライン」制作中からメンバーに亀裂が生まれ、制作が長引いたために100万ドル以上も費用がかかった。79年にライブ後、楽屋だったトレーラーハウスでジョー・ペリーの妻がトム・ハミルトンの妻にミルクをかけたことが引き金となり、ジョーとスティーブン・タイラーはケンカ別れ。バンドを脱退したジョーはジョー・ペリー・プロジェクトを始める。

……なんかもう典型的なバンドの解散事情のようだが、話はこれで終わらず、フェイドアウト寸前だった彼らの「ウォーク・ディス・ウェイ」をランDMCがカバーして大ヒット。以降、(いろいろとあったとはいえ)バンドは継続している。だから臨終はまだ(笑)

このバンドについては、実はわたしデビューアルバムを買っていて(「ドリーム・オン」が目当て)、まさかこんな形で復活してくるとは思わなかった。映画「アルマゲドン」の主題曲「ミス・ア・シング」の大ヒットも、これはなにかの間違いなんじゃないかと思ってました(笑)。

かつて「オヤジロック三昧」でお送りしたように、このバンドの事情にはわたしけっこう通じています(笑)。

PART5「キャンディーズ」につづく

 

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バンド臨終図巻PART3 ザ・タイガース 

2018-11-06 | 音楽

ザ・タイガース 花の首飾り【高画質】

PART2「ジャニーズ」はこちら

69年3月5日、アルバムのリハーサル中に加橋かつみが失踪。渡辺プロは記者会見を開き、契約不履行を理由に加橋の除名を発表。しかしこれは渡辺プロの狂言で、すでに脱退についての合意が取り交わされていた。加橋はソロアルバムのレコーディングのためにパリへ飛んだが、その手配は渡辺プロが助力した。

……なんか、大騒ぎだったよな、程度の記憶しかない。加橋の代わりに入ったのが岸部おさみ(一徳)の弟の岸部シロー。加入当時、彼は楽器をマスターしていなかったとか。この騒ぎに幻滅したのがドラムスの瞳みのる(ピー)で、彼は解散後に慶応高校の漢文の教師になる。彼の自伝は陰鬱だったなあ。(このVでも徹底的に無視されているのは露骨~

沢田研二という存在はもっとだいじにしてくれないと。なんか近ごろ、彼がバッシングされているようなので怒っています。

イギリスにはミック・ジャガーがいる。でも日本には沢田研二がいるのである(「気分はもう戦争」で矢作俊彦と大友克洋が絶叫)。

彼のことをみんななめてないか?

わたしは彼のファンでも何でもないけれども(なにしろ渡辺プロを中心とした旧態依然な芸能界ってものが嫌いだったから)沢田研二の素晴らしさだけは否定できない。よく考えればあの特異な声の美しさとルックスの狂気が(萩原健一よりよほど危ない感じ。美しすぎて)「太陽を盗んだ男」という名作を生んだのではなかったか。

PART4「エアロスミス」篇につづく

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バンド臨終図巻PART2 あなただけを あおい輝彦 (1976)

2018-11-03 | 音楽

AAo761 あなただけを あおい輝彦 (1976)140904 vL HD

PART1「恋はあせらず」はこちら

アメリカ大使館に勤務しながら、代々木公園で野球のコーチをしていたジャニー喜多川が、少年野球チームからよりすぐりの4人(真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、青井輝彦)を選んだのがジャニーズ。伊東ゆかりのバックダンサーとしてデビュー(以降、まずはバックダンサーをやらせるのがジャニーズ事務所の伝統となる)。

66年夏に全米デビューをもくろんで渡米したが話は立ち消えに。不在の間にグループサウンズがブームとなり、ジャニーズは時代遅れとなり、喜多川の興味も弟分のフォーリーブスに移っていた。

……フォーリーブス。なつかしいなあ。確か日曜の夜にプラチナ万年筆提供のレギュラー番組を持ってたような。ジャニーズのあおい輝彦はもちろん水戸黄門などで活躍しているが、ソロになってからの彼の曲はいいのが多かったんだよね。Hi-Hi-Hiとか、この曲とか。

PART3「ザ・タイガース」につづく。動画あんのかな。

 

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