聾唖の女性ボクサーの物語。音が聴こえないことがボクシングというスポーツで不利であることは素人にもわかるのだが、しかしその分
「(ケイコは)目がいい」
とジムの会長は言う。
オープニングのスパーリングのシーンだけで、ケイコを演じた岸井ゆきのがどれだけトレーニングを積んだかがわかる。くわえて、セリフで表現できない分を、身体の動きとおさえた表情だけで演じきった彼女には凄みすら。
「愛がなんだ」の暴走する女の子と、この作品のケイコ。どれだけの女優なのだろう。
ジムの会長の三浦友和がいいのは当然のこととして、トレーナー役の三浦誠己が「うわ、こんなにうまい人だったの?」と驚くくらいにすばらしい。
わざわざ16mmで撮影した画調といい、コロナ禍で生きる人たちの憂鬱を描き切った演出(三宅唱)といい、すばらしい作品だった。キネ旬ベストワン納得。
新作を映画館で観たいので、見逃していたこの第3作を急いでレンタル。もう遅いのかしら。
前半の1時間は、後の始皇帝であり、趙の虜囚となっていた吉沢亮がいかに脱出するかが描かれる。柄の大きい杏が、切れのあるアクションを見せていい感じ。
で、後半は主役である山崎賢人が大暴れ。百人隊長となった彼は、王騎(大沢たかお)に、敵将(片岡愛之助)の首を取れと命ぜられる。きわめてシンプルな展開が効いている。
しかし新作はどうなるんだろう。ことここに至って吉川晃司や小栗旬が登場し、山田裕貴はまだ何もしていないのだ。楽しみだなあ。
新デザインのお札(20年前も言ったかも。おふだじゃなくておさつね)が流通しはじめた。何も考えずにその新札を銀行で入金したら
「いいんですか?新札ですよ」と窓口のお姉さん。
「だってほぼ一年でほとんどがこの札になるわけだろ?むしろ前の札のほうが貴重になるんじゃないか」
「まあ、それはそうですけど」
金融につとめていた人に聞いたら、ATMから新札が出てくるかは運次第だという。なぜなら、顧客が入金したお札が次の客の出金にあてられるからだとか。
「裏にあるケースにね、入金されたお札が上に積もっていくわけで。それがまず出金されるんです。ATMにお札を補充するのがまためんどくさいんですよ」
まさしく、金融の裏側。そしてこの映画は、そのATMの裏側にお札を佐々木蔵之介が補充するシーンからスタート。彼が出ていくと、そこには帯封のきれっぱしが……
ちょっとネタバレになるけれども、佐々木蔵之介は隠匿した金を、競馬で当てることで補充したのである。確か宮本輝原作の「優駿」でも、仲代達矢が傾いた会社を、競馬で当てて立て直すくだりがあった。あぶないあぶない。
さて、「シャイロックの子供たち」は、ここから現金紛失、行員の失踪などのディープな話がつづく。事件の真相を探れと命じられたのは阿部サダヲと上戸彩。意地悪な同僚を木南晴夏がやっているのは、時節柄きわどいかも。
池井戸潤原作ものは、みんなが絶賛するキラーコンテンツとなっている(半沢直樹はその代表だ)ので、むしろ敬遠していたけれども、切れ味するどい展開でまったく飽きさせない。
主演尾野真千子、脚本・監督・編集が石井裕也とくれば、なんで見逃していたのか。
夫(オダギリジョー)を高齢ドライバーの運転ミスによって失った良子(尾野真千子)は、謝罪もなかったことに憤り、賠償金の受け取りを拒否する。しかし経営していたカフェはコロナのためにたたまざるをえず、夫の愛人の子への養育費も支払い続けている。
生活のために風俗で働く(けっこうすごい描写)彼女には、息子がいじめられたり、むかしの同級生にだまされたり、理不尽がことばかりが起こる。
しかし彼女は常にこう言って笑っている。
「まあ、がんばりましょう」
あらゆる不幸に苦しめられながら、それでもポジティブな良子の姿をこそ石井監督は描きたかったのだそうだ。コロナに苦しむ観客たちに向けてのメッセージ。彼女が傷ついていないはずはないのに。そのきつさを描く石井脚本がすごい。
尾野真千子はこの作品でその年の主演女優賞を総取りした。彼女のキャリアには驚かされどおし。河瀨直美に中学生のときに靴箱の掃除をしているところをスカウトされ「萌の朱雀」でデビューしたのはすでに伝説。
彼女を初めて見た「リアリズムの宿」ではいきなり全裸で疾走して登場。
原田芳雄と共演した「火の魚」(NHK広島制作)での
「わたくし、もてた気分でございます」
というセリフに泣かされ、この演技が朝ドラ「カーネーション」の主役につながる(のかな?)。以降も「外事警察」「そして父になる」「ヤクザと家族」と名演をつづけている。そんな彼女の、これは代表作になるだろう。
そうか尾野真千子ももう四十代か。いい感じで年齢を重ねているので、これからもわたしたちを楽しませてくれることだろうと思う。
うん、がんばりましょう。
劇場で予告編を見たら、ピエロの仮面をかぶった人間が疾走し、主人公たちを病院内で追いかけまわしていた。はあ、これはジェイソンとかフレディのタイプの映画なんだな、と得心。すくなくともそういう客を想定してるんだなあと。
違いました。原作が知念実希人だから、堂々たるミステリ映画なのでした。
むかしは精神科の病院で、いまは療養型となってお年寄り向けの施設になっている田所病院が舞台。原作ではわたしが住んでいた狛江にあることになっている。
その、ピエロの仮面の男(?)がコンビニ強盗をはたらき、逃走中に通りすがりの女子大生の瞳(永野芽郁)の腹部を撃ち、田所病院に彼女を連れて逃げ込む。
当直のアルバイトだった速水(坂口健太郎)に、ピエロ男はすぐに手術しろと迫る。施錠されていた手術室は、驚くほど最新鋭の機器をそろえていた……
監督は「99.9」や「屍人荘の殺人」の木村ひさし。脚本は彼と知念が共同で書いている。知念のことだからどんでん返しがあるだろうと観客に思わせて、それ以上にひっくり返して見せている。
エレベーターの上下動が映画的興奮を呼ぶ。まったく退屈しませんでした。拾いもの。
製作総指揮を担当した河村光庸(みつのぶ)さんはまことにすごい製作者で、配給会社スターサンズをつくった人でもある。かかわった作品がとんでもないのだ。
「牛の鈴音」「息もできない」「かぞくのくに」「あゝ、荒野」「新聞記者」「i-新聞記者ドキュメント」「宮本から君へ」「茜色に焼かれる」「パンケーキを毒見する」「妖怪の孫」そして「月」。
キネマ旬報ベストワンや日本アカデミー賞とりまくり。そしてそれ以上に、題材のチョイスが抜群であることに気づく。いったい誰が障がい者を何名も惨殺する映画や、ときの総理をアニメまで使って揶揄する映画、北朝鮮からやってきた兄とその追跡者なんて映画をつくろうと思うだろう。思ったとしても作品として完成させ、ヒットさせたのは河村さんだからこそだ。
監督の藤井直人はそんな河村さんを信頼し、現在のヤクザがどんな状況なのかを描いて見せた。
要するに、反社と呼ばれる彼らに、人権など存在しないのである。それがいいとか悪いとか以前に。銀行に口座も開けない、アパートも借りられない……それを後押ししたのはわたしたち“世間”だ。もう誰も身内のトラブルをやくざに解決してもらおうという人はいない。
捨て鉢な生活をしている山本(綾野剛)は、ヤクザだった男の未亡人である愛子(寺島しのぶ)が営む焼肉屋で、柴咲組の組長、柴咲博(舘ひろし)の命を救う。山本を気に入った柴咲は、組に入らないかと誘うが、山本は断る。しかし、山本が命を落とすところだったのを救ったのは、柴咲の名刺のおかげだった……
漢(おとこ)をみがくのがヤクザだと信じていた山本にとって、懲役を終えてでてきた現在のヤクザのありようは信じられないものだった。組を抜けるものは後を絶たず、残ったものたちもシラスウナギの密漁で生計を立てているのだ。
そして、ヤクザであることをやめようとしない山本に、恋人だった由香(尾野真千子)や子分だった竜太(市原隼人)、そして愛子の息子である翼(磯村勇斗)は影響を受けていく……。
藤井演出は、例によって役者たちからみごとな演技を引き出している。傑作。そしてこれらの傑作を遺して、河村さんは亡くなってしまった。享年72才。早すぎる。