事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

青山文平でいこうPART10 跳ぶ男

2019-05-18 | 本と雑誌

PART9「遠縁の女」はこちら

まともな墓をもつことも出来ない貧しい藩。この藩の状況を憂え、なんとかしたいと願う青年。しかし彼は理不尽な理由で切腹させられる。

彼を慕い、彼のようになりたいと願った能役者の息子は、ある日を境に運命が急転する。藩主の身代わりになれというのだ……

青山文平最新作。今回はなんと芸道もの。いくさによって藩の命運が定まる時代ははるかに遠く、だからこそ能楽は武士のたしなみ以上の存在になっている。才能と、その才を活かす場のドラマ……近ごろそんなのを読んだような……そうか「蜜蜂と遠雷」だっ。ひょっとしたら青山さんはあの恩田陸の傑作にインスパイアされたのかもしれません。

ラスト、主人公は確かに“跳ぶ”。唐突に思えるかもしれないけれど、あの青年の成し遂げられなかった思いを、彼は彼の方法で成し遂げる。うまい。

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「雲の果(はたて)」 あさのあつこ著 光文社

2019-05-07 | 本と雑誌

そうか、あさのあつこの弥勒シリーズももう八作目なんだ。第一作の刊行からもう12年が経っている。すべて紹介してきたけれども一応おさらい。

弥勒の月

「夜叉桜」

「木練柿」

東雲の途

冬天の昴

「地に巣くう」

花を呑む

そしてこの「雲の果(はたて)」だ。

物語は主に三人の男たちによって紡がれる。

・暗殺者として育てられ、いまは商人として成功している遠野屋清之介。

・狷介で皮肉な性格だが、ものごとを洞察する力量で圧倒する同心、木暮信次郎。

・ふたりの衝突にあきれながら、事件の闇を追う欲求がおさえきれない岡っ引きの伊佐治。

遠野屋は、自分の殺人衝動が信次郎によって見透かされていることに憤り、しかし完全に否定しきれない部分に悩む。

信次郎は悩まない。ある意味最強の性格だが、その加虐趣味に惹かれる女もいる。

どSとどMのコンビのことは、大人である伊佐治によって解説される。

とても魅力的なキャラがそろっているのだけれど、しかしあさのあつこは自分のつくりあげたキャラにのめりこみ過ぎてもいる。だからちょっと息苦しく感じられるときも。

しかしエラリー・クイーン好きを広言するだけあって、ミステリとしてもなかなか面白い。前作の「花を呑む」は、まさしくその花をめぐる謎だったが、今回は帯。うっすらと色がついた糸は、はたして何を象徴するかのお話。

まったく正体のつかめない被害者の帯と、遠野屋において清之介に最後まで心を許さなかった番頭が持っていた帯に、同じ糸が使われていた謎。なるほど。

ほとんどラスト近くになって魅力的なキャラが登場。花ではなく、木のような女。これ、女性作家が書いたんじゃなかったら非難囂々だったと思います。最後が駆け足になったのはちょっと惜しい。あさのさん、ここはもう一人殺すべきだった(笑)。

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「自殺会議」 末井昭著 朝日出版社

2019-04-22 | 本と雑誌

末井昭のことは、彼の作品のどれと最初に出会ったかによってだいぶ印象が違うと思う。

・白夜書房において「ウィークエンド・スーパー」や「写真時代」で過激な編集方針を貫き、荒木経惟という天才を世に送り出した名編集者。

パチンコ雑誌という誰にも思いつかなかった存在でその白夜書房を大もうけさせた経営者。

・ギャンブルや先物取引にのめりこみ、膨大な借金を抱えた女装癖のある性格破綻者。

坪内祐三の前妻とダブル不倫の末に結婚したドラマチックな男。

西原理恵子のマンガに登場する能天気なキャラからは想像もつかないほど多面的で重層的かつ危ない人物なのがおわかりいただけるかと。

わたしが初めて彼を意識したのは、80年代に角川文庫から出たエッセイ「素敵なダイナマイトスキャンダル」によってだ。このタイトルは、彼の母親が、隣家の若者とダイナマイトで心中したことによる。

わたしは観ていないけれども先年に映画化されたときは母親を尾野真千子が演じたという。そんな強烈なトラウマをかかえながら、しかし彼の文章は一貫してユーモアにあふれていた。母親の件を業界の先輩に告白したら

「ふーん、きみはそれが“売り”なんだね」

と返されたなど、冷静な書でもありました。今はちくま文庫から出ているみたい。ぜひ読んでみて。

さて、そんな末井は近ごろ自殺について考察していて、3年程前に出した「自殺」によって講談社エッセイ賞を受賞している。つづいて出たのがこの「自殺会議」だ。

これも名著でしょうや。子を失った映画監督、統合失調症の相方とコンビを組む漫才師(松本ハウス)、母親が自殺した筋ジストロフィー症の画家などとの対話がまとめられていて、とにかくすばらしい。

わたしも自殺遺族(こんな言葉があるなんて知らなかった)ではあるけれど、そうでない人でも、自殺してしまった人、かろうじて踏みとどまっている人たちのことが、読み終えると少なからず好きになれるのではないだろうか。

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「昼田とハッコウ」 山崎ナオコーラ著 講談社

2019-03-16 | 本と雑誌

紙の本には愛着がある。町の本屋にはもっとある。

この小説は、自分では冷静にキャリアを積み重ねてきたつもりの、ある事情をかかえた男が、書店員として屹立するお話でもある(メインは違うけどね)。

山崎ナオコーラは、旦那さんが書店員(&詩人)なので、そのあたりの事情がとても納得できる。

その事情というのが、血縁がからんだ話で、わたしは「ゴッドファーザー」におけるトム・ヘイゲン(ロバート・デュバル)の日本版だと思って読んでいました。トムはファミリーのために地味ぃな仕事をこなし、コルネオーネ家への忠誠を示す。自分は脇役だと。

でもね、トムを中心としたストーリーがちゃんと成立するとこの作品で理解できる。

エッセイで山崎ナオコーラは、もう自分の作品は売れないと醒めている。でも、子どもを育てながらも、自分は24時間小説家なのだとほとばしる思いを。

この小説が長大なのは、彼女のその思いの影響だろう。すばらしい作品です。ごめん、わたしもこれを図書館で借りました。

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「国宝(上・下)」 吉田修一著 朝日新聞出版

2019-03-11 | 本と雑誌

朝日新聞に連載されているあいだから絶讃の嵐。単行本化されてまた大騒ぎ(そのわりに売れていないと書店員たちは嘆いているらしい)。さてどんなお話なのだろう……上下巻700ページを一気読み。いやはやすごい。

長崎の侠客の息子として生まれた美貌の喜久雄。父親が(ある人物に)殺され、大阪の歌舞伎役者の家に身を寄せる。そこには、終生のライバルであり、友となる俊介がいた……

歌舞伎の世界にはまったく暗いわたしなので、詳しい人はもっともっと面白く読んだろうと思う。描かれる演目と喜久雄たちの人生がどう相関しているか、わたしにはさっぱりでした。

読み始めて、このキャラは誰がモデルなんだろうと考えもしたけれど、展開にぐいぐいひっぱられてそんなことは気にならなくなる。おそるべし吉田修一

九州の堅気ではない出自で、都会に出て思い惑い、成長するお話とくれば「青春の門」が思い出される(五木先生、完結するんですか)。もちろん上巻の青春篇はその色彩が強いけれども、後半に至って完全な芸道ものに変貌する。喜久雄の芸が洗練されるたびに、彼のまわりを不幸が襲うという皮肉な展開は驚愕のラストにつながる。

その世界に通じていなくても小説として強力、という意味では恩田陸の「蜜蜂と遠雷」を思い出させてくれる。音符がなくても、書籍からピアノが聞こえてきたじゃないですかあれは。

同様に、この「国宝」からは歌舞伎の世界の、意外なほど舞台裏が下世話であり、スポンサーに左右される(もちろん松竹にも……この作品では三友)事情がみごとに活写される。そうか、だから梨園の妻というのはしんどいんだな。

完璧を超える芸を身につけた、国宝級の人間ははたして幸福なのか。少なくとも、国宝級の人間を描いた小説の読者は、まことに幸福な時間をすごさせていただきました。黒森歌舞伎への言及もありますよ。

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「メカ・サムライ・エンパイア」ピーター・トライアス著 早川書房

2019-03-07 | 本と雑誌

「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」で名をあげたピーター・トライアス。あの世界観のまま、十数年後のお話がくり広げられる。

主人公はゲームおたくの少年。彼には機甲兵団のパイロットになる夢があったが、理不尽な態勢に翻弄され、民間の警備会社でトレーニングをうけることに。そこでも……

20世紀末の話だけれども、科学は異様に発達している。あらゆることを犠牲にして日本がその方面を選択したからだ。特に二足歩行のロボットが戦闘において重要視され、その描写がメイン。前作でロボットのイラストが表紙や扉絵になっていたのに期待外れ!的な声が多かったので開き直ったかのよう。

さあ、次作があるとすれば日本とドイツの冷戦がメインになるだろう。ちょっと楽しみだ。

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「私に付け足されるもの」長嶋有著 徳間書店

2019-03-05 | 本と雑誌

すべて女性を主人公にした12の短篇集。「コンビニ人間」と同様にあまり若くないヒロインたちをフューチャーしながら、およそ印象が違う。

長嶋有のうまさとサービス精神がビシバシ伝わる。わたしはこっちの方がずっと好きかな。まあ、ファンの言うことなので話半分に聞いてください。

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「コンビニ人間」 村田沙耶香著 文春文庫

2019-02-27 | 本と雑誌

 

三十代後半の女性。子どものころから自分が他者と違っていることを、実はうまく納得しているわけではない。恋愛経験皆無。セックスの経験もゼロ。そんな彼女は、コンビニの制服を着て、その仕事に習熟していくことで居場所を見つける。コンビニ人間の誕生。

文庫も合わせて100万部突破とか。作者が暴力的に描いた「多数派」に支持されてしまったのである。あるいは、100万人が他者との距離感に悩んでいるととればいいのだろうか。

作中に、実はもうひとりのコンビニ人間を忍びこませ、その異様さを見せつけるなど、この作家はうまい人なのかもしれない。

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マイベスト2018 非ミステリ篇

2019-02-05 | 本と雑誌

ミステリ篇はこちら

さあつづいては非ミステリ篇。今回は悩んだ。とにかく超弩級の作品がふたつも登場してしまい、最後までどっちをトップにするか考え込んだから。ということで結果は……

第1位「草薙の剣」橋本治著 新潮社

第2位「星夜航行(上・下)」飯嶋和一著 新潮社

第3位「銀河鉄道の父」門井慶喜著 講談社

第4位「面従腹背」前川喜平著 毎日新聞出版

第5位「総特集いしいひさいち 増補新版」文藝別冊 河出書房新社

第6位「小説家の四季」佐藤正午著 岩波書店

第7位「雲上雲下」朝井まかて著 徳間書店

第8位「ロゴ・ライフ」ロン・ファン・デル・フルールト著 グラフィック社

第9位「蜜と唾」盛田隆二著 光文社

第10位「1974年のサマークリスマス」柳沢健著 集英社

次点は「極小農園日記」(荻原浩 毎日新聞出版)、「70年代と80年代 テレビが輝いていた時代」(市川哲夫編 毎日新聞出版)、バンド臨終図巻(河出書房新社)、「映画の乳首、絵画の腓」(滝本誠著  幻戯書房)かな。

ここまでランキングしたところで飛びこんできたのが橋本治の訃報。なんてことだ。彼の本を読むと、いつも叱られているような気がするものだった。逆にいえば、彼がいてくれたことで安心もできていたのだ。団塊の世代には吉本隆明がいたかもしれない。しかしわれわれの世代にとっては橋本治が絶対に必要だったのに……

思えば大学の現代文学のレポートでわたしは橋本治の「桃尻娘」を選び、過分な評価を得た。信じてもらえないかもしれないが、のちに講談社で文庫化されたとき、解説を書いていたのはそのときの助教授だったのだ。びっくり。

「星夜航行」については、飯嶋和一の本が出るたびにベストに選んでいるのだからと自分に言い訳。「面従腹背」はまもなく大特集します。いしいひさいちの特集を選んだのは、あの謎の作家の本音をよくぞここまで引き出したという意味で。「1974年のサマークリスマス」は、もちろんわたしが登場するからもあって選ばせていただきました(笑)。

邦画興行成績篇につづく

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「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」ピーター・トライアス著 早川書房

2019-01-10 | 本と雑誌

もしも第二次世界大戦において枢軸国側が勝利していたら……という歴史改変SF。この種の作品は土台の歴史認識がよほどしっかりしていないと成立しないが、このUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパンじゃないよUnited States of Japanだよ)はこう説明している。

枢軸国側が勝ったのは、ソ連に侵攻したナチス・ドイツの要請に日本が呼応し、ノモンハンの反省をもとに、ソ連東方軍を満蒙にはり付けさせるために日本軍はそこから一歩も動かなかった。ためにナチスのモスクワ占領は成功し、日独でソ連を分割……

逆に、現実は「USA」という禁断のゲームのなかで語られる。ドイツの要請を無視し、日本は仏印に侵攻。ために米英の反発をかって開戦時期が大幅に早まり……

つまり、日本軍が仏印に向かうか満蒙を固守するかが歴史の分かれ目で、あとはバタフライエフェクトによって大幅に歴史は変わってしまったとしている。とても、納得できる話です。

戦争に勝った日本はアメリカ西海岸を統治する。全体主義国家が勝ったわけだから、天皇絶対の恐怖政治が敷かれている。皇国に刃向かう者はテロリストとして排除され、キリストの教義は完全に否定されている。しかし医学や科学の発達は著しく、巨大なロボットが切り札として戦闘に参加するようになっている。

主人公の男女がなんともいい。特高で天皇の無謬を信じて疑わない槻野(つきの)昭子と、凡庸で出世コースからはずれ、女のことしか考えていない(ように見える)石村紅効(べにこ=ベン)大尉のコンビが、ある目的をもって突き進む。

作者ピーター・トライアスはアジア系アメリカ人。日本文化に耽溺し、深作欣二北野武、そして宮崎駿押井守を敬愛し、大江健三郎三島由紀夫を読みこむあたりの日本愛が爆発。しかし日本合衆国のありようが、北のどこかに似通っているからか、ネトウヨたちからはボロクソに言われております(笑)。

日本の現在を客体化するという意味でこのSFは最高のテキストだったかもしれない。「機動警察パトレイバー」や「パシフィック・リム」の世界に草薙素子が登場すると考えれば、急に読みたくなる人もいるのではないでしょうか。わたしは最高に楽しめました。ラストはちょいと泣ける。

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