事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

今月の名言09年6月号~処世術

2009-06-30 | うんちく・小ネタ

4988064255207 09年5月号「高慢なあやまち」はこちら

「もし1日だけ目が見えるとしたら、何が見たいですか?」

全盲のピアニスト、辻井伸行が凱旋帰国したときの、ある女性レポーターの質問。彼女にきっと悪意はないんだと思う。しかしだからこそ、底抜けの善意の裏にある無神経さがきつい。辻井はこう答えた。

「両親です」
「でも心の目で見えますから十分満足です」

「わたしが泥をかぶります」

……武部元幹事長が世襲問題に関して麻生首相に。武部という男が、どのような処世を行ってきたかを代表するような発言。

BSEのときに農林水産大臣として無能ぶりをさらした武部が、小泉純一郎によって“ひとかどの人物”扱いされたことは一種のジョークに近い。彼を小泉チルドレンは本気であがめているのだろうか。きっと陰で「ったくまたあのバカが」と舌を出しているに違いないのだが。
この人の名言は数多い。

「北海道は男尊女卑、女性は常に陰の存在」
(北海道人であるわたしの奥さんが聞いたら激怒するだろう)

「(フリーターやニートに対して)1度自衛隊にでも入ってサマワみたいなところに行って、本当に緊張感を持って地元の皆さん方から感謝されて活動してみると、3カ月ぐらいで瞬く間に変わるのではないかと思う」

「自分がかつて公認した議員(→小泉チルドレン)が今回公認されないなら、彼らを応援するには自分が党を出るしかない」

……もちろん、誰も本気にする人はいなかった。

09年7月号「スキップ・ビート」につづく

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山口百恵とは何だったのかPART4「冬の色」

2009-06-29 | 音楽

Momoe06 PART3「ひと夏の経験」はこちら

 きわどい歌詞を連発する百恵は、そのアイドルらしくない暗さがかえって「庇護したい」という中年の欲求にマッチしたのか「百恵ちゃん」という記号になっていく。妙に色っぽい、というわけだ。

 倉本聰がテレビ界の裏側を描いた「6羽のかもめ」のなかで、テレビ局の部長を演じた中条静夫が「いいよねー百恵ちゃん」としみじみ語るシーンは時代の空気をよくあらわしている。その暗さこそ、お妾さんの娘だった百恵が抱えこんでいた屈託がにじみ出たものだと認識していたかはともかく。

 百恵のスタッフは、もうひとつの仕掛けを用意する。映画だ。

 ホリプロは最初、森昌子・石川さゆりと百恵で「ホリプロ三人娘」を売り出そうと考えていた。やがてサンミュージック所属の桜田淳子が石川の替わりに入って、「スタ誕三人娘」となった。日本テレビのタレントスカウト番組「スター誕生!」がデビューのきっかけとなったトリオである。百恵はこの過程でどうしても歌唱力が充分でないと判断され、人気を均衡にするために映画出演が補強策として考えられたようである。

 堀(威夫ホリプロ社長)は最初、松竹に百恵映画の企画をもちこんだが相手にされず、次に東宝に声をかけた。堀の言によれば、東宝は当時、渡辺プロの寡占状態であったが、その弊害を強く訴えたところ、企画が通った(実際にはナベプロは1972年までは東宝と提携していたが、73年以降は松竹である)。

 「伊豆の踊子」を映画化するにあたって、東宝側は4000人の公募者のうちから現役の東大生を強く推した。だが監督の西河はその名古屋訛りの強さに難色を示し、クランクインの直前までもめたが、結果として無名の三浦友和が相手役に決まった。この東大生はフィルムのなかに、もう一人の旧制高校生として、チョイ役で顔を見せている。彼はその後、映画とは無関係な道を歩んでいたが、2005年のホリエモン騒動の際に渦中の人としてブラウン管に登場した。

「女優・山口百恵」四方田犬彦編

……“彼”とはライブドアの主任弁護士だったSのことと思われる。その、「伊豆の踊子」特集は次回に

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山口百恵とは何だったのかPART3「ひと夏の経験」

2009-06-28 | 音楽

Momoe05 PART2「青い果実」はこちら

 この「スター誕生!」から歌手デビューした第一号が森昌子。非常に不可思議な髪型で、「たわし頭」「じゃがいもみたい」と萩本欽一によくからかわれていた。

その後、桜田、百恵、藤正樹(紫色の学生服を着てました)、城みちる(「イルカにのった少年」っす)、岩崎宏美、清水由貴子(合掌)、そしてピンクレディーがデビューしたことによってスタ誕の視聴率もうなぎのぼり。人気が下降してからも中森明菜小泉今日子を輩出している。いま思えばとんでもないお化け番組である。

 スタ誕の基礎を築いたのが昌子・淳子・百恵の中三トリオであることは確実。この三人のなかで、実は当時いちばん人気があったのは桜田淳子だ。ホントですよ。だって当時の三人のルックスを見比べてもらえば話は簡単です。森昌子はじゃがいもだし、百恵はどう見ても暗い。淳子には天性の“明るさ”とコメディセンスがあったじゃないですか。ここぞというときに秋田弁丸出しにする彼女のズッコケ(当時は死語じゃなかった)ぶりは、山形県の中学生にもわかりやすい魅力だった。

 普通のアイドルとしての売り出しに失敗した百恵は(デビュー曲「としごろ」はほとんど売れなかった)、きわどい歌詞を無表情に歌う路線に切りかえる。当時のCBSソニーのプロデューサー酒井政利が、作詞家の千家和也に「もっといやらしく、もっときわどく」と書かせたのが「青い果実」(あーなたーが望むなら、わたし何をされてもいいわ)。そして「ひと夏の経験」で大ヒットするという流れだ。

「あーなーたにぃ女の子のいちばん大切なものをあげるわぁ♪」

ちびまる子が歌ってお母さんにたしなめられたシーンに「あったあった」と思った人は多いはず。しかしそれ以上に、青い性路線には副産物がついた。

 中年男たちが、百恵に熱狂し始めたのである。以下次号

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明細書を見ろ!09年6月ボーナス号~凍結

2009-06-27 | 明細書を見ろ!(事務だより)

Icecafe02 09年6月号「通勤の謎PART2」はこちら

 もっと自分が受け取る給与に意識的でいてほしいという意味でこの事務部報は「明細書を見ろ!」と高圧的なタイトルになっていますが、今回の6月のボーナスに関してはそんなことを言わなくてもみんな明細書を熟読してくれると思います。なぜなら、自分の予想よりもギョッとするほど手取りが減っているからです。

 それはどんな理屈かというと、例のサブプライムだのリーマンショックだのの世界同時不況が発端。県民の人気取りとはすなわち県職員の給与を下げることだと考える県議会の一部が「民間が苦しんでいるのに公務員のボーナスをそのまま出していいのか」として、ある条例を無理矢理に通してしまいました。

 その条例が「平成21年5月県条例第48号」です。県公報にこうあります。

平成21年6月の期末手当及び勤勉手当を次の表の左欄に掲げる規定により算定することとした場合における当該規定に規定する割合とそれぞれ同表の右欄に掲げる規定によりこれらの手当を支給する際に現に用いられる当該規定に規定する割合との差に相当する割合に係るこれらの手当の取扱いについては、この条例の施行後速やかに、人事委員会において、期末手当及び勤勉手当に相当する民間の賃金の支払状況を調査し、その結果を踏まえて、必要な措置を議会及び知事に同時に勧告するものとする。

……わかるかっ!
かみ砕いて言うとこういうことです。

本来、この6月に一般の県職員(例外もあります)には

・期末手当 → 1.35月

・勤勉手当 → 0.65月

の2月(事務職員の業界では“につき”と読みます)分のボーナスが支給されるはず。しかし、景気も悪くて民間がたいへんなんだから

・期末手当 → 1.20月

・勤勉手当 → 0.60月

の1.80月分しか支給しませんよというわけ。そして“失われた0.2月分”は、預かっておいて様子を見させてもらう(凍結)ぞ、と。

 公務員給与が民間準拠であることは確かですが、わざわざこれまでのルールを無視して6月ボーナスをやみくもに『凍結』させるとはむちゃな話。

 この0.2月分が容易に解凍されると期待する人はいないでしょう。しかし本来受け取るはずだった自分のボーナスが、今日から山形県の冷凍庫に眠っているのだということだけは忘れないようにしないと。

その行方の回答は、12月県議会で出ます。

09年7月号「通勤の謎PART3」につづく。

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HEARTBREAK HOTEL~追悼マイケル・ジャクソン

2009-06-26 | 音楽

Michael_jackson__invincibleタブロイド・ジャンキー」を特集したときと、マイケル・ジャクソンに対するスタンスはまったく変わっていない。結果的にマイケルが“長生きできなかった”ことを、自分でも驚くくらい冷静に受けとめている。

ポップスターであり続けることは、まちがいなく幸福で、しかし同時に地獄でもある。誰よりも早くトップにのぼりつめ、誰よりも長くその座に君臨した彼の“晩年”は無惨なものだったが、だからといって同世代であるわたしは、同情するより、哀しむより、まず肩の荷が下りた思いがするのが正直なところだ(やはり同世代のマドンナの悲嘆は、だから意外なくらい)。

プレスリーやマリリンと同様に、彼の死は謎めいているために伝説になっていくだろう。「マイケル・ジャクソンは実は生きている!」といつまでも確実に騒がれるはずだ。ほぼ同じ時期にファラ・フォーセットの死があったことで、20世紀のアイコンの退場というイメージでここしばらくは報道されるのだと思う。

しかしマイケルの不在は、現実の彼がいないからこそダメージをわたしたちに与え続けるに違いない。彼が作りだしたポップチューンの数々は、衰えないままにきらめくのだから。

アルバムの最高傑作はもちろん「スリラー」で、のっけからWanna Be Startin' Somethin'のイントロで度肝を抜き、エドワード・ヴァン・ヘイレンのギターソロがうなるBeat Itで「これってブラック・ミュージックだったっけ?」ととまどわせるほどロックしていた。でもわたしがいちばん好きなのがジャクソンズ名義の「ハートブレイク・ホテル」であることは変わらないのだった。少なくともわたしにとっては素晴らしい曲。プレスリー(彼の娘と結婚したのは悪いジョークだ)のヒット曲と同名なので批判はされたけれども。

マイケルの死を告げたのが(いろいろとあった)兄のジャーメインだったことはつくづくとうれしい。彼のナンバーも復活してほしいなあ。そして、家族がどうしたのセックスがどうしたのと騒いだマスコミやタブロイド・ジャンキーが追いかけてくることはもうない。これもうれしい。いくら騒いだところで、彼にもうその雑音は届かないのだ。

ようやく、静かなときがマイケルに訪れたことを、今はマイケルのために喜ぼう。誰もがファーストネームで呼んだあの天才のために、合掌。

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山口百恵とは何だったのかPART2「青い果実」

2009-06-25 | 音楽

Momoe04 PART1「としごろ」はこちら

山口百恵のプロフィールはこんな感じ。

73年5月 「としごろ」でデビュー

74年 「ひと夏の経験」大ヒット

76年 「横須賀ストーリー」で阿木燿子・宇崎竜童と初めて組む

79年10月 ステージ上で三浦友和との交際を宣言

80年11月 結婚 引退

あまりにも大ざっぱですか(笑)。まず、話は「スター誕生!」から始めなければなりますまい。1971年に開始されたこの日テレのオーディション番組は、萩本欽一を司会に起用し、大量のタレントを輩出したことで知られる。それまで芸能界において圧倒的な支配力をもっていた渡辺プロダクション(通称ナベプロ)の凋落を決定づけた番組でもある(ウィキペディアより)。

……見てました「スタ誕」。日曜の午前11時なんてハンパな時間に、同世代の人間たちが次々にふるいにかけられていくのを見ているのは、面白くはあったけれどもしんどいことでもあった。なにしろ審査員が厳しいのである。番組を企画した阿久悠や、声楽家の松田トシが遠慮なしに出場者をけなしまくるので、イヤミな都倉俊一ですらやさしく思えたほどだ。まあ、萩本欽一が圧倒的な存在で、審査員たちも彼を信頼していたからこそ思いきりつっこめたのだろうが。

 ただ、萩本欽一がこの仕事を喜んでやっていたかはわからない。「オールスター家族対抗歌合戦」の仕事が来たときも、「ボクに司会なんて仕事をやれとは……」と嘆いた話は小林信彦がその著作でふれている。

 ナベプロとの件も一応。「紅白歌のベストテン」がらみで日テレとナベプロは絶縁状態になる(だからあの番組にナベプロ所属のタレントはほとんど出演していない)。業界の帝王だった渡辺晋、渡辺美佐との決裂という、今のテレビマンでは絶対に不可能な決断をくだしたのは、日テレの井原高忠(「ゲバゲバ90分」「11PM」)という敏腕プロデューサーだったのである。この人は……ああ、それはまた別の話に。

PART3「ひと夏の経験」につづく

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山口百恵とは何だったのかPART1「としごろ」

2009-06-24 | 音楽

Momoe03 港座の上映会の際に、かねてから会ってみたかった地元出身の大学教授に紹介される。

「……ホリさん……あ、事務職員の?」

「え?ええ。」

「ブログ読んでますよー。素晴らしいですあれ。」

「いやいやエッチネタばかりで。」

「エッチでも文化の香りがしますっ!いいですっ!」

徹底的に誤解されてますわたし(^o^)。教授といっしょに、彼のゼミ生も来ていたので小声できいてみる。

「君たち、この先生のゼミに入ったことを後悔してないか?」

社会学者である彼の専門はサブカル。特にアイドル系を語らせたら……

「ぼくのアイドルは天地真理だったな。“真理ちゃん自転車”乗ってたもん。」

「へー」あれ?意外に若いのかな。天地真理の全盛期に小学生だったのか。

「いやいや、高校生のときに乗ってました。」

ゼミ生にまたしても語りかける。

「……君たちホントに後悔してないか。」

港座のカウンターには、むかしの映画グッズが展示してある。そのなかに、森昌子、桜田淳子、山口百恵の【中三トリオ】が主演した「初恋時代」のチケットがあった。

ゼミ生たちに、「この人たち知ってる?」と一応確かめると、「ええ、まあ名前は」程度の回答だった。そんなものなのであろう。時代はすでに森昌子と山口百恵のジュニアが芸能界デビューをはたしているし、桜田淳子は宗教がらみもあってオモテには出てこないのだ。ここは、ほぼ同世代の人間として、あのころのアイドルを、特に山口百恵を語らなければならん。やったるで。

「天地真理の魅力はね」

センセイ、それはあとでいいです。

PART2につづく。

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「スリーピング・ドール」The Sleeping Doll ジェフリー・ディーヴァー著 文藝春秋

2009-06-23 | ミステリ

Sleepingdoll キャサリン・ダンス―カリフォルニア州捜査局捜査官。人間の所作や表情を読み解く「キネシクス」分析の天才。いかなる嘘も、彼女の眼を逃れることはできない。

ある一家を惨殺したカルト指導者ダニエル・ペルが、脱獄、逃走した!捜索チームの指揮をとるのはキャサリン・ダンス捜査官。だが、狡知な頭脳を持つペルは大胆に周到に裏をかき、捜査の手を逃れつづける。鍵を握るのは惨殺事件の唯一の生き残りの少女テレサ。事件について何か秘密を隠しているらしきテレサの心を開かせることができるのは、尋問の天才ダンスしかいない…。

嘘を見破る天才ダンスVS他人をコントロールする天才ペルの頭脳戦。「言葉」を武器に悪と戦うキャサリン・ダンスの活躍を描くジェフリー・ディーヴァーの最新作。ドンデン返しの魔術師の超絶技巧がまたも冴えわたる。
(「BOOK」データベースより)

ディーヴァーを長いこと読み続けると、そろそろひっかけ方に慣れてくる。迫り来る災厄を読者に予感させておいて、次の章の冒頭でひっかけのネタばらし。基本的にディーヴァーらしさとはこの連続だ。

くわえて、おそらくはかなり優秀なスタッフをかかえて綿密な下調べをしているに違いなく、作中に出てこない膨大なデータの蓄積を感じさせもする。リンカーン・ライムとアメリアの特別出演が、事件の捜査にもっと有機的にかかわっていたらもっと面白かったろう。「ウォッチメイカー」においてキャサリン・ダンスはあれほど貢献したのだし。

人間の行動からその心理を読み取るキネシクスが、現実の犯罪捜査でどれだけ重きをおかれているかはわからない。でも小説のネタとしては抜群。だって登場人物の心理を、主人公キャサリン・ダンス(ということはつまりディーヴァー)の断定口調で描くことができるのだから自由自在。強引、ともいえるか。

テクニックとして心理を読み取ることに習熟したキャサリン・ダンスと、動物的本能で他人の心を“読み”“あやつる”ペルの激突は読み応えがあり、特にペルの悪辣さは魅力的ですらある。しかしその悪役が実は……

毎度おなじみラストのどんでん返しは今回も決まっている。真の意味での「眠れる人形」とは誰なのか、そしてその人形が目覚める感動。このひっかけだけはわたしも予想できなかった。

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日本の警察 その23 「警官の紋章」佐々木譲著 角川春樹事務所

2009-06-22 | 日本の警察

123350094557416301630 「日本の警察~アンフェア コード・ブレーキング」はこちら

北海道警察は、洞爺湖サミットのための特別警備結団式を一週間後に控えていた。そのさなか、勤務中の警官が拳銃を所持したまま失踪。津久井卓は、その警官の追跡を命じられた。一方、過去の覚醒剤密輸入おとり捜査に疑惑を抱き、一人捜査を続ける佐伯宏一。そして結団式に出席する大臣の担当SPとなった小島百合。それぞれがお互いの任務のために、式典会場に向かうのだが・・・・・・。『笑う警官』(2009年秋映画化)、『警察庁から来た男』に続く、北海道警察シリーズ第3弾!
(角川春樹事務所HPより)

シリーズが進むにつれ、西部劇的趣向がどんどん強くなっている。地味な道警の描写とクロスしてかなり読ませる。洞爺湖サミットを背景に、ある警官の特殊な行動に組織全体がゆさぶられるあたり、ゾクゾク。

それにしてもね、警察という組織は、綿密な身上調査という形でプライバシーもへったくれもないことになっている。逆に佐々木はそこを利用して、登場人物のキャラクターを好き放題に描いたわけだ。誰と誰が同期で、あいつの父親は……とかね。最後の大団円はしかしちょっとやりすぎ。そこまでうまくいかないだろう(^o^)

 読むとしたら道警シリーズは最初から読み進めた方がいいと思う。わりに地味目に登場した小島百合が、どんどんど派手な存在になっていくあたりも笑えます。佐伯と津久井コンビは、有能ではあるけれど道警の暗部をあばいた(「笑う警官」)ために組織のなかで微妙に浮いているあたりの設定もうまい。「警察庁から来た男」であれほど大活躍したのにもかかわらずねぇ。

 さて、この秋公開される映画版では、佐伯を大森南朋、小島百合に松雪泰子、津久井がなんと宮迫博之。イメージ違いまくりだけどだいじょうぶか角川春樹!(笑)

その24「悪果」につづく。

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49才のハローワーク~客室係

2009-06-21 | 社会・経済

Morimitsuko02 「東京ボンバーズ」篇はこちら

どうぞどうぞ、ここへおかけなさいな。相席は大歓迎。お若い方といっしょだとうれしいわ。わたしは毎日散歩の途中でこのカフェに寄るんですのよ。自動車の免許は持ってないからお買い物はぜんぶこのデパートのなかですませているの。だから街の中心から撤退なんかされたらたまらないわ。

え?言葉が庄内弁じゃないのは、名古屋で長いこと暮らしてきたからかしら。中学を出て、集団就職で名古屋の自動車部品をつくる工場につとめたの。でもね、毎日毎日おんなじ仕事をするのがたまらなくなっちゃって(笑)、ホテルに転職したのよ。名古屋駅前にある名門のホテル。そう!ご存じなのね。そこで客室係をやっていたのよ。楽しかったわー。有名人もたくさんお出でになってね。

いちばん思い出にのこっているのは森光子さんかしら。あの方は名古屋で公演があるときは必ずうちのホテルに泊まってくださるのよ。とてもきさくな方でね。ほら、芸能人って気むずかしい人が多いでしょう?でも森さんはね、フロントに必ず「ただーいまぁ」って声をかけてお入りになる。あたしたちにもすごく親切で、「劇場の楽屋に遊びにいらっしゃい」って。でも、そういうことをしちゃいけないことになってるから遠慮してたんだけど、どうしても行きたくなってクビを覚悟で遊びに行ったの。そしたら歓迎してくださってねぇ。でもね、次の日に森さんに「昨日はどうも」なんて上役の前で言われたらクビになっちゃうでしょう?そしたら森さんは心得たもので、知らんぷりをしてくださったのよ。

他にはね、ザ・ピーナッツもお世話したことがあるわ。そう、名古屋出身なのよあの二人は。でもねえ、言っちゃなんだけどお化粧を落とすと地味な顔でね(笑)。

あ、そうそう。力道山さんも来たわ。あの人はね、ルームサービスで食事を二人前用意して、あたしたちに「食べてけよ」って言うのよ。さすがにこれは危ないと思ったから遠慮したけど、同僚のひとりがその招待を受けちゃって……そのあとはねぇ(^o^)。

あら、もうお帰り?わたしは毎日この時間にこの店にいるから、またお会いしましょうね。約束よ?

……次回は「テレビの人」

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