今日、久しぶりにテレビで松田聖子主演で伊藤左千夫小説の映画「野菊の墓」を見た。持っているDVDの原版よりかなりカットしてある印象だが、昔友人たちと松戸方面~矢切の渡し~柴又帝釈天~寅さん記念館をハイキングしたときを思い出す。
松戸側に野菊の墓の野菊の墓文学碑があり途中立ち寄った。元々文学には疎い当方だがその後小説「野菊の墓」の作者伊藤左千夫の小説原文を青空文庫で初めて全文読んだ記憶がある。
映画は昭和56年公開となっているが、当時人気絶頂期の松田聖子を主演「民子」に、公募で選ばれた「政夫」役(15歳役)との悲恋物語だが、何せ2人共役者経験はあまりなし、政夫の母役の加藤治子や先日亡くなったばかりだが女中役で出演した樹木希林などのわき役がしっかり演技を支えていた。
この映画の前に作られていた同種の映画は2本、その他山口百恵版のテレビドラマがある。
19歳の松田聖子は当時主演に選ばれたものの、おでこを見せるのは九州弁で「ブーに見えるからいや(みっともない? 格好悪い?)」という理由で前髪を垂らしていた聖子だが、民子役はもろおでこ丸出しなので聖子もしぶしぶ主演を引き受けたのかもしれない。
主演当時の松田聖子は決して素顔では美人ではないが、歌手としては抜群の歌唱力とテレビラジオのトークやコント役でもその演技やリアクションのしぐさが可愛くて人気をはくしたことが数年前にファンになった理由である。ちなみに娘のさやかが生まれた後は顔も整形? 化粧も濃くなり、自作の歌詞が多くマンネリ化してつまらなくなった。
また癌で先日なくなった樹木希林さんの名CM「富士フィルムの写るんです」→「店員さん~美しい人はさらに美しく~そうでない人はそれなりに写ります。」を思い出す。
つい最近の朝日新聞系雑誌 AERA2018/10/1号に掲載された樹木希林さんのインタビュー記事をたまたま目にすることができた。マスコミのインタビューには簡単には応じない方らしいが、今回インタビュー成功したその記事に注目した。
その記事では2016年宝島社の広告「死ぬときぐらい好きにさせてよ」のエピソードや10年以上も前に片目が網膜剥離を患ったのに手術を断ってそのまま片目は失明、などの彼女の人生哲学がなるほどと感心させられるものがある。
「映画野菊の墓」に出演していた樹木希林さんはまだ若い風貌だが、演技力は素晴らしい。最近カンヌ映画祭で受賞した「万引き家族」に出演したときありがままのすがたを表現するため入れ歯を外して撮影に臨んだことが、ヌードになるより恥ずかしいかったと書かれている。
わき役の名女優のまだ早い死は残念だ。
雨模様の天候でしたが、午後には晴れて矢切の渡しでもどりました
野菊の墓記念碑はなにもないところで期待外れでしたが
対岸の柴又では有名な川甚で1800円のうな重を食べました。
うまかった・・・
その後、帝釈天から寅さん記念館などまわって午前中は雨で欠航だった矢切の渡しにも乗ることができましたね
たくさんの思い出があります・・・
ところでこの矢切の渡しですが今は200円。10年前はたしか100円だったのに・・・
その後もプライベートで何回か行っています・・・が
なにか、市川側の田園地帯に大きな物流センター建設の計画があるようです
なんとか、いまののどかな風景を残してもらいたいですね?
川甚の美味いうな重や寅さん記念館のこともありもう一度行ってみたいとこころです。
「野菊の墓」の映画の冒頭で雨のけむる矢切の渡しと同じような風景が撮影されていてあのハイキングを思い出します。
当方も昔の風情が保存されることを望みます。