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晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

じょんのび九不思議 10/15

2015-10-15 | 日記・エッセイ・コラム

2015.10.15(木)晴

 じょんのび七不思議はすでにご紹介済でそのすべてが科学的に解明されている。八不思議も2014.5.24に紹介しているところだが、新たに九不思議が勃発した。13日の朝のことである、じょんの散歩がてらに何気なく畑を覗いて、なにか違和感を感じる。「あれ、白菜のネットが無いぞ」二畝作っているうちのひとつが見事に姿を消しているのだ。

左が7日、右が13日その違いがよくおわかりだろう。少しの風は吹いたが、ネットを吹き飛ばすほどでは無い。人為的ないたずらか、はてまた盗みか?いたずらをするような人物も見当たらないし、盗む価値のあろうものでは無い。
 よく見ると中身の白菜は荒らされてなく、押さえに使っている重しの石もほとんどが元の位置にある。いずれにしてもこのネットが府道にでも移動していたら、交通の邪魔になる。府道をざっと見渡すがそれらしいものは見当たらない。
 状況から見て、バッとめくられたものではなく、するすると引き抜かれた感じだ。畑の東側、山椒の木のあたりをよく見ると、何者かの踏み跡がある。鹿ネットも破られてはいないが、外側に引っ張られた感がある。
 
 これは小動物が鹿ネットの隙間から防虫ネットの端を咥えてゆっくりと引っ張っていったに違いない。そうだとするとネットは隣家の方向にもって行かれたに違いない。
 じょんと探索に行く。現場から20m離れた柚子の木の下、桜の枝が積んであるところに置かれていた。
咥えた痕は無いか、毛など付いていないか、破れていないか、汚れていないか、つぶさに観察するが証拠になるようなものは残されていない。唯一苔の破片が幾つか付着していたが、これは道中に生えているもので、何らかの拍子に付いたものだろう。
 小動物がここまで引っ張ってきたとして、一体何のためにこのでかいネットを持ってきたのだろう。よくカラスが巣作りのためにいろんなものを持ち帰ると言うがこのでかいネットは考えにくい。小動物でも巣穴の保温用に持っていくものなのだろうか。もって行く途中で諦めてここに放置したのだろうか。それにしても上手に引っ張り出したものである。
 ネットの中に美味しいものでもあると思ったか。それならこんな遠くまで運ぶ必要は無いし、ネットの中に潜り込む方が手っ取り早い。
今朝、放棄位置のすぐ近くに糞を発見、アナグマかとも思われるがこいつが犯人の可能性は大きい。


【作業日誌 10/15】
焼却炉、コンクリート打ち。うまくいかねえでイライラ。

10月8日はまだこのとおり

【今日のじょん】本文に登場

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アウトレット 9/9

2015-09-09 | 日記・エッセイ・コラム

2015.9.9(水)雨

 9月1日、神戸三田プレミアム・アウトレットに行った記事が下書きのままだったので、ここでご紹介しよう。買い物なんて大嫌いなんだけど、始末屋の小川さんが「楽しいわよ~」なんていうから予定の空いた定休日に神戸三田プレミアム・アウトレットに行く。かみさんは競泳用の水着をわたしはアウトドア用の綿のズボンが欲しいと思っていたので、西日本最大のアウトレットに行けば狙いの品があるだろうと勇んでいく。雨天の予想されるウイークデイとあって駐車場も空いている。オープン当初はおそろしく離れた駐車場に駐車して店にたどり着く前に疲れてしまったなんて話も聞く。ロスアンジェルスの高級住宅街のなんとかをモデルとしたと言うふれ込みでさすがにおしゃれな店が並んでいる。アラモアナのショッピングセンターを思い起こしながら一軒づつのぞいていく。アラモアナではブランド商品などの高級店には用はなく、文房具店やおもちゃ屋、本屋などが面白かった。東急ハンズやロフトみたいな感じでいつまで見ていても楽しい。ところがここは品数も少ないし、お目当ての品物などどこにも無い。その上「何かお探しでしょうか?」などと店員は純日本風だ。

雨のウィークデイとあって客もまばら。
10軒も廻ったら疲れてしまって、食事をとることにしてフードギャラリーに向かう。エリアの真ん中に10店近くが並んでいてテーブルに運んで食べるのだが、最盛期には長蛇の列で、食べられなかったという話をよく聞く。そりゃあそうだろう、これだけの店では無理がありそう。しかも料金は割高で、アウトレットで安い買い物をしても交通費と食事代で足が出てしまいそう。味はまずまずだが二人で3,000円の昼食はなんとも不満。

これで3,000円
 もう店を廻る気も失せてしまってカフェでコーヒー飲んで帰途につく。雨が降り始め、神戸三田から綾部までもの凄い豪雨、50キロ規制となったが視界が開けず、轍では車を撮られて運転もくたくた。綾部に帰って買い物してたら嘘のように晴れてきた。
 買い物嫌いにとってはアウトレットと言ってもつらいものがある、思えば10月に竜王のアウトレットに行く予定が入っている。楽しみというより憂鬱になってきた。

【今日のじょん】低気圧のせいか気温が下がってきたせいかじょんの左足がまたしてもやばいことになってきた。どうやら神経痛かと思われる。投薬も副作用ばかりで効果が無く、成り行きに任せるしかないかという心境。冷やしたらあかんとかいってかみさんがサポーター買ってきた。どうも白いのは痛々しくていけない。

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ルーヴル美術館展に行く 9/8

2015-09-08 | 日記・エッセイ・コラム

2015.9.8(火)雨

 7月1日、長岡天神に向かう10分間の間に大雨が降って全身ずぶ濡れになってしまった。ルーヴル美術館展が開催されている京都市美術館に向かう途中のことである。入場料の割引がされる新聞の切り抜きを握りしめて向かったのだが、このずぶ濡れでは堪らない、がたがた震えながら綾部に帰ってきた。もう諦めていたのだが、プーさんが「ルーヴル美術館展観たいねえ」って言い出すから行くことになった。やっぱり雨が降って大変だったが、7月ほどのことは無い。

 普通のルーブル美術館展なら行ってないだろうけど、今回のは「日常を描くー風俗画にみるヨーロッパ絵画の神髄」というものだ。フェルメールの「天文学者」、グルーズの「割れた水瓶」、マセイスの「両替商とその妻」など有名な絵の実物が見られるのだから素晴らしい。展覧会も終盤にかかっているためか多くの人で落ち着いて鑑賞するのは難しいが、さすがのルーヴルに感動する。絵の見方は各人の勝手だが、やはり風俗画となるとその当時の暮らし、特に庶民の暮らしはどうだったのかと、歴史博物館を観る感じで見てしまう。16世紀は裸足の人が多いが18世紀になるとみんな靴を履いてるなあとか、八割方の絵の中に犬が登場しているのもヨーロッパの生活文化を感じさせる。狩りの場面には当然だが、家の中でペットとしているのも多いのだ。中にはマルチーズがいたりして、ペット文化の先進性を感じる。年代が新しくなると首輪をしているのも多くなり、やはりベースには狩猟文化があるのかとも思われる。日本では江戸時代あたりの年代だから、やはり文化の違いを思わせる。
  庶民や貧民を描いているのだけど、描いているのは王侯貴族に雇われた画家達だし「蚤をとる少年」も「蚤をとる女性」も妙に血色が良かったりして貧しさや悲惨さは伝わってこない。絵に込められた教訓めいたことはともかくとして、皮肉めいたことはその雇い主にはわからないだろなあなんて余計な想像までしてしまう。
 一番嬉しかったことは、カミーユ・コローの「アトリエ・画架の前に座る若い女」がその中にあったことだ。どこでこの絵を知ったのか憶えはないのだが、どこか見覚えのある絵で、この絵の実物に会えたことはこの上なく嬉しい。コローに家族があったかどうかも知らないのだが、彼の娘に対する情愛を感じてしまうのだ。斜め後ろから描かれているからだろうけどその顔の輪郭と頬の膨らみがわたしの娘に似ていて、マンドリンを持っているのが余計そのように思わせる。コローに娘がいたとしたら、マンドリンを弾いている途中に「お父さんって何描いてるんだろう」なんて、ふとアトリエに入って絵を覗いてみる。そんな情景が浮かぶんだが、本当はどうかわからない。わたしが思うんだからそれでいいのだろう。同じ色調の「身づくろいをする若い娘」と二枚のポストカードを買ってきた。

左のが「アトリエ」

  

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戦後70年 8/17

2015-08-17 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.17(月) 曇り
 戦後70年の節目だろうかそれとも国会で安保法制が審議されているためだろうか今夏は新聞、テレビでの戦争に対する記事や報道が多かった。戦地の実際や終戦の裏側など普段は見聞することのないことが報道され、知らなかったことや知らされていなかったことが明らかにされている。口を閉ざしていた元軍人や軍の幹部なども語り始める傾向も顕著だった。年齢も90才を超え、今語っておかないとという思いがあるのだろう。その総てが、戦争は間違いだった、戦争は起こしてはならないというもので、聖戦であったとか他国の侵略に備えたなどという者はいなかった。
 14日の京都新聞に野坂昭如氏の「ぼんやりするな。再び破滅へ向かっているぞ」という安保法制に関する思いが掲載されていた。最近テレビなどに出てこられないので、病気でもされているのかあるいは既に亡くなられたのだろうかと失礼なことまで考えていた。写真を見るとそうお元気そうではないが、生きてこの記事を書いておられるのだから嬉しく思う。あの歯に衣着せぬしゃべりを是非また聞きたいと思うのである。 
 
 中略、豊かさに邁進。戦争について立ち止まり、ふり返ることのないまま、70年を経た。気がつけば、かつて大日本帝国が急速に軍国化の一途をたどった時と同じ、世間がぼんやりしているうち、安保法案が衆議院を通過、国民に説明不足といいながら、破滅への道を突っ走っている。
 中略 言っておく。国は国民の生命、財産について保障などしない。国が守るのは国家、国体である。かつて愚鈍なリーダーの下、大日本帝国は崩壊していった。戦後70年、今再び日本は破滅に向かって突き進んでいる。

容貌は元気じゃないみたい 
 この夜、「火垂るの墓」の放映があった。わたしの涙腺はすっかり弱くなってまともに見ることは出来なかった。
【今日のじょん】雨が上がったら草が大変で、参ってしまうぜ。

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腰痛’15    8/16

2015-08-16 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.16(日)曇り

 じょんのびは14~16まで夏休み、あれもしようこれもしようと期待していた休みに腰痛になってしまった。本格的な腰痛は昨年春のぎっくり腰以来なのだが、貴重な休みだけに悔しいこと。
 ただ腰痛もベテランになると上手に諦めることができるようになり、「休養せいということかな」っと安静にしている。気になるのは従来の腰痛と少し様子が違う点である。従来は腰が痛いだけだったのだが今回は右腰から右臀部そして大腿部へと痛みが拡大していることである。これは昨冬から始まった臀部の冷えと関連しているようで、座骨神経痛と自分で判断している。明治鍼灸でMRIを撮り、「変なものは出来てませんね」と診断を受けた。腫瘍のようなものは出来ていないけど神経痛という診断はされず、ロキソニンゲルを一本もらっただけである。わたしとしては漢方などによる神経痛の治療をいたしたいと思っているのだが、、、、。
 今回はお盆のことでもあるので、入浴、灸、湿布、投薬(メチコバール、アリナミン),腰痛ベルト着用
で急場をしのいでいる。将来のことも考えて経過を記録しておく。

12日午前、車の車内掃除をしていて腰に違和感を感じる。すぐに治るものか経過観察、灸、湿布する。夜には軽い体操も可能で明るい兆しが、、。
13日朝起きると痛みがあり、作業は苦痛。
14日、一日中寝たきり、立ち居振る舞いが苦痛。
15日、痛みは腰から右臀部、大腿部あたりまで伝わる。どうやら座骨神経痛か?
16日、上記治療続けるが、午後に至りようやく改善の兆し。椅子から立ち上がるのが少し楽になってきた。


腰痛で草刈りが出来ないのが辛いが、イノシシが掘ってくれた。複雑***

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渡辺淳展を見に行く 8/11

2015-08-12 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.11(火)晴れ

 先日紹介した渡辺淳先生の展示を見に行く。小浜の若狭図書学習センターは南川の左岸にあり、じょんのびからは1時間程度で到着する。小浜の市立図書館は以前に行ったことがあるが、こちらはずいぶんと立派で、同じ市内に立派な施設が二ヶ所もあるというのはうらやましい。

 その一階で展示されているのだが、「山椒庵から見た若狭の風景」というタイトルで日展に入選した大作の他記念になったときの絵、例えば水上先生が始めて尋ねてこられた時に描いた絵とかが展示されていて興味深い。水上作品の挿絵はストーリーの概略も書いてあって、読書欲をそそる。一番気に入ったのは新聞に掲載された、若狭の風景で、わたしが行ったところや、行こうとしているところの風景が先生のエッセイと共に掲載されている。
 じっかんさんと先生のアトリエを訪ねた時、その奥に小さな古民家があるのに気付いた。空き家のようで草が茂っている。「先生あのうちは何ですか?」「あそこに住んどったんやがな、林道がでけるゆうてこっちに移ったんや」北向の寒そうな家なんだが、何とも言えない風情がある。じっかんさんはあの家が気にいったみたいだ。じつはそれが山椒庵だったのである。その時に写真を撮ったように思うのだが見当たらない。その後聞けば壊されたという、なんとも残念な気持ちである。先生のエッセイの詰まった「山椒庵日記」という本も一緒に展示されていた。早速古本屋で購入してしまった。
「山椒庵から見た若狭の風景」ー水上勉に大山椒魚と呼ばれた画家 渡辺淳の半生ーは若狭図書学習センターで23日まで。



【今日のじょん】先日猛暑の中を来じょんされたワン客様があった。

ヨーキーのボーちゃん(耳が寝てる9才)フーガ(耳が立ってる10才)整備してないドッグランどへようこそ。

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経済走行-4 8/12

2015-08-12 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.12(水)曇り 経済走行-3は2015.6.3

<colgroup> <col style="width: 54pt;" span="7" width="72" /></colgroup>
給油日 給油量(ℓ) 金額 走行距離 Km/ℓ 単価 備考
5月1日 21.41 2,762 307 14.34 129  
5月7日 19.13 2,468 270.3 14.13 130  
5月14日 21.64 2,795 306.4 14.16 130  
5月19日 17.67 2,297 294.0 16.64 130 京都往復
6月1日 26.82 3,487 421 15.70 130 丹後
5月計 106.67 13,809 1598.8 14.99 129.5  
             
6月8日 17.66 2,313 271.2 15.36 131  
6月15日 20.83 2,770 343.5 16.49 133  
6月22日 20.86 2,816 354.7 17.00 135 氷上往復
6月29日 22.62 3,008 333.5 14.74 133 氷上往復
6月計 81.97 10,907 1302.9 15.89 133.1  
             
7月10日 20.63 2,682 318.2 15.42 130 冷房駐車
7月15日 29.78 3,871 417.5 14.02 130 冷房
7月23日 16.98 2,173 274.2 16.15 128 京都往復
7月29日 25.49 3,263 399.8 15.68 128 冷房
7月計 92.88 11,989 1409.7 15.18 129.1  

7月までの計測結果が出たのでご紹介しよう。経済走行をすればガソリン消費が減ることははっきりしているが、一回毎の給油で見てみると、今回上手に走ったなあというときでも燃費が悪いときがある。上手に走ったかどうかは燃料計の目盛りと走行距離でわかる。これは一体何のだろう、どうも満タンにしたときの給油量の差があるのではないだろうか。つまり満タン時に給油が止まるのはセンサーで操作していて、給油機の違いやノズルの入れ方によって満タンといえども同じ位置で止まるとは限らないのではないだろうか。従って給油毎に一喜一憂しても意味が無く、ある程度長いスパンで見る必要がありそうだ。一月ごとに見ると14.99、15.89、15.18Km/ℓと変化している。6月に伸びた燃費が7月に下がったのは冷房のせいかと思うが、我慢してまで燃費を下げるのは主旨では無いのでいたしかたないかと思う。
 経済走行の中身については次回以降お知らせいたしたい。つづく

【今日のじょん】ゆうべ何者かが向かいの家に来てゴソゴソガサガサやってたので、じょんもわたしもまともに寝られない。みてくれこの眠そうな目を。
 

よしず立てて、散水桶を置いて、スプリンクラー設置して暑さ対策した途端曇って涼しくなりやがった。

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大火勢に行く 8/8

2015-08-08 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.8(土)快晴

 佐々木さんと21st Super 大火勢(おおがせ)に行く。大火勢とは5段の横木にアシやススキをくくりつけ点火し回転する豪壮な火祭りなのだが、かつては佐分利のどの村でも行われていたという伝統行事である。福谷の大火勢は今日でも行われていて、お盆に開催されるそうだ。スーパー大火勢は花火大会や多くのイベントと合わせてうみんぴあ大飯の周辺で行われるもので、大火勢をより規模の大きいものにしている。花火大会も盛大で、数年前上林の山中にも花火の音が聞こえ、ふと東の空を見るとピンポン球のような花火が見えたことがある。後で調べると大火勢の花火だったのだ。
 車の出入りが大変だということで躊躇していたのだが、きのこの森からシャトルバスが準備されるということで、急遽行くことにした。
 花火大会というと多くの人で嫌気がさすのだが、このうみんぴあ周辺はじょんの散歩の写真で紹介しているとおりずいぶんと広いので、ゆったりと見物することが出来る。

シャトルバスで楽ちん

大火勢を起こすところから始まり、しっかり火がつくと回転を始める、もの凄い火の粉だ。
 大屋台村で簡単に食事を済まし、いつも行ってるプールの裏手、桟橋のところに陣取る。大火勢には少し遠いかと思われるが、花火には絶好の位置だ。画像では臨場感が出ないが、大火勢も花火も大満足であった。来年はシートや飲み物食べ物を準備して楽しもうかと思っている。

大火勢が倒されると花火が始まる。

 

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原田正義の世界 8/7

2015-08-07 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.7(金)晴れ

 その場に似つかわしくない暗くて、威厳のある100号もあろうかという油絵に出会ったのはこの春である。奇妙な絵だなあと思いつつ過ごしていたある日、あやべ市民新聞に「原田正義遺作展」という大見出しの記事が掲載された。そこに載っている鎧の絵を見たときに「あっこの人の絵だ」と気付いた。鎧の他、枕木や絵馬をテーマに多くの作品を描かれているという。絵というものは不思議なもので作者の人となりがわかってくると段々好きになってしまうのである。浜田地明さん、石田哲也さんもそうであり、もちろん渡辺淳先生もそうである。

ポスターとパンフレット
 さて「油絵一筋60年 画家原田正義の世界」は8月7日~9日までグンゼ博物苑 集蔵で開催され、初日の今日、わくわくしながら行ったのである。
いやあ迫力がありましたなあ、風景画も静物画もあるんだが何と言っても鎧と枕木がよろしい。鎧はどこのものを描かれたのかわからないのだけど、枕木は山陰線の山家や和知の駅構内に積まれていたものだろうと想像する。ついこないだまで積んであったものだ。かつては時代の覇者であった武士の着た鎧、鉄道の基礎ともなった枕木をどうしてテーマに選ばれたのか知りたかったのだが、2013年の夏に逝去されており知るよしもないようだ。

やっぱ鎧なのだ
 この夏は渡辺淳先生の展示も二ヶ所であり楽しみだ。
 「山椒庵から見た若狭の風景」~水上勉に大山椒魚と呼ばれた画家 渡辺淳の半生~
  8月1日~23日 福井県立若狭図書学習センター(小浜市南川町6-11 0770-52-2705)

 「渡辺淳展」~佐分利川~
  8月12日~11月9日 若州一滴文庫(0770-77-2445)

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旅立ち記念日 8/1

2015-08-01 | 日記・エッセイ・コラム

2015.8.1(土)快晴

 2006年8月1日(火)京都を旅立ち、比良の民宿田沼さんまで67Kmを走った。比良なんてすぐだろうと昼過ぎの一番暑いときに出発したのが大間違いで、とにかく暑くて、重い。日本一周の長い旅に出る初日だった。比良の宿に着く頃には疲労困憊、道中でビールを買うことさえ忘れていた。そしたらだ、家にあるビールを分けてあげましょうといわれるのと、自炊のはずのご飯もあまりの疲労の姿を見てつくってくれて、温かいお風呂と冷房の効いた部屋と、清潔な寝具、この宿に泊まれたからこそあとの数百日の度が続けられたんだと思う。その後高島、余呉と幕営自炊生活が続く、真夏の走行後の幕営と自炊は手間がかかり疲労が溜まるばかり、旅を楽しむという雰囲気にはならない。

旅立ち、その晩のご飯(2006.8.1)
 まあとにかく夕立として雨が降ったのが12日、本格的な雨は8月の末だった。それ以外はカンカン照りというあんばいで、まったく灼熱地獄とはこのことかと思った。一番暑かったのが8月19日の長野市で38℃、昨今の高温記録から言うとたいしたことないようだけど、風も日陰も無い千曲川沿いの走行は悲惨だった。まあそんな暑さの旅立ちが今日なんだけど、同じ日に川合(福知山市)でアルバイトして9年前のことを思いだしたのである。用意したお茶がボトル2本、あっという間に無くなって1本購入、お寺で冷茶をいただき、給水させてもらってボトル2本、都合4リットル近くを給水、それでも熱中症寸前であった。

川合小学校はこの春跡地になってしまった。この建物も知らないのだけど校庭は昔のままだ。
 でもいつも思うのは、肉体的な苦しみは栄養とってよく休めばすぐに癒えるけど、精神的な苦しみはどうしようもないって事だ。
【今日のじょん】じょんがやたら嗅ぐと思ったら、いっぱい犬に近づいてきたから、、。

これは盛市っちゃんとこの。名前は知らない。

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クールビズ2015パウダー編 7/27

2015-07-27 | 日記・エッセイ・コラム

2015.7.27(月)晴れ

 いよいよ暑い夏がやってきた。年を重ねるごとに暑さ寒さに対する抵抗力は衰えてくるだろうし、それなりに対策を練っていかねばならない。昨年紹介したダイコーの作業ズボンは優れものである。(2014.10.16参照)今年も6月頃から大活躍していて、未だ破れたりほころびたりといった故障は無い。問題はボディパウダーである。
 永年使用してきたニチバンのブルーキックがいよいよ終わりに近づいてきた。すでに製造中止となっており二度と手に入れることの無い優れものである。昨年紹介した「あせしらず」は安価でいいが、使用感はイマイチ、ブルーキックには及ばない。仕方が無いので現行の商品でありとあらゆる物を試してみることにした。
 従来のボディパウダーに代わるものとしてアイスボディシートとかボディペーパーなるものが主流となっているようだ。これでパウダーと同等あるいはそれ以上の効果があるのならそれはそれで良い。製品の名称としては「拭き取り用化粧水」という風になるようだ。どの製品にもメントールなどが入っており、清涼感はある。そのままさらりとした感触が継続するならこれに越したことは無い。パウダーの場合、事前にタオルなどで汗を拭いて、乾燥させたあとパウダーを塗布するもので、ボディシートはこれに代わるものである。拭き取った直後は清涼感があるが、やがて拭き取ったあたりがべたべたとしてくる。タオルで拭き取る余裕の無いときなどは有効だが、タオル拭き取り+ボディパウダーがやはり王道である。
 暑くなってようやくパウダーも店頭に並ぶようになってきた。スプレータイプが多いようで、店頭で比較してギャツビーのパウダーデオドラントスプレークリアオーシャンなどという御大層な商品を選ぶ。スプレータイプなので使い勝手はいいが、使用感はブルーキックに劣る。しばらくするとさらり感が無くなり、触ってみてもべっとりしているのである。ネットで調べてみるとコールドオーシャンというタイプがあることに気付く。無くなったらこれ買ってみよう。

ブルーキックを越えるものはいない
 やっぱりパウダーは塗布するタイプが一番と探していたら、「直ぬりCool 薬用ディオナテュレ 男さっぱりパウダー 制汗」とどれが製品名か分からない昔ながらのパウダーがあった。壇蜜の「殿方のお作法 裸にまぶす。」というキャッチフレーズも貼ってある。チト高いが、スチールの缶でレトロ感もあり思わず買ってしまう。楽しみに使ってみたが、これまたブルーキックには劣る。
 ブルーキックが製造中止になったばかりに、たかがパウダーでこんなに苦労するわけだ。ニチバンさんなんとかしてくれ。ちなみにブルーキックとの出会いは、30年ほど前だろうか気錬という自転車チームでコーチ兼トレーナーをされていた八代正氏にクールダウンの方法として紹介してもらったものである。
ブルーキック  (ℓ-メントール、サリチル酸、パラベン、香料)

男さっぱりパウダー(焼ミョウバン、ヒドロキシアパタイト、メントール、メンチルグリセリルエーテル、メチルハイドロジェンポリシロキサン、ヒノキチオール、アラントイン、無水ケイ酸)

パウダードドラントスプレー(クロルヒドロキシアルミニウム、イソプロビルメチルフェノール、ミリスチン酸イソプロピル、タルク、無水ケイ酸、メチル
ハイドロジェンポリシロキサン、無水エタノール、ℓ-メントール、メチルフェニルポリシロキサン、ジブチルヒドロキシトルエン、チャ乾留液など)

新あせしらず(酸化亜鉛、沈降炭酸カルシウム、タルク、トウモロコシデンプン香料)

う~む、いっぱい入ってりゃいいってもんじゃねえぞ。でもあかんからって捨てるわけにもいかず、数年はもちそうだ。

【今日のじょん】あじ~

 

 

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蟻とキリギリシャ 7/7

2015-07-07 | 日記・エッセイ・コラム

2015.7.7(火)雨

 「雨読」が延々と続くのだが、退屈されると思うので時事問題を一発。
いやはや驚きましたな-、反対票が勝つとしても僅差かと思ったのだが、、、、
日本人の感覚だと、国全体で頑張って再興しようと考えるのだがそうではないみたいだね。国民性の違いというのはこんなものかと見せつけられた感がする。「今が良けりゃ、明日なんてどうでもいい、何とかなるさ」というようなもんだろうか。まあそんなだからこんなになったということなんだろうけど、イソップの「蟻とキリギリス」によく似ている。夏は来たるべき冬のことなど考えず、歌ってばかりいたキリギリス、それを横目に炎天下をせっせと働いていた蟻君
。やがて寒い冬が来て食べるものも無く、蟻たちに食べ物を乞うが断られる。「夏の間に遊んでばかりいたむくいだよ」と言われてやがて死んでしまう訳なんだが、蟻って残酷じゃないかという声もあるそうだ。
 そのままギリシャとEUに当てはまりそうだけど、EU蟻はまたしても手助けするんじゃないかと勘ぐっている。ギリシャは財政的には何度も破綻しているわけで、債権国はその都度忠告してると思うんだけど、ちっとも反省努力してこなかったということだろう。それで今回最後通告みたいに言ってたけれど、いざ国民投票が終わるとどうもそんな雰囲気ではない。
 国民投票が行われると聞いて、「そんな事したら、どっち転んでも不利な状況になるのでは、、なんでそんなことするんだ」と思ったが「ひょっとしたら深遠な作戦があるのでは、、」とも感じた。どうやらそういう雰囲気だ。チプラス首相は国民の声をバックにEUから大きな譲歩を引き出し、またぞろ借金を重ねるというのがわたしの予想である。
 「蟻さん、わたしにも家族があるのです、冬が明けたらまじめに働きますから食べ物を分けて下さい」「しょーがねーなー」って感じかな。
冬が明けてもキリギリスはまた歌ってばかりいました、とさ。
 国家規模ではないけれど、財政破綻した夕張市の記憶はまだ生々しい。ところが30才でこの財政再生団体の夕張市市長になった鈴木直道さんが頑張っておられる。条件的には最悪の自治体を知恵と汗で再生させるべく取り組んでおられる。講談社から「夕張再生市長」1,400円で出版されている。キリギリシャさんにも読んでもらいたい。

【今日のじょん】ビタミンCを止めて、お腹も便も通常になってきた。食欲も戻りホッとしている。足の方は以前ほどではないのだが、動作が鈍い。長丁場で治るのを待つしかないみたい。それにしても薬に弱いなあ、致命的な病気になったら治療のしようがないということか。
 河原に散歩くるのも久しぶりである、写真撮っていたら対岸にバンビちゃんがいた。傍目にはのどかな風景なんだが、、、。


 

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一世紀を生きるということ 7/2

2015-07-02 | 日記・エッセイ・コラム

2015.7.2(木)晴れ

 わたしの母親は昨日100才を迎えた。その前日にお祝いに行ったのだが、百才を生きるかっと言うのが実感である。「風雪百年」と書いたのは9年前で、百才まで頑張れという思いで書いたのだが、ほんとに百才を迎えるとは想像だにしなかった。このつたない書と水上勉先生の「ブンナよ木からおりてこい」をプレゼントしてきた。

 車いすの世話になることもなく、認知症の疑いもなく、本や新聞を読んでいる百才というのは何なのだろうか。今日ではめずらしくもないことなんだが、少なくともわたしの周囲にはこのような人物はいない。
 帰りに山ちゃんと中野ちゃんに会ってきたのだけど、やっぱり誰が亡くなったなんて話が出る。百才まで30年以上の歳月が残っているが、わたしどもはそうもいくまい、そろそろ準備の準備でもはじめようか。

【作業日誌 7/2】終日草刈り
【今日のじょん】外に出るとすぐに草食っている、やっと胃腸の調子は良くなったようなのだが、、。薬を止めたせいなのか足の調子はよろしくないようで、ままならないことである。この騒然たる草は今日きれいに刈り取られた。

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続・健康診査’15 6/6

2015-06-06 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.6(土)曇り

 さて今回の診査の問題点を二つ、ご紹介しよう。
今回、6月の5日は連日の晴天高温の日が打って変わり、実に寒い日となった。北海道では降雪のニュースもあって、上林の日中でも16℃となっていた。連日30℃を超えていたことを思えばいかに寒いかがわかる。寒いのは分かっていたが検査には手軽に着脱が出来るよう半袖のポロシャツで出かけた。外に出てあまりの寒さにアンダーシャツを下に着る。検査会場は旧小学校の体育館である、会場に着て始めて衣類の間違いに気付く。寒くて身体はガタガタ、歯はガチガチという感じだ。この状態で血圧を測る。ご承知のように130を超えると再検査となる。「もう一度測りましょうね、深呼吸を2,3回して下さい」こりゃあかなり高い値が出てそうだ。2回目はもっと高く、9?-149という血圧測定史上最高の値である。
 しかしよく考えれば、この異常な寒さの環境で、半袖でガタガタ震えていて高い血圧が出るのは当然で、でなければ身体の異常ということとなる。実は最近あらゆるシーンで血圧を測る機会があって、7?ー120というのが普通の値となっていた。つまり極正常な値なわけだ。検査技師の「深呼吸を、、、」てのが何の意味も無く、きちんとするなら平常の検査環境をつくるべきと思うのである。問題は検診結果としてどう言ってくるかだ。要治療、再検査など言ってきても畏れることはない。低温による血圧上昇という極正常な反応が起きただけだから。
 今一つはわたしの最も自信のある骨密度の問題である。骨密度は最近になって測り始めたので多くのデータは無いのだが、常に良好な値を示しているのだが、本来年齢と共に下がっていく値が逆に上がっていることに気付いた。検査の人には「とてもきれいな数字です、なにか気をつけていらっしゃることはありますか?」なんてよいしょされる。普通の人なら、蘊蓄の一つでもたれて自慢するところなんだろうが、どうもその気にはなれない。別に骨密度を上げるためなにか秘策を練っているわけでもなし、朝飲んでる牛乳だって特段他の人と量も質も変わっていない。だからこそ出てくる数字に疑問を持つわけだ。
 くるぶしに電極を当てて測定するということは、伝導率を測っているらしい。間隙の多い骨より密度の高い骨がよく電気を通すのは理解できる。と考えるとその電極を当てる位置とその皮膚や筋肉などの環境によってかなり相違がでるのではないかと考えた。それらの点を検査の方にただそうと思って聞いてみた。

超健康優良児のマイボーン(黒丸がわたしの値)
「骨密度測定とは電気の伝導率を測っているのですか?」
「・・・・・・」
「密度の高い骨は電気をよく通すと言うことでは無いのですか?」
「・・・・・・」
だめだこりゃ、バイトの検査員なんだろうか、知らなきゃ知らんと答えろよなあ、別に問い詰めているわけじゃないんだから。
 「そんなに信用できない検診をどうして毎年受けてるの?」かみさんが尋ねる。信用できないのは診断結果であって、検査結果は厳然としたものである。だからこそわたしたちは例年の数値の変化を読み取って自分で判断しなければいけないのではないだろうか。今日では情報はいくらでも手に入れられる。
健康診査の結果に一喜一憂するのではなく、正しい判断が出来る知識を集めることが肝要である。

【今日のじょん】急激な寒さのせいだろうか、じょんの関節がどうも具合が悪い。かみさんまで落ち込むので余計憂うつになる。

見てくれこのなちゃけない顔

 

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健康診査’15 6/5 

2015-06-05 | 日記・エッセイ・コラム

2015.6.5(金)雨

 総合検診の案内というのが来て行ってきたんだけど、検診ってえのは健康診断かと思っていたけど違うんだね。検診とは「健康診査」のことで、どうちがうんだということになる。字面から判断すると、なにかと検査をしますよというのと検査をして判断しますよの違いのようだ。確かに検診の時には検査をするだけで判断は行われない。だから診査なわけだ。検査の結果がきて始めて診断ということになるのだが、この診断は医者に診てもらって問診などを繰り返しながら判断されるものでは無い。検査結果の数値を機械的に読み取るだけだから、とんでもない結果を言ってくることがある。
 若いときの検査結果で「胆管腫瘍の疑い」とか「腎炎」のどうとかで再検査の指導を受けたことがある。再検査に行くと「別にどうって事は無いですよ」ということになる。健康診断って一体何なんだよ。ということになる。どうも怪しいと思い過去のデータを全て洗い直してみると、いわゆる腫瘍マーカーでとんでもない数値が現れている時があり、その際何も指導を受けていない件があった。こうなると検診結果というのをどうとらえるかという問題になってくる。
 5年前の検診で「心室性期外収縮 要医療」という診断がなされていた。これは普通の人なら真っ青になって医者に通うのかもしれないが、わたしは放っておいた。つまりこれは誤診、おそらく被検査人の取り違えであると自分自身で判断したのである。かつてトライアスロンの大会に出場するのに心電図の提出が必要であって、専門医にその都度心電図をとってもらっていた。スポーツドクターだったので無酸素性作業閾値や最大酸素摂取量なども測ってもらい、自らの心肺能力や状態については絶対の自信を持っていたわけである。いきなり「要医療」といわれても、それは他人のデータと判断するしかない。果たして翌年のデータは正常であった。実際に被験者の取り違えであったら、気の毒なのは本当に病気であった人ではないだろうか。治療が遅れてあの世にでも行ってたら誰が責任とるのだろう。
 被験者の取り違えなんてあるはずがないだろうと思われるだろうが、新生児や手術患者の取り違えがニュースになる時節である。健診データの取り違えがあったって不思議ではない。それが証拠に、5年前と現在と検査の事前のチェックは雲泥の差である。この間問題が発生したので改善されたと考えるのが妥当である。しかもだ血液検査やレントゲン撮影のデータは本人に確認するプロセスがあるのだが、心電図は何も無い。「小原さんですか?」の問いかけもないのだ。単に検査員が手を抜いているだけなんだろうか?つづく

【作業日誌 6/5】
ドッグランどのワンコスロープ作製(3日目)

【今日のじょん】
 これは川向かいの河原に棲息するバンビちゃんである。これは彼らの徒渉地点でじょんとわたしが居る場所に泳いできているようだ。井堰が閉めきられて水深も相当なのだが、あの蹄で泳ぐのには驚きだ。是非見てみたいと思っているのだが、どうも夜中に徒渉しているようで永久に見られそうにない。 

 

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