もう終わったことなのですが,教訓を導き出すために自分勝手なことを書こうと思います。
どんなことにおいても多様な意見があって,各人がそれを表明し,ときには関係者に要望するのは健全なあり方です。批判もまた然りです。言論の自由があり,思想の自由がありますから。
このことに関して,この程世間に公にされた事案で,M市教育委員会が下してきた『はだしのゲン』についての経過は,結論からいえば,なんともお粗末なものでした。教育委員会事務局及び教育長の判断ミス,個人的で独りよがりな決定は,改めて教育委員会の腰の弱さを感じさせました。終わってみればなんとでもいえる話なのですが,それにしても場当たり的な,その場しのぎの判断という印象が拭えません。
また,連日のように過熱した報道ぶりも印象に残りました。言論・表現の自由を守ろうとする姿勢,平和志向は非常に重要だと思いますが,今回の報道ぶりには正直いっていささかうんざり。報道姿勢の良し悪しは別にして,ペンは力,武器であるなあと痛感した次第です。というのは,紙面批評委員の一人がこう書いたほどですから。「新聞が世論を形成し,世論が教委を動かした格好である。8月のヒットだった」とまで。すこしはそうであったにしても,本質的には教育委員の良識がはたらいて修正がなされたとみたいですね。
以下,わたしの感想をすこし。ただ,『はだしのゲン』を閉架対象にすることには基本的に反対であるものの,作品に関する見方・考え方については割愛します。
事務局はあくまで行政執行部局です。そこでの最終責任者は教育長で,専門性を有しているはずの有識者なのです。ただ,教育行政の真の最終責任は複数で構成された合議制の教育委員会が担っている点が疎かになっていたようです。今回,その軸足がじつに曖昧模糊としていたために迷走したと思われます。教育長の舵取り,つまりは指導力に疑問符が付きます。問題の根っこは,組織のあり方にあったといえるでしょう。
手続き上の問題をわたしなりに整理すると,こうです。
その1。教育施策に対してはいろんな意見が生まれます。根本的な部分は,教育委員会が合議で決定し,責任を負っています。今回の件では,事務局が独りよがりの判断を下して教育現場を混乱させただけ。教育長の判断ミスです。高度な判断を必要とする事案について洞察力と先見性が欠けていたのです。当然,はじめの時点で教育委員会の議題とすべきものでしょう。
その2。比較的軽易な事柄については,手続き上教育長に『先決権』が与えられており,その判断が委ねられています。そうであっても,直近に開かれる委員会で報告されなくてはなりません。なのに,報告がされないまま放置されていたのです。まったくふしぎです。
その3。『はだしのゲン』のように一定の評価が定まった作品(文化財)は,一教育委員会の印象のみで評価し直すのは混乱あって益なし,です。同じするなら,歴史的事実を踏まえつつ社会的,文化的,はたまた教育的な価値を検討する立場に立って,多角的にとらえ直さなくてはなりません。その際,「全国的に本委員会事務局のような判断をしているところがあるか」「閉架措置を行えば,どんな問題が生じるか」,この程度の初歩的な検討はすくなくともしておくべきだったでしょう。
その4。閉架を決めた当時の教育長は,現教育長とは別人物とのことで。現教育長は世論の動向を踏まえて教育委員会に諮り,閉架措置を撤回する手続きを行いました。それは主体的な判断なのではなく,教育委員会の正規の手続きを経るという原点に戻ったにすぎません。その際の会見で,当時の教育長判断を批判したというのです。メディアにそう感じとられるような言葉遣いは論外で,交代後の教育長が組織の前代表を批判したとは情けない話です。組織のあり方を静かに厳しく自省し,その気持ちを真摯に今後の教育行政の決定のしかたに生かしていけばいいだけの話です。明らかな非違行為は別として,第三者に向かって前任者を批判する行為は禁じ手です。
その5。メディアの一部は,実況中継スタイルで事態発生,経過を検証することに異常なほど力を注いでいるように見えました。まるでキャンペーンのような。惜しいことに,そこには今国で論議されている教育委員会改革,とりわけ教育長の権限強化論議を見据え,深い示唆を与えようとする姿勢はほとんど感じられませんでした。
教育の中立性を保つことで細心の注意を払わなくてはならないのが教育委員会。子どものこころに健康な考え方を育むのに,率先してお手本なり指針なりを示すのが教育委員会の役割のはず。教育行政で高い位置にある方には,自己感覚をもっと磨き,おとな感覚・社会感覚を鍛える努力をしていただきたいものです。
付け加えですが,事務局による場当たり的な指導に対して,敢えて閉架措置をとらなかった小中学校がわずかにあったようです。そこに校長としての真と芯が見え,救われた思いです。
(付記)写真は本文とは関係がありません。