たぎつ波 ましろう白う 岩にちる
神居古潭の くもれる真昼
九条武子 の歌碑がたっていました。
大正期を代表する女流歌人、旭川には大正11年と昭和2年に訪れ、
神居古潭でこの歌を詠んでいます。
旭川の母の思い出のなかで、
九条武子ほどきれいな人はいなかったそうな、
竹下夢路の描く楚々とした美しい女でありました。
吊橋を渡ってきました。
「100人以上は同時に渡ってはいけません」という注意事項が表示してます。
少し揺れましたね。
木漏れ日のなか、ゆったりした石狩の流れは安らかです。
ここから少しうえにあがると、昔の駅舎があります。
昭和44年の電化とともに旧線は廃止となりましたが、ホームや駅名標、
外灯も残っています。
構内の納内側には蒸気機関車が保存され、トンネルも残っています。
タイトルは旧旭川中学校(現旭川東高校)の校歌の一節から頂きました。
「旭ヶ丘の朝ぼらけ
匂う櫻のいさぎよさ
神居古潭の夕まぐれ
紅葉の赤き真心よ
紅葉の赤き真心よ」
神居古潭の くもれる真昼
九条武子 の歌碑がたっていました。
大正期を代表する女流歌人、旭川には大正11年と昭和2年に訪れ、
神居古潭でこの歌を詠んでいます。
旭川の母の思い出のなかで、
九条武子ほどきれいな人はいなかったそうな、
竹下夢路の描く楚々とした美しい女でありました。
吊橋を渡ってきました。
「100人以上は同時に渡ってはいけません」という注意事項が表示してます。
少し揺れましたね。
木漏れ日のなか、ゆったりした石狩の流れは安らかです。
ここから少しうえにあがると、昔の駅舎があります。
昭和44年の電化とともに旧線は廃止となりましたが、ホームや駅名標、
外灯も残っています。
構内の納内側には蒸気機関車が保存され、トンネルも残っています。
タイトルは旧旭川中学校(現旭川東高校)の校歌の一節から頂きました。
「旭ヶ丘の朝ぼらけ
匂う櫻のいさぎよさ
神居古潭の夕まぐれ
紅葉の赤き真心よ
紅葉の赤き真心よ」
北海道はすっかり晩秋の趣ですね。「神居古潭」、この名前も何か憧れます。何もかも憧れていますね。
実は小学校の頃、北海道に行きました。その時にアイヌに行ったような記憶があるのですが、それはこの近くでしょうか。30年以上も前の話でうろ覚えです。
北海道に行ったのはこの時(夏休みでした)と、新婚旅行(5月でした、桜が満開でした)の2回きりです。新婚旅行ではオグリキャップなどの競走馬ばかり見て回っていました。
いつかまた妻と2人で訪れたいと思っています。そのときのためにいろんな風景を見せてください。
また来ます。
アイヌといっても、あちこちにあるので、もし旭川の近くでしたら
近文(ちかぶみ)にもありますよ。
オグリキャップなどの競走馬、といえば日高のほうに行かれたのですね。
はやいもので、札幌も晩秋の装いになってきました。
来月になれば、スタッドレスタイヤに履き替えなければなりません、
新婚旅行の時には日高に2日くらい居ました。襟裳岬と静内に泊まりました。帰って写真を見たら嫁さんの写真はわずかで馬の写真ばかりでした。
今ではすっかり興味も失せて、山歩きばかりしていますが、馬の写真が花の写真に変わっただけで、やってることは大して変わっていないように思います。
スタッドレスへの履き替えも2か月くらい早いですね。こちらでは年内に雪が積もることはほとんどありません。今年は元旦にかなり積もりましたが、かなりといっても10cmくらいです。
苫小牧から静内、襟裳に至る国道は競馬馬を育てる牧場が並んでいますね。
>嫁さんの写真はわずかで馬の写真ばかり・・
それはちょっと怒られましたね。。(笑)
これからは雪のないところが羨ましいですよ。
神居古潭の黄葉は近づけばまだまだ圧倒されるものがあります。
ニセコの超ド級を見たあとでしたので、前回の神居古潭では評価のトーンがダウンしてしまいましたが、こちらの黄金色も目に鮮やかで、すがすがしさを与えられます。
川面を見ると水が盛り上がるようにして流れていますね。
この時季にこれだけの水量とは驚きです。
旧神居古潭周辺の眺めは子供の頃には身近にありましたね、確かに。
やはり、標高があるのでニセコの紅葉のほうが鮮やかです。
神居古潭はどうしても平地なので、全般にくすんだ色になるのは仕方が
ないですね。
小中学校時代にはここに何度か遊びにきて、かけ石で遊んだ記憶があります。
昔、釣りに夢中になった父親が娘を神居古潭に置いてきぼりにして家に帰って
しまったこともありました。
その娘はわたしの妻でして。。(笑)