針外し/爺さんの独り言。役にたたない情報ばかり。

自作のスピナーベイトで今日もバスを釣るぞ!。人はそれを「G」と呼ぶ。爺さんの「G(ジー)」の意味だった。ガクン!。

芝公園の脇に

2012-01-19 14:41:51 | 日記

 針は朝寝ぼけまなこで、ブログをアップする事が多いので、時として、気が付かないで「下書き」(公開しない)をチェック入れないで、「投稿する」ボタンを押してしまって、朝になって、大慌てすることがあります。これも、写真だけのものをアップしてしまって、見た人は「何じゃこれは!?」とおもったでしょうね。すまんこったです。

んで、お題目のことですが、芝公園の中には、「増上寺」がありますが、昔は、徳川家の菩提寺であったことは周知の事実。で、増上寺の回りには、縁故のお寺さんが、無数にあり、尚且つ、それに従事する、御茶・休憩処、墓守、寺男の住い等、関係者の住居がかなりあったことだろう。

時は過ぎて、芝公園となって、公園法の管轄下になって、段々と住みにくくなったんだろう、だんだんと少なくなってきました。針の散歩する、増上寺には東照宮隣接していますが、その横には、僧坊関係を接待する、料亭がありましたが、現在は経営していません。隣のレストランは、更地になりました。

で最近だか、昔から立っていたのかは定かではありませんが、こんな看板が。芝公園をより公園化するのに、民家が邪魔なのかね。

               

 何故こんな事を書いたかというと、最近、訳の分からない住居が建っったからです。そう、あの、胡散臭い「か〇〇土〇」がその昔、縄を張って不法占有したとか、神主が博打に負けて取られた土地だとか言われている土地にです。

それが、普段、電気が点いていませんでして、凄く不自然です。いつも歩いている、梅園の脇に、新築の3階建ての家屋が建ってしまった。全部ガラス張り、ブラインドはしているが、いつも、電気が点いていない。よくこんなところに住居を建てたのか理解に苦しむのです。

                       

 それは兎も角、かなり区役所にクレームがあったのは間違いない。東照宮の神主さんの家なら、納得いくし、社務所として使う、寄り合いのスペースなら、誰も文句は言わないだろうね。

                          

ただ、その隣にある、料亭(現在は営業していない)は江戸時代から、あったんだろう。これを一方的に退去させるのは、ちと、強引だね。だから時価で国が買おうとしているのかも。 

でも、文面を見ると、一般取引もいいような事が書いてあるみたいだけど、よくわからないね。

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