らんかみち

童話から老話まで

敵の進水式

2011年07月21日 | 暮らしの落とし穴
     

 なんだかんだと忙しい一日でしたが、とりあえず進水式の画像をアップ。この巨大企業を敵に回してというか、あちら様にとってはゴマメの歯ぎしりほどにも見えていないでしょうが、当地は戦っているのです。
 
 それはそれ、これはこれ。進水式はその船にとって一度きりの「お産」みたいなものなら、観覧する我々とて厳かな気分になるというものです。

二度漬けの誘惑に負け

2011年07月20日 | 酒、食
 串カツのソースと豚カツのソースはどう違うのかと問われ、自信を持って答えることのできる人が今治にどれだけおられるでしょう。というか、愛媛県に串カツの食文化は開花していない、とする説さえ聞かれるのです。

 かような事情により、ぼくが専門店で「串カツ」と呼ばれるものを初めて食べたのは大阪でした。小さな繁華街でも串カツ専門店が普通に存在するほど、関西ではポピュラーな食べ物だし、ジャンジャン横町なんて「串カツ通りか?」と思うほど多くの店が軒を連ねています。

 では大阪ならどこの店でも串カツが美味いのかといえば、もちろんそんなことはありません。どこがどう異なるのか、簡単なのに味の良し悪しに差の出る料理だと思います。
 名古屋では八丁味噌にみりんなどを加えた、見かけコッテリの「味噌カツ」が多いかと思いますが、あれって見た目から想像するほど濃厚な味ではありません。

 八丁味噌を付ける串カツも好きですが、関西は串カツ専用ウスターソースの壺に、串を手に持ってジャブ漬けするのが主流です。その壺の外にはたいがい「二度漬け禁止!」の注意書きがあり、「ということは、二度漬けするやつがいるんだ!」と、初めのうちは躊躇しながらソースにカツを漬して食ったものです。

 ところがこのソース、意外にも薄口で甘めということもあり、気がついたらうっかり二度漬けやりそうになって、仲間から「二度漬けお断り!」といった警告を受けたりするのです。
 そんなだから「いつの日にか二度漬けで串カツを食べてやる」と、長年にわたって屈折した野望を抱き続ける関西人は多いと聞くし、自分もその一人なのですが、ついに念願の時を迎えました。

    

 この商品、関西では普通に売っていますが、今治でこれを入手するのにどれほどの労を費やしたことでしょう。味は案の定、女子どもにも受けそうなフルーティーかつソフトに設定してあります。
 なるほどな、女の子たちがガイドブックやi-phoneなどを片手にジャンジャン横町を徘徊し「キャー、二度漬け禁止よ~!」みたいなパフォーマンスをやりたがるわけだ。関西が懐かしくなる味でした。

モミの木に祈りを込めて

2011年07月19日 | 暮らしの落とし穴
 ここしばらく「板わさ」に凝っていたので、蒲鉾の良し悪しみたいなものが少し分かるようになりました。今まで知らんかったんかい! と自分で突っ込むのも延命策であると知り。

 で、昨日の続きみたいな話ですが、寄付をしてくれた方々の名前を残すため、24cm×200cmの杉板を用意しようと走り回ったあげく、銘木店に行ってもだめでした。
 ましてやホームセンターは集成材ばかりで、節が無く白っぽい板など置いてないのです。大工さんに泣き付き、たまたま所有していたのを安くゆずってもらって、なんとか間に合ったしだいです。

 ところで、蒲鉾板ってすごい、これにも節が無いんですよ。今さらですが、板からカマボコを切り取っているとき、カチッと包丁が節に当たったら腹が立つでしょうね。切り取ったあとに節穴が空いてた日にゃ、なめとるのかこらぁ! と、メロスでなくても激怒すると思うんです。

 調べてみると、蒲鉾板にはクリスマスツリーで知られる、北米産モミの木(ホワイトファー)などが適しているそうです。驚きモモの木、この木何の木気になる木! クリスチャンが聞いたら激怒しないか心配です。

 恒例の「第17回全国かまぼこ板の絵展覧会」が16日、西予市城川町下相のギャラリーしろかわで始まったらしいです。彼の地にお住まいの篤志家に案内していただいて見たことがありますが、一日見ていても飽きません。
 今年は東北の被災地に思いを馳せた「鎮魂」をテーマにしたものが多く、大賞は数多のローソクと一本のローソクが灯っている2枚組の作品だったようです。モミの木にローソクか、いいねぇ!

海の日、大安、なでしこ権現さま

2011年07月18日 | 暮らしの落とし穴
 大安の海の日でしたが、海の事故も起きたようです。その一方で海の向こうからは「なでしこジャパン」の快挙の報がとどき、良き日かな。当地では海上交通の安全を司ると云われる「金比羅神社」の改修入神祈攸の儀式がありました。

   

 真言宗は御室派、仁和寺を本山とする高龍寺よりご住職と副住職に来ていただいての法要ですが、なぜ宮司が来て祝詞をあげないのでしょう。今となっては地元の人もつまびらかでないことですが、当地の金比羅神社はそもそも不動明王をお祀りしていたお寺であった由。
 しかし明治になって発生した廃仏毀釈の流れに抗えず、金比羅大権現をお祀りすることで、神社を隠れ蓑に寺を守ったのでしょう。それが証拠に、鏡や瓶子、金幣といった神具セットは用意されていても、全てを使った形跡はないのです。

 改修にかかった費用の一部を寄進していただいたので、御名杉板に書いて後世に伝えることにしました。写真は棟札(むねふだ)ですが、当地におわす書家に依頼したのです。これほどの字をぼくが書けたなら、かなり出世していたんじゃないかと地団駄を踏む毎日です。

     

 今週は神社庁関連の会合があり、8月に入れば菩提寺にて施餓鬼法要などもあります。花火大会や、地元企業との折衝なども控えていて、蕎麦の刈り入れやら母の見舞などこなしながら猛暑を乗り切らねばなりません。なでしこジャパンの偉業に接しなかったなら、きっと萎えていたことでしょう、本当にありがとう!

子どものころ、お化け煙突があった

2011年07月17日 | 暮らしの落とし穴
 子どものころ、お化け煙突があった。見る場所によっては1本に見えることもあり2本に見えることもあったが、実際にあったのは3本だった。などと書けば、どこかで読んだぞ、と後ろ指をさされそうですね。
「お化け煙突」とは、東京にあった千住火力発電所という、原発が登場する前に建設された、石炭を燃やして蒸気タービンを回す発電施設らしいです。黒い煙がモクモクと出るため、お化け煙突が必要だったのでしょう。

   

 母の病室からはお化け煙突が2本見えます。実際にはもう一つあったはずで、それはずいぶん前に廃業した銭湯だったと記憶していますが、もしかしたら別の工場だったのかも知れません。
 遠くに見えるのは醤油工場のそれ、ツタのからまっているそれは造り酒屋のものです。これをネタに一つモノを書いてみようと……にしてもだ、これが病室からの眺めとは!

持つ喜びVS使う楽しみ

2011年07月16日 | 暮らしの落とし穴
 母の入院を知った下の姉が近畿地方より駆けつけてくれ、母は非常に喜んでいました。入院の段取りなどは一通り済ませたので、母を風呂に入れるのにどうするかでしたが、問題は一気に解決に向かいました。

この暑いのにホットコーヒーでもなかろうとは思ったけど、コーヒー大好きの母のために電気ケトルを用意しました。でもこれすら使えるかどうか分からないし、下手してやけどでもされたらまずいのかな。

   

 このケトルのデザイン、何かの動物に似ている気がするけど、ペンギン、カエル、ヒヨコ? どれもしっくりこない。兄が使っていたものですが、同じようなデザインで優れたものはいくらもあるけど、こんな楽しいのは他に見つかりません。

 中国製ではあるけど、どこの国でデザインされたかまでは不明。100ボルト仕様だから日本のデザインかも知れませんね。T-Falなんかも素晴らしいデザインですが、機能美を追求しすぎて遊び心がなく、使う側に緊張を強いる気がするのは、ぼくだけでしょうか。持つ喜びをより満足させてくれるのは、T-Falに違いないのですが。

病院という姥捨て山

2011年07月15日 | 暮らしの落とし穴
 病室の母を訪ねて、ぼくの顔が分からなかったときのことを思うと、クリニックの階段を上る足取りも重くなるんですが、母はすこぶる元気でした。同室のお婆ちゃんが話し相手になってくれるだけでなく、母のことを尊敬しているのだとか。

 違うんですよね。そのお婆ちゃんは、三人部屋のうちの一人を仲間はずれにしようと企んでいるのかもしれません。部屋が暑いんだけど、一人だけ寒がりの人がいて、エアコンをつけさてくれない。1対1なら遠慮もあるけど、母を巻き込んで2対1なら、と目論んでいるのでしょう。

 まあ何にしても話し相手がいるというのはありがたい。家にいるときは兄が酒を飲みながら話し相手になったりするけど、「母ちゃんは飲み屋のホステスじゃないぞ、ええかげんに寝かさんかい」というまでやって、あれも良し悪し。

「お母さんは腹をくくっていると思うよ。息子に下の世話なんかさせられんから、施設に入るって」
 上の姉から電話があって、母は自分でそういったらしい。まだそんな状況には至っていないけど、早晩行き着くところだと。姥捨て山を思い出して、その言葉が胸につかえました。

認知症合戦に巻き込まれ

2011年07月14日 | 暮らしの落とし穴
 母の入院準備などに早朝から忙殺され、昼前から陶芸作品を仕上げるのに躍起となり、なんかだるいなと感じたとき、ヨーグルト一杯しか食べていないことに気がつきました。
 そんなことより、母の容態が思いのほか冴えないことが発覚したのです。
「ずいぶん認知症が進行してるよ」って先生、アリセプトの服薬をやめたのは他ならぬ先生ですがな、とかってなじったところで後の祭り。もう少しつぶさに母を観察していたなら、あるいは対策ができたのでは、と悔やまれます。

 看護師さんの認知症診断質問も唐突ではあるけど、母が兄弟の名前や生死をちゃんと答えられないのは、いくら昔のことで兄弟が多いといっても、真夏の木枯らしに吹かれた気分でした。
 一人暮らしさせていたときは、悪徳リフォーム業者に工事代金を吹っ掛けられていたにせよ、自力で銀行から金を引き出したりできていたわけです。そういう諸々のことをぼくが処理するようになったので、母は頭を使わなくなったんでしょうか。

 頭を使わないのは兄も同じで、バイクにまたがってエンジンをかけ、「忘れ物はないかな?」と聞くもんだから、「ないほうがおかしい」と断言しておきました。
 数分後、「忘れた、めがねを忘れとる」と、慌てて帰って来るではありませんか。このときもやはり真夏に木枯らしが吹いたのです。なぜなら、兄はしっかりめがねをかけていながら、「めがね、どこに置いたかいな」とやっていたからです。
 頭の上に置いためがねを探すのは良く聞きますが、これぇ~って忘れ物以前ちゅうか、ちょっとイカンやろ!

 なんともいいようのない疲れって、時々感じます。無力感というのか、自分が努力して解決しようとすることが、すなわち肉親のためにならないということ。実は、めがね事件の数日前にも、兄のめがねをぼくが探し出していたのです。
 これから数週間は病院通いですが、どうも相部屋の方々も怪しいのです。
「夫の連れ子に金を取られてしまいました」とか、良く分からない身の上話を聞かされるのです。
 ぼくを取り巻くこれらの状況を楽しめるようになれば、もしかしてオレも本物か……やっぱ当分は無理っぽいです。

入院という節電と避暑

2011年07月13日 | 暮らしの落とし穴
 一週間ほど前から「腰が痛い」と訴えていた母のレントゲン写真を見たら、こりゃひどい! というくらい背骨が曲がっていました。
「長年の労働がたたって、このように曲がったんよね」
 ぼくの容態をぼく自身に診断させ、ぼくの処方で薬を出す例の先生ですから、「ごもっともでございます」などと、ご託宣を素直に受け入れるわけにはいきません。

「先生、このレントゲン写真、どちら向きに見ればいいのですか」
 あれって解説してもらわないと、どこに癌があるとか骨折があるとか、素人には良く分かりませんよね。
「このマークが左側だよ」
「ふむ、実はねぇ先生、母は右側を下にしてテレビを観ているんですよ」
 ぼくが言うのを聞いた先生、正対して見ていた写真をシャウカステンから剥がして裏向きに貼り付けたと思うや、先生自身も右肘を枕に寝転がりました。
「せ、先生、そこまでしなくても!」
「う~ん、あんたの言う通りかもしれんねぇ……」

 腰はどのみち骨密度が低いし圧迫骨折の恐れもあるけど、痛みなどの症状を訴えた直後のレントゲンには写らないこともある、との説明が。
「ええ、そのことはぼくも知ってますけど、問題は母が落ち着いて養生しないことなんです」
 ちょっとばかり調子が良くなると畑に出たりしてますが、それは痛み止めの注射が効いているだけのこと。畑に出ず、食後に痛み止めの薬を飲むように勧めるのですが、母というのは息子に易々と従うような御仁じゃないのです。

「そうねぇ、そういうことなら一月ほど入院してみる? 帰りたかったらいつ帰っても良いよ」
 とまあ、そういう流れで明日から入院の運びとなりました。母としては嫌がっている風もないし、それどころか家に帰ってから近所に触れ回っている疑いすらあります。ちょっと避暑にでも行く気分なのでしょうか。
 家にいると自分の食べたいものだけしか食べない。ましてや、息子の作った訳のわからんもん食えるか! というスタンスの母ですから、病院食でカルシウムをたっぷり摂取して帰ってほしいものです。

避難訓練をするべきなのか、悩ましい

2011年07月12日 | 暮らしの落とし穴
 7月4日に発生した和歌山県南部の地震は昼前だったので酒も飲んでなかったし寝ぼけてもいなかったので、地震の前の音をはっきり聴き取ることができました。
 ザシュッという空気の振動は、やはりP波(プライマリーのP)だと思います。人によって聴く音が異なっているのは、住環境によるものでしょう。うちの安普請では「ザシュッ」という、空気が凍て付くような音だ、というだけのことです。

 地震の波というのは4つあるそうで、P波の次に到達するのがS波(セカンダリーのS)なのだとか。それを含む残り二つの表面波という揺れを「主要動」とよぶそうです。
 苺大福でいえば、最初に食べる餅皮の部分がP波、次に味わう種のある赤い部分がS波、中心の白いとこら辺りを表面波と例えてみますか。

「地震を苺大福に例えるとは、けしからん」とお叱りの向きもあるでしょうけど、そこはそれ、take it easy! 
 で、苺大福を食む前の期待値というかワクワク感、この中にある苺の味は? みたいな憧憬とはもちろん違うけど、P波で感じる戦慄きは、感受性の構造という面では似ている気がするのです。

 くる、くる、地震がくる、どうすればいいんだ! とP波を感じ、頭では行動しようとするのに、結局は何もできず地震をまともに受けてしまう。苺大福の餅皮だけ先に食べて、苺をどうするかなんて考えないのと同じでしょうか。たいていの人は餅皮も苺もほとんど同時に食べてしまいますよね。

 田舎では、各家庭に防災無線というのが設置されていて、火事の時は警報を出してくれますが、地震に関しては何の警告もしてくれません。地震があった後で「地震がありました、津波に注意してください」くらいは教えてくれますが、P波を感じた時点で「机の下にもぐれ」とかのアドバイスがもらえないものでしょうか。
 独居老人などを対象にした避難訓練をすべきか、真夏にそんなことやって熱中症が怖いぞ、などと、損長としては悩ましいところです。