らんかみち

童話から老話まで

進水式における出産の哲学

2011年07月22日 | 暮らしの落とし穴
 和風の出産、欧風の出産、ユーラシア風の出産というのがあるかどうか知らないけど、欧米風の進水式というのはYoutubeで見たことがあります。やや小ぶりの船体を、横向きにして海に放り投げるような印象でしょうか。

「欧米風の進水式は水しぶきを上げ、豪快ではあるけれど、趣に欠け、いただけません」
 高台に佇み、造船所に向けてカメラを構えていると、日傘を差したおばちゃんが隣に来ておっしゃいました。
 おばちゃんによると、進水式にも様式というものがあり、君が代斉唱に始まり、船名を覆う布を取り去る命名式を済ませた後、満を持してシャンパンを船体に打ち当てるのが良いそうです。

「さあ、もうすぐ白い旗が上がりますよ」
 進水式初心者のぼくとして、どのタイミングでシャッターを切って良いのか、あるいはビデオを回して良いものやら分からなかったので、このアドバイスはとてもありがたく思いました。

     

「進水式とは、いうなれば出産でしょう。しかし産み落とすだけでは子どもが育たないように、進水式を済ませたあとに必要な時間は、進水式までに要した時間と同じなのです」
 つまり下請け工場に船体の各部、ブロックと呼ばれるものを発注し、それらをくっつける時間が約40日で、進水式後に海に浮かべて艤装(内装とか)する時間も約40日なのだそうです。進水式の後は船の子育てってことですね。

「ウンコじゃあるまいし、ひり出したらそれで終わりではないのです。欧米風のものは、進水式に限らず情緒というものを欠いています、そう思いませんか?」
 うんうん、いわれてみればアメリカのアダルトビデオなんて、格闘技を彷彿させるハードボイルドで、恥じらいもなければ慕情も垣間見せず、ほとんど解剖学的な実習を観ているイメージですね。
 あんなもの和風の作品に下克上を食らって当然でしょう。すなわち、劣情を促すためには、行為に至るプロセスと一連の所作に重きを置くべきだと、ぼくは主張したいのです。

「船の真下で観覧するのも迫力があって良いのですが、高みに俯瞰する美意識は歴史絵巻のそれに通ずるのです」
 おばちゃんはこの後も、それぞれの造船所における様式美を哲学的見地から解説してくれました。
 なるほどなぁ、しかし下世話なことに、そういった伝統や格式は、ごく一部かもしれないけど、下請け業者や地元民の犠牲の上に成り立っているのですよ。
 造船所が雇用を産み出して下さるのはありがたいのですが、地元住民が耐えられないものは改めていただきたい。戦うというより、お願いですね。