らんかみち

童話から老話まで

セウォル号の事故によせて

2014年05月03日 | 社会
 セウォル号の沈没から2週間以上の経過を受け、韓国当局は今月半ばをメドに船内捜索の打ち切りを検討しているという。若い命を諦めきれない家族も、奇跡を信じ続けるには余りにも多くの時間が過ぎてしまった。
 返す返すも初動救助の不備が悔やまれるし、映像を見る限りでは、何もしないで、ただボーッと見守る救助隊員のなんと多いことか。あれでは家族が怒り狂うのも無理からぬこと。

 事故のニュースに接した当初、とてもショッキングでコメントする気にもなれなかったし、言葉だけの「哀悼の意」も空しいと思って何も書けなかったけど、ようやく怒りや哀しみも落ち着いてきた。
 当地は海運で栄えた地域なので、かつて村人のほとんどが船乗りだった時代もある。夫婦や親子で船に乗り込み、海難事故で亡くなるケースも少なくなかった。ぼくの祖父もその例に漏れない。

 昭和になって木造船から鋼船の時代になり、大量輸送が輸送が可能になると一度の海難事故で多くの犠牲者を出すようになった。今回のように修学旅行生が犠牲になった事故も起きている。
 当地周辺の海域は海上交通の要衝でもあり難所でもあることから、海難事故は「しまなみ海道」の開通する近年まで頻発してきた。当地の80歳代の村人は、島の砂浜におびただしい数の遺体が打ち上げられ、漁港に収容されて線香が焚かれる光景を目撃した人も多い。

 ぼくらにとってセウォル号の事故は「他国の悲劇」として消化できるものではない。ついこの前まで理不尽な海難事故は日本でも繰り返されてきたのだ。うちの島周辺だけでも数え切れないほどの慰霊碑が建てられていて、そのいくつかは船でしか行けないこともあったりして、忘れられたり消滅してしまったものも少なくない。
 何年か前に無差別慰霊碑参りをしてお酒を供えたことがあった。ほんの一部しかお参りできなかったけど、事故の記憶を風化させないことが大事なのだろう。

 セウォル号の事故を受けて韓国の首相は「今回の事故を見て、わが社会のいたるところに、長い間続いてきた様々な不正や誤った慣行があまりにも多いという事実を痛切に感じた」と辞意を表明した。
 韓国ほどではないにしろ、日本人としての美徳を犠牲にして拝金主義の歪な急成長を遂げたのは我が国も似たり寄ったりではなかろうか。日本は成熟した社会に見えて、その実は老成して衰弱するプロセスにあるだけだ。他国の民度と比較して、それほど誇れる姿ではないのかも知れない。そんなことはさておき、いまはただ若い命の冥福を祈るのみだ。

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