五里霧中

★ マンガなどの感想 ★

◆ 水木先生の戦記モノ3作品 プチ感想

2010年08月17日 | ◆「お気に入り」 (旧プチ感想)

端っこの「お気に入り」プチ感想です。 (前回

 

・『敗走記

・『白い旗』

・『姑娘(クーニャン)』

 

 今、旬(と言っていいのかどうなのか?)な水木しげる先生の作品です。

 水木先生のこうしたタイプ(戦記モノ)の作品では、『総員玉砕せよ!』も有名ですが、

 もしオススメ作品を選べと言われたなら、私は『コミック昭和史』全8巻をチョイスします。

 (これは「戦記モノ」ではないかもですけど・・・)

 

 『コミック昭和史』は、水木先生の過ごされた昭和という時代の歴史を、

 先生ご自身の視点・経験から描いた作品であり、もちろん戦争に駆り出された経験から、

 そちら方面の壮絶なお話も盛りだくさんにあります。

 しかし、そこで描かれるのは戦争だけではなく、子供時代~戦後の水木先生であり、

 これが当時の世相を感じられる見事な描写で、不思議と引き込まれるよさがあるのです。

 いわば「古い」タイプの作品であるにも関わらず、私は読み始めたら止まりませんでした。

 

 今回の3作品は「戦記モノ」の短編集ですが、その内容は水木先生ご自身の体験や

 人から聞いた話をもとに創られた物語、戦争中のエピソードなど様々な分野にわたります。

 あとがきには、それぞれの話が実話かフィクションかを解説したものもあり、

 非常に興味深く、かつ感慨深く読むことができました。

 (記事末にちょこっと追記)

 

  

 

『敗走記

(水木しげる 先生)

 表題作はじめ、6つの短編があります。

 『敗走記』 味方が全滅したため友人の鈴木とともに、中隊へ合流すべく“敗走”する水木。

        この行程は『コミック昭和史』などでも描かれていますね。

        あとがきには、水木先生のご親友・真山氏の体験をもとに創作されたとあり、

        おそらくは鈴木が真山氏をモデルにしておられると思われます。

        ラストの雨が、なんとも重く感じられて仕方ない・・・

 

 『ダンピール海峡』 軍旗の“重み”を抱えた1人の兵士の物語。

 『レーモン河畔』 悲しい物語でありながらも、戦場での“希望”をかいま見たような作品。

 『カンデレ』 南方の女性と結ばれた日本軍兵士を軸に、戦場と人のつながりを描く作品。

 『ごきぶり』 戦闘機の搭乗員が捕虜となり、そこから逃れ逃れて生きようとする物語。

 『幽霊艦長』 ルンガ沖夜戦を指揮した戦の神様“幽霊艦長”を描いた作品。

 

 『幽霊艦長』に関しては、ルンガ沖夜戦を描いてはいるもののフィクション要素が多い。

 別作品『田中頼三』(『白い旗』所収)も、同様にルンガ沖海戦を描いてますが、

 この田中頼三少将が実在の人物であるのに対し、『幽霊艦長』の主役は宮本艦長という、

 おそらくは田中少将をモデルにした人物がつとめており、その行く末も異なっています。

 

 

『白い旗』

(水木しげる 先生)

 表題作はじめ4つの短編があります。

 『白い旗』 硫黄島の戦いを描く作品。 迫るアメリカ軍、追いつめられる日本軍。

        生き残った日本軍兵士は、玉砕か降伏かの選択を迫られる。

        最後の抵抗を試みようとする大西中尉、部下の命を守ろうとする海軍の大尉。

        相容れぬ2人の決断は、この悲惨な状況下に何をもたらすのか・・・?

        物語最後の一文に、何ともやるせない気持ちがわきあがってしまいます。

 

 『ブーゲンピル上空涙あり』 山本五十六長官の最期を描く作品。

 『田中頼三』 日本海軍最後の海戦(夜戦)勝利であるルンガ沖夜戦を描いた作品。

 『特攻』 沖縄を“救う”べく出航した、戦艦大和の“特攻”を見送った上代守大尉の戦い。

 

 こちらも、いずれ劣らぬ秀作ぞろい。 それぞれの物語に感じるものがあります。

 しかし、山本長官の最期や田中頼三少将を描いているのは、これらの内容がやはり、

 水木先生世代の方には特別なものだからなのでしょうか。

 『白い旗』で描かれるような命の尊さを想う物語もあれば、『特攻』のような“国難”に対し

 決死の戦いを挑んだ人々の物語もあり、このあたりから水木先生の中にある複雑というか

 様々な深い想いを察せられるような、そんな気がしてしまいます。

 

 

『姑娘(クーニャン)』

(水木しげる 先生)

 表題作をはじめ、5つの短編があります。

 『姑娘(クーニャン)』 日本軍に連行された姑娘(クーニャン)をめぐる話。

              戦後、伍長だった人物から聞いた話をもとにつくられたらしく、

              戦場での女性をめぐる兵士の無責任さというか酷薄さを感じてしまう。

              しかし、水木先生はもとの話を創り変えるとき、「好意的」な方向へ

              変えることが多いですよね。 まあ、皮肉ともとれますけども、

              私はある種の「希望」である気がするのですが・・・どうでしょうね。

 

 『海の男』 無謀な作戦に赴く、戦艦大和の艦長・有賀大佐を描いた作品。

 『此一戦』 まさに「此一戦」といえる、ミッドウェー海戦を描いた作品。

 『奇襲ツラギ沖』 日米のガダルカナル争奪戦である第一次ソロモン海戦を描いた作品。

 『戦艦「比叡」の悲劇』 第三次ソロモン海戦における戦艦「比叡」艦長・西田大佐を描く。

 

 『姑娘(クーニャン)』『此一戦』以外の3作品は、あまりフィクションが混じっていないらしい。

 「あとがき」によれば、こうした戦記モノは当時マニアにしか読まれず、売れなかったとか・・・

 もったいないような気もしますが、現在こうしてまとめられて読むことができることは、一読者

 として、とても幸運なものだと感じます。

 そして、ここから水木先生が「くみとってもらうとありがたい」とおっしゃる当時の“気分”、

 “なんとも名状し難い気分”を察し感じることができることは、戦争体験のない人間としては

 きわめて貴重と申しますか、得難い大切なものであると言えます。

 

 

(余談)

 もはやプチ感想の枠を超えておりますが、もう1点。

 こちらはマンガではないのですが、ちくま文庫『ねぼけ人生』新装版も読みました~。

 

 これは水木先生の半生を記されたもので、『コミック昭和史』を読んでいると所々で

 「これはあの場面だな~」と照らし合わせることができたりします。

 戦争体験記としてみると、『コミック昭和史』の方が詳細であったような気もしますが、

 記憶違いで気のせいかもしれません。

 そして戦地から戻ったとき、「生きているだけで楽しい」といった感覚を持たれていたという

 話には、それだけで感じること・考えてしまうことが色々ありましたね。

 

 どちらかといえば、戦後の貧乏時代、漫画家としての生活への比重が大きい印象。

 朝のドラマになじみのある方には、こちらの方が楽しめるかもしれませんね。

 白土三平先生や、つげ義春先生、長井勝一氏、桜井昌一氏、池上遼一先生といった

 方々のことも書かれています。

 

 また、撃墜王である坂井三郎氏に会ったときの話も興味深い。

 当時の水木先生が描かれていたのは「みじめな戦記モノ」で、あまり売れなかったらしく、

 戦記モノのコツをつかんでいた坂井氏にその点尋ねてみたところ、

 「勝たんとダメなんですよ」と言われて目からウロコが落ちたとか・・・そんなもんですよね。

 ここでの水木先生の反応が「なんという名言だろう」だったのには、思わず笑ってしまった。

 

 そのほか、水木先生の「南方の楽園」の話も、『コミック昭和史』で知っていたのですが、

 この顛末にはちょっと寂しい想いを抱いてしまいました。

 それでも、「幸福」を求める水木先生の意志、そしてラストの文章には大いに感じ入るもの

 があります。 とくにシメの一文には、マンガ好き・物語好きな人間の中には、響くものを

 感じる方も多いのではないでしょうか・・・・・・