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朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

竹原(広島県)

2015-02-25 | 国内各地の風物
この季節、各地の伝統建築物や古民家などを訪ねると、どこでも「ひな祭り人形」の展示をしています。



京都祗園祭の「屏風祭」のように静かに自宅のお雛さんを窓際に並べている家もあります。

「旧笠井家」では邸内を公開していて、お雛さんを多数展示していました。



その二階からの眺望です。



古民家は梁に極太のヒノキが使われていることが多いようですが、この家もそうでした。

雛飾りは10組以上も並べられています。現代の住居事情からはこのような大きな雛壇は置く場所がないし、子供の数も減っています。受け継いだお人形は、ゴミとして捨てるわけにもいかない。とすると、このようなところに寄付する家が増えているのだろうと思いました。



「森川邸」、保存され公開されている伝統的和風邸宅です。江戸時代に竹原の大きな産業であった「塩田」の事業家として成功した人の屋敷です。



七段飾りが多数並びます。



この御殿雛は、とても立派な御殿のなかにお「内裏」(だいり)さんが鎮座しています。「三人官女」は御殿の中で仕えています。その下に「五人囃子」が笛太鼓を演じています。菱餅も並べられています。



伝統的な日本庭園です。



塩田で使われた器具が展示されています。



竹原で作られた塩が全国に発送されました。

瀬戸内海沿岸は、北の中国山脈、南の四国山脈に挟まれて地中海性気候となっていて、温暖で晴天が多いため、海水を塩田引き込み天日で水分を蒸発させて、最後は釜で熱して塩とする方法が発達しました。

現代人は、食事で塩分を取りすぎるといわれて食塩が悪者になっていますが、中世までは必要な食品成分として換金価値のある貴重な産物でした。タバコと同様に食塩もかつては政府の「専売品」でした(民間企業が販売することができない物品)。今は、海外から安価な岩塩が大量に輸入されているので嘘のような価格になっています。



頼山陽の銅像があります。彼は「日本外史」を書いて、その思想は幕末の尊皇攘夷運動に影響を与え明治維新につながっていきました。ここが彼の故郷でした(祖父の生誕地)。



この写真は日本の高度経済成長を推進した池田勇人総理大臣です。この町の出身です。



京都新聞朝刊に連載中の小説「この日のために」(幸田真音著)では、昭和30年代の池田勇人の役人時代・吉田茂に見込まれて代議士となり大蔵大臣に抜擢されたこと、GHQとの交渉、所得倍増論の着想とその実現がストーリーとなっています。さらに、東京オリンピック誘致(田端政治)、東海道新幹線の建設開始(十河信二)のエピソードが詰まっています。中学高校での日本史は、恐らく戦後の歴史は教えていないでしょうから、輝かしい敗戦国日本の発展過程を知る若者は少ないのではないでしょうか。

コメント (2)
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