活断層でできた山に登りました。獅子吼(ししく)高原、ロープウェイが設備されていて、標高600m。
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日本海に向かって眺望がひらけます。
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地形も風向きも適しているので、パラグライダーの名所になっています。初心者向けには、タンデムになって先生が後ろに繋がって飛ぶことができます。見学している間にも何人かが飛び出して行きました。
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パノラマ写真です。(デジカメの画像処理のエラーで不思議なもの(鯉のぼり?)が空に写ってますが)
左側が高山側で、手取川上流、最初の不老橋、手取峡谷は左の一番奥。右側が下流で海に流れていきます。中央の狭まった場所に白山比咩神社(しらやまひめ)があります。「しらやま」と古くからの呼び名で、この扇状地全体の元締めとしての信仰を集めています。
とあるメンバーからの質問「扇状地の中央を手取川が流れるのが自然だと思うが、なぜ現在の川筋は西寄りをながれるのでしょうか?」・・「それは、自然の作用により、当時は大雨でしばしば氾濫する川で徐々に西に流れをかえていき、江戸時代になったとき、その西寄りの流れで、固定するための治水事業をしていた」のだそうです。 まあ、もしかすると、東には金沢があり加賀藩の城と城下町があるので、、できるだけ金沢から離れた場所を流れるように、堤防工事などを続けたのかもしれません。
現在でも、万一の洪水発生の場合に備えて、過剰な流水量を一時的に川の外に氾濫させる仕組みが取られています。人的被害を防ぎ、堤防構造や田畑への損害を最小限におさえるため、安全弁に相当する堤防構造を採用しています。
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高原らしい花々が咲き誇り、遠足の生徒たちが走り回ったり弁当を広げていました。
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獅子吼高原を降りて、麓の民宿で昼食。
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じつは、この地区は「どぶろく」の製造販売特区です。
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囲炉裏を切った大広間でゆったりと食事しました。
地元の山菜、野菜、魚、お米・・・そして、どぶろくを味見程度に注文しました。
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イワナの塩焼きがメイン。あ、その前に、地元の魚の刺し身と、硬い豆腐の梅肉サンド。
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この座敷で、専門員(地層)の日比野さんに、化石壁の説明を聞き、1億3千万年前当時の動植物復元想像図を見せてもらいました。
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日比野さんは、この地にある化石壁の調査を志願してこの仕事に足を踏み入れたそうです。恐竜等の化石が多種類発見された桑島化石壁資料(このリンク先にある資料「白山の自然誌30」の著者になっています)。
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次に、扇状地の農業に決定的に重要な用水管理を見学しました。
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かつては、この場所まで北陸鉄道石川線が来ていたのですが、今は廃線となっています。「加賀一の宮」駅の跡。
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かつて江戸時代には、取水権利や活水期に水の取り合いが起こっていました。用水路の整備のため明治時代の少し前から私費でトンネルを掘った偉人「枝権兵衛」さんの業績をこの建物で展示しています。(画像:http://hakusan-geo.main.jp/areaintro/site08_02-03.html)
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水門と用水路。
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引用:七ヶ用水地区管理体制整備推進協議会パンフレット「水キラキラ 人いきいき」より抜粋
通常、扇状地は山からの砂が蓄積した地形なので水はけがよく、水流の多くは伏流水となって地表には少ししか流れません。そのため、扇状地は水が少なくてもよい果樹園に使われています。・・かつて高校の時に「人文地理学」が好きだったので、その頃の知識・・
ところがこの手取川扇状地は江戸時代から、稲作が盛んになっています。その理由が用水路を整備して、各地区が話し合って合理的に用水を分け合うことにより達成されました。その基幹的な水門がこの場所です。現在は、水量監視や水門開閉は別の場所で遠隔で集中制御していると説明がありました。
次に、鶴来(つるぎ)(古くは「剣」が町名漢字だったが、平和イメージに改名とのこと)の町並みで、
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「萬歳楽」の小堀酒造店に立ち寄り、有名な梅酒を購入しました。この町で、もちろん清酒の製造も盛んです。
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もう1軒、車多酒造の石造りの蔵を外側からだけ見学しました。この石材も地元で産出する凝灰岩で落ち着いた薄緑色の建物です。酒蔵としての保温性能に優れているようです。
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水田が広がる地区に酒造の蔵が並んでいました。
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さて、本日のフィナーレ、吉田酒造店に到着。
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お願いしていた、若手のホープ30歳代、吉田泰之取締役専務さんにその心意気をじっくりと話していただき、酒造現場の見学と試飲をさせていただきました。
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右手に酒米「五百万石」の田んぼがあり、この場所から見学ツアーが始まりました。(つづく)