朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

サンダーバードの金沢便ラストラン、北陸新幹線敦賀延伸

2024-03-21 | 国内各地の風物
3月15日の北陸線サンダーバードに乗って来ました。この日は快晴で湖西線区間も風がなく定刻に金沢駅着でした。


乗り継いで富山駅まで行き駅前で宿泊。
翌日は観光バスで、白川郷で雪の茅葺農家群を散歩。インバウンド客多い。






富山湾に戻って海から白山を眺望しました。





その後金沢駅から新幹線に乗車。





あっと言う間に敦賀駅到着して、長いコンコースとエスカレーター乗りついで12分。短縮サンダーバードに無事乗車しました。

富山県では名物の魚介類をたくさん食したクラブツーリズムの団体旅行でした。








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東海道新幹線の年末下り 繁忙期ダイヤ

2023-12-30 | 国内各地の風物
12/30東京駅11:48発京都までのぞみ号に乗車した。駅中もホームも人々の波。
 のぞみ号は自由席を全て指定席に変更している。
 正午前後のダイヤをみるとこの写真のように通勤電車同様の3分間隔。驚きだ‼️
 この後にはこだま11:57、ひかり12:00、さらにのぞみが2本12:09、12:12と続く。
 日本JRの技術力と運用能力、安全管理に脱帽する。





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奈良 秋篠寺紅葉

2023-11-30 | 国内各地の風物

秋篠寺

 








秋篠寺の寺名の由来は、昔の地名だそうです。何か雅な響きがあります。「秋篠宮」との関係は地名による共通点はあるものの受付でいただいた説明書には触れていません。お寺の周辺は普通の住宅地で道路が狭くてちょっと気の毒でした。
 
本堂には伎芸天が祀られていました。舞踊や芸能の守る天女で美しい姿です。
 
引用 https://isumu.jp/std3764/
 
〜〜
奈良公園 浮御堂
 




綺麗に紅葉してました。


三笠山が見えました。
懐かしい数十年前の通学路です。(^.^)
 
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南阿蘇鉄道開通、高森町

2023-09-03 | 国内各地の風物

福岡にて世界水泳2023大会のボランティアをやった後、熊本県に移動(7月15日)。宿泊は地元友人家族が始める「多機能民泊ことりのめ」に2泊。http://kotorinome.html.xdomain.jp/

7月16日トロッコ列車の最初出発に乗る。

マスコミの取材多数。

 

途中駅で歓迎イベント色々。

餅まき、ではなく飴まき

トンネル通過

白川第一橋梁、深い渓谷に渓流が見える

かけなおされた阿蘇大橋が遠望できる

立野駅が南鉄の終点、だったが復興後には通勤通学時間帯にJR線に乗り入れるようになった。

立野駅前には、ニコニコ饅頭屋がある。この日は売り切れで買えなかった。

友人家族の車で高森方面にもどる。

名物、赤牛の放牧

 

高森殿(どん)の杉。谷間に生える巨大な、奇形の大杉。昔の殿様の名前が付けられている。樹齢400年超。https://www.town.takamori.kumamoto.jp/kankomap/kanko/sp/post.html

南鉄の見晴台駅へ、、、

「午後の紅茶」のコマーシャルのロケ地である

出発の朝、民泊の窓からの根子岳(右手)

熊本空港。一路、伊丹空港へ。

~~~~~

10年前に訪問した時のスケッチ。阿蘇の根子岳。

*****

 

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南阿蘇鉄道 トロッコ列車に乗る

2023-08-09 | 国内各地の風物
開通初日はトロッコ列車の運転はなく、翌日に待望の再開初トロッコに乗ることができました(友人が予約してくれた)。





出発は高森駅。大賑わいでした。
このディゼル機関車が引っ張ります。









マスコミのカメラマンが何人も乗車してきました。



車掌さんがマイクを持って沿線の案内をします。ユーモアたっぷりに。きっと今日のために練習を重ねてきたことでしょう。








途中駅では地元の人々がホームに集まり歓迎してくれました。






忍者が現れて、お菓子を車内に投げ入れました。


一番の見どころは白川にかかる鉄橋です。列車はよく見えるように停車しました。ずっと真下に渓流が見えました。







とても楽しいトロッコ列車の旅でした。


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南阿蘇鉄道 7年ぶり全線開通

2023-08-06 | 国内各地の風物
2016年4月に発生した熊本地震で阿蘇の外輪山地域も大きな被害が出てました。白川渓谷にかかった阿蘇大橋が落下して走行中の乗用車が転落。大学生一人が亡くなりました。
 同じ白川に南阿蘇鉄道の鉄橋があり、落下は免れたが地盤の移動や崩落で運行不能となりました。
 重要道路橋は現代では生活インフラですから、優先して立派に再建されました。
 しかしこの鉄道は元々赤字のローカル線でかなり以前にJRから分離されていました。地震後、鉄道路線の廃止論が論じられたが、地元の強い再建運動が起こりました。ついに国を動かすことができるて、再建費用の大部分を国が補助して開通を目指しました。いわゆる上下分離方式で線路等の基盤の所有と鉄道運行企業が別組織になりました。
 2023年7月15日に念願の全線開通が達成されました。
 ボクは、終点の高森町に友人が住んでいてお誘いがあってことから、この鉄道に乗りに行きました。



南阿蘇鉄道が走る高森町、阿蘇村、そして再建された白川鉄橋など素晴らしい経験をすることができるました。(つづく)




国道の新築された道路橋。


こちが南阿蘇鉄道の鉄橋。


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世界水泳福岡2023

2023-07-28 | 国内各地の風物
開幕日7月14日、早朝起きた時やや発熱があったのでコロナ感染のリスクを考えてボランティア(4日目)活動を欠席することにしてインターネットで事務局に連絡しました。
 その後ホテルの部屋で休んでいたら体調が良くなってきたので朝食をとりました。福岡まで来たせっかくの機会なので近所のローソンでAS予選のチケットを買って、競技プールに出かけて間近で選手の競技を見学した。オリンピックでは採用されていない競技種目でしたが興味深かった。
 昼休みになったので、周辺にできている協賛企業や飲食のテント村にいって散歩しました。
 新聞記者に声をかけられてインタビューを受けました(読売新聞)。翌日、駅で新聞を買ったところ記事になっていました。
 このコメント以外にももっと意味あると思う事も話したがカットされています。(笑)


クローズアップは↓



(^^)

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古城(跡) 巡り 滋賀県

2023-05-14 | 国内各地の風物

この日は家族たちが東京に戻る日で夕方の新幹線まであまり時間がないなか、東山の峠を越えて距離的に近い大津市にある坂本城跡に行きました。

明智光秀が織田信長の命により1571年に築城したお城の跡です。当時、鉄道も自動車もないなか多量の物流は水運が中心でした。琵琶湖は日本海の港から京都への水運に重要な役割をはたしていました。

 

完成した坂本城は、琵琶湖湖岸から少し離れた湖上を埋め立てて本丸とし湖岸側に関連施設を建設しました。現在でも湖の水中に城壁の石組が少し残っていて湖の水位が下がると現れるそうです。土日祝日は地元のボランティア「坂本城を考える会」のメンバーが説明をしてくれます。

いただいた資料の坂本城復元予想図です。

ここに城を築いた目的は、比叡山延暦寺に対する抑えと琵琶湖水運の交易(課税)・湖賊(海賊)の警備でした。織田信長は光秀に坂本城を、羽柴秀吉に長浜城を築かせ、そして自身の安土城の対岸に大溝城(琵琶湖西岸、高島市)を築き四つの城によって、琵琶湖の水運を完全に掌握しました。

明智光秀の像が設置されています。

「光秀の意地」(唄:鳥羽一郎)の歌碑、ボタンを押すと歌が流れました。

 

坂本の町を散策しました。ここには伝統ある鶴喜そばの本店があります。当時、築城の石垣建設の専門家集団「穴太衆」(あのうしゅう)が住んだところです。

 



以前にこのあたりを散策した時の写真を掲載します。

規格化された石材ではなく、色々多様な石を組み上げています。なにか芸術性を感じさせてくれます。

(古城巡り、終わり)

 

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古城(跡)巡り 奈良県2

2023-05-11 | 国内各地の風物

次に向かったのは、奈良県北西に位置する大和郡山市の郡山城でした。

京都から橿原神宮に向かう近鉄の線路がこのお城の堀と石垣のすぐ近くを通るので、車窓からよく眺めていてこのお城はどんなところだろうかと思っていました。

 
 
三輪そうめんの店で満員のため入店をあきらめたので、道路を走りながら和食の店を探したのですが途中には見つかりません。大和郡山の町に入ったところで一軒てごろな定食屋さんがありました。
 

 
皆さん思い思いの食べ物を買いました。私はきつねうどんとメンチカツ。子供たちが注文した豚汁がとてもおいしかったとの感想。
 
さて、郡山城に入城しました。信貴山城は小高い山の頂上でしたが、ここは平城で平地に造られています。

 
「続日本百名城」だそうです。続というのが、なにか微妙ですね。
 
 
この説明板から抜粋してみます。
「天正8(1580年)筒井順慶が大和国唯一の城郭として築城を開始する」・・~信貴山城が落城したのが1577年なので、その3年後だった!
 
「1585年に入部した豊臣秀長によって本格的に整備された。1595年に増田長盛による外堀普請で完成した」
「関ヶ原の戦い後一時在番支配となるが、大坂・京都に近い要衝として幕府に重要視され、1615年復興。水野、松平、本多といった譜代大名が城主を務める。・・江戸時代を通じて大和国の政治、経済、文化の中心として繁栄した」
 
なるほど、続百名城にふさわしいですね。
江戸時代を通じて大和国の中心だったのに、なぜ奈良県となったときに奈良市に県庁が置かれたのでしょうか?
 
 
立派な深い堀が残っています。
 
 
天守閣の発掘調査が行われています。
 
石垣は野面積みで自然石のほかに石仏や礎石、墓石などの転用材が多く使われています。



天守台からは眺望がよく、奈良の若草山がはっきりと見えました。
 
ご城印は、柳沢文庫受付でいただくことができました。
 





 
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2023GW 古城(跡)巡り 奈良県1

2023-05-10 | 国内各地の風物

5月の連休後半に東京から家族3名(うち小4と中1の男子2名)が来訪してくれました。中1君の最近の趣味は「戦国武将にゆかりの城」を見学して、ご城印を集めることです。

さっそく5月4日(木)に京都から自家用車で信貴山城跡に向かいました。道路の渋滞を避けるため、少し遠回りですが、第二京阪道路(有料)に乗り、門真JCT、近畿自動車道、第二阪奈道路から壱分ICでおりて、一般道を南下して信貴山朝護孫子寺(しぎさん ちょうごそんしじ)に到着。渋滞はほとんどなし。お寺の駐車場はほぼ満車でしたがどうにかとめることができました。
 
このお寺は1400年前に聖徳太子が毘沙門天王を感得されて建立されました。崇仏派の蘇我馬子と排仏派の物部守屋が対立し、守屋討伐のための戦いが勃発しました。聖徳太子こと厩戸王子も討伐隊に加わったのですが、寅年、寅日、寅刻に空に毘沙門天王が現れました。この伝承によって、「虎」がお寺のシンボルになりました。
 
 
世界一福虎。首を振ります。
 
 
案内図に従って、まずは本堂を目指しました。朱塗りの欄干が美しい舞台からは大和平野が遠望できました。



少し参道を戻って・・・
 
 
信貴山城跡を目指して、かなり長い石段とジグザグの坂道が続きました。約2,30分息を切らして登りました。

 
ようやく城跡の石碑を見つけました。標高433m。石垣などは残っていません。戦国大名松永久秀の居城でした。



松永秀久は1577年織田信長軍の総攻撃を受けながらも50日間籠城し、信長が何度も所望した茶釜「平蜘蛛」を渡すまいとしてこの釜もろとも爆死したと伝わっています。・・周りの地面を探してみたが破片らしきものは見つかりません。汗。
 
 
空鉢護法堂が山頂にあり、巳(み、十二支の蛇)を祀っているので、蛇の好物生卵と清酒がいくつもお供えしてありました。
 
坂道を下って参道にもどると途中に、虎の郵便ポストがありました。

 
ご城印は開運橋のたもとにある観光センター売店で買うことができました。
近くにみたらし草団子の売店があったので、食べてみると案外に美味で団子好きな中1君がとても喜んでいました。



これは大門ダム。開運橋の中央にはバンジージャンプ(高さ30m)の設備がありました。時々、歓声が沸き上がっていました。関西では唯一のジャンプ場だそうです。
 
・・・ほぼ昼食時となったのですが、門前町の食堂は避けて、奈良の名物の食べ物を探すことにしました。
 
思いついて「三輪そうめん」に行くことにしました。桜井市ですね。カーナビに目的地を入れて約30分で「三輪山本」の直販店・レストランにつきました。広い駐車場がほぼ満車。受付に行くと、ものすごく多くのお客のウエイティングリストがあり、待ち時間はおよそ1時間とのこと。
 
ここはあきらめて、次の古城の場所を目指すことにしました。その町で食事処をさがそう!
 
 
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