朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

Sushi

2007-10-31 | Weblog
外国で、なかななか食べられない日本料理の代表は「すし」 sushi でしょうか。(No no ...という声あり。米国のNY、CAやカナダで、あるいはロンドンでは美味しいsushiがありですが)
 というわけで、近所のおすし屋さんでたっぷりと、相模湾でとれる地魚の握りを堪能しました。(地元の魚。地酒はいいですが、地魚は変な言葉ですね。何かすわりが悪い)
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Bazaar - Almaty

2007-10-30 | Weblog
Green Bazaar中央バザールを見に行きました。冬は寒いので、巨大な屋内市場となっています。肉売り場などは動物ごとに列が別れていました。羊だけでも何軒も店があります。果物や野菜が豊富です。キムチを売るお店もあります。食品だけでなく、地下や別棟には日用品も並んでいました。
 
  
 

(この記事で、Almatyのお話は終わり)
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台風一過の夕焼け

2007-10-29 | Weblog
遅い秋に、はや足の台風が関東の南の海上を通過しました。ボクのカザフからの到着時間と重なりました。自宅最寄バス停からずぶぬれ、傘は逆キノコになり骨が外れてパー。
 で、今日29日は台風一過の秋晴れ、そして夕方には、こんなきれいな夕焼け雲をみることができました。
After Typhoon, as the strong wind had swept air pollution, it appeared red clouds reflecting the sunset.
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Town

2007-10-28 | 外国の風物
天気のいい日になりました。公園ではどこに行っても、新婚カップルのお披露目と写真撮影がおこなわれていました。記念に白い鳩を放すのだそうです。ハトなので飼い主の巣に戻るのでしょうが。ロシア正教会のある「28人のパンフィロフ戦士公園」と共和国広場(独立記念碑)を見ました。


共和国広場
 
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Yama-yama

2007-10-27 | 外国の風物
Almatyの南側には高い雪山がそびえています。中腹にはTV塔や遊園地が、さらに奥にはMedeuスケートリンクがあります。人工氷結リンクがまだ無かった時代、このリンクは標高が高い場所に有ることと氷質が良いため、世界記録が出る場所として有名でした。
 この日は休日なので多くの市民がここでスケートをしていました。我々はさらに山奥に進み、Shymbulakスキー場まで行きました。まだスキーには雪が不足ですが、リフトを1本だけ乗って中腹に到着。霧が発生し気温が下がってきて、リフトに乗っていると、眉毛や髪の毛が白く氷結しました。リフトはさらに2本、山上に向かっています。距離があってとても良いスキー場だと思いました。
 スキー場の中、ペチカ(暖炉)のあるレストランでシャシリク、マトンの串焼きをいただきました。
 
 
 
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Almaty-3

2007-10-26 | 外国の風物
この日は会議や表敬の訪問先が大変多く、朝9時から夕方まで何度も車で移動しました。ランチを取る時間がなかったのですが、お世話をしてくださったカザフの方の職場で午後のティーを準備してくれました。左の写真はそのときに出た、馬のミルクと駱駝のミルク。...昔モンゴルで馬乳酒を飲んだことありますが、それに近い感じでした。すこし酸っぱく若いヨーグルトのような。
 
 
学生さん                          通訳の方


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Almaty-2

2007-10-26 | 外国の風物
秋のアルマティ、中心部の街の風景です。おなじアジアでも、南アジアや東アジアとは雰囲気がずいぶん違います。でも、街を歩く人の多くは、我々と同じご面相でした。
大統領は国家開発25年計画を立て、「2030年」を完成目標年としました。ちなみに、青は国旗のカラー、この動物はスノー・レオパード。もう一つの看板はある銀行の外貨レート電光掲示です。

国旗は、空の青地Blue Skyに太陽Gloden Sunと鷹(Falcon、狩りの象徴)そして伝統文様Traditional pattern。太陽の色は、諸国では日の丸と異なり黄色のようだ。むかし、山下清が黄色い太陽を描いた時、学校の先生は「太陽は赤です」と直させたエピソードがあるような気がする。(自信なし)
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Almaty-1

2007-10-25 | 外国の風物
深夜に到着です。翌日の朝、ホテルの部屋からは、お向かいのオペラ劇場とその後背に白い山脈、TVアンテナ塔が良く見えました。3階の部屋、テラスから濃い緑と黄色の混じったマロニエの葉に手が届きました。
秋。...市内を走る自動車は高級車が多く、メルセデス、BMW、ランドクルーザ、レクサス、トヨタ、ホンダ、日産など、ドイツと日本車がほとんど。それも高価なクラスばかり。車だけ見ていると、東京よりも上等とおもいました。
 
# Information and photographs, which could be related with our business
matters and privacy on the Almaty stay, are not posted here. #
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インチョン Korea

2007-10-24 | 外国の風物
仁川。ソウルの国際空港です。数年ぶりに来ました、乗り継ぎtransitのためだけですが。立派なターミナルで免税品店やブランドショップにたくさんの乗客乗員で繁盛していました。...ロッテが韓国系のブランドであることを思い出させてくれました。
お昼すぎに成田を発って2時間、約2時間の待ち合わせ。いつもは成田で身体検査後、搭乗前にお茶のペットを買います。それを到着地のホテルまで持って行くことにしていますが、今回は乗り継ぎがあるので不可。幸い、この空港ターミナル内のお店で緑茶pet(甘くないモノ、東南アジアでは砂糖入りが多いので)を買うことができました。Almaty行きが出発したのは夕方でした。
 
(カザフのこと、少しずつ書いていきます...掲載日付は多少ずれますが)
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カザフスタン

2007-10-23 | 外国の風物
仕事でこの国に出かけます。
カザフスタンは旧ソ連の国。中国の西、インドの北、シルクロードが通過する場所です。面積は日本の7倍、人口は1/8、石油やウラン(埋蔵量世界2位)など鉱物資源が豊富。15年前、ソ連崩壊のすぐ後に訪問したことがありますが、今回どう変貌したか、楽しみです。

(追記)日本からの直行便はありません。ソウルからは週2便、なぜでしょうか。
..中央アジアには朝鮮系の人が多いのです。第二次世界大戦の時、朝鮮半島は日本であったので、ソ連はシベリアの朝鮮系住民(間接的に日系となる)を国境から遠い中央アジアに移住させたそうです。ソ連西地域のドイツ系住民も同じ。そのため現在でも、この地域には朝鮮系とドイツ系の人々が多く住んでいます。
 終戦後、満州でソ連捕虜となった日本軍兵士は中央アジアにも抑留され、インフラ建設等に従事したそうです。当時完成した建築物がいまも活用され、日本人の信頼できる仕事として認識されているとのこと。
 15年前、この地に行くのに、モスクワ経由アエロフロート便は不安だったので、唯一欧米系で飛んでいたルフトハンザ機にフランクフルトから搭乗しました。今回はソウル経由としました。
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