朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

春の雪

2010-03-31 | 京都の文化(春)
三島由紀夫の作品にこんな題名の小説があったと思いますが。

 ともかく、一昨日29日は季節はずれの雪がふぶきました。



 降りしきる雪の流れの中を叡電が走っていきました。



 翌朝の風景です。
 大文字山も薄く白くなっていました。



 比叡山はさらに白く。

 桜の開花期間は長持ちしそう。





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容保桜(かたもり ざくら) 

2010-03-30 | 京都の文化(春)
最近、新種の桜が発見されました。

 深山や古刹の庭ではなく、なんと、京都府庁の庭にありました。



 府庁の建物は1904 年(明治37年)に竣工しました。窓ガラスの大半は、100年以上を経過して当時のままなので、外の景色がゆらゆらと歪んで見えました。それも一興。



 中庭の中央に堂々と満開の枝を広げているのが、主役のしだれ桜です。
 円山公園の「祇園枝垂れ桜」の種から育てた実生木のシダレザクラ。




 さて、桜守として最高権威の佐野藤右衛門が最近発見して、命名した新発見の桜がこれです。



 この府庁の敷地は、京都守護職の屋敷であった場所で会津藩主の松平容保が執務したのです。会津藩は最後まで徳川幕府に味方したしたので官軍に反抗する賊軍とされ、会津白虎隊など悲惨な内戦を経験しました。
 なんせ「賊軍」の大将なので、会津(福島県西部)出身者は、天皇家の地元京都ではずーと肩身の狭い思いをしてきたそうです。

 友人にその方の子孫がいるので、とりわけ興味深く鑑賞しました。
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かにかくに  夜桜

2010-03-29 | 京都の文化(春)
かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる



 祇園を愛した歌人吉井勇の歌碑が、祇園白川に建っています。

 このあたりのしだれ桜が見事に咲き誇っていました。あいにくの寒い小雨模様でしたが、それもしっとりとした風情があると感じました。(3月28日夕刻)




 照明の準備がしてあったので、夜桜見物をすることにしました。四条大橋をわたって木屋町にあるスペイン・バーにて軽食とワインを取って、暗くなってから戻ってきました。


 鴨川の近くにあるソメイヨシノ桜並木は、六分咲きくらいでしょうか。




 雨がやんで、おぼろ月が出ています。黄緑の柳枝、桜の花、月、....

 ♪ 月はおぼろに東山
   霞(かす)む夜毎(よごと)のかがり火に
   夢もいざよう紅桜
   しのぶ思いを振袖(ふりそで)に
   祇園恋しや だらりの帯よ

 「祇園小唄」




  美空ひばり唄 <<これは、特選の唄いと映像です、お勧めします。


 川向こうの割烹の窓にはお客さんの姿が見えます。向こうからも、桜見物客をさかなに、「花見で一杯」というわけですね。






 あちらの割烹の店名は「かにかくに」、こんな紹介記事があります。


 辰巳神社のあたりも、多くの人が夜桜を楽しんでいました。



 


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披露宴 2 バンコク チャオプラヤ

2010-03-28 | 外国の風物
3時間かけて、ゆっくりとクルーズ船は走っていきました。

 王宮もライトアップしていて、金色の屋根の装飾がとてもきれいです。




 船上パーティの様子を少々紹介します。








 新郎が事前に準備した写真アルバム。MacのiPhotoから、写真を選んでレイアウトすれば、ネットで印刷を注文できます。新カップルのここ1年くらいのスナップや記念写真が20ページくらいにきれいに整理されてます。このブックに、友人たちが金や銀色のサインペンでメッセージを書き込んでいきます。



 ボクも拝見してコメントを残しました。

 しかし、正直なところ、彼女の友人たちには刺激強すぎじゃないでしょうか。・・米国ヒューストンの両親宅を訪問、東京での生活、日本の雪景色、京都の風景とスナップ、東京の外国人(白人中心)パーティなど。





 最後の1時間はカラオケです。




さて、Party is over. 接岸しました。

 最後のイベントは、花嫁が後ろ向きに投げるブーケを、受け取る行事でした。



 無事、一人の友人がキャッチして、これを合図にお開きとなりました。



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披露宴 1 ディナークルーズ

2010-03-27 | 外国の風物
この日、昼間は勤めの都合で参加できなかった友人たちのために、披露宴が開かれました。

 夜7時に、SabaiCruise号が出航です。オリエンタルホテルの南、BTSサパーンタクシン駅近くの岸壁に行きました。もちろん貸切です。昼間の倍くらいの参加者が集まりました。



 ほとんどが新婦の友人なので、若い女性がいっぱい、ドレスアップしてきていました。

 通常ならば、新郎の友人多数も来るのでしょうが、今回は外人数名(いずれもやや年上)、日本人数名(中年か、やや中高年、子供1)、家族なので、若い男性はとても少なし。



 でも、招待客の皆さん、とても楽しそうでした。




 真ん中が、弟くん。大学でMBAを勉強していると言っていました。



 新婦と母上。
 
 彼女にとって、正に Dream comes true の気持ちだったと思います。



 船は、ライトアップされた暁寺院の前を通過しました。

 (つづく)

 
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桜 咲く

2010-03-26 | 京都の文化(春)
気温が10度以下になっています。

 開花は始まっていますが、この寒さと雨で、氷ついてしまったようです。



 近所の疎水の脇に咲く若い桜の花に雨だれが付いていました。





 赤の宮神社の桜は、少し早咲きのようです。



 




 北白川の疎水の桜。

 いよいよ、もう少しで本格的な春です。

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結婚式 2

2010-03-25 | 外国の風物
お坊さんが9人入場して、壇上に座り、新郎新婦に祝福を与えた後、読経が始まりました。

 都会の専門式場ですから、ちゃんと店の人が儀式、作法を仕切っています。
 背広姿のリーダーとタイドレス(黄色)の女性、そして蝋燭、水など儀式助手を務める店のボーイさんが支援して、儀式が進行していきました。




 参列者はこの壇に向かい合う形式に並べられた、椅子席に座ります。




 壇上、左手に小さな金色の仏壇があって、その仏像に新郎新婦がお祈りすることから始まりました。

 僧侶の前にある金色器に大きな糸巻きが置かれました。糸の片端を仏像に結び、そして糸を順々に僧侶全員に持たせていきました。仏陀との結縁ということでしょう。
 
 



 延々30分くらいのお経が続きました。経本を全く見ません、持っても来ていません。向かって一番左の僧侶がリーダーのようです。長い読経の音調はそれなりに揃っているのですが、特に誰がリードしてるわけでもなく、合唱していました。とても長い読経で暗記しているわけですが、文言に繰り返しがあるのかどうか、気しながら聞いていました。どんなパターンがあるのか、聞き取れません。
 それが仕事、修行といってしまえばそれまでですが、30分ものお経を暗記するのも大変そう。

 オーケストラ指揮者は、全曲全パートの楽譜と演奏方法を暗記しているのだらか、僧侶の経典暗記も当然でしょうが。



 後で右手の方に座った方に聞くと、最も右手にいた僧侶は口パクも読経もしていなかったとのこと。

 読経が終了すると、食事が振舞われました。



 最後に、僧侶が藁を束ねたような用具を持って、新夫婦、親族、参列者の順に、金の器に入った水を振りかけ飛ばして、祝福してくれました。




 僧侶が退出した後、今度はレストランスペースの中央に設えた祭壇で、別の儀式です。
 
 新郎新婦に糸で作ったつながった冠をかぶせ合掌をさせて、その手に水をかけてあげます。これも両親、兄弟と縁の近い人から順におこないました。・・・お焼香みたいなもんでしょうか。




 ようやく参列者に食事が配膳されてきました。
 魚のミンチ(つみれ?)フライ、ポテトチップ、ビーフンサラダ、トムヤンクン、えび魚スープ、大きな魚のフライ、チャーハンなど。





帰りの車も、新郎とその両親と一緒でした。新婦さんは親戚と別の車。

 母上が「この費用はいくらかかったか?」と質問したら、「はっきり覚えていないが、1000ドルくらい。僧侶など全部込みで」とのこと。参列者数は40人くらいでしたから、一人あたり2000円少々でしょうか。

 この2、3日前には、タイの北部にある彼女の故郷の町にある寺院でも、結婚式をしてきたと話していました。そこは実家のすぐ近くにあるお寺で、住職も昔なじみだったとか。父親はその儀式に参列したので、バンコクのような都会には来たくなかった模様です。

 この後、夜には「披露宴」が開かれました。 (つづく)

 
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結婚式 1

2010-03-24 | 外国の風物
午前9時を過ぎると、お客さんたちが三々五々集まってきました。




 受付は、新婦の友人たちがタイの伝統衣装を着込んで応対していました。大学時代の学友で、就職も同じ観光・航空業界だとのこと。彼女たちは英語が話せるので、会話ができてこちらも華やかで楽しいイベントを共有することができました。




 
 ほぼ招待客が揃ったところで、エアコンつきの部屋にて最初の儀式が始まりました。



 双方の両親への感謝の表明と両親からの祝福を受ける儀式でした。

 アジアですから、床に座って挨拶をします。そして床にひれ伏して祝福を受けます。





 その後には、記念写真です。新郎新婦の両脇には、受付も担当してくれた女性の親友たち。



 男性や年配の参加者も記念写真撮りましたが、絵になりにくいので省略。この後しばし懇談が続きました。

 いよいよ「式」です。
 仏教で執り行われたので、橙色の袈裟を着たお坊さんがずらずらと入場してきました....


 
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タイの結婚式

2010-03-23 | 外国の風物
米国の友人(現在、東京在住)がタイの女性と結婚するので、バンコクでおこなう式と披露宴に来ませんかと、誘われました。それで、バンコクまで飛んできました。(ひま人だね!)

 彼の両親がテキサス州ヒューストンから来ていたので、同じホテルに泊まることにしました。

 結婚式の会場はチャオプラヤ河のほとりですが、ホテルとは都心をはさんで全くの反対側。花嫁の弟さんが運転する自家用車に乗せてもらって、会場に到着しました。

 好天、ですが暑い!! (35度位らしい)



 お嫁さんの家族が先に到着していました。父上は都合で欠席。
 上の写真でコーケジアンの人が花婿。着替えをするのはこれからです。




 本当に、大きな河に面していました。 



 メイン会場はオープンエアで、所々の柱にはこの様な霧を噴出す扇風機が取り付けてあります。自然の散水式冷房装置というわけです。空調の付いた部屋もあり、待合室、控え室として利用しました。



 どんな結婚式になるのか、興味津々。



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バンコクのデモ行列

2010-03-22 | 外国の風物
バンコクの新空港、といっても開港して3年くらい経つのでしょうか、に到着しました。

 ともかく巨大です。しかしまだ都心からの高架鉄道が開通していません。いつも、Coming Soon と言っているようですが。
 でもそれほどは困りません。今では、都心までの高速道路がかなり建設されていて(都心中心部・繁華街の道路は大混雑だが)、タクシー代金が安くて都心まで千円と少し程度なので。
 空港にて客を乗せるタクシーは、ドライバーが空港の公的機関に使用料金50バーツ(150円、客が降りるときに料金に追加される)を前払いしていてます。その証明書が乗客に渡され、それが苦情投書用紙にもなっているため、ドライバーのマナーは良い。


 到着の翌日、土曜日にタクシン前首相の支持派のデモがあり数万人の規模でした。幸い、我らの車が向かう方角とは逆の車線。




 デモ行列は、車、トラック、バイクが中心でした。徒歩はほとんどいません。側道で支持者が応援しているのはいました。シンボルカラーは赤。

 でも緊迫感は感じられないし、警官隊が前後や脇を固めている様子はありません。
 日本での、昔の「メーデー」のデモ行進の様。
 和気藹々と周辺の見物者に旗や手を振っていました。なにか楽しそう。

 政府機関とか現首相官邸などは厳重に警備しているのでしょうが。

 我らの車にはタイの方が乗っていたので、なぜこのように支持者が集まるのか、質問しました。 
 一説にはタクシン前首相は海外に数百億円レベルの不正蓄財があるとも報道されているのですから(政府側の情報でしょうが)。

 彼の解説は、

1・前首相はタイ北部の農村出身で、農業地域を手厚く保護した。このデモに集まるのは、ほとんどが農村からの人たち。BKKなど都会の中産・上流階級は冷たく見ている。(この解説してくれた人も北部出身)

2・農村優遇の例で、大学進学者に奨学金が出ていたが、政権が変わったら突然、支給した全額を返還せよとの通知が卒業生にまできていると、話していました。契約条件に仮にそのような条項(例えば財政危機の特約など)があったのかもしれませんが、支払い済の奨学金を返せとは。対象になった若者は怒るでしょう。

3・デモに集まるための資金が、前首相周辺から支払われている。前首相とその親族は、幾つかの企業群(ホテル業とか)を所持しているから資金が豊富。 

4・王様は、高齢で病気が重く、政治対立を(今回は)調停できない。

===

「民主主義国家」といえども、国家権力を取ると、いとも簡単に数千億、兆単位の蓄財が可能になるという現実にも驚きます。

 最近も、北朝鮮キム総書記の私的資産がスイスにあったが今はルクセンブルグに移されたとの報道がありました(数千億円)。

 日本では、さすがにそれほど露骨な不正は無いと思いますが、特定業界への巨額補助金、工事発注、高額年俸の公務員OBなど、「薄く広く」数兆円くらいばら撒かれているように感じます。
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