朝顔

日々の見聞からトンガったことを探して、できるだけ丸く書いてみたいと思います。

京都一周トイレル:西山コース(嵐山~苔寺)4

2013-05-31 | 京都の文化(夏)
伏見稲荷を出発して、大文字山、比叡山、鞍馬、高雄、清滝を経て、嵐山までこれまでに歩いてきたので、この日はフィナーレとして最後の区間を歩きました。



阪急嵐山駅から出発しました。上の写真の周辺コース略図を駅周辺では気が付かなかったので、駅を出てまずは桂川堤防を目指しました。



渡月橋に到着。



橋の西詰めを左折して、十三参りで有名な法輪寺の前を過ぎると、冒頭の標識を発見してコースに復帰できました。



ここが山道の入り口です。この案内板によれば、ここから苔寺まで、3.3km、1時間半のハイキングです。



すぐに急坂になって竹林の中を登っていきました。



松尾山の頂上付近に到着。入り口標識から30分弱でした。



「嵐山モンキーパークいわたやま」の赤土の広場が眼下に見えます。この野猿公園は、結構、外国観光客に人気があるようです。TripAdvisorなる口コミ投稿サイトでは、Ranked #27 of 318 attractions in Kyoto、京都の観光名所で上位10%以内です。欧米の公園では、リスや鳥は多いのですが、猿や鹿は見たことない気がします。



比叡山が遠くに見えます。あの山頂を経由して歩いてきたわけで、晴れ晴れした気持ちになりました。

西山コースの公式ルートでは、ここ松尾山の山頂付近を一周りして、南西方面にむかうのですが、少し公式コースを外れて「嵐山城跡」(嵐山頂上)にまで行ってみることにしました。



大きな岩を登り、



烏ヶ岳(398m)に到着しました。松尾山から約30分かかりましたが、嵐山城址を見落としたようです。そこで昼食をとっていたハイカーさんに聞くと、少し手前の尾根道の分岐で間違えたようでした。



10分戻って、この地点、営林署国有林の黄色い看板(倒れている)を北に向かって尾根道を登りました。約5分で、「嵐山」山頂に到着しました。標高382m。



昔はここにも山城があったようです。ここで昼食休憩を取りました。。



木々の間から、桂川や渡月橋、阪急嵐山駅が見えました。



赤い新芽の枝が木漏れ日にあたって光っていました。

さて、松尾山まで戻って、以降は一周トレイルの標識にしたがって歩きました。



ところどころに展望が開ける場所があります。この写真で、市街地にある緑の帯は桂川の流れで、左の上の方にかすかに京都タワーが見えました。



シダが茂ったハイキング道となりました。何度か、尾根道のアップダウンがあり、最後は、竹林の中の急坂を降ります。筍が育って青竹に成長していましたが、柵の中にはまだタケノコも見えていました。

渓流があるので水で遊んでいる子どもたちの歓声が響いていました。



この看板が終着の印です。入り口看板(法輪寺横)から、烏ヶ岳と嵐山山頂への寄り道と昼食休憩を含んで、3時間20分でした。



山の神の石碑。



苔寺、ここは事前予約制になっています。ここから少し下ったところに鈴虫寺があって、そこは大きな駐車場があり観光バスが何台もとまっていました。

(京都一周トレイル:西山コースの過去記事


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蒼空

2013-05-30 | 食べること、レストランなど
まだ伏見のことを書きます。



ここは、藤岡酒造という家族経営の造り酒屋さん。蒼空というブランド名に、いろいろな酒米を使った醸造のラインナップがあります。

生産量が少ないので、とても貴重。最初に、このお酒を知ったのは4年ほど前に、木屋町そばの非常に小さな「食堂」です。(その店はその後ネットで評価点が急増していまや全く予約がとれません)



なんと、ここには試飲用のカウンター酒蔵Bar「えん」があります。



窓ガラス越しに奥に見えるのが、醸造タンク。

味比べお試しセットを注文しました。



女将さん(この酒造会社社長の母上)が、一種類づつ詳しく解説してくれました。

厳選された酒のあてが、すこしだけ置いてあります。



その一つ、クリームチーズ酒盗のせ、をお願いしました。濃厚なチーズと、清酒という組み合わせもなかなかオツなもんです。



このグラスのデザインもクラシックで好ましいですね。

~~

伏見大手筋商店街の中程に、「吟醸酒房油長」なる酒屋さんがあります。そこでは、伏見酒造組合加盟全銘柄を注文でき、利き酒カウンターがあるようです。まだ入ったことありませんが、備忘のためメモしておきます。
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黄桜

2013-05-29 | 京都の文化(夏)


伏見の街を散策すると、こんな看板がありました。



この酒造会社は展示室「キザクラカッパカントリー」を無料開放しています。

このお酒のテレビコマーシャル・ソングは、とてもよく覚えています。

「河童の唄」(歌・楠トシエ)

テレビ時代のはしりでしたから、非常に強く多くの視聴者に記憶されたのでしょう。



なつかしい広告の原画が展示されています。

このイラストレーションも週刊誌の広告ページでよく見ました。

漫画家・清水崑が描いて、可愛いカッパ家族のイメージが定着しました。1974年からは漫画家の小島功にバトンタッチして、色っぽさが増しました。



酒造りの過程がわかりやすく説明されているコーナーがあり、名水「伏水」を自由に汲んで持ち帰りのできる水栓がありました。
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明治天皇の陵

2013-05-28 | 京都の文化(夏)
かつては豊臣秀吉が築いた伏見城があった小山の上に、この御陵があります。大正天皇以降の天皇・皇后の陵は東京都八王子市に作られたため、近畿地方以西に作られた最後の天皇陵です。



JR奈良線桃山駅からゆるい登り坂を5分くらい歩くと、この写真にある入口に到着しました。



そこからの砂利道の参道が、とても長いです。両側は鬱蒼たる森になっています。



伏見城の旧石材とみられる石が展示されていました。



参道を約10分歩くと、宮内庁桃山陵墓管区事務所がありました。ここで、一昨年、東京から来た友人たちは「陵印」(歴代天皇陵参拝記念の朱印)を押すことができたと話していたことを思い出しました。



周辺の案内略図が貼ってありました。



明治天皇伏見桃山陵です。鳥居の奥に石を積み上げた場所が見えました。



陵墓の南面には急な広い石段が作られていて、眺望が広がっています。

この地区の北側には、伏見桃山城の模擬大天守、小天守が建っていて遠方からもよく見えますが、それはかつて遊園地「伏見桃山城キャスルランド」として近鉄グループが作ったものですが、現在は廃園になっており京都市に寄付されています。耐震性に問題が有り中に入ることはできません。
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鳥せい、神聖

2013-05-27 | 食べること、レストランなど
次に向かったのは、この焼鳥の有名店です。



旧酒蔵を利用して広い土間に、大きなテーブルがいくつも並んでいました。



焼き鳥盛り合わせと、蔵出し生原酒「神聖」を注文しました。 ・・・むしゃむしゃ、グビグビ。 うま~。



受小皿に神聖のロゴが書いてあるので、グラスの表面に写って見えました。



もう一つの名物、手羽先唐揚げも注文。



造り酒屋には、なぜか杉玉がつきもんです。
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伏見の酒つくり

2013-05-26 | 京都の文化(夏)


京都盆地の地下水がこの地で泉となって流れ出しています。その名水と、江戸時代の流通物資の最重要な米、大消費地の京都と大坂が控えていたことから、伏見の酒造業が発達しました。



御香宮神社の「御香水」です。

十石舟を降りたところから少し歩くと、月桂冠大倉記念館があります。その中にある井戸。



ひんやりした名水を柄杓でいただきました。「さかみづ」



こんな展示がいくつかあります。



昔の酒の携帯用、ひょうたん。文字どうり、エコロジカルで、サステイナブル。



いかにもお祝いの品。あるいは神棚に。



旧式電話とのコラボ・ポスター。いつの時代でしょうか。ダイヤルがついているので、すでに自動式です。日本に初めてダイヤル市内通話が始まったのは昭和初期なので、その頃にモダンな風俗と清酒をアピールしたものでしょうか。



入場料が300円必要ですが、この1合ボトルの月桂冠純米酒がお土産に頂けます。このお酒は売店で300円で販売していました。

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鳥羽・伏見の戦い

2013-05-25 | 京都の文化(夏)
明日のNHK大河ドラマで、徳川・会津の旧幕府軍と錦旗を得た薩長軍が戦う場面が放送されます。



東京から友人が来訪したので、伏見周辺を歩いてみることにしました。
京阪電車「中書島」駅にて降りて、10分くらい歩くと運河にでます。豊富秀吉が建てた伏見城の外堀にあたるようです。

「十石舟」に乗りました。



この広い水路は、琵琶湖疏水です。大津、蹴上とつながっています。



その先には、高瀬川の合流地点。

高瀬川は角倉了以が江戸時代に開削した人工の運河で、京都中心部の三条で鴨川につながっています。かつてはもっと広い川幅があって、船をつかう水運路として活躍していました。現代で言えば、新幹線や高速道路に相当するのでしょう。



さらに進むと「三栖閘門」に至ります。この水門は、淀川との合流地点に作られて、水路の高度を調整して船を通過させるシステムです。



三栖閘門下流の風景です。現在は使われていないので、土砂がたまって細い流れになっていました。



三栖閘門の運転室を利用して、記念館ができています。十石舟ツアーは、ここを見学するため15分くらい下船します。その後、次の船が来るのでそれに乗って元の場所に戻りました。



この水路沿いには、坂本龍馬とおりょうの像があります。明治維新前夜には、薩長土佐の脱藩藩士たちがこのあたりに潜伏し、それを追う新撰組や会津藩士が暗躍した場所ですね。



この絵地図は、三栖閘門記念館に展示されていた江戸時代の地図です。

この地一帯は、内陸の港となっていて、広い水路が広がっていました。京阪電車の駅、「中書島」もまさに島でした。
この交通の要所には、鳥羽街道と伏見街道が並行して京都と大坂を結んでいたのです。

徳川と会津、桑名などの幕府軍は、その両街道を京都に向かいました。迎え撃つ薩摩藩、長州藩、土佐藩は優勢な最新式洋式銃器と、西郷隆盛の指揮により勝利します。

多くの犠牲が払われたことは残念ですが、武力で決着をつけなければ、政治が変わりませんでした。近代日本出発の号砲。
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こどもの日

2013-05-24 | 食べること、レストランなど
ゴールデンウィークの一日、東京に住む家族二組も集合して、京都の和食店にて会食しました。



小さい子供がいるので、畳の和室で多少騒いでも許される部屋をお願いしました。



手の込んだ料理が次々に運ばれます。







白いアスパラガスの和風スープ。





子供は退屈して、走り出しました。独立した広い座敷の貸切なので他のお客さんには迷惑かかりません。

子供が寝た時のために、子供布団も敷いてくれました。



料理はまだいくつか出てきたのですが、写真は省略。

五月人形のひな壇が部屋の入口に飾ってあり、華やかさがありました。



とても満足できた食事会でした。(店名:佳久)

佳久創作料理 / 烏丸御池駅京都市役所前駅丸太町駅(京都市営)

夜総合点★★★★ 4.0



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しゃくやく

2013-05-23 | もろもろの事
先日、独居の母を慰問しお墓の掃除に行ったついでに父の生まれた実家をのぞいてきました。



その庭にひっそり咲いていたこの花を摘んで帰ってきて花瓶にさして楽しんでいます。

田舎の家の庭ではだれにも見てもらえません。

・・・蝶や蜂がくれば、花としてはそれでいいわけでしょうが・・・
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高校同窓会

2013-05-22 | もろもろの事
5月18日(土)に奈良にて高等学校の同期会がありました。



卒業生は150名、うち約50人が参加しました。判明している物故者が10名とのこと。合掌。

お一人の恩師(85歳)が参加されてました。その後、大学教授になられ定年退職後もライフワークで米国歴史書の執筆のためPCにて文章を入力していると話されていました。まったくお元気です。



イベント内容が多くて、個々の出席者の近況報告は、欠席者で連絡があった方を含め配布した紙面にて各自が読んでくれとなりました。

全員が法律用語「高齢者」の仲間入りを果たしているのですが、その近況を読むと男性の2~3割と女性の1割は常勤や非常勤で仕事しています(医師等専門職、大学教員、経営、ピアノ教師など)。返信のない人のことも分母にすると、有職者の比率はその半分かもしれません。

趣味生活のレポートに加えて、病気経験や親の死去、孫の誕生を述べています。がん治療の報告も増えていますので、逆に言うと、がんの多くは治るという実例を沢山教えてもらいました。

出席していたM君は、耳鼻咽喉科の医師ですが、3年半前に自らが下咽頭がんに罹り摘出手術を受け、食道に空腸を移植。声を失っていますが、その事実を司会者の手助けで「話して」くれました。首の下部に開口部を作りそこから呼吸と食物取り入れをするそうです。のどに接触させて音を発生する器具を使えば、ある程度の「音声」を発生することは可能で、その実演も見せてくれました。本人が専門医なので、これからの経過や5年生存率予想も十分に認識していると、とても明るく話してくれたのでした。



日本の人口ピラミッドです。我々の世代は、上の方にあるギャップのすぐ下。ここから数年間がいわゆるベビーブーム世代です。
ハッチになっている平成生まれの数字が年々減少しています。



大学進学率の経年変化のグラフです。

この高校の卒業生は、半数が女子ですが、その人達も含めてほとんどが進学しました。その当時の4大進学率は十数%でした。女子の人たちは大学卒業後、多少の就業経験をし寿退社、専業主婦の経歴が大多数だったと思います。

欧米、あるいは多くのアジア諸国の高学歴女子とは現代でも相当違います。少子化となる今後、男女共同参画の必要性は益々高まっています。

高度経済成長をへて概ね平和で安定した国となってはきたのですが、別の社会問題や政治課題が現れています。
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