「霧笛荘夜話」浅田次郎著 平成16年角川書店刊
現代作家で、これも私が読書中毒症状になっている作家の旧作です。
七編からなるオムニバス形式の短篇集。舞台は港の傍に立つ古い中華風のレンガ作りのアパート。持ち主の旦那が死んで、残された老婆に受け継がれた、手入れも充分にされていない建物だ。
6室ほどある部屋のそれぞれの住人の生活、生き方について、一番関係の深い他の部屋の住民達との関係を語りながら、触れてゆく物語。以前にも述べたと思うが、私は著者がこういう短編にこそ筆の冴えを見せていると感じている。
浅田次郎は、人間の潔さ、気っぷ、切なさを描かせたら天下一品だと思う。組織のしがらみや、いろいろな欲に縛られて動いている人間と、どんな境遇にあっても自分の価値観を保持し、貫いてゆこうとする生き方を鮮やかに、ドラマチックに表現する。
ただこのオムニバスの第6話だけは、私の頭に、或いは気持ちにすんなりと入らなかった。本土決戦の海上迎撃特攻隊員の話だが、二大テーマの潔さ、切なさが十分描ききれていないように思う。
しかしこの一編を除けば、あとは読ませる、泣かせる。泣くのを承知で見にゆく、メロドラマを見るようなものだ。著者のツボを心得たサービス精神に感謝する。
このところ中毒的に読んでいる、時代小説もいいが、時にはこんなのも良い。
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